[7日目 - 夜] ジジ団 - 旗のもとに誓ったこと ②
これは、わし達がまだ若かったころの事じゃ。
それこそ、晴と同じ年くらいのことじゃった。
わしと、田中。それに大部、越路。村で良く遊ぶ仲間だったのじゃ。
大部、越路と言っても、快、千夏から見て祖父、祖母にあたる人じゃ。
それに、越路は姉妹がいたからな。わしらは5人で遊んでおった。
勝手に水ヶ谷少年団を名乗って、旗を作ってそれを振り回して遊んでおったのじゃ。
あの頃は色々と大変な時代じゃった。
でも、その中で自分たちで色々考えて遊びまわっていた。
虫取りをしたり、川で魚を捕まえて焼いて食べたり。森の中に秘密基地を作ったりもしたのう。
思い出深いのは、肉を食べたくて森に勝手に罠を置いたことじゃの。わしが発案して、大部と田中と越路の姉で罠を作り上げたのじゃ。そしたら、イノシシが捕まってしまっての。危ないだろう、と長々と説教をされたのう。越路の妹の方をケガさせたらどうするんだと。まぁ、今となっては良い思い出じゃ。
そうやって色々楽しくやっておった。
でも、知っての通り、この村は今日と同じような災害に見舞われたのじゃ。
あの時は、森が騒がしかった。越路が神社でのお役目があると言って、わしらは昼過ぎから待ち合わせて、遊ぶ約束をしておった。
そして、ようやく越路姉妹と合流した時、地響きが鳴ったのじゃ。
音の鳴る方に目をやると、大量の土砂が木々を押し倒して村に襲い掛かっていたのじゃ。
わしらはどこに逃げればよいのかもわからなかった。
ただがむしゃらに走ったのじゃ。
走って、逃げて、走って、逃げて。
その時、田中が越路の妹がいなくなっていることに気が付いたのじゃ。
振り返ると、遠くでその妹が転んでうずくまっておった。
「あの日の光景は、目に焼き付いて忘れられん」
越路の姉は妹の方へと走ろうとした。
私と大部で何とか取り押さえた。
叫んで、暴れ回る姉をこの場に押さえつけるので手いっぱいだった。
でもそうしないと、姉まで道連れになりかねない状況だった。
土石流は、妹のすぐ近くまで襲っていた。
越路の妹。その娘の名は、越路 美来。
2つ年下で、わしが本当に大切に思っていた子だった。
その景色は、スローモーションのように目に写った。
土石流が迫りくる中、最後、みらいは私たちの方を見て、叫んだ。
「にげて!」と。
恐怖に歪む表情で、彼女が放った最後の一言は、私たちを思っての言葉だった。
次の瞬間、木々や土砂の混じる茶色の濁流は彼女を押し流していった。
轟音が響くその場所で、越路の姉の悲鳴が辺りに響き渡る。
そして、ただ、その暴力的な濁流が、彼女の命を奪った事は、簡単に理解できたのだ。
呆然とする私たちに、大部が呼びかける。
さらに大きな土砂の流れが迫っていることに気が付いた。
私たちは、ただひたすらに逃げた。
走って、走って。
大人たちに指示されるがままに、高台にある神社の方へ走り続けたのだ。
そして、神社までたどり着いて、そこから村を一望した時、その惨状を目にした。
木々がなぎ倒され、沢山の家々が流される。
神社には流血した人が多数いた。
田中は言った。地獄だと。
結局、私たち4人は助かってしまった。越路は泣き崩れた。
みらいは、流されてしまった。もう2度と会えないのだろうか。
他にも大勢の人が行方不明だった。泣き叫び、誰かを探して呼ぶ声が響き渡る。
田中の言う通り、そこは地獄のような光景だった。
―――――――
「わしらは、それからしばらく疎遠になってしまったのじゃ。顔を合わせると、みらいの事を思い出してしまいそうでの。そうなってしまうくらいに、わしらにとっては厳しい現実じゃった」
みらいの死。
おじいちゃんは、はるか昔のことなのに、とても鮮明にその時のことを話す。
忘れない様に覚えてきたのか、それとも忘れたくとも忘れられないのか。
「長い、長い時間が、みらいの死を乗り越えるきっかけをくれた。ずっとみらいと会えなくて、ある日ようやく、どう頑張ってもみらいと再会は出来ないのだと理解したのじゃ」
おじいちゃんは空を眺める。
「それでじゃ、わしは思った。こんな思いは、二度としたくないと。他の誰にもさせたくない。だから、どうすればみらいを救えたのか、それを調べるのに没頭したのじゃ」
―――――――
そう決心してから、私は沢山勉強した。そして沢山調べ上げた。
あんなことが起きる前に、事前に逃げられなかったのか。
起きた後でも、どこかに逃げられていれば、皆助かったのではないかと。
すると、色々なことがわかってきた。
こんな土石流が、大雨も振っていないのに起きるのは異例であること。
今回の事象は、地滑りに似たような災害であること。
そして、過去に水ヶ谷村は、似たような災害に見舞われてきたのだと。
長く、長く継がれてきた、水ヶ谷村の歴史を記録した書物が役場に残されていた。
役人は、私の思いを聞いて読むことを許してくれた。私は何とかしてそれを読み解こうとした。
でも学が足りなかった。だから、越路に協力を依頼した。
本の冊数は多すぎた。だから、大部と田中にも助けを求めた。
久しぶりに4人で集まった。
そして、記録を読み解いた。
昔の人たちが、未来に伝えるために記録した歴史を、私たちは紐解いていった。
気になる言葉があった。
『水ヶ谷は呪われている』
その言葉を裏付けるように、様々な自然災害の発生が記録されていた。
近くの日火下山の周囲は、土地柄災害が起きやすい事。
