[7日目 - 夕方] みらい地図 - 大切なものを守る事 ①
「忘れるわけがない。あの日も、朝から森が騒がしかったのじゃ」
あの日。みらい地図を作るきっかけとなった、災害に見舞われた日の事だろうか。
「勇輔!聡!すぐに避難を始めるぞ。準備して、家の小道前で合流じゃ」
「わかった」
「わかりました」
勇輔さんとお父さんは頷き合って、お互い離れていった。
勇輔さんは玄関に立てかけていた旗を持って、小道を急いで降りていく。
「快、ついてきなさい!」
「お、おう。ハル、後でな」
カイも急いで小道を降りて行った。
「晴!」
おじいちゃんが玄関から、家の中に入ろうとしながら声をかける。
「なに!何かできることはある?」
「蔵に行って、旗を取って来なさい!」
「わかった!」
僕は走って、蔵に向かう。
分厚い扉を開いた。
入ってすぐ、左側に旗は立てかけてあった。
僕はその旗を取って、蔵の扉を閉める。
旗をもって、玄関の前で立ち尽くしていた。
直ぐに、お父さんとおじいちゃんが集まってくる。
おじいちゃんは片手に無線機を、お父さんはショルダーバッグを携え、腰にポーチを付けていた。
ポーチは、勇輔さんが付けていたポーチと同じものである。
ショルダーバックには何やら書類やバインダーが何枚も入っていた。
おじいちゃんの無線機からは、田中さんが慌ただしく色々な所に連絡している声が聞こえる。
「よし、いくぞ」
おじいちゃんに先導されて、お父さんと一緒に僕も小道を降りていった。
―――――――
小道を降りると、田中さんも大きなボックスカーを乗り付けて僕たちを待っていた。
勇輔さんは軽自動車でここまで来たようだ。車が並べて駐めてある。
勇輔さん、田中さん、どちらも手に旗を持っている。
僕は手に持った旗の布を解いて広げ、おじいちゃんに手渡した。
その旗の裏面には避難地図が一面に書かれていた。
表には、「ジジ団」と3文字、大きく書かれている。
僕たちは自然と輪になる。
おじいちゃん、お父さん、田中さん、勇輔さん、そして僕とカイ。
6人がこの場に集まっていた。
「良いか!」
おじいちゃんは声を張り上げた。
いつものおじいちゃんからは、考えられないような声に僕は驚く。
「わしらは、今まで沢山の積み重ねをしてきた。ジジ団として、その成果を発揮する日が来たのだ」
はっきりした声。目は前を向いて、険しい表情でおじいちゃんは続ける。
旗を少し持ち上げて、地面に棒を打ち付ける。
カン、という音があたりに響いた。
「ジジ団として、旗のもとに誓ったことを忘れるな!誰一人として、犠牲者は出すでないぞ!」
おじいちゃんの声が辺りに響き渡る。
「良いか!」
問いかけた。
「当然だ」
勇輔さんが言う。
「もちろん」
お父さんが言う。
「絶対に」
田中さんは、静かにそう言った。
そして、おじいちゃんは、お父さんの方を見て言う。
「聡、訓練のことは覚えておるな」
「もちろん。田中さんの代わりなら、出来る」
「頼めるか」
おじいちゃんは旗を、お父さんに向けて差し出した。
戸惑うことなく、お父さんは両手で旗を受け取る。
「はい」
「覚悟は、できておるな」
「……はい」
「頼んだぞ」
そう言った後、おじいちゃんは皆を見渡した。
「では、行け!水ヶ谷村を守るぞ!」
その号令で、各々は散って行った。
田中さんとお父さんが車の鍵を交換する。
お父さんは旗を抱えて、田中さんの大きなボックスカーに乗って、役所の方へと車を走らせた。
田中さんは、お父さんの車に乗って、村の中心部、バス停の方向へ走って行く。
勇輔さんと、カイ、僕、おじいちゃんが残った。
2人を見送るおじいちゃんに僕は声をかける。
「ねぇ、おじいちゃん。僕に手伝えることはある?」
「そうだ。父ちゃん、俺に手伝えることはあるか?」
僕たちは互いの親に何かできることは無いかを聞いていた。
緊急事態だろう。何か手伝えることがあるなら、手伝いたい。
それで、僕の大好きな水ヶ谷村の助けになるのなら、少しでも手を貸したい。
そう思った。
「ハル、カイ。危ない状況じゃ。避難場所に向かうぞ」
「待ってくれ!」
カイが声を荒げる。
「なぁ、父ちゃん。父ちゃんと一緒に避難訓練した時、手伝っただろ」
カイが勇輔さんの方に向けて言う。
「俺も高校生になった。俺は、この村が好きだ。村の為に、出来ることをしたい」
カイはそう言った。
僕も思いを口にする。
「僕は、まだ村に来たばかりだけど。でも、僕はこの村に沢山助けてもらった。僕も、この村が大好きだ。この村を助ける為なら、何だってしたい。村に、恩返しがしたい」
「おまえら……」
勇輔さんが僕たちの方を見てくる。
「山守さん、カイと一緒に分担するのは何度か練習してる。ハルと一緒に、手伝って貰って良いだろうか」
勇輔さんがおじいちゃんに聞いた。
おじいちゃんは眉間にしわを寄せて、僕たちの方を見ている。
けどすぐに、はぁ、とため息をついた。
「まぁ、分からんでもない。そっちの方なら大丈夫じゃろ。手伝ってきなさい」
「よし、お前ら乗れ!」
掛け声に合わせて、僕とカイは勇輔さんの車に乗り込んだ。
「山守さん、神社で!」
「あぁ」
おじいちゃんはおじいちゃんで、近くに止めている車に乗り込むようだ。
