[1日目 - 午後] 水ヶ谷村 - 村を巡り、4人で遊んだ ②
田中さんの家を後にして、僕たちは川の上流の方に向けて歩いて行った。方向としては我が家のある高台に向かう方向である。
途中、畑の中にさっき田中さんの家の横に立っていた鉄塔と同じものがいくつか立っているのが見えた。鉄塔の上には同じように足場とスピーカーが付いていたから、きっと同じ音声が村中に流れるようになっているのだろう。田舎にしては立派な鉄塔だと思った。
上流に向かうにつれて、徐々に道と川との高さが離れてくる。それと同時に、左右から山が迫ってくる形で距離が近くなってくる。いわゆる、谷、という地形に近づいてくる。村は全体としては三角のような形になっていて、てっぺんに山守家が建っていて、そこから下流に向けて横幅が広がっていくような形になっているのだ。
道の途中に「コンビニ」という名前の商店が建っていた。自らをコンビニと名乗るその建物はあまりに古く、もちろんチェーン店の類ではない個人経営の商店だった。上流の方では唯一の買い物できる場所とのことで、お菓子や駄菓子の品ぞろえはピカイチと、カイは言っていた。村の子供たちのオアシスという事らしい。
コンビニの前には、そういえば村ではあまり見かけなかった自動販売機も置かれていた。カイがジュースを1本買ってから、僕たちはこの場所を後にした。
引き続き、山守家の建っている上流の方へ進む。
時刻は既に12時どころか、13時を超えたくらいだろうか。ちょっとだけお腹が空いてきた。
途中また橋を渡ると、今度は村の役場が見えてきた。
役場といってもそんなに立派なものでは無くて、2階建ての小さな建物だ。建物の横には本当に小さな交番も併設されている。役場の中に目をやると、偶然僕のおじいちゃんが2階に向かう階段を登るのが見えた。何かお手伝いかお仕事をしてるのかな?真面目な雰囲気だったので、僕から邪魔をするのはやめておいた。
その役場から少し進むと、朝家から降りてくるときに通ってきた小道がすぐに見えた。カイが僕とミライに、ここが山守家に通じる道でございます。村で困ったことがあれば山守家へ。と紹介した。僕とミライは口をそろえて、知っとるわい!!と突っ込んだ。
そこから、また川の下流の方向、つまり朝バス停の方へ向かっていた道を辿っていく。その道の途中で最後の案内ポイントにたどり着いた。
「さて、ツアー最後の案内場所はこちら!」
じゃ~んと紹介されたのは、加工された木材が山積みになっている場所だった。朝バス停に向かう途中で通り過ぎた場所でもある。
所謂製材所であろう。いくつも年季の入った建物が建てられていて、そこには綺麗に切られた材木が積み上げられている。一番大きな建物には製材に使うであろう道具に加えて、鉄板やコンクリートのような何かしらの建築に使いそうな材料も置かれていた。家先には丸太を積んだトラックが止められていて、その横には既に荷下ろしをされて留置されているのであろう丸太が何本か積まれている。恐らくこれから材木に加工されるのであろう。
その他にもシャッターで閉じられた倉庫のようなものが立てられているが、さらに横には居住用であろう一軒家も立てられていた。表札を見ると大部と書かれている。
「あれ、ここカイの家?」
「正解!」
カイが自慢げに工場の中に足を踏み入れる。
するとトラックの後ろ側から、大柄な男がひょこっと顔を出してきた。
「おや、帰ったのか」
「父さん、ただいま!」
「お、千夏に…… おや?」
カイがお父さん、と読んだその男は僕とミライの方に視線を向ける。
少し考えた後、はっと何かを思い出したようにして、
「あぁ、そっちの嬢ちゃんは朝あったな。さっき山守さんに聞いたけど、ミライと名乗ることにしたんだったか?」
「はい、本名かはわからないのですが、ミライと読んでいただければ!」
「よし、ミライちゃんだな。まぁ、その調子だと随分元気そうじゃないか」
「はい!記憶が戻らない事を除けば、いたって元気なんです!」
「で、そっちの君は初めましてかな?」
「初めまして、山守 晴です。山守実の孫でして、今はおじいちゃんの家にお邪魔しています」
「そうかそうか。きみが晴君か。まぁ、こんな田舎だけど、ゆっくりして行ってくれな」
男の人はポンポンと大きな手で肩を叩いてくれた。
