[7日目 - 午前] みらい地図 - みらい地図の示す場所で ①
ガタガタ、ピシャン!
客間の襖が勢いよく開く。その音で目が覚めた。
足音が近づいて来る。
「おきてーーーー!!!」
ミライの声。うるさい……
「うーん……」
眠い。昨日、夜遅くまで起きていたからだ。
頭がガンガンする。
「ほら、おきて!」
足で布団の上からゆっさゆっさと、揺さぶられる。
「わかった…… わかったよ」
ミライに起こしてもらうのは、久しぶりな気がする。
何とか寝返りを打って、布団から外に出る。
「うぅ、さぶい」
ぶるっ、と体が震える。
今日は、今までに増して寒かった。下手したら雪でも降るんじゃないだろうか。
服を持って、洗面台へ。
着替えて、歯を磨いて、顔を洗う。少しずつ目が覚めてくる。
脱いだ服を持って客間に戻ると、既に布団が畳まれていた。
ミライが片づけてくれたのだろうか、後でお礼言わないとな。
簡単に身支度を整えて、朝ご飯を食べに食卓に向かった。
「おじいさまと、聡さん、今日は用事で朝早くから出かけてるんだってさ」
ミライが、食パンを齧りながらテレビを見ていた。
「そっか。布団ありがとう」
「はいはい」
僕も既に用意されているトーストを口に運ぶ。
「ね、ついにあの壁の向こうに行けるね」
「そうだね」
「ハルは楽しみ?」
「ちょっと楽しみ。ミライこそ、どう?」
「私も楽しみだよ」
そんな会話をしながら、僕たちは朝ご飯を食べた。
「私、みらい地図の示す場所に着いたら、色々上手くいく気がするんだよね」
「そう?」
「うん、なんだか、そんな気がする」
「うーん」
そんなに上手くいくだろうか。
忘れてしまいそうになるけど、ミライは記憶喪失中。ミライの記憶を、その場所に行くだけで取り戻せるかどうか。かなり可能性は低いような気がする。
ただ、記憶に関して全然手掛かりを見つけられなかった中、唯一ミライが気になったのが、みらい地図だった。
そう考えると、ミライの記憶の手掛かりになる可能性は十分にあるのかも。
「ごちそうさまでした」
ミライが手を合わせて、食事を終える。
「じゃ、後で」
そう言ってお皿を片付け始めた。
僕も朝ご飯を食べる手を進める。
しばらくして、丁度良い時間になったころ、僕たちは揃って家を出た。
「いってきます」
「いってきまーす!」
2人で揃えて、誰もいない家に一声かけて外に出る。
そして、今まで通り、2人で並んで村へと続く小道を降りていくのだった。
―――――――
「おはよう、千夏」
バス停に着いたら、既に千夏は待合室の中にいた。
僕は待合室に顔を覗かせて、挨拶をする。
「おはようございます。ハル、ミライ」
千夏が待合室から外に出てくる。
「今日は寒いですね」
「ね、本当に」
ミライが手を擦る。
僕の住んでいた方ではここまで寒くなる事は、滅多になかった。
中々に堪える寒さだった。
「そして、カイは来ないですね」
「そうだね」
時刻は10時ちょうど、最近はカイは遅刻することが無かったのに、今日はちゃんと遅刻しているようだ。
「寒いですし、待合室の中で待ちましょうか」
千夏に誘われて、僕たちも待合室の中のベンチに座る。
カイが登場したのは、それから15分後の事だった。
「おはよう、みんな!」
うっす!と手を上げながら、平然とカイがやってきた。
「遅いわ」
千夏がチョップ。
「いやぁ、最近寝坊しなかったんだけどなぁ。寒くてベッドから出れなくてな」
うーん、それはわかる。
ミライが起こしてくれなかったら、僕も起きれなかったかもしれない。
「さ、遊び場に行こう!あの梯子運ぶの大変だろうから、父ちゃんに頼んであるんだ。軽トラで運んでもらうぞ!」
「お、カイ。準備が良い!」
「わはは、ハル、任せろ!」
4人で足取り軽く、遊び場の方へ向かうのだった。
―――――――
遊び場には軽トラックが既に駐められていた。
