[2日目 - 午後] 田中家 - ミライの記憶を探した ②
日が落ち始めていた。
徐々に辺りが淡いオレンジ色に染まり始めている。
バス停の待合室を眺める4人。
「ミライって、カイや千夏と会った時、どんな感じだったの?」
「どっちかっていうと、カイと千夏に起こしてもらった、かな?」
そう言いながら待合室の中に入って行った。
「こんな感じで、寝っ転がってた」
ミライは待合室の中のベンチに腰掛けて、そのまま上半身だけをゴロンとベンチの上に寝転がす。
「そうそう。で、千夏が起こしてあげよう、って言って、俺らが起こしてあげたんだな」
「はい。涼しい日だったので、心配になったんです」
「で、目が覚めたら、頭の中がぼーっとしてて、なんか空っぽになっちゃった感じ」
ミライが上半身を起こして、背もたれにもたれ掛かる。
僕は何か手掛かりを掴めないか、ミライに聞く。
「ミライ、その前のことを何か思い出せないかな?例えばバス停に居たんだから、どこかからバスに乗ってきたとか……」
「まぁ、1番あり得るのはバスから降りたか、バスに乗りたかったかの、どっちかだよなぁ」
「うーん、うーん……」
腕を組みだす。考えるポーズ。
「……だめ、やっぱり思い出せない。ここで倒れちゃう前のことは、本当にポッカリ穴が開いたみたいに思い出せないの。記憶の取っ掛かりが無いというか……」
「だめか……」
改めて僕はバス停と待合室を見る。
待合室の中はもう暗い。バス停が長く影を落としている。
僕は待合室の中に入ってみた。ミライと同じように、ミライとは反対側のベンチで寝転がってみる。
思ったより低い天井。
建物の中で風が防げているからか、思ったより寒くない。
でも暗い。こんなところに、こんな時間で長居したくはならない。
体を起こすと、正面にミライがいる。
はぁ、ミライがため息をついた。
「1日掛けたけど、ダメだったね」
はぁ。また、大きなため息。
「ごめんね3人とも。私の為に1日を使っちゃって」
ミライは座りながら、僕たち3人の方を見た。
表情は笑っている。でも悲しそうだった。
残念だと思った。
何か僕が力になれていれば良かったのに、今日は何もしてあげられなかった。
「ミライ、そう言うなって。明日だってあるんだ」
「そうですよ、ミライ。私たちは4人で、普段よりも賑やかで楽しいんです」
「そうだぞ。明日も、何かできることが無いか考えようぜ!」
そうだ。そうだな。
ミライを励ましてやるべきだ。それに、明日もある、っていうのはその通りだ。
「そうだよ、ミライ。明日もまた、一緒に探そうよ」
「みんな……」
ミライの目にちょっと希望が宿るような気がした。
「ありがとう。そうだね!」
よし!と言って、ミライが立ち上がる。
待合室の外に出て行った。
ん?
「でも、3人とも。本当に今日はありがとう!」
ミライがお礼を言っている。
それよりも、僕はミライが座っていたベンチの下に、1枚の折りたたんだ紙が落ちているのが気になった。
何かのパンフレットかな?
そう思って、その紙を拾おうとする。
奥の方にあって、屈むだけでは拾えない。
しゃがんで、手を差し入れて何とか引き抜く。
1枚の古い紙が、3つ折りになって畳まれていた。
「ハル?どうかしたの?」
ミライが待合室の入り口から顔をのぞかせる。
「いや、ベンチの下に何かが落ちてて……」
そう言って、僕は紙を持って外に出た。
日はもう、沈みかけていた。
「なんだ?その薄汚れたのは」
カイがのぞき込んでくる。
紙は相当に年季が入っていた。
コピー用紙ではない、何かしらの厚紙。
慎重に3つ折りを開いた。
「地図ですね」
千夏がそう言った。
墨か何かで書かれた地図だった。何の地図かはわからなかった。
「ん?これこの辺りの地図なんじゃないか?」
カイが紙を上下逆さまにしてくれる。
本当だ。
真ん中に川らしきものが書かれていて、上流から下流に掛けて三角の平野が広がっている。
細い筆で道らしきものが記されている。
色々書き込まれているが、この地形はまさしく水ヶ谷村だった。
良く地図を観察してみる。
地図に書かれた道は、所々僕たちの知る村とは違う道もある。でもひと際太く書かれた道と橋のかかる場所、川の流れ。これらはどう考えても水ヶ谷村そのものである。
地図には色々書き込まれているが、文字は掠れていて、しかも崩された文字だったから良く読めない。
それでも、記号的に書かれている物は理解できる。
まず、地図には丸で囲まれて、斜線が書かれた地域があった。何かのエリアを示しているのだろうか。今で言うと畑が並んでいる地域だ。とすると、農業をしていたエリアを示しているのかな?
