[3日目 - 午後] 遊び場 - 作戦会議と春休みの宿題 ①
遊び場についてすぐ、カイのお腹がぐぅ~となった。
「腹減ったなぁ……」
お腹をさすってカイが言う。
そこそこの距離を歩き回って、僕も空腹になってきた。
「本当は外で食べるつもりだったのですけどね。ご飯にしましょう!」
千夏がそう言って、僕が預かっていた鞄を受け取って、チャックを開ける。
その中には、3種類のおにぎりが4つずつ入っていた。
おにぎり1つ1つは中々大ぶりなサイズ。
各種1つだけ小ぶりなおにぎりが入っていたが、
「これは私の」
と言って、千夏が持って行った。
「それでは、いただきましょう!」
いただきます!
千夏の掛け声に合わせて、手を合わせて言う。
おにぎりの中からは、大きな具材が飛び出ていた。順に、唐揚げ、明太子と卵焼き、焼きサバが顔をのぞかせている。
ただのおにぎりとは思えない、今までにない満足感のあるおにぎりだ!
「千夏、うめえよ!流石は千夏のおにぎりだな!!」
カイがべた褒めで、唐揚げ入りのおにぎりにがっつく。
「へへへ……」
千夏は、皆よりも一回り小さいお握りを齧りながら、照れていた。
「千夏は偉いよなー!美味しいご飯作れるしな!」
「い、いや……中の具を作ったのはお母さんで、私はおにぎり握っただけだから……」
「んやんや、そもそもご飯を持ってきてくれたのは千夏が気を利かせてくれたんだろ?やっぱり千夏は最高だな!」
「ううぅ」
千夏が頭を掻きむしっている。照れ……なのか?
「あ、そうだ。カイ!!」
いつもより上ずった声で千夏が言う。
「遊び場に来たんだから、宿題やるよ!今から1時間ね!」
カイが凍り付いた。
5秒ほどたって、自然解凍されたカイが言う。
「……いやいやいや。お昼食べてるところだから」
「じゃぁ、ご飯食べた後!」
「……いやいやいや。お昼の後は、作戦会議だろ?」
そう、みらい地図を辿ってぶち当たった壁を、どうやって乗り越えるかを考えないといけない。
「……じゃぁお昼を食べながら、宿題をしましょう」
そう言って、引き出しからテキストと筆記用具を取り出す。
「な、なぁ。ハル、ミライ、お前らも1時間待つのは嫌だよな、な?」
そんなに宿題をするのが嫌なのか……
「いや、私はいいよ~」
ミライはカイの願い虚しく軽く返す。
カイと千夏の視線が僕に刺さる。
……よし。僕はカイの為に出来ることをしなければ。心を鬼にするんだ。
「じゃぁ、宿題頑張ってね!」
「おいいいいいいい!!!裏切者!」
そうして、ご飯を食べながら宿題をすることになったのだ。
お行儀が悪い?
僕達だけの遊び場では、そんなことは些細な事だった。
―――――――
「なんで宿題させられてるんだよ、俺は」
左手におにぎり、右手にシャーペン。
カイが向かい合う机の上には、宿題のテキスト。
千夏のご命令により、到着してから1時間は、お昼ご飯を食べながら宿題タイムとなった。
「作戦会議しようぜ……」
「無駄口叩いてないで、早く進める!」
千夏はとうにおにぎりを食べ終えて、テキストを進めている。
「うぅ……」
恨めしそうな視線をミライと僕に投げられたような気がするが、見ないふりをする。
おにぎりを食べ終わって暇になった。漫画でも読むか。
僕は一昨日途中まで読んでいた漫画をもう一度手に取った。
これまでの人生、僕は漫画をあまり読んでこなかった。
小学生のころから文庫本を読むのが好きで、親も本ならいくつでも買い与えてくれた。
お気に入りのシリーズが沢山出来て、それだけで十分満足できた。
でも、改めて漫画を読んでみると中々に面白い。
小説とは違った種類の面白さがある。没入感が凄い。世界に引き込まれていく。
なんで読んでこなかったんだろうな。
別に変にこだわって読んでなかったわけじゃない。多分親に言ったら買ってもらえていただろう。
食わず嫌いみたいなもんだったのかなぁ……?