既に梯子は積み込まれていて、それ以外にも地面に梯子を固定するのに使いそうな土台と、何か尖ったフックの付いた大層な何かも積み込まれていた。明らかに、梯子の為にはオーバースペックな代物に見える。
「おう、皆。おはよう」
「父ちゃん、先に来てたのか」
「じゃぁ、先に運んでおくから壁の前で集合な」
「わかった」
カイと勇輔さんの2人で話を纏める。すでに遊び場での用事は済んでいたようだ。
勇輔さんは、軽トラックを走らせて遠くに去って行った。
「んじゃぁ、また歩きだな」
遊び場を去って、今度は壁の方へと歩き始める。
ミライが、みらい地図を取り出した。
「ようやく、この地図の先を確かめられるね」
「そうですね。ちょっと私、楽しみです」
千夏が言う。
「何だかんだ、結構時間かかっちまったなぁ」
カイが頭の後ろで手を組みながら言う。
「地図拾って、次の日父ちゃんに設計してもらって、次は田中さん所、で、昨日で今日」
指を折って数える。
「4日くらいかかっちゃいましたね」
千夏も指折り数えていた。
4日か。
「なんだか、僕は4日だけだったのか、って思っちゃうな」
何だかもっともっと長い時間を過ごしていた気がする。
「私も」
ミライも同意する。
「そうかなぁ」
カイは空を見ながら考えるように言う。
「でも、4人でずっと遊んでて、中々楽しい日々だったな」
「そうだね」
カイと千夏は顔を見合わせて、そう言った。
1分くらい無言で歩き続ける。
呟くようにカイが言う。
「ミライの記憶が戻って、春休みが終わったら、寂しくなるな」
いつになく本当に寂しそうな声だった。
そうだ。この日々には終わりがある。もしミライ地図を辿って、ミライの記憶が戻ったならば、あるべき場所へミライは帰っていくのだろう。
それに僕も、いつかは僕の住む都心部の家へ帰らなければならない。
楽しい日々を過ごす中、考えたくはない事だった。
でも、どうしても事実である。
「ねぇ、ミライ、ハル」
千夏が言った。
「本当に、もし気が向いたらでもいいんです。いつでも、この村に帰ってきてくださいね」
前を歩いていた千夏は振り返って、僕とミライの方を向く。
「私は、皆さんとこうして過ごせて、本当に楽しいんです。いつでも、歓迎しますからね!」
カイも振り返って言う。
「水ヶ谷村で同い年くらいの友達は、俺ら2人だけだったんだ。やっぱり、2人より4人の方が、良いもんだ」
僕の方に駆け寄ってきて、いつも通り肩に腕を回してくる。
「だからな、俺、いつでも待ってるからな。ハル、ミライ。いつでも俺らに会いに来てくれよ?」
温かいな、と思った。
この村に来てから、人と人の距離がとても近く感じる。
少なくとも、僕が過ごしてきた高校生活よりも、この村では人同士の繋がりを感じることが多い。
そして、その繋がりの輪の中に、そっと自然に僕を招き入れてくれた。
そして、色々問題のあった僕も受け入れてくれた。それが堪らなく暖かい、と感じたんだ。
ずっとこの場所にいられないのだろうけども、でも叶うならば、僕はこの場所に居たい。そう思った。
この居心地が良くて、温かい輪の中でなら、不器用な僕でも、きっと上手くやっていける。そんな気がした。
「……もちろんだよ、カイ。叶うなら、僕はずっとここに居たいくらいだよ」
「そうか、そうか!」
カイはご機嫌な様子でそう言った。
「ミライもだぞ。俺たち、いつでも待ってるからな」
「……うん。カイ、千夏、ありがとうね」
ミライは笑顔でそう言った。
いつか別れの時が来ることはわかっている。
だけども、その時までは楽しく精一杯過ごしたいな。
僕はそう思った。
―――――――
民家を抜けるような細道を辿って、しめ縄の付いた岩を通り過ぎる。
坂道を登って、僕たちは壁の正面までたどり着いた。
既に勇輔さんが到着していて、軽トラックから荷物を降ろしている。
もう一人、その手伝いをしている人がいた。農家のおじさんだ。
前にみらい地図を初めて辿った時、あの壁の上に道が続いていたであろう、と教えてくれた農家さんだった。