水ヶ谷村は地形も相まってその影響を受けやすい、というように検討がされた文章もあった。
そして、昔の人たちはその歴史を残すための努力もしていたようだった。
私たちはある日、森の中に入って、1つの石を発見する。書物に建造した記録が残されていた。
古い言葉が、手で掘られていた。意訳するとこんなことが書かれている。
『子供8人、大人10人死んだ。危険。ここより下に家を建てるな』
みらいが土石流で流された場所の間近だった。
私は理解した。ずっと、ずっと、この村の人は同じ思いをしてきたのだ。
そして、歴史を繰り返さない様に、その歴史を伝える努力がされてきた。
だけど、結局歴史は繰り返した。沢山の人が亡くなった。みらいが、死んでしまった。
つまり、この歴史から学び、何とか対策すれば助かっていたかもしれなかったのだ。
予想できなかった災害ではなかった。
でも、この村は、それを実現できなかった。
悔しさと、怒りのような感情が襲う。役人どもにその怒りを当てようかとも思ったが、越路に止められた。
それでは意味が無いと。前に進まないといけない、と諭された。
それから、私たちだけでもできることが無いか考えた。
その結果、田中、大部、越路。4人で協力して、みらい地図、を作り始めた。
二度と同じことが起きない様に。次は、誰も死ななくてすむように。
この地図だけでそれが実現できない事はわかっていたけど、それでも私たちに出来ることをただ全力でしたのだ。
そして、そのみらい地図を作り上げたころに、私はみらいの死に向き合う準備がようやく出来たのだ。
久しぶりに、森に建てた秘密基地を4人で訪れた。
もう何年も手入れがされずボロボロになっていた。
でも、まだ5人で、みらいと共に遊んでいた時の思い出がそこには残っていた。
水ヶ谷少年団、と書かれた旗を取った。僕たちは5人で、この旗を囲んでいつも遊んでいた。
旗を、そっと枝から外して折り畳む。
そして、4人でみらいのお墓を訪れた。
ミライの遺体は、結局見つからなかった。だからせめて、みらいの生きた証として、これくらいは供えてあげたかった。
お墓の前の地面を掘って、埋葬してあげるように僕たちは旗を埋めた。
手を合わせる。
私は、ようやくみらいが死んだことを受け入れられたらしい。
お墓からの帰り際、涙が止まらなかった。みらいのことで泣いたのは初めてだった。
皆が慰めてくれた。家に帰っても涙が止まらなかった。
夜、布団の中で涙が枯れて、そしてようやく、自分の気持ちにひと区切りつけることが出来た。
翌日4人で話し合って、水ヶ谷少年団の旗を4つ作った。
そして、またみらいのお墓の前に4人で集まって、旗を持って立っていた。
「宣誓!」
私は叫んだ。
そこに、みらいがいると信じて。みらいに宣誓するように。
「俺たちは、この大好きな水ヶ谷村の安全な未来を繋ぐために、頑張る!」
大部が叫ぶ。
「村の危機には、皆で力を合わせて、全てを守れるように、頑張るんだ!」
田中が叫ぶ。
「いつか、またみらいと会えた時、胸を張っていられるように……頑張るからね!」
越路が叫んだ。
最後に、私も叫んだ。
「私たち、水ヶ谷少年団は!5人で永遠に不滅だ!」
私たちは、みらいの事を忘れないためにこの旗を掲げるのだ。
そして、いつかみらいと再会できたときに、胸を張って、誇れるように。
今まで水ヶ谷村が成し得なかった、歴史を繋いで大切なものを全部守り抜く、という事を、全力でやり遂げることを、宣誓したのだ。
それから何十年も、私たちは代替わりしながらも、その誓いを守るために努力を続けてきた。
そして、今日という日を迎えるに至ったわけである。
―――――――
「のう、みんな、折角じゃ。みらいの墓まいりにでもいかんかの?」
おじいちゃんが言った。
「……行くか」
田中さんが突っ伏したまま呟いて、そのまま立ち上がった。
おじいちゃんと田中さんが、ギプスを外して、ジジ団の旗を持って立ち上がる。
お父さん達も顔を見合わせた後、旗を持っておじいちゃんについて行った。
「ハルたちも、来なさい」
そう言われて、僕たちもお父さんに付いて行く。
神社の裏手に、1本の大きな木が立っていて、その根元に1本の墓石が置かれていた。
少し横に越路家、と書かれたお墓もあったが、こちらの墓石には『越路 美来』と名前が掘られていた。
木の根元で1匹のキツネが眠っていた。あのきつね様だった。僕たちはその子の眠りを妨げない様に、静かに石の方に近づく。
石の近くに1本の旗が刺さっていた。
『水ヶ谷少年団』と書かれた旗が、風にはためいていた。
この場所で、4人の少年少女が過去を乗り越えて、小さな一歩を踏み出し始めた。
遥かな時間を超えて、今、墓石の前に4本の旗と共に8人が集った。
おじいちゃんと田中さんが手を合わせる。僕たちも、墓石に向かって手を合わせた。
おじいちゃんは呟いた。
「のう、みらい」
月の光が辺りを薄暗く照らす。
「わしは、やり遂げたぞ」
冷たい風が吹き抜けて、木々を揺らす。
かさかさと、頭の上で葉が擦れる音が鳴った。
「遠くで、見守ってくれていたかの」
小さな、小さな声。
届くかもわからない、でも誰かに伝えたい声。
4本の旗には、ジジ団と書かれている。
名前を変え、代替わりを経てもなお、その元となる意志は今も受け継がれている。
村の安全な未来を繋ぐこと。
村の危険には、一致団結して全てを守り抜くこと。
宣誓は旗のもとに。
水ヶ谷少年団の誓いは今、この場所にも残り続けていた。




