[6日目 - 午後] 越路家 - 正しく向き合う事 ②
「えぇ?」
結寿葉さんが慌てて、玄関の方に向かおうとする。
多分ドアが勢いよく開けられる音だ。
と、
ばこーーーーん
今度はこの部屋に通じる扉が勢いよく開いた。
扉の前にミライが仁王立ちしてた。
「ね、ね、ミライ。ちょっとおちついて……」
後ろで千夏があたふたしている。
千夏を置いて、ミライは一直線に僕の方へ歩いてきた。
一目でわかる。ミライはキレてる。
メッチャ怒ってる……
思わず目を反らす。
「こんの、馬鹿垂れがぁ!!」
べち、と両手で頬を挟まれて、ぎゅううううっと圧縮される。
「い、いでででべべべべ」
口がタコみたいになる。
あの勢いだと、ビンタかグーパンチくらいは覚悟していたから、思ったよりは優しい扱いだった。
「あの!はしご!ぶっ壊したの!あんたでしょう!!」
「ぶべ、ぶべん」
「あぁ?聞こえん!」
恐る恐る千夏も僕とミライの横にやって来る。
ぎゅうっ、とさらに強く顔を圧縮された後、ようやくその手から解放された。
「で、はしご。ハルが壊したの?」
「……うん」
隠しても無駄だろう。
隠すつもりもない。正直に言う。
「でしょうね」
ミライは腕を組んで言う。
「で、なんで逃げたのさ」
本題とばかりに聞いて来る。
僕は少し躊躇したけど、これも正直に言うことにした。
「……怖くて」
「怖い?」
「壊したってみんなにバレて、僕に失望して、皆と離れ離れになっちゃったらどうしよう、って怖くて……」
「で、逃げたの?」
「うん……」
はぁ、とミライがため息をついた。
10秒くらい沈黙の時間が流れる。
「あのねぇ」
ミライの声は震えていた。
ミライがぼくの頬をまた掴む。否が応でも、ミライと目が合った。
僕は驚いた。
ミライが、目を腫らしていた。
「そんなことで!ハルから離れるわけないでしょうが!」
「……ミライ」
震える声で、凄まじい剣幕で叫ぶ。
「なんで?ねぇ、ずっと一緒に遊んできたじゃん。記憶取り戻すって言って助けてくれたじゃん。昨日もさ、私の事心配して、勇気づけてくれたじゃん!」
ミライが、声を荒げる。涙をこぼしながら、訴えるように言ってくる。
「なのになんで!ハルは私たちの事信じてくれてないのよ!なんで逃げたのよ!」
「……」
また、自分が情けなくなってくる。
そうか、僕は皆を信じられていなかったのか。
何も、言い返せない。
「なんで、なんで昨日約束してくれたのに、ハルは私から離れようとしちゃったのよ……ねぇ……」
「……ごめんなさい、本当にごめんなさい」
謝る事しかできなかった。
目を瞑る。ミライに顔合わせできない。
ミライの嗚咽が聞こえてくる。
あぁ、ミライを悲しませた。それは一番、やっちゃいけない事だっただろう。
深い後悔の念が、僕に突き刺さる。
長い時間がたった。多分十数秒くらいだけど、僕にとっては長すぎる時間だった。
そして、この状況に向き合って、前に進む時がきた。
そのきっかけは、やっぱりミライがくれた。
「ねぇ、ハル」
「ミライ……」
ミライが小さな声で話を切り出す。
「昨日の約束覚えてる?」
「……うん」
「私から逃げて、独りぼっちにしようとした?」
一瞬、カイや千夏がいるから、とも思った。でも多分そう言う事じゃない。
「本当にごめんなさい。ミライから、僕は逃げてしまった。カイからも、千夏からも」
「私は許す」
「……え?」
「でも、もう一回。今度こそ、約束して」
「約束?」
「絶対に、これからは逃げないって」
「……」
「その代わり、私もハルとこれからも、一緒にいられるように頑張るから」
「……うん」
「私を信じて」
「うん」
「指きりね」
ミライが小指を差し出してくる。
僕もそこに小指を差し出した。
「ゆーびきった」
ピッと小指が離れる。
「昨日は、ちゃんと指切らなかったからね。約束破られちゃったのかな?」
ミライが茶化すように言う。
確かに、指を切らないまま寝てしまったけど。
「違うよ。僕が、バカだったから……」
「でも次からは?」
「うん、絶対に同じ過ちはしない」
「よし、信じる」
ミライが立ち上がった
「でも、千夏とカイにはちゃんと謝らないとね」
「そうだね」
横を見ると、千夏はいなかった。
気を利かせてか、部屋の外に出て行ったらしい。
ふと、ドアの方を見ると、ひょこッと顔を出す千夏がいた。
「ねぇ千夏」
僕が千夏を呼ぶ。
千夏はちょっと戸惑ったけど、ゆっくり僕のほうに歩いてきた。
僕は覚悟を決める。
「ほんとうに、すいませんでした!」
その場で土下座した。
