今日のかくれんぼ 「時間」
今日の隠れんぼ・・・「時間」
令和6年7月26日 神戸新聞の朝刊の一面に、丹波で新たに恐竜の化石が発見されたという記事が大きな文字の見出しで掲載された。「ヒプノヴェナトル・マツバラエトオオエオルム」という長い名前の恐竜化石は、脚力に優れ、指や爪が発達しており、鳥への進化を示すものとして注目されているということを兵庫県立人と自然の博物館が発表した記事であった。
この日もいつものように母と私はテーブルを挟んで朝食を採っていた。私が大きく広げた新聞をテーブル越しに見た母が突然大きな声で話しかけてきた。
「あら! 丹波で恐竜が出たんやって」
「そうみたいやね」私は軽く受け流すように答えたが、次に続く母の言葉は私の想像をはるかに超えたものだった。
「丹波と言うと神戸の方面やろ。あんたも仕事で神戸の方へ行ってるんやから、出会わんようによく気をつけるんやで」
母は本気で私のことを思ってくれているらしく、真顔になってそういうのだった。
「恐竜は大きいから見たらすぐに逃げなさいよ」
心配してくれる気持ちはありがたいが、まずその心配はない。どうやら母の頭の中では、何億年という時間が隠れんぼしているようなのだ。私はどう言えばいいのかわからなかったが、母を安心させるためこう言った。
「出たのは化石やけどね」
この言葉でようやく自分の心配は杞憂であったことに気づいたようだった。そう思う母の気持ちはありがたい。しかし一気に何億年もの時間が欠落し、今につながっているというのは恐ろしい。母の頭の中では時間は存在しないのだ。父が死んだのも、自分が結婚したのも、空襲警報で逃げ回っていたこともついこの間のことのようだ。
先日も父と母が結婚して初めて住んだ家の話になり、「その時あんたは大学に行っていたからいなかったんだっけ?」と聞かれて、「まだ生まれて間もない頃だよ」と答えたことがあった。
きっと母の頭の中では見たこともないはずの恐竜たちが走り回っているのだろう。それはそれで見てみたい気持ちもするのだった。