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[1日目 - 午前] 水ヶ谷村 - 3人の友達ができた ①

 家の中の賑やかな話声で目が覚めた。


「ご飯はどのくらい盛りますか?」


「わしのは少しでいいでの。晴と(さとる)の分はしっかり盛ってな」


 台所の方でおじいちゃんと、女の人……ミライが話している声が聞こえる。


 外はもうずいぶん明るい様だ。

 時計を見てみると、既に時刻は9時になろうとしていた。


「よく寝た……」


 横を見ると、既にミライの布団は片づけられていた。僕が起きるよりもずいぶんと前に起きていたようである。


 気温はやや肌寒いくらい、温かい布団の中が心地よい。怠惰で結構、もうひと眠りしちゃう……?


 ガタガタ、ピシャン!


 客間の襖が勢いよく開かれる。

 ズカズカと布団の元へ寄ってくる足音。


「おきてーーーー!!!」


 ミライの声だ。うるさい……


「うーん……」


 起きるか、もうひと眠りの交渉をするか悩む。


「ほら、おきてーーー!!!」


 げしげし。布団の上から足で軽く蹴られる。

 交渉の余地はなさそうだ。


「わかった、わかった……」


 手荒すぎる。初対面から1日も経っていないのに。そんな相手を起こす態度はさながら子供を扱いなれた母親のような、どちらかと言えば雑に弟を起こす姉のような……


 渋々布団から上半身を起こして、しばし瞑想。普段よりも長く寝たからか頭がズーンと痛い。


「ご飯だからね!聡さん呼んでくる!」


 ミライは部屋をさっさと出て、お父さんを呼びに行ったようだ。


 眠い目を擦って、覚悟を決める。布団から体を出して、頭が回らない中流れで布団をたたんで隅に寄せる。まだ目が覚め切らない。ぼーっとしたまま、服を着替える。


 そのまま歯を磨いて、窓から太陽の光を浴びる。ようやく目が覚めてきた。


 顔を水で洗って、ようやく目が覚め切る。そのまま朝ご飯を食べにいこう。


―――――――


「いただきます」


 朝食を食べながら、ミライから朝の話を聞く。


 今日は相当朝早くに目が覚めたらしい。すると、おじいちゃんも起きていて、村の寄り合いに行く準備をしている所だったとのこと。ミライの話をするつもりだったらしく、丁度良いからとミライも寄り合いについて行ったそうだ。


「まぁ、寄り合いといっても3人だけの集まりだがの」


 それでも、おじいちゃんに加えて村の中でも中心的な人たちの集まりである。その内1人は村の交番で働いている田中さんという方だった。伝手を使って、行方不明者についての調査や、村の中でもミライについての聞き込みなどをしてくれると言ってくれたそうだ。


「取りあえずは、みらいの事はこの家で保護することになったからの」


 おじいちゃんはミライに向き合う。


「何か思い出したり、分かったことがあるまではここにいてくれてよいからな」


「はい……!なるべく早く出られるよう、善処します!」


「はは、記憶が戻った後も、しばらくここにいてくれても良いんだよ?」


 お父さんもおじいちゃんも、ミライを自然と家に受け入れている雰囲気だ。朝ごはんの準備も手伝っていた所を見ると、もはや客人としてではなく、親戚のような雰囲気ですらある。ある意味、ミライのように記憶を失って不安定な立場の人にとっては、変にもてなしたり、気を遣うよりは良いのかもしれない。


「そうだ、おじいさま」


「なんじゃの」


「この後、ハル君と一緒に村を回ってみようと思うんですけど、良いですか?」


 そうだ、昨日一緒に外に出る約束をしてたんだった。


「おぉ、いいじゃないか」


 おじいちゃんより先に、お父さんが反応した。


「ハル、折角だし遊んできなさい」


「そうじゃの、家に居ても暇だろうし、そうするのが良いの」


 まぁ、約束もしたし、どうせ暇だったし。


「一緒にちょっと出てくるよ」


 僕もうなずいた。


「外で何か思い出したらいいのう?」


「そうですね」


 ご飯を食べ終えたミライが箸をおいて言った。


「一緒に記憶を取り戻しに行ってきます!」



―――――――



 外に出る支度をしよう。


 小さな肩掛けのポーチに財布と家の鍵を入れる。

 ポケットにハンカチを入れて……携帯も入れて……


 ピンポーン


 家の呼び鈴が鳴った。


「晴、出てくれるかの」


「はい」


 準備は一旦さておき、玄関に向かう。

 サンダルを履いて、普段通り鍵のかかってない玄関のドアを開ける。


 玄関先には、昨日ミライを家に連れてきた少年、カイが立っていた。


「お、ハルじゃん!」


 おじゃましまーす


 顔を見るや否や、玄関に上がり込んで肩に腕を回してきた。


「おはよう、おはよう!」


「お、おはようございます。カイさん……」


 やっぱり素でこのテンションなんだなぁ……


「呼び捨てでいいぞ!同い年だろ?」


「は、はぁ」


 同い年だし、呼び捨てでいいか。

 なんか、カイさんって呼ぶのは、海産物みたいでちょっと変な感じだったし。


 家の中から別の足音が玄関に向かってくる。


「お、カイ君!」


「お姉さん!」


 ミライだった。外に出る支度を整えて、玄関にやってきたところで鉢合わせたようだ。


「記憶は戻ったか?」


「い~や、全然」


「……そうか」


 カイが心配そうにしている。

 ……そういやカイは何をしに来たんだろう?