「よし、いくぞ」
勇輔さんの運転で、僕たちを乗せた車はバス停のある方向へ走って行った。
「これを持て」
車のダッシュボードから、チェックリストが挟まれたボードと、予備のトランシーバーが出てきた。
後ろにポンと投げられ、カイが両手で受け止める。
「分担はわかっているな」
「あぁ、道路から山側が俺、川側が父ちゃんな」
「よし。ハル君、そのボードを持って。カイに付いて行って、言う通りそのボードでチェックしていくんだ」
ボードには、また地図が挟まっていた。
地図は大部家から越路家辺りまでの限られた地域だけが載っていて、いくつか目印が書かれている。
目印は、青色の旗のマークがいくつか、赤い点が幾つかの家に書かれていた。
赤い点のついた家は、高齢者など避難の難しい人のいる家とのことだ。
旗の方は……よくわからない。マークと一緒に住所が書かれている。
ウーーーウウウウ……
ウーーーウウウウ……
村中にサイレンの音が鳴り始めた。
「村全員の、避難開始の合図だ」
勇輔さんが言った。
車は道を軽快に走る。
「俺、避難訓練の時しか聞いたことなかったよ」
カイが言う。
「そりゃ、俺もだ」
勇輔さんも言う。
勇輔さんが生きてきて、初めて聞くという事は、相当に大変な事態という事だ。
ぐっと気を引き締める。
車はバス停の横の空き地に止められた。
既にこの辺りは避難がほぼ済んでいるようだ。数台の車が神社の方に向かって走っていく。
それに加えて、田中さんが乗っていたようなボックスカーが1台、村の人を乗せて神社の方に走って行った。
「よし、訓練通りにだ」
勇輔さんが車を降りる。僕たちも車を降りる。
勇輔さんは大切そうに旗を右手に携えていた。
そして、僕たちにこう警告する。
「気を抜くなよ。死ぬぞ」
死ぬ。
そうか。
みらい地図のコラムを思い出す。
甚大な被害が出た、と書いてあった。人的被害も多大なものだったとのことだ。
人が死んだんだ。少なくとも、「みらい」という人は死んでしまったようだ。
もし、あの時みたいな災害がもう一度起きるというのなら。
今日、誰かが死ぬかもしれない。
それは自分たちとて例外では無いのだ。
心臓の鼓動が早くなる。
緊張感が走る。
「安全第一にだ。万が一の時は、神社の方に逃げなさい。良いね」
「はい」
「おう」
「じゃぁ解散。終わったらここで集合だ」
そう言って、勇輔さんは全力疾走で走って行った。
「ハル、まずはあっちの方に行くぞ」
カイに連れられて、僕は走る。
「ごめんください、誰かいますか!」
赤い印の付いた家の玄関を叩いて、誰かいないか確認する。
誰もいない。
既に避難済みのようだった。
「ハル、ここはOKだ」
僕はチェックを付ける。
それからも何件も家を順に訪ねていく。
「ごめんください、誰かいますか!」
「すいません!どなたかいませんか!」
僕たちは順に聞いていく。
急ぎながらも慎重に。
おじいちゃんは言った。誰一人として犠牲者を出すな、と。
1人でも、取り残してはいけないのだ。ミスは許されない
結局残っている人は誰もいなかった。
最後の家までチェックを済ませる。
「よし、後は安全旗を確認していくぞ!」
カイがそう言った。青い旗印のあるマークの所へ向かう。
「あった、これだな」
電柱にチューブが固定されていて、そこに青色の旗が刺さっていた。
旗には「川南村本」と書かれている。この辺りの住所だろう。
「この旗は、この地域のリーダーが全員の避難を確認したことを示す合図なんだ」
なるほど、という事はこの旗が刺さっているという事は、この地域の人は皆神社に向かった、という事なのだろう。
順に、旗の場所を辿っていく。
気が付けば、一筆書きで車から出発して家を辿り、旗を確認して車に戻る。そんな最適な道筋を辿っていた。きっと、カイと勇輔さんで相談して決めたルートだったのだろう。
カイは冷静に、それでいて真面目に、チェックを進めていた。
そして、最後の地点にたどり着く。
「おい、刺さってないぞ!」
そこに青色の旗が刺さっていない。
「ハル、ここだよな」
「うん、ここだよ。刺さってないとおかしいんだ」
僕は地図を見比べながら、確認する。
川南里上、その旗がここに刺さっていないといけなかった。
「カイ、勇輔さんに連絡だ」
「お、おう」
カイは手元のトランシーバーを手にもつ。
『カイから大部!父ちゃん、川南里上の安全旗が無い!』
暫くして。
『大部からカイ!こっちが終わったらすぐ行く。安全第一で、できることをしなさい』
『カイから大部、わかった!』
今勇輔さんも手一杯だろう。手伝うといったのは僕たちだ。
何とかするしかないのだろう。
『山守から、晴、快。安全第一じゃ。無理をするでないぞ』
おじいちゃんの声が無線機から聞こえた。
「ね、カイ。ちょっと貸して」
「いいぞ」
僕はトランシーバーを受け取る。
『山守晴から山守おじいちゃん、わかった。でも村の為にできることをしてみるよ!』
話していると、カイがニッと笑って拳を突き出す。
僕はそっと、拳をそこに合わせた。
『山守じゃ。晴、快、任せた。神社で帰りを待つぞ』
おじいちゃんはそう言った。
僕たちに出来ることを、しよう。




