[4日目 - 午後] 越路家 - 知識は将来のために ②
「みんな、お兄さんとお姉さんが来てくれたから、もし解らないことがあったら聞いてみてねー」
結寿葉さんがそう言う。
はーい!と子供たちが答える。
子供たちは皆小学生だった。思い思いにテキストを広げて、宿題を進めている。
皆真面目に宿題に取り組んでいた。偉いなぁ。
「晴くん、ミライちゃん、1つだけルール。宿題の答えをそのまま教えるのはダメよ。なるべく、考え方を教えるようにお願いね」
なるほど、答えを教えるだけでは子供たちの為にならない、という奴だ。
気を付けておこう。
まず、女の子が結寿葉さんの元に質問に行った。
社会の穴埋め問題が分からないみたいだ。
「そうね、教科書を読んでもわからなかったの?」
うん、と女の子は頷く。
「それなら、他の本を読んでみるのが良いかもね」
そう言って、結寿葉さんは他の部屋から1冊の歴史の漫画を持ってきた。
「このページから読んでみて。きっとわかるはずよ」
うん、と頷いて、テコテコと席に戻って行った。
なるほど、教科書以外の本を読んでみるように勧める。そんな手段もあるのか……
その後、何人か質問に来た。
ミライは人気者だった。何人かがミライに質問に来るが、ミライは教えるのに苦労している様だった。
あんまり物事を教えるのは得意じゃないらしい。
そして、僕の元には全然誰も来なかった。
ちょっと凹む。寂しいなぁ。
でも結寿葉さん、ミライ、僕が並んでいたら、そりゃ他2人に行くよなぁ。
しゃーないか。
凹みつつ、自分で納得できてしまった。
ふと前を見ると、男の子が算数のテキストを持って立っていた。
「兄ちゃん、これ教えて!」
「お、君は朝会った……!」
「やっぱり兄ちゃんだ!」
さっきも手を振ってくれた、男の子だった。
「よし、分からない問題を見せてみて」
感動の再開だ。僕も気合が入る。
分からないという問題を指さす。割合の問題だ。
『?円の5倍は200円』
?に入る値は?という問題だ。
「いくつだと思う?」
試しに聞いてみた。
「100円?」
「違うかも」
「じゃぁ、200円?」
「算数だから、計算しないとね」
「……じゃぁ、200×5?」
と言って、紙でひっ算を始めた。
「1000?」
頭を抱える。これは教えるのは大変だ。
……でも、期待に応えねば。
「よし、まずは割合とはなにかを教えよう。そこに座りたまえ」
男の子がちょこんと座る。
僕は1枚紙を取って書いていく。
「まず、割合というのは、くらべる量、もとにする量の2つを使って計算するものなんだ……」
10分くらいかけて、何とか教えた。
一応、その子は1人でその後の割合の問題を解けるようになった。
でも、本当に割合の本質を伝えられたかは疑問である。
教えるのって、難しい……
その後もその男の子は何度も僕の所に来てくれて、何とか必死に算数を教えた。
……その男の子以外は誰も来なかったけど。
:
:
「よし、皆そこまで!」
パン、と結寿葉さんが手を叩いた。
よっしゃーーー!
遊びに行くぞ!
私は帰ってゲームする!
コンビニ行こ!