そして、もう1つ。地図には1本の大きな岩が書かれていて、そこから山の方面に向けた道に順に矢印が書かれていた。
矢印は山の中に向かっていて、最終地点には丸で囲まれたバツ印が書かれていた。一番目立つ印だ。まるで、ここに向かえ、と言っているように見える。
「これって……」
カイが上ずった声で言う。
「宝の地図なんじゃないか!?!?」
ちょっと、僕もそう思う所があった。この地図の古ぼけた感じ、人為的に作られた古さじゃないことは明らかだ。それに、ここを目指せと言わんばかりのバツ印。
そこにはいったい何があるのか。うーん、気になる。
「現代に、こんなポイと宝の地図が落ちてるとは思えませんが……」
千夏がそういう。う、夢から現実に引き戻される気分。
そもそも掃除も定期的にされているであろう待合室だ。
そう思って改めて待合室を見る。よく見ると角にはクモの巣が張っていて、ベンチの下は埃だらけ。
さっきベンチの下に突っ込んだ腕を見る。服に埃がくっ付いていた。
「最悪だ……」
思わず口に出しながら、パッパッと埃を払う。
カイが苦笑いで見ているのに気付いた。
……まぁ、掃除は当分されてないかもしれないけど、それでも風が吹き込んだりする待合室だ。
ずっとこの地図がそこに隠されていたとは思えない。
「……いや、でも宝の地図だったら面白そうですね」
千夏の声のトーンが変わった。
あれ、宝の地図否定派じゃなかったの?
「だろ?」
カイが同意を得られる人が増えて、嬉しそうだ。
「ね、ハル。ちょっと貸して」
ミライが言うので、僕は地図を渡した。
ミライは食い入るようにその地図を見てる。
「……」
何を考えているのだろう。
その真剣な表情を見て、カイと千夏もはしゃぎ気味だったのを抑えてミライのことを見ていた。
「わたし……」
ついにミライが口を開いた。
「わたし、この地図に何か感じるものがある」
「というと?」
すかさずカイが聞く。
「見覚えがあるわけじゃないんだけど…… 何だろう……」
ミライが紙を持つ手に、力が込められていることに気が付いた。
「もしかすると、この地図、私に何か関係あるのかもしれない!」
言葉の最後の方は少し震えていた。
多分恐怖とかの震えじゃない。ミライは興奮している。
「待て、ミライ。一旦落ち着いて」
カイがミライの肩に手を置く。
「なにか思い出す物は無いか。この地図を見て、思ったことは無いか?」
ミライが一度深呼吸をした。
すー、はー。表情が真剣な表情に戻る。
「うーん」
……
「いや、何か思い出せそうな感じはしないかな」
「そうか……すまんな」
カイはそう言って、ミライの肩から手を引いた。
「じゃ、アレだ!」
急にカイが元気になって宣言する。
「この地図は俺らの秘密にして、明日宝探しに行こうぜ!」
宝の地図モードにカイが戻ってしまった。
「いいですね、いいですね!私は大賛成ですよ!」
千夏が、今までにない雰囲気で興奮してる。
「ロマンを感じます!」
千夏の口からロマン、とは。なんかすごい違和感だ。
「ミライ、ハル、どうだろう?」
「私は……2人の言う通り、この地図を辿ってみたいかも!」
ミライは地図から目を離して、そう言う。
「3人がそういうなら、僕も一緒に行きたいです。」
「いよ~し!」
宝探し案は決議された。
「じゃ、地図はミライが預かっておいてくれ。くれぐれも、他言無用だぞ!」
「……ちなみにカイ、なんで他言無用なの?」
僕は聞いた。
「そりゃ~、お宝は俺らで山分けしたいじゃないか!」
「……なるほど」
本当にお宝が埋まってるとは思えないけど、まぁ、万が一。万が一がある……か……?