「父ちゃん!と……こちらの方は?」
カイが勇輔さんに声を掛ける。
「おう、山野さんだ。そこの家に住んでる見守り隊のメンバーで、今日は手伝って貰ってるんだ」
「山野さん、お世話になります」
千夏が頭を下げる。
いいのよ~、と軍手を付けた手を振って、山野さんは答えた。
「ま、準備はこっちでするから、皆はそこで見てな」
勇輔さんはそう言って、梯子をかける準備を進めた。
既に梯子を地面に固定するための土台は設置されていた。
これも中々大層なもので、杭のようなものが4か所地面に打ち付けられている。そこに、既製品の脚立ががっちりと固定されていた。しかしこれだけでは壁の上には全然届かない。
勇輔さんがその脚立の一番上まで登る。ポケットから縄のような物を取り出した。先端にフックが付いている。
そーれ、と壁の上に縄を投げた。フックが地面に突き刺さる。上手く縄に足を絡めて、いとも簡単に壁の上まで登ってしまった。
「登れちゃったじゃねえか」
カイがつぶやく。
「いや、僕たちには無理だよ……」
「そりゃそうか」
僕は突っ込んだ。
「おおい、皆、手伝ってくれ」
山野さんから号令がかかる。僕たちも梯子の組み立てを手伝う事にした。
とはいえやることは簡単だった。
まず、フックの付いたよくわからない構造物を勇輔さんが垂らしたロープに括りつけて、壁の上に持ち上げる。それを勇輔さんが何やら上手く壁の上で固定した。
後は、その構造物と、地面の足場の間に梯子を2つ固定すれば完成という事らしい。
梯子本体は結構な重量があった。カイとミライで持ち上げる。それで、壁に立てかけるように土台の上にのせて、僕と山野さんで固定した。
次にその上に梯子を載せるのが大変だ。壁の上の構造物に、簡単な滑車が付いていて、それで梯子を吊り上げる。宙ぶらりんになっている梯子を勇輔さんが捕まえて、何とか上部を固定した。
その後、梯子と梯子を繋ぎ合わせるように、山野さんが固定具を取り付ける。
『大部から川南坂上、上側はオッケーだ。下はどうですか?』
山野さんの腰から声がする。目をやるとトランシーバーを付けていた。そういえば、前会った時も付けていた気がする。
山野さんは手慣れた手つきでトランシーバーで話す。
「川南坂上から大部、こっちも固定OKです。後は手すり付けましょう」
レンチで固定具を捻りながら、山野さんは言った。
トランシーバー、もしかして村中の結構な人数持ってるのかな?
……なんでこんなに普及してるんだ?
考えている間に、山野さんがロープを2本持って梯子を上る。
上で勇輔さんと受け渡して、ロープが梯子の左右にピンと張って固定される。
『よし、じゃぁ登らせましょう』
勇輔さんの声が聞こえた。
「よし、じゃぁ皆、準備は良いかな?」
山野さんが僕たちの方を見て言う。
「OKだ!」
カイが答える。
「よし、じゃぁ順番に上に登ろうか」
しっかり、下の土台を山野さんが支える。
壁の上からは勇輔さんが梯子を掴んでいる。
相当万全な体制だ。しかも梯子に手すりまでついている。
これなら安心して梯子を登れるだろう。
カイ、ミライ、千夏、僕。
この順で僕たちは梯子を上った。
「……やったな!」
壁の上でカイに合わせて、僕たちは皆でハイタッチした。
ついに、この壁を登り切ったんだ。
僕たちの後ろから見守るように、勇輔さんが腕を組んでニコニコしていた。
「んじゃ、俺は下に降りるぞ。梯子から降りても良いし、上の道から降りても良いけど、この梯子から降りる時は気を付けるんだぞ」
そう言って、勇輔さんはひょいひょい、と梯子を下りて行った。
「じゃぁ、行く?」
早速ミライが地図を取り出した。山の斜面の方に目を向ける。
下から見た通り、明らかに人工的に整えられた道が山の上に向けて続いていた。
「いこうか」
僕は言った。
そして、4人でミライ地図を辿って、山の上へ、上へと歩を進めた。