最上位の誠意の見せ方は、僕の手札にはこれしかなかった。
頭を床に押し付ける。
「あ、ちょ、ちょっと。ハル、顔を上げて、上げてください」
言われて僕は顔を恐る恐る上げる。
「もう、友達にする謝罪の方法じゃないでしょう」
千夏は腕を組んでそう言う。
友達に、と千夏は言ってくれた。その言葉に、強く救われる自分がいた。
「別にいいですよ。梯子くらいで、廃れる仲じゃないですよね?」
ふふっと笑う千夏。
あぁ、やっぱり僕がバカなだけだった。
まずは、謝るべきだった。僕が話を拗らせすぎたんだ。
謝らずに、ちゃんと向き合わずに逃げたりするから、こうやって話が難しくなる。
僕の悪い癖なんだろうな、と自覚した。
2カ月の間に2度もやらかしてるんだ。
3度目は無いぞ、と自分に言い聞かせる。ちゃんと成長しなければ。
「ふふふ、仲直りできたみたいね?」
結寿葉さんが笑顔で部屋に入ってきた。
「ね?ハル君。そんなに悲観的になる事でもなかったでしょ?」
「そうだったみたいです。僕が逃げたばっかりに」
「案外何とかなる物なのよ?」
と、その後ミライと千夏のことを見て。
「そうね。千夏、ミライちゃん、ハル君、少し席に座って。10分だけ時間を頂戴?」
そう言って、ハーブティの入っていたティーポットを片手に、台所に向かっていった。
その後、ティーカップを2つ持ってきて、テーブルの上には4つのカップが置かれる。
僕たちは言われるがままに、席に座る。
香りのよいハーブティが、4つのカップに注がれた。
「3人に授業をします」
ハーブティを頂いていると、唐突に結寿葉さんが言った。
「ふふ、ちょっとだけ聞いてね?」
そう言って、こんな話を切り出した。
「ね、ハル君。さっき、私は意外と何とかなるでしょ?って言ったわよね」
「はい」
「ただね、世の中には本当に取り返しのつかない事、っていうのはあるの」
穏やかな表情と声で、話はじめた。
「取り返しのつかない事は、どうにかして自分で受け入れないといけない。乗り越えないといけないの」
結寿葉さんはミライの方を見て話している。
「そういう事が、人生の中で数回はあるはずよ」
僕たちは真面目に話を聞く。
「大抵、それは乗り越えるのが大変な物なのよ。それでも、自分で何とか乗り越えないといけないの」
取り返しのつかない事、どんな事だろうか?
「でも、乗り越えるために他の人を頼れることは、忘れないでね」
結寿葉さんが、ここが大事、とばかりに力を込めて言う。
「自分だけでは受け入れられない事でも、誰かと一緒なら乗り越えられることもある」
結寿葉さんは僕たちのことを見渡した。
「ふふふ、こうやって信頼できる友達もいるわけだしね!」
友達、か。
「自分一人ではどうにもならない事なら、誰かを頼ってみる、っていう方法があることも忘れないようにね」
と言って、結寿葉さんは話を締めくくった。
と思ったら。
「あ、でもハル君。本当にそれが取り返しのつかない事か、という観点も大事よ」
ウインクしながら結寿葉さんが付け足した。かわいい。
「実は勘違いしてるだけで、何とかなる事も多いんだからね!」
「う、反省します」
「よろしい、じゃ、解散!」
結寿葉さんは立ち上がって、台所の方へ戻って行った。
「さ、ハル、ミライ。遊び場に戻りましょう」
千夏がそう言って、席を立った。
「2人とも、本当にごめん」
「いいですよ。済んだことです」
「まったく、ハルは人づきあいが不器用だなぁ」
ミライがそう言いながら、カイみたいに腕を肩に回してくる。
こうやって、普段通り関わってくれることが、本当にありがたかった。
「カイにも謝らないと。そういえばカイはどこにいるの?」
「なんか、梯子のことは俺が何とかするから、私たちはハルの所に行け!って言って、どっか行った」
ミライが教えてくれた。
うーん、やっぱり僕の犯行とバレバレだった。
そりゃそうだよなぁ。僕しかあそこに居ないんだもん。
あの時の僕は、やっぱり冷静さを欠いていたようだ。
「まぁ、一度遊び場に戻りましょう」
「そうだね」
そう言いながら、越路家を後にした。
遊び場への道を3人で進んでいく。
いつも通りの歩幅で、いつも通り他愛もない話をしながら。
太陽の光が僕たちを照らす。
ふと、目の端で何かが淡く輝いたように感じた。目を向けると、そこには1本の木が植えられていた。
小さな若葉を枝に付けている。青々とした小さな葉が太陽の光をうんと浴びている。赤茶けた木肌に浮いているその色に目を取られる。
それは、春の訪れを予感させるような、そんな力強い緑色だった。