「バレない様に俺らで独占しようぜ!」
じゃ、明日もいつも通りな!と言って僕たちは分かれた。
いつも通り。即ち、朝の10時にバス停集合だ。
ちょっとだけ、明日にワクワクしている自分がいる。
ミライも笑顔だ。表情もゆるく、元気そのものだ。
ちょっと安心した。ミライが元気になって良かった。
やっぱりミライは笑顔が良い。
さっきため息をついてた時みたいな雰囲気よりも、この雰囲気の方が、僕も元気づけられる。
「明日が楽しみだねぇ」
「そうだね」
そう言いながら、2人、家へと帰る小道へ入って行った。
―――――――
家に帰ると、お父さんだけが待っていた。
おじいちゃんは急ぎの用事で、役場に行っているらしい。田中さんがジジ団に招集をかけたそうだ。
食卓を3人で囲う。
ちょっとだけ、この村に来る前の食卓を思い出した。
お父さん、お母さん、僕の3人で囲む食卓。静かで、時折取り留めもない話をするだけの食卓。だけど、僕がいつでも安心できる場所だった。
そして今の食卓では、お母さんの代わりにミライ。そして、お父さんが珍しくお酒を飲んでいる。
今日は相当疲れたらしい。それで、おじいちゃんもいないし、お酒飲んじゃお、とのこと。
直ぐに食卓が賑やかになり始めた。お父さんが酔っている。
しかも、お父さんがしょーもない事を言って、ミライがぎゃっはっは、と笑っている。
賑やかな食卓だ。でも昨日の賑やかさとはジャンルの違う賑やかさだ。
言い換えれば、やかましい食卓。居酒屋かここは……?
しかも、父さんのギャグのセンスに僕は付いていけない。苦笑いしか出ない。
何故ミライはこれで笑えるんだ。
というか、こういう酔っぱらいかたをした父さんを始めてみたかもしれない。
なんでここまで酔っぱらってるんだ……?
……多分だけど、ミライの笑いの沸点が低くて、しょーもない事でも笑ってるのが悪い気がする。
なんだろう、この晩御飯をたべる今日の食卓は。
冷静に俯瞰する。異次元だ。異次元食卓だ。
僕の存在する次元を超越している。
つまり、僕には理解できない空間なのだ。
さっさとご飯を食べ終えて、異次元空間から抜け出すことにする。
何だか疲れた、風呂に入ろう。
僕は1人、お湯を風呂に張り始めたあと、客間に逃げ込んだ。
―――――――
「ま、まだお腹痛い……」
ミライが風呂から出てなお、お腹をさすっていた。
笑い過ぎて腹筋がつったらしい。
:
僕が風呂に入る直前、ミライ、大丈夫か!?と父さんが叫ぶ声が聞こえて、慌てて食卓に行ったら、ミライが笑いながら床で転がっていた。どうしたの?と聞いたら、お腹つった、と返してきた。それはどうしようもない……
父さんもこのビックリ騒動で酔いが醒めたらしい。途端に、頭が痛くなってきた、と言って部屋に戻っていった。
こういう、悪酔いしたお父さんは滅多に見れないから、ちょっと貴重なものを見れたのかも。
:
「ふぅ」
布団に寝っ転がりながら、ミライが一息つく。
「今日も楽しかったね!」
ミライが僕に言う。
「そうだね」
何より。
「それに、ミライが気になる物が見つかって良かった」
ミライの少ない私物の中に置かれた、クリアファイルに挟まれた地図を見ながら言った。
「そうだね。私もちょっと安心」
そう言いながら、地図をまた開いてみる。
古ぼけた地図だ。書き込まれてる文字はやっぱり読めない。
このバツ印が示す先に、いったい何があるのだろう……
「これ、凄く大切なものな気がするの」
ミライが言った。
「根拠はないんだけど…… でも、多分私の記憶を繋いでくれる、大切な手掛かりな気がする」
「それなら、なおさら明日が楽しみだね」
「そうだね」
2人で肩を並べて、地図を眺める。
何気なくミライが地図を裏返した。
3つ折りの折り目が付いた紙の真ん中に、微かに何かが書かれているのが見える。
2人で顔を地図に近づけて、よーく擦れた字に焦点を当てる。
そうすると、崩された文字だけど、大きく書かれた言葉は僕たちにでも読み取ることが出来た。
そこには、縦書きでこう書かれていた。
――みらい地図、と。