大柄な人だけど、これだけで凄く優しい人なんだろうな、と予想できた。
「そうだ、自己紹介が遅れたな。ミライちゃん、晴君、私はそこの快の父。大部 勇輔だ」
腰に手を当てて、勇輔さんは話す。
「見ての通り、ここの製材所で木を扱ってるが、本業は大工だな。建物の設計したり実際に建てたりだ。後は村の道路の整備なんかもやってる」
「俺のお父さんだ。村ではよく、ゆうさん、って呼ばれてるな。村一番の大工だぞ!」
「わはは、そもそも大工が数人しかおらんがな!」
わはは、わはは、とカイと勇輔さんが笑う。愉快な親子だ。
「ま、うちの快が迷惑をしょっちゅうかけると思うが、仲良くしてやってくれな」
ぺこりと僕たちに向かってお辞儀をした。
「そうだ、父さん。もうお昼過ぎてるし、家でなんかご飯出せないかな?」
「お、お前らまだ昼ご飯食ってないのか!食べてけ食べてけ!」
「えっ、良いのですか!」
ミライが目を輝かせる。
「おう、いいぞ。そんな凝ったもんは出せないだろうが、そっちの家の中入って母ちゃんに言ってきな」
「「ありがとうございます!」」
ミライと千夏が声を合わせて、勇輔さんにお礼を言う。
皆遠慮なくご飯を頂くみたいだし、僕も一緒にお邪魔することにしよう。
「勇輔さん、ありがとうございます。お邪魔させて頂きます」
ペコリと頭を下げる。
「おう、晴君は礼儀が良いんだな。しょっちゅう千夏も飯食べに来てるし、遠慮しなくていいぞ!」
じゃぁ、俺は仕事に戻るからな!と言って、トラックの方へ勇輔さんは戻っていった。
なんか、あったかいなぁ。
そんなことを思いながら、僕も3人が玄関から入りかけているカイの家へ、小走りで向かった。
大部家では、カイのお母さんがサンドイッチを作って出してくれた。
からしマヨとケチャップ、野菜にハムとチーズ、さらにスクランブルエッグが挟まった、普段よりも贅沢なサンドイッチ。スクランブルエッグとからしマヨ、ケチャップの相性が抜群で、とても美味しい。大満足のお昼ご飯だった。
「美味しかった!」
ミライが満足そうに言って、4人は大部家を後にした。
「さて、これで一通り回ったわけだけども。後行ってない所と言えば……」
カイが忘れている所が無いか、考える。
「カイ、折角だし私たちの遊び場も紹介しませんか」
千夏が提案。
「あ、そうだな。2人とも、あともう少し時間大丈夫か?」
元より、僕たちは何もすることが無いんだ。
「私は知っての通り、何もすることが無いからね!ハルも暇してたし、大丈夫だよね?」
暇……まぁ、暇してたか。
「うん。元々僕たちは何も予定が無いから、夜まで大丈夫だよ」
「そうか。んじゃツアーは一旦ここまで!」
カイがパン!と手を叩く。
「そしたら、遊び場でなんかして遊ぼうぜ!」
―――――――
カイの言う遊び場は川沿いにあった。
「ようこそ、私たちの遊び場へ!」
「俺らが長い年月をかけて築き上げた城だ!」
バス停とカイの家の間辺りに、川の方へ下っていく道があった。その道を辿ると少し開けた河原があって、そこより少し高い位置に掘っ立て小屋が1つ建てられていた。昔何かの工事で使った後使わなくなったものを、カイが遊び場にさせてくれと父にお願いして譲ってもらったらしい。
「目の前が川だから、夏なんかは川遊びもできるな。魚もつれるぞ」
そう言って、掘っ立て小屋から川沿いに降りた。
僕とミライは、透明で淡い水色に輝く川の流れにくぎ付けになる。山から湧き出ている水が村の真ん中を流れているらしく、そのきれいな水が村の農業の礎になっていると聞く。目に見えてわかる、その水の綺麗さ。その輝きに釣られて、少し手を浸してみる。水の流れを感じた。ただ一直線に、上流から下流に流れている。手のひらでその流れを受け止めると、かなりの重みを感じた。
ふと、手に感じる流れが変わるのを感じた。一直線だと思っていたその流れは、突然複雑に左右から渦を巻くように手に絡みあってくるようになった。その原因を探ろうと、川の流れの元に目をやると、僕と同じようにミライが川に手を入れていた。物理的に川の流れが変わっただけだったか……
「なんで、こんな寒い中水に手を突っ込んでるんだ?戻るぞ?」
ふと手がしびれてきてることに気が付いた。この水、めっちゃ冷たい!!