「そういやカイさん……じゃなくてカイ、用事は何でしょう?」


「あぁ、昨日のお姉さんが心配で覗きに来ただけよ」


 おやおや。

 良い奴じゃないか。昨日夕方に送り届けただけの、見ず知らずの人を心配するとは。


「あらら、ありがとね。心配かけてごめんね~」


 ミライは頭をポリポリ書きながら、ふと思いついたように。


「そういやカイ君、この後暇?」


「ん?時間はあるよ。どうせ遊ぶだけだから」


「あら。ならさ、村をチョット案内してくれない?」


 確かに、案内してもらえるなら助かりそうだ。

 僕もこの村、水ヶ谷村は詳しくない。

 この後散歩をするなら、誰か一緒にまわってくれると助かる。


「ん、いいぞ」


「よし、きまりだね!ハルも一緒ね!」


 このまま家を出る気満々だ。


「あ、僕荷物とってきますね」


 急いで客間に荷物を取りに戻る。


「ミライさん、カイ、お待たせしました」


「ん?ミライって……このお姉さんの名前か?」


「うーん、本名かはわからないんだけどね……」


 ミライも説明が難しそうだ。


「ま、歩きながら話すか!」


 カイがそう言って、玄関から飛び出した。


「おじいちゃん、お父さん、行ってきます。」


「いってきます!」


 僕とミライは家に向かって一声かけて、カイの後を追った。



―――――――



 水ヶ谷村は山間にある小さな村である。

 村の居住地域は細長く、真ん中に1本の川が通っており、その周囲に畑や家が建っている。


 山守家は村の一番奥側、川の上流、ほぼ森の中の高台に立地している。

 そこから少し手前側、平地になっている所に降りると村の役場があって、そこから少し下流方面に進めば緩やかに下る平地部が広がっている。平地部には畑が広がっており、その合間を縫うように道路が敷かれている。


 なので、山守家を後にした僕たちは、取りあえず役場のある平地の方へ下っていくことになる。

 ある程度舗装された道を下りながら、僕たちはカイにミライの事を話していた。


「ふーん、すると、ミライっていうのは、仮の名前ってわけ?」


「そう。もしかしたら本名なのかもしれないけど、確信は出来てない感じ」


「なるほどなぁ」


 カイもちょっと困った様子だ。


「そうだ。この後村を案内する前に寄りたい場所があるんだ。いいか?」


「私はいいよ。ハル君も良い?」


「うん、いいですよ。どこに寄るんですか?」


「ダチと遊ぶ約束してたんだ。そいつも一緒に案内に連れて行こうぜ」


 カイの友達……。どんな人なんだろう?


「あらら、遊ぶ約束してたのにごめんね。本当に大丈夫だった?」


 ミライが心配する。


「いいよ!2人で遊ぶよりは4人の方が賑やかでいいっしょ!それに……」


 カイが何故か恥ずかしそうに言う。


「まぁ……助け合いだ、助け合い!遊び友達も増えて一石二鳥よ」


 そう言ってカイがまた首に手を回してきた。


「いや~~、同い年の男のダチがいなかったからさぁ!俺は嬉しいよお」


 感無量、という感じである。


「こうやって一緒に遊んだり、学校でも駄弁ったり、宿題見せあって……あぁ、青春……」


 想像を膨らませて、感極まっているようだ。


 ……ん?学校?

 僕は引っ越してきたわけじゃないから、別に学校ではカイと会わないぞ?


「どわぁ」


 カイが足元の石につまずいて、前のめりになる。

 首に回された手が離され、手をぶんぶん振ってバランスを取っている。

 ギリギリ踏ん張って、何とかこらえたようだ。


「ふぅ、危なかった」


 大げさにおでこの汗を手のひらで拭って、ピッと横に払う。

 なんだその仕草……


「ささ、行こうぜ!」


 そんな話をしながら坂道を下った。



 僕たちは、どうでもいいような話をしながら歩く。

 この光景は、僕に学校での日々を思い出させた。


 親友と2人で毎日、どうでもいいような話をしながら下校する時間。

 昔から続いた日常で、いつもの楽しかった日々。


 そんな思い出を思い出すと同時に、その親友との最後が、自分の意志に関わらず連想される。

 嫌な気分になって来る。


 あの時から、ずっとこんな調子だ……

 何か楽しそうになるたびに、余計な事を連想してしまう。

 その場で1人になりたい気分になって来る。


 ……


 頭を振って、その思いを振り払う。

 考えるべきではない。過去の事だ。

 何とか、僕は忘れるべきなんだ。



 今、目の前に広がる景色に意識を向ける。


 カイがくだらない事をミライに話している。

 ミライはそんな話を聞いて、時々ツッコミを入れて、お互い笑っている。


 2人が出会ったのは昨日の夕方頃だろう。でも、傍から見れば既に2人は友達同士だ。

 そして2人は、僕もこの輪に入れてくれた。


 カイは、会ってすぐに僕の事を友達と呼んでくれた。

 ミライは……思えばとんでもない出会い方である。でも、家でも気軽に僕に話しかけてくれた。

 外に一緒に出よう、と誘ってくれたのもミライである。


 2人とも、本当にいい人だと思った。

 それと同時に、僕はこの関係を本当に大切にしたい、と願った。

 一度失ってしまったこんな関係を、もう2度と失いたくない。


 過去に囚われるな。これからのことを考えないと。



 カイが振り返って僕に話しかける。


「……で、ハルはどう思うよ?」


 いかん、何も話を聞いてなかった。


「ごめん、何も聞いてなかった」


「うぉ~い」

「あははは!」


 カイがズッコケる。

 ミライは面白そうに笑っている。


「ごめん!何の話だったの?」


 僕も2人の会話に混ざる。

 細い坂道を下りながら、賑やかな会話はずっと続いていた。

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