あんまり僕は自分から新しい物に挑戦するタイプじゃなかったからなぁ……
そんなことを考えていた。
いやはや、しかし面白いぞ。漫画というのは。
ミライはというと、みらい地図を大事そうに眺めていた。
隅から隅まで。何なら、地図が書いてない面の空白までジーッとなめ回すように見ていた。
何か、記憶の手掛かりになるものが無いか探しているのかな?
僕は漫画に目を戻す。
時折、千夏が悩む声を聴きながら、時間はあっという間に過ぎていた。
―――――――
ピピピピ……
1時間後を知らせるタイマーが音を鳴らした。
「よっしゃぁ、作戦会議だ!!」
カイが飛び上がって、俊敏にテキストを引き出しに仕舞いに行く。
いつの間にかミライも、地図じゃなくてマンガを読んでいた。
まぁ、地図を眺めて1時間は時間をつぶせないだろう。
僕たちもマンガを本棚に戻す。
「お疲れ様。2人とも、お待たせしてすいませんでした」
そう言って、千夏もテキストを仕舞う。
そして、う~んと伸びをした後、机の上を掃除し始める。
「じゃぁ、始めよう!」
ミライが地図を机の上に置いた。
さぁ、あの壁を超える策を練ろう。
「さてと、では状況を整理してみますか」
千夏が話し始める。僕たちは地図を囲むように、机の周りに集まっていた。
「まず、私たちは今朝、地図の矢印を辿って道を進みました」
地図の道を指さして、順に追っていく。
「途中で、目印の岩を見つけましたね。そこから坂道を登って、この左右に点々のある道の手前までたどり着きます」
指を滑らせて道を辿り、ある地点で止める。
「ここで、私たちはコンクリートの壁面にぶち当たったわけです」
「そうだな」
カイが相槌を入れる。
「地図の指し示す道は、この壁の上側に続いていると、私たちは思っています」
そうだ。壁の上にわずかに見えた灯篭と道があった。
僕たちはそこを目指したいんだ。
「ですから、私たちはこの壁を乗り越える手段を考えればよいのです」
千夏が状況を纏め上げた。
「しかしなぁ、あの壁結構高いし、素手じゃ登れないよなぁ」
カイが腕を組む。
「周囲を見る感じ、迂回して登れるような場所もなさそうでしたしね……」
千夏も腕を組む。
「ね、2人とも、山の頂上から逆にあそこに下っていくってのは出来るのかな?」
ミライが提案する。
「うーん、難しいと思います」
千夏が答える。
「山の上には神社があって、私の家の辺りから登ることは出来ると思います。でも、そこから下るのはあの木々の生い茂る森の中、難しいでしょう……」
「そうだよねぇ……」
うーん……
「カイ、家の工場にあれを登れるような梯子とかってないよね?」
「そうだなぁ、倉庫の2階に上る為の持ち運べる梯子はあるけど……高さは足りないだろうな」
そうだよなぁ…… あの高さを超えられる梯子は、普通は存在しないだろう。
4人腕を組んで考える。
どうしたものか……
1分ほどして。
「いや、ハル。その考え、良いかもしれない」
カイがそう言った。
「梯子?」
「そうだ!」
カイがニッと笑い始めた。何かいいアイデアが浮かんだようだ。
「なぁ、みんな!」
3人の視線がカイに集まる。
「あの壁を、俺ら4人の力で乗り越えるんだ!」
自信満々にこう提案した。
「梯子を作ろう!それも、とびきり長い奴だ!」
とんでもない提案が出てきた。
「……できるの?」
僕は思わず聞く。
「わからん!」
自信満々に答える。
隣でミライがズッコケるのが見えた。
「しかもこれは、一石二鳥のアイデアなんだぜ!」
カイが千夏の方を見て言う。
「ふむ、どういうこと?」
「春休みの、自由工作の課題にするんだ!」
「……えぇ?」
困惑した声を出す千夏。
でもすぐにこう言った。
「まぁ、去年みたいに板をやすり掛けして、まな板!って提出するよりは、マシかもしれないですね」
許されるのか、そんな自由工作。
……否、ある意味は真に自由な工作なのかもしれない。枠にとらわれぬ作品だ。
「それに……」
千夏の声のトーンが少し変わるのがわかった。
「そんな自作の梯子を使って冒険なんて、なんか楽しそうかも!」
