[4日目 - 午前] 大部家 - 技術は日常のために ②
「1つ目のポイントはここですね」
千夏が、勇輔さんから受け取った紙の1枚目を見ながらそう言った。
コンビニ(という名の個人商店)の正面の、舗装された2車線の道路だった。
スタート地点に立って、ミライと僕が横並びで地面に目をやる。
後ろから千夏が付いてきて、僕たちが声を出した場所を紙にメモしていく。
勇輔さんから頼まれた手伝いは、こんなものだった。
「いいかい、ここに5枚の紙がある。上に地図があって、点線になっている道路がチェックしてもらいたい道路だ」
その後、細かい説明が続く。要約するとこういうことだ。
まず、僕たちは紙に指定された道路まで行く。
そして、道路の指定された区間をくまなくチェックして異常や危険が無いかを確認する。
何か見つかったら、その紙にメモしておく。
要するに、道路の安全点検をしてくれ、という訳だった。
そんなわけで、僕たちは道路に目を凝らす。
こうしてしっかり見ると、案外田舎の道路にしては丁寧に整備されているな、と感じた。
ひび割れや大きな段差がコンクリートにはありそうなものだが、既に補修されたような跡が見える。
ほとんど目立つような問題はこのポイントでは見つからなかった。
「うん、ここはOKだね」
「そうですね」
千夏が、紙に問題無し、と書いた。
その上に日付と時刻、チェックした僕たちの名前を書く。
これで1つ目のポイントクリアだ!
「残り4つだね。頑張ろう!」
「そうだね!」
「よし、がんばりましょう!」
僕の掛け声に、ミライと千夏も返してくれる。
わいわい、と話しながら次のポイントへ向かった。
2つ目のポイントは大きな道からは少し離れた、農道のような道だった。
畑と畑の間を通る細い砂利道だった。
「こんな所までチェックするんだね」
ミライが言った。
確かに、そもそも人通りも少なそうな道だ。
本当にここまで全部確認しないといけないのか、僕は少し気になった。
「ね千夏、そこ凹んで水たまりみたいになってるよね」
「そうですね、あれは書いておいた方が良いでしょう」
ミライの指摘に答えて、千夏が紙に場所と状態を記載していく。
待って~~!
あははははは!
集まって千夏が紙に書いているのを見ていたら、小さな子供の声がした。
目をやると、小学生くらいの子供たちが2人、この道を走っていた。
僕たちの横を通り過ぎる時に、
お兄さん、お姉さん、こんにちは!
こーんにちはーー!
元気にそう言って、手を振って走って行った。
「こんにちはー!」
ミライが元気に挨拶を返す。
千夏は小さく手を振っている。
2人の子供の背中が小さく離れていくのを見守る。
その背中が何だか眩しかった。
「そうか。こんな道でも、しっかりチェックしないとダメだね」
「そうみたいですね」
「ね」
誰が通っても、何が通っても問題はないだろうか?
僕はより一層目を凝らして、たまには道を俯瞰してみて、色々な角度から問題が無いかチェックしていく。
道の途中に大きな石ころが落ちていた。
もしかしたら子供たちが足を引っかけて転んでしまうかもしれない、と思った。
そっと、道の脇に石を寄せておく。
「ハル、ナイスだよ」
ミライがグーサインを出してくれる。
僕もグーサインを返した。
こうして、2つ目のポイントも確認し終えた。
大きなへこみが1か所あったこと、他にも砂利が剥げてぬかるんでいる場所が1か所あったことを記して、次の地点へと向かった。
3つ目と4つ目は互いに近くにあって、どちらも舗装された1車線道路だった。
飛び出し注意の看板が折れてしまっていたのと、1か所だけコンクリートのひび割れを見つけたので記入しておいた。
問題は5つ目のポイントであった。
「き、きつい……」
とんでもない急勾配の坂道だった。
コンクリートには、縞々の切れ込みが入っていて、滑り止めになっている。
そういう工夫がされるくらいには急勾配の坂だった。
自慢じゃないけど、ここのところ引き籠りだった僕だ。色々失ったものリストの中に、持久力も含まれている。
口の中が血の味になる。涼しい季節だというのに、汗が止まらない。
「ほら、ハル。あと一息だよ!」
ミライが励ましてくれる。
千夏は……千夏も余裕そうだな……
「ハルって、意外と運動神経悪いんですね……」
へぇ、という感じで千夏が見てくる。
やめてくれ。凹む。
ようやく坂の頂上にたどり着いた。
「ぜえ、ぜえ……」
全身で呼吸する。ふくらはぎが痛い。
「お疲れ様、ハル!」
ミライがハンカチで汗を拭いてくれた。
「あぁ、ハンカチが汚れちゃうよ。大丈夫大丈夫」
「いいのいいの!私のじゃなくて、実おじいさまのハンカチだから!」
確かに、おじいちゃんのハンカチだ。
(……)
すっごい複雑な気持ちになった。
「さぁ、最後のチェックですよ。後は坂を下りながら確認するだけです!」
よし、最後のひと踏ん張りだ。頑張れ自分。
「よし、やるぞぉーー!」
「おぉ、気合十分ですね……」
声を出して、気合を出す。
千夏にちょっと引かれた気がした。
僕たちは坂を下りながら、問題が無いか確認していった。
