秋、夜の3
裏道にたたずんでいたそれは、一目で妖精と分かった。背はアキトと同じくらい。帽子を深く被り、細長い目を爛々と光らせている。肩から斜めに紐をかけて、腰に何かぶら下げていた。暗くて色は分からなかったが、街の人とはあまりに違うシワシワの長いコートのような服を着ている。
その妖精は、建物の影から、細長い目を更に細く鋭くしてアキトを見た。
「こんばんは。ええと、あなたは妖精・・・さん?」
アキトは、丁寧に挨拶した。初めての妖精を前に、緊張していた。恐ろしい見た目の妖精だったけれど、恐怖は不思議と感じない。好奇心と興奮の方が勝っていた。
「・・・ああ、そうだ。こんばんは。礼儀正しい子どもさん。おまえさん…この街の人間じゃないな」
「うん。僕、街の外から歩いてきたよ」
「街の外か…。俺は街の外へ行ったことがない。街の外には何があるんだ?」
妖精は柵の方向を見た。
「原っぱとか、森と、川と…僕たちが住んでいる丸太小屋かな。この街は綺麗だけれど、僕にはちょっと眩しすぎるな」
「お前さんの家は眩しくないのか?」
「うん。夜は真っ暗になるし。丸太小屋のあかりはちょっとだけ。ダルマストーブもあって、薪を燃やすんだよ。・・・僕は電気よりも火の明かりが好きだな」
妖精は俯いて考え込んだ。帽子の影に隠れて顔は見えない。
「そうか・・・。そこには、お前さんの他にも誰かいるのかい?」
「うん、僕みたいな子どもが何人かいるよ」
「いいなあ、そこへ行ってみたいなあ」
妖精は眼を鋭く光らせた。
「うーん…僕以外の子ども達は、きっと妖精さんに会ったらびっくりしちゃうな…。でも、よかったら今度丸太小屋の近くの川辺に来てみない?。そこは景色がよくて、とても気持ちがいいんだ。そこでお菓子を一緒に食べない?ぼく用意して待っているよ。」
「そうか…分かった。お前さんは優しい子どもだな。・・・7日後の夜明け前にそこへ行こう。どうやって行けばいいんだ?」
「そこを流れている川に沿って、川下にずっと歩いてきて。僕、川辺で待っているから」
「分かった、楽しみだ」
妖精はニヤリと笑った。アキトもにっこり笑って、右手を差し出した。
妖精も右手を差し出し、二人は握手した。妖精の手はひんやりしていた。
握手したまま、妖精は怪訝そうにアキトを見た。
「どうしたの?」
「お前さん…妖精の匂いがするな。妖精か?」
「・・・僕、分からない。そう言われることはあったけど…妖精じゃないと思うよ」アキトは困ったように言った。
「そうか…」
妖精はそれ以上聞かなかったものの、しばらくの間、目を細めてアキトを見ていた。
「・・・僕、そろそろ帰らなきゃ」
言いながらアキトは思い出した。街の入り口はおそらく閉められてしまっているだろう。どうやって外に出よう。
まごついたアキトを見て、妖精は再び怪訝そうな顔をした。
「どうかしたか?」
「街の外に出たいんだけれど、多分、入り口の鍵を閉められちゃったんだ。どうやって帰ろうかな」
アキトは考え込んだ。アキトには珍しく、後先考えず、無鉄砲に街へ飛び込んだのだ。
「それなら俺が手伝ってやろう。ついてこい」
言うなり、妖精は歩き始めた。アキトは慌ててついていった。妖精は街の柵の前に立ち、柵を手のひらでスウと撫でた。すると、妖精が触れたところが紙のように切れて、柵の一部の棒がカランと、乾いた音を立てて地面に転がった。柵には、子どもが通れるくらいの穴ができていた。
「ここは草の影になってて見えにくい。次からここを出入りに使えばいい」
「あ、ありがとう。魔法使ったの?」
「いや…」
妖精はそれ以上言わなかった。
「それじゃ、7日後の夜明け前に待ってるね」
「ああ、川下に歩いていく」
アキトは微笑んだ。そして真っ暗な夜の中に帰って行った。それをしばらく見ていた妖精は、ペロリと舌をだした。
「ああ、帽子が乾いていなくてよかった。おかげで、あの子どもを殺さずにすんだ。あの子は殺しちゃもったいない…」
暗くてアキトは気付かなかったが、妖精の帽子やコートは真っ赤に染まっていた。
改稿
2025.5.22