ミライもそれに気づいたのか、手を引き上げて擦っている。僕も手を擦る。冷たい……
カイに倣って、僕たちも掘っ立て小屋の方に戻っていくことにした。
「じゃぁ、中にどうぞ!」
千夏がそう言ってドアを開ける。
「お邪魔します」
そう言って僕とミライは中に入った。
「おぉ、凄い!中々快適じゃない!」
ミライは中に入って、早速1人掛けのソファに座ってそう言う。
掘っ立て小屋の見た目は年季が入っているが、中は中々整っていた。電気は通っていないが、カセットボンベを使う暖房が完備。床は立派なカーペットが敷かれていて、ふかふか。長いソファーと寝転がれるソファーが組み合わさったL字のソファーに、ミライの座っている1人掛けのソファが1台。真ん中には掘っ立て小屋には似つかわしくない、立派なガラスのテーブルが置かれていた。
「なかなかいい遊び場だろ?全部俺らで頑張って集めたんだぜ」
村の廃品を何年もかけて集めて築き上げた城とのことだ。道理で備品の種類や年季がちぐはぐなわけだ。
「今日はここでゆっくり過ごしましょう」
僕たちは、この遊び場で日が暮れるまで遊び続けた。最初は少し肌寒かったけど、しばらくすると暖房の熱気が狭い小屋の中に充満して、とても快適だった。
カイが新品のボードゲームを出してくれた。人生を辿るゲームだ。ボードに円形のダイヤルが付いていて、そのダイヤルを回して、出た数字だけマスを進んでいくゲーム。マスに応じて、人生イベントが発生しててんやわんや起きるゲームだ。各々の車にキャラクターを示すピンを刺して、ゴールを目指す。最終的にはお金を沢山持ってゴールした人の勝ち。
「よし、勝つぞーー!」
「このゲームは人数がいないと出来ないですから。ついに遊べます!」
「負けないよ!!」
カイ、千夏、ミライ、3人気合十分。
僕もほっぺたを叩いて気合を入れる。負けないぞ!!
:
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酷い目に遭った。
結果はカイの1人勝ち。とことん運が良い。
そんな順風満帆な人生あり得ないだろ!というような人生を歩んでいた。
他の人は散々なものだ。
僕は就職するまでは順調だった。でも仕事で大失敗してニートで終わり。
千夏は、遭難したり大事故を起こしたりと波乱万丈の極み人生。無一文になってジ・エンド。
ミライに至っては、キャラクターが病気で死んでしまう始末。ゴールについたときは、小さい子供のピンだけが寂しく車に刺さっていた。未成年運転……?
というかこのゲーム、死人が出るようなゲームだったっけか……?
ゲームの蓋を見ると、「ハードモード編~人生そんなに甘くない~」と書かれていた。何だこれ!!
こんなゲームやってられません!と千夏がキレて、その後はトランプをして遊んだ。高校生4人集まってトランプ。だが、これが意外と面白い。高校生同士ともなると、高度な心理戦が繰り広げられる。
カイは場の流れを予想するのが上手い。大富豪なんかは、僕の勝利への戦略を読み切られて、苦労させられた。
千夏は最初は表情に感情が出ていて解りやすかった。だが、表情から読まれていることに気が付くと、それを逆手に欺いてきた。
ミライは、反射神経や記憶系のゲームではピカイチの実力だった。ただし、ババ抜きで握力でババ以外を引かせないのは、ルール違反だとして禁止になった。
そんなこんなで、トランプ1セットで色々なゲームをして、中々に盛り上がった。
掘っ立て小屋にも水道は通っているようで、途中千夏が暖房の上でお湯を沸かして、温かいハーブティーを入れてくれた。良い香りがして、ちょっぴり大人気分。でも結局僕たちは子供だから、千夏含めて4人とも角砂糖を沢山いれて飲んだ。甘い方が美味しいのだ。
そうこうしているうちに日が沈みだす。掘っ立て小屋の単三電池で光るライトでは光量が足りずに、部屋の中が陰ってくる。
ふと、僕は窓から川の方に目をやった。川の水は昼のような輝きはなく、透明な色の中に夕暮れ時の淡いオレンジ色を反射していた。
「そろそろ、解散かな。」
そう言ってカイがトランプを纏め始めた。
「楽しかったーー!」
ミライは大満足の1日だったようだ。
僕も同じ気持ちだ。良い、1日だった。
「ふふふ、私たちも2人の時より4人の方が楽しかったね?」
「そうだな、こんな賑やかに遊んだのは久しぶりだ」
カイと千夏も笑顔で答える。
「カイ、千夏、今日は本当にありがとうございました」
「いいってことよ。ハル!」
カイが肩に腕を回してくる。
「さぁ、帰るか!」