皆思い思いにこれからどうするかを言いながら、荷物をさっさと片付ける。
「暗くならないうちに、家に帰るんですよ!」
「「「せんせい、ありがとうございました!」」」
皆で声を合わせて、頭を下げて、部屋を出て言った。
ドタバタドタバタ。
家を出ていく音がする。
「つ、疲れた……」
流石に疲れて、椅子にもたれかかる。
横を見ると、ミライが突っ伏して頭から煙を上げていた。
ミライは途中から大人気で、列ができていた。
多分、教えてもらいたいというよりは、ミライと話したいからと並んでいる子が多かった気がする。
結寿葉さんは苦笑いだったけど、特には子供たちを咎めなかった。
「2人とも、お疲れ様でした!」
そう言って、また冷たい麦茶と、さっき食べ損ねたクッキーを出してくれる。
クッキーを頂く。バターをふんだんに使ったしっとりとしたクッキーだ。
糖分が頭に染みわたる。
ミライは沸騰した頭を麦茶で冷やしていた。
「途中から誰も私の所に来ないんだもの。楽だったわ~♪」
結寿葉さんはご機嫌だった。僕に1人、他は全員ミライ。
苦労したのはミライだっただろう。
「ミライ、お疲れ様」
「ハル……でも子供達可愛かったから平気……」
そう言いながら、クッキーをハムスターのようにガジガジと齧っていた。
「結寿葉さんは、ずっと子供たちに勉強を教えているのですか?」
僕は聞いてみた。
「そうねぇ。元々先生になりたかったのだけど、学生時代体調を崩してしまってね」
「体を……」
「それで先生にはなれなかったけど、こうやって長休みの間は子供たちに勉強を教えてるの」
「そうなのですね……」
ミライがそういう。
本当は先生になりたかったけど、その夢は叶っていないのか……
「私なりの教え方だけど、子供たちの役に立ってるのは、嬉しい事ね」
結寿葉さんはニコニコと笑っている。
「そういえば、お仕事はライターをされているのでしたっけ?」
「あら、そうよ。パソコンで記事を書いてるの」
そう言って、部屋の隅に置いてあるノートパソコンを指さした。
そういえば、さっきもあのパソコンで何かを書いていた。
「体調を崩しちゃったとき、病院で長く入院してたのだけど。その時に先生の教えでパソコンで勉強を続けてたの。それで、折角だし勉強したことをブログで発信してたら、ちょっとだけ有名になっちゃってね」
結寿葉さんがウインクする。可愛い。
「で、その流れで学術誌とか学問系のブログのライターに誘ってもらって、それをお仕事にしてるのよ」
「すごいですね」
僕は素直にそう言った。
「すごいでしょ」
結寿葉さんがサクッと自慢げに返した。
ちょっと面白かった。
「あの時勉強を続ける様アドバイスしてくれた先生には、今でも頭が上がらないのよね」
「ゆずはさんの、恩師、って感じですか?」
ミライが聞く。
「そうそう。恩師よ。大切な事を沢山教えてもらったの」
結寿葉さんが、昔を懐かしむように目を閉じる。
「知識を授けるだけでなく、学ぶ術を教えるべし。ってね。その先生の口癖」
ふと、結寿葉さんが子供にマンガを渡して読むように言っていたのを思い出した。
あれは、本を読んで学ぶ方法もある、と伝えようとしていたのだろうか?
「今日2人が来てくれたのは、子供たちにとっても良かったと思うの。解からないことを、年上の人に聞いて解決するのも、1つの方法だからね」
「……なるほどです」
今となっては、誰かに聞いて物事を解決するのは当たり前のことだ。
でも思えば子供のころ、誰かを頼るのって躊躇しがちだった気がする。
その後、カイと千夏が返ってくるまで、他愛もない話をしていた。
暫くしたら、2人が家に帰ってきた。
「ゆずはさん、俺宿題全部終わらせたぞ!」
カイが高らかに宣言する。
「あら、偉いわね!じゃぁ約束通り、キャリアーと脚立を取りに行きましょうか」
僕たちは、結寿葉さんと一緒に外に出た。
そのキャリアーと脚立は、家の横の広場に置かれた物置に仕舞われていた。
結寿葉さんが物置を開けて、キャリアー、というか手押し車を取り出す。
その手押し車には、ジジと書かれていた。
「そういえば、結寿葉さんもジジ団なんでしたっけ?」
「あ、ハル。それはマズい」
カイが慌てる。
あれ、僕何かしてしまっただろうか。
「あらら、晴くんはもう知ってるのね」
顔は笑ってるけど、声が笑ってない。
地雷か何かを踏みつけたか。
「まったく、ジジ団だのババ団だの、私を何歳だと思ってるのかしら……」
「私のお母さん、ジジ団って名前がジジ臭くて気に入らないらしいです。あんまりその事を言わない方が良いかもです」
千夏が小声でそう言った。
「あの人たちは、過去に囚われすぎてるのよ。もっと前向きに取り組まないといけないわ。あぁもう……結局やってることもジジ臭いのよねぇ……」
