[ミライ] 遥か、遠くから ②
「あああ!何てこと、未来ちゃん!!」
看護師の人が部屋のドアを開けて、叫ぶ。
「1週間も、どこに行っていたの!すぐにおばあさんに電話するからね!」
一方的にそう言って、看護師さんは走っていた。
朝日が部屋に差し込んでいた。
強烈な空腹感に襲われる。頭がいたい、足も痛い。
意識がはっきりする。
そして、ここがどういう場所かを思い出してきた。
私は、心をやってしまったらしい。
それで、ここに入院している。
こうなった原因も、既に思い出していた。
―――――――
私は昔から元気さが自慢だった。私が周りの皆を元気にできる位に。
そして、お母さんが大好きだった。
辛いことがあった時も、お母さんが励ましてくれた。
お母さんが、私の人生の道しるべになってくれた。
高校生になった。今までの環境とガラリと変わった。
私の持ち前の元気さが空回りしてしまう時があった。
友人に辛く当たられてしまうこともあった。
どんな時でもお母さんは励ましてくれた。どう振る舞えばよいかを教えてくれた。
お母さんはいつも、私にこう言った。
何事も悔いの無いように努力しなさい。そして、結果にこだわり過ぎない事。
中学も、学校生活も、人生も、何でも終わりのあるものだから。
終わった後に、結果に関わらず胸を張って誇れるように、1つ1つ頑張るのよ。
その言葉を胸に、私はお母さんに何でも胸を張って誇れるように、頑張った。
お母さんの喜ぶ顔が見れるのなら、何だって頑張れた。
そのお母さんは、高校に入学して暫くして、死んでしまった。
急な交通事故だった。
学校で、唐突に告げられたその一報を、私は受け入れられなかった。
先生に連れられて病院に向かった。お母さんが冷たくなって、そこで寝ていた。
布団に覆われて、お母さんの顔だけが、寝台から見えていた。
お母さんのいない生活なんて考えられない。
お母さんがいなかったら、私はこれからどうしていけば良いのだろう。
どうすれば良いのか、誰かに相談したかった。
でも、私が悩みを打ち明けられるお母さんが、どこにも居なかった。
お父さんは、お母さんが死んでから、何もかもに目を背けるように、単身でどこかに行ってしまった。
私はおばあちゃんに引き取られた。
おばあちゃんは、私のことを凄く気遣ってくれた。私は、おばあちゃんを頼って生活していくことはできた。
でも、どうしても私は、おばあちゃんをお母さんの代わりとは思えなかった。
暫く、何も考えられなくなってしまった。
美味しいご飯を食べても、誰かと話しても、どんな感情も沸き出てこなかった。
無色透明な、そんな日々を過ごしていた。
数週間たったある日。
おばあちゃんに勧められて、しばらく通っていなかった学校に復学した。
学校で、友達は私に話しかけてくれた。
皆、私のことを心配してくれた。口々に私を心配する声をかけてくれた。
でも、近況について聞かれて、どう返答していいか分からなくなった。
お母さんは死んでしまった、という話はしたくなかった。まだ、お母さんは実はどこかに隠れてるんじゃないか。実は生きてるんじゃないか。また、会えるんじゃないいか。そんな一途の望みを持っていたから。
そんなことを考えているうちに。私は泣き出してしまった。
お母さんのことを考えてしまって、心が詰まって、涙が溢れてくる。
急に泣き出すものだから、先生が慌てて私を保健室に連れて行った。
私は、この涙を止めることが出来なかった。
結局、おばあちゃんに迎えに来てもらって、家に帰ることになった。
それ以来、私は涙が勝手に出てしまうことが多々あった。
どうすればいいかわからなかったり、困った状況に陥ると、お母さんを頼りたくなってしまう。
嬉しい事や、楽しい事があると、お母さんに自慢したくなる。
忘れたいのに、意識したくないのに。
こうなるってわかってるのに、どうしてもお母さんの笑顔が脳裏によぎってしまう。
そうやって、お母さんを意識すると、勝手に涙が止まらなくなってしまう。
どんなに我慢しようと思っても、涙があふれて、止められなくなってしまう。
私は、自分の感情をコントロールできなくなってしまった。
ずっとそんな調子だから、誰かと関わるような時間はどんどん減っていった。
結局、学校にはずっと行かず仕舞いだった。
おばあちゃんも、どうすれば良いのか解らないと困り続けていたのを知っている。
私の見えない場所で、1人、頭を抱えて悩んでいるのを私は見たことがある。
でも、そんな心配は私に見せずに、私の前ではずっと、私の支えになろうと努力してくれていた。
カウンセリングや、病院に連れて行ってくれた。
中々自分に合う場所は無かったけど、今滞在している病院の先生と出会うことが出来た。
先生は、ここで泣いて良い。と、泣いてしまう事を肯定してくれた。
そして、お母さんとの思い出を教えて欲しい。と言ってくれた。
私は、1つ1つお母さんとの記憶を辿りながら、先生に教えるように語った。
毎度涙があふれてきたけど、顔をグチャグチャにしながらも、思い出を1つ1つ伝えていった。
先生は笑顔で、その話をじっと聞いてくれた。
ある日を境に、涙は出なくなった。涙が枯れてしまったのだと思った。
でも涙が出ない代わりに、お母さんのことを思うと、溜まらなく苦しくなって息が詰まるようになった。
呼吸困難になって、そのたびに深呼吸をして、何とか自分を落ち着かせる。
こんな調子になってから、先生がしばらくの入院を提案してくれた。
おばあちゃんに、これ以上迷惑をかけたくなかった。
だから、私はここに入院することにした。
そして、今に至る。
結局、私はお母さん無しで生きていけないのだ。
でも、お母さんはもういない。
こんな世界で、私の生きる術が見つからなかった。
お母さんのいない世界で、私は生きる意味を見つけられなかった。