結果、特に気になる箇所は無かった。
問題なし、と千夏が記載する。
問題が無いのなら、登り損じゃないか、と一瞬思った。
でも、直ぐに、問題が無い事を確認するのも大事なんだろうな、と思った。
多分、事故が起きたりしてからでは遅いのだから。
「よし、おしまいだ!帰ろうか!」
ミライが言った。
「そうしましょう」
紙5枚を千夏が纏める。
僕たちはこの成果を抱えて、大部家へと戻っていった。
―――――――
「おう、お帰り!全部見てきたか?」
「はい、これがチェックシートです」
作業場で、勇輔さんに千夏が紙を手渡す。
奥の机でカイが突っ伏しているのが見えるけど、一旦は触れないでおく。
「どれどれ」
1枚1枚、丁寧に確認している。
「うん、良いだろう。3人ともお疲れ様!」
「よしゃ!」
ミライがガッツポーズ。僕たちのお手伝いは無事成功したようだ。
「どうだ、なかなか大変だったろう?」
「大変でした。でも、大切な仕事なんだと思いました」
僕は素直に思ったことを言う。
「ほう、そう思ってくれたか!」
紙をクリアファイルに仕舞いながら、勇輔さんは嬉しそうに言った。
「こういう、地道な作業が大事なんだ」
「これって、全部の道を勇輔さんが確認してるのですか?」
ミライが聞く。
「まさか!出来るわけないじゃないか」
わははは、と笑う。
「村の皆で分担して年に1回確認してるんだ。俺はそれを取り仕切って、問題があったら修理する手はずを整えてるだけだ」
誇らしげに勇輔さんが語る。
「私はね、父から継いだこの技術を使って、村の皆が安心して暮らせる日常を守りたいんだ」
バインダーの中に僕たちがチェックしたシートが仕舞われる。
バインダーは相当な分厚さがあって、その分の道路が守られていることが伺えた。
「村の安全は、小さなことの積み重ねで守られているんだ。君たちにお願いした、チェックシートとかね」
ロッカーのような棚を開いて、そのバインダーは仕舞われた。
その棚には年度が背表紙に掛かれた同じようなバインダーが沢山仕舞われていた。
「だから、君たちもぜひ協力してもらいたくてね。道に危ないところがあったらジジ団に報告する。ゴミが落ちてたら拾うだけでもいい。そうやって、皆で協力して、皆で村の日常を繋いでいくんだ。協力してくれるかい?」
「もちろんです!」
千夏が即答した。
僕とミライも頷く。
「よし!みんなが協力してくれるのなら、私も君たちに協力しないとな!」
おい、快!
声を上げて、勇輔さんがカイを呼んだ。
カイがむくりと立ち上がって、手に1枚の大判の紙を持ってこっちにやってきた。
顔がやつれている。疲れてそうだ。
「おまえら、すまん」
「え、どうしたの?」
開口一番謝罪の言葉。驚いて、思わず聞く。
「昨日の設計図の残り香も感じないモンになっちった」
そう言って、カイが手に持った紙を広げた。
立派な設計図が、そこにはあった。
使用する部材が詳細に書かれ、僕たちの為に組み上げる順番や使用する材料のリストまで書かれている。
そして、その梯子は余りにも僕たちが昨日描いた梯子からはかけ離れたものではあった。
「まぁ、しかたないよ。元々無理があったから」
千夏がカイに言う。
「そうだよ。安全に上まで登り切るのが大事だから!」
僕もカイに言う。
続いてミライが言う。
「それにさ、これを皆で作り上げるのが大事でしょ!」
「……そうだな。そうだったな!」
カイが、下を向いていた顔をグイッと正面に持ってくる。
「おっしゃ、これを皆で作り上げるぞ!」
腕をぶんぶん振り回す。
それでこそ、いつだってハイテンションなカイらしい。
「それじゃ、簡単に俺らが作る物を説明するぞ」
「待った、快」
テンションが上り調子なカイを勇輔さんが止める。
「それは後にして、一旦昼ご飯にしようか」
「確かに腹減ったな、みんなそれでいいか?」
僕たち3人はみんな同意した。
昼ごはん、というワードを聞くと、途端に空腹感に襲われる。
そのまま、カイの家でご飯を食べることになった。
―――――――
事前に準備してくれていたのか、お昼ご飯は手間のかかった物だった。
カイのおかあさんに感謝しつつ、僕たちは食事を楽しんだ。
山守家とは違う雰囲気の、明るくて活発な食卓だった。
「いいな、こういうの」
ミライが僕にだけ聞こえる声で言った。
「この雰囲気?」
「そう。家族団らんって感じ」
ミライは、その食卓から少しだけ距離を取って眺めるようにして答えた。
僕も食卓に目を向けながら、ご飯を食べる。
カイがいる。千夏がカイと話している。
その様子を、カイのお父さんとお母さんが見ながら話している。
時々、カイのお父さんが子供の話に交じる。
カイのおじいちゃんも食卓に座っていた。優しく、盛り上がる食卓を見守るように眺めている。
そんな暖かい、食卓だった。
「なんか、夢を見てるみたい」
「……夢じゃないよ」
「……そうね」
妙に儚さを感じるような声に、僕は何故か切ない気持ちを感じた。
(夢、か)
ミライにとっては、今が夢のような時間という事なのだろうか?
僕はその言葉の意味を、理解できないままでいた。