独り言だ。愚痴が止まらない。
これは、今後気を付けよう。
「あ、それより、これと脚立は春休み中使ってくれていいわよ。使い終わったら戻しに来てね」
コロッと切り替わって、結寿葉さんが僕に言った。
「あ、あ、ありがとう……ございます」
「いいのよ!それじゃ、私は家に戻ってるわね!」
「ママ、私たちこれを運びに行ってくる」
「あらそう?じゃぁみなさん、お気をつけてね」
優しい笑顔で僕たちに手を振ってから、結寿葉さんは帰って行った。
僕たちは手押し車に脚立を載せて遊び場まで運んだ。
今日はその2つを遊び場に置いておき、解散することにする。
明日はバス停でいつも通り集合することにして、僕たちは自分の家に帰った。
僕とミライはいつも通り、山守家へと通じる小道を歩く。
辺りは夕暮れ、今日も一日が終わろうとしていた。
―――――――
夜、山守家。
いつも通り、4人で食卓を囲んでご飯を食べていた。
ピンポーン
家のチャイムが鳴った。
「むぅ、こんな時間に来客かのう?」
「僕行ってくるよ」
そう言って、僕は玄関に向かって歩いて行った。
玄関のドアを開けると、そこには勇輔さんがいた。
「よう、晴くん。聡はいるか?」
「お父さんですね」
「おう」
お父さん~~と、台所の方に向かって声を上げる。
父さんが、歩いて玄関の方に来るのが見えた。
「おや、ゆうさんじゃないか」
「さとるぅ、夜暇か?飲みに行くぞ!」
勇輔さんがお父さんの肩に手を回して、外に誘っている。
「い、今からか?今日?」
「おう、んじゃうち集合な!」
じゃな~晴くん。
言うだけ言って、手を振って小道を小走りで降りて行った。
「おいおい、返事してないぞ。私は」
「父さん、行くの?」
「……まぁ、ご飯食べ終わったらちょっと行ってくるよ」
そう言って、台所に戻って行った。僕もその後ろに付いて行く。
言った通り、ご飯を食べ終わったら、お父さんは外に出ていった。
(勇輔さん、なんで電話じゃなくて、直接誘いに来たんだろう?)
そう思ったが、多分電話だったら父さん断ってるんだろうなぁ……と思った。
とすると、誘い方としては大正解だったのかもしれない。誘われた側はたまったもんじゃないが……
流石、大部家の人を誘い込むパワー。
―――――――
風呂に入って、またミライと2人で布団に包まる。
やっぱり、ミライは寝付けないようだった。
何とか寝ようとしているみたいだけど、上手くいかないようだ。
僕も、そんな様子のミライのことが気になってなかなか眠れなかった。
突然、ミライはバッと起き上がって、隅から何かを取り出していた。
床に寝転がって、カリカリカリ、と何かを書いている。
「……日記?」
「そうだよ」
僕は布団に包まったまま聞いた。
「ハルも書く?」
「……僕はいいよ」
「交換日記してもいいんだよ?」
「……いいや」
交換日記なんて、人生で1度もしたことが無い。
あれはどういう物なんだ……?
「まぁ、1枚あげるよ」
ペコっという音がした後紙が数枚、布団の足元に差し込まれた。
僕は布団の中で足を上手く使って手元へ手繰り寄せる。
紙は日付とメモが書けるようになっていた。
「書きたくなったら、それ使って」
「……使うかなぁ……」
一応貰ったものだし、枕元に置いていた何時ものポーチに入れておく。
「気が向いたら、私と交換日記をしようか」
「……しないかなぁ」
「ちぇっ」
ミライは暫く日記を書いていた。
カリカリカリ……
眠くなる音だ。
カリカリカリ……
自然と瞼が落ちてくる。
ほぼ夢の中。
しばらく時間がたって、ミライが布団の中に戻る音が聞こえた。
時折、粗い息遣いが聞こえる。ミライが苦しそうだ。
少し目が覚めてきた。
昨日言っていた、知らない人の声がする、という話が気になった。
それでミライは苦しんでいるのだろう。
どうすれば、その苦しさを和らげてあげられるだろうか。
いつ、記憶が戻るのかも分からない状況だ。
それに記憶が戻っても直らないかもしれない。
苦しい時、怖い時、どうしてあげれば良いのだろう。
……ふと、何か懐かしい気持ちが心の中に浮かんだ。
そこにあるのは、包み込まれて、安心できるような温かさだ。
僕はそれが何か知りたくて、記憶を手繰り寄せるように手を伸ばす。
でも、それを掴むことは叶わない。実体のないものを引き寄せることは出来なかった。
それでも知りたくて、思い出したくて、手を伸ばす。
僕はいつの間にか眠りに落ちていた。
お読みいただきありがとうございます。
月曜と木曜、週に2回 2話ずつ更新予定です。
もし宜しければ、評価を頂けますと幸いです。よろしくお願いします。