千夏が、徐々に興奮しだす。
「よ~し!ミライとハルの意見も聞きたいな」
うーん、自作の梯子……
「私は賛成!皆で工作するなんて楽しそうだし、それが2人の宿題の為になるのならなおさら良いじゃん!」
ミライは賛成のようだ。
僕は一度冷静に考えてみる。
結構な高さのある梯子を作ることになる。
僕たちでそんなものを作れるのか……?何より……
「一応なんだけど、危なくないよね?」
「そうだな、俺ら子供だけで作るのは危険だろう」
カイが落ち着いて言う。
「だから、基本は俺らで作りつつ、父さんに監修してもらおう!」
「……なるほど」
それは良いアイデアかも知れない。
カイのお父さん、勇輔さんは、カイ曰く村一番の大工とのことだ。
その人に色々見てもらいながら梯子を作れば、十分に安心だろう。
それに、他の3人は梯子作りに賛成をしている。
皆色々な想像を膨らませている。みんな楽しそうにしてる。
ならば、僕は否定する理由なんてない。
「僕も賛成です!梯子のアイデア!」
「よっしゃぁ!」
カイがガッツポーズ。
「では、細かい事を考えましょうか!」
千夏を中心に計画を練っていくことになった。
「カイ、勇輔さんは明日の午前中在宅してますか?」
勇輔さんは、カイの父だ。
「うん、多分明日はずっと家にいるはずだ」
「なら、今日私たちで色々計画して、明日の朝4人で大部さんの家に行きましょう」
「わかった。今日帰ったら明日の朝時間を取ってもらうようにお願いしておくか」
「そうだね、お願い」
千夏が手に持ったメモ用紙に、計画を書いていく。
「あとは……そうだね……どんなものを作るか、ある程度決めておきましょう」
千夏が引き出しの中から、何かのポスターを取り出した。
去年の村の夏祭りのポスターの様だ。出店を楽しむ子供たちと、夜に川辺で盃を交わす厳かな雰囲気の写真が写っていた。
その裏面を使って、簡単に設計を書いてみようという訳だ。
「おっしゃ、ここは俺の出番だな」
千夏からサインペンを受け取って、カイが書き始める。
高さってどれくらいだっけ?
壁面の角度ってどれくらいだっけ?
どうやったら、5メートルもの梯子を作れるかな?
何を材料に作るのが良いのかな?
そんな話をみんなでしながら、次第に作りたい梯子のイメージが固まってきた。
計画を練るのは楽しい。
僕とミライも夢中で、カイの設計に口出しする。
時折、千夏がアドバイスして、カイの設計図が整えられていく。
時間を忘れて、僕たちは話し合った。
―――――――
「いいんじゃない?」
もう少しで日が暮れだしそうな頃合い、ミライがそう言った。
「よし、今日はこれで終わりにするか!」
そう言って、出来上がった設計図をカイが持ち上げた。
僕たちが作った設計図は二つ折りの脚立のようなものだ。
一方の足はかぎ爪のようになっていて、上部を壁の上に固定できるようにする。
もう一方の足は、取り外しできる土台を作って、その土台を杭を使ってしっかり地面に固定する計画だ。
「明日お父さんに見てもらって、それでアドバイスをもらうか」
一旦この設計図はカイが持ち帰ることにした。
勇輔さんには今日は見せず、家でも少し手直しするらしい。
熱中していたからか、頭に心地の良い疲労感が広がる。
ソファーにもたれて、体を脱力させる。
気持ち良い。
そう言えば午前中も歩き回ったからか、体全体に疲れを感じる。
今日はよく眠れそうだな。そう思った。
僕たちは、明日10時、バス停ではなくカイの家に集まることを約束して、今日は解散することになった。
帰り道。
「ミライ、良かったね」
僕はそう言った。
「なにが?」
「みらい地図、ちゃんと目的地までたどり着けそうで」
「……」
ミライはちょっと俯いていたけど、表情は柔らかかった。
「そうだね。良かった」
小さな声で、ミライはそう言った。
「記憶、戻るといいね」
「そうだね」
今日の帰り道は、いつもより言葉の数は少なかった。
日も暮れ始め、穏やかな風が村の中を抜けていく。
冬の寒空の中、数少ない木の葉が風に揺れる音が、なんだか心地よかった。