[2日目 - 午後] 田中家 - ミライの記憶を探した ①
カイの家でご飯を食べた後、僕たちはミライの記憶を取り戻すきっかけを探すため、田中家に向かっていた。
田中さんは、ジジ団の一員で交番で働いている方だ。村の中でも1番人との繋がりがある人だそうで、誰かを探すときとか、迷子の子がいた時とかは田中さんに相談するとすぐに解決するらしい。カイと千夏の話を聞く限りは、村の中でもとても信頼されている人だと聞く。
人探しとは今回は要件が違うが、それでも一旦は相談してみよう、という事で僕たちは田中さんに会いに向かっているわけだ。
橋を渡ると、そこから先は家や道路よりも畑が目立つ場所になる。そのまま少し道なりに上流に向かえば、直ぐに見覚えのある鉄塔が目に入った。足場とスピーカー、アンテナが備え付けられた立派なモノである。その下に目をやれば、年季の入った一軒家、田中家が畑の中に建っていた。
僕たちは一直線にその家に向かっていた。
田中家の玄関に向かうと、インターホンを押すまでもなく家の扉がガチャリと開いた。
そこから出てきたのは、頭頂部の禿げた白髪のお爺さんだった。眼鏡をかけていて、目は薄く開いて僕たちを見ている。服装は何故か青色のつなぎを着ていて、何か作業中だったのかもしれない。
「たなじい!」
カイが元気に声をかける。
カイの事を見て、その後僕、ミライ、千夏のことを見てから、お爺さんはニコニコと笑顔になる。
「おや、快に千夏じゃないかね。よく来たね」
カイと千夏の頭に手を当てて撫でている。
「それに……」
僕のことを見据える。
「君は晴だね。はじめまして。山守さんから色々聞いているよ」
山守さん、というのは僕のおじいちゃんの事だろう。
顔を見せたのは初めてなのに、この人は僕のことを知っていたようだった。
「初めまして。あなたが……?」
「そうだぞ、ハル。この人が たなじい こと、田中さんだ!」
カイが紹介してくれる。
「どうも。田中 誠ですよ。たなじい、と良く呼ばれてるから、そう呼んでくれるかな」
「ご存知そうですが、僕は山守 晴です。祖父が良くお世話になっていると聞きます」
ペコリと頭を下げる。
「ほほ、お世話になっているのは私の方だよ」
そう言った後、田中さんはミライの事を見据える。
「昨日の朝ぶりだね」
「はい、こんにちは!」
「……まぁ、みんな上がって。お茶とお菓子でも出してあげよう」
そう言って田中さんは家の中に僕たちを迎え入れてくれた。
僕たちは靴を脱いで、家にお邪魔させていただくことにした。
―――――――
田中さんは、家で1人で暮らされているそうだ。
家の中には、農作業で使うような服や靴が置かれていたり、それとは別に何か電気工事で使いそうなケーブルや工具箱、古いカメラなんかも置いてあった。
僕たちは居間に通された
綺麗に掃除された畳の上に4枚の座布団を敷いて、狭い机の周りに僕たちは座った。
急須に田中さんが茶葉を入れる。机の上の給湯器を使って、小さな急須で1人分ずつ順番に茶飲みにお茶を入れてくれた。
「時間を掛けて、すまんね。なんせ1人暮らしだから、大きな急須はなくてね」
「いえ、わざわざありがとうございます」
ミライがお礼を言ってお茶をひとすすり。
僕もありがたくお茶を頂く。
ずずず。
おぉ、味が濃ゆいお茶だ。それにザ・お茶ですよ、という香りが強く鼻にあたる。でも、それでいて飲みやすい。
どこからか、茶色いお饅頭を出してくれた後、田中さんが聞く。
「ところで、4人とも。何か用があったり、するのかね?」
「たなじいさん、たなじいさん」
ミライが、ずいっと前のめりになる。
「私、記憶を取り戻す手掛かりを探してるんです」
「ほう」
「何かキッカケがあれば、それを通して色々思い出せないかなって。自分の名前の事とか、家族の事とか……」
「……ふむ。名前、それに家族……」
「それで、それで!4人で相談して、何か田中さんに相談したら、キッカケを掴めるかもと思って、お邪魔したんです!」
「俺がミライに言ったんだ。人探しはたなじいの十八番だからな。ちょっと今回は人探しとは違うけど……」
「なるほどな」
田中さんは窓の外に目をやる。僕も同じ方を見てみる。
庭に生えた木越しに、畑が目に入る。茶色の土に幾ばくかの雑草が根を伸ばして生えている。
「ん?お嬢さんの事をミライと呼んだが、名前のことは思い出したのだね?」
「いえ、思い出してないんです。ただ、名前を思い出そうとしたときに、ミライ、という言葉だけは浮かんできたんです」
ミライは説明する。
「自分の呼ばれる名前として、なんだかしっくりくるんです。でも、その名前を思い浮かべると何だか自分ではない誰かの名前な気もするんです。だから、自分の名前とは確信できないままで……」
「ふむ……」
また、田中さんは窓の外に目をやった。
そして、手のひらをおでこに当てて、少しの時間そうやっていた。
そして突然ミライの方を見て聞く。
「お嬢さん、今の生活はどうかな?」
「え?」
唐突にそんな質問をするから、僕は困惑した。
思わずカイと目が合う。カイも首を傾げていた。
「……そうですね。凄い楽しいです。昨日は楽しすぎて、記憶喪失なのを忘れてたくらい楽しかったです」
「うむ、そうか」
また、田中さんは窓の方に目をやったが、今度はすぐに僕たちの方に向き直った。
「正直に言おう。今の所は、わしは力になれそうもない」
田中さんは真面目な顔で、眼鏡越しに僕たちを見た。
「でも、こんなジジイからでもアドバイスするなら、一旦は皆でやりたい事をしていれば良いのではないかな」
「そうですか……」
ミライがちょっと俯く。
結局、ここでは手掛かりは得られなさそうだ。
「ほれ、そう暗い顔をしないで」
田中さんがミライの茶飲みに、お茶を注ぐ。
ミライは礼を言って、ずずりと啜る。
「記憶は、きっと些細な事から取り戻せるものだろうからね。普通に生活していれば、いつか何か気が付くことがある」
田中さんは言葉を強めた。
「大丈夫だからね、ミライ。皆助けてくれる。安心して、ゆっくり記憶を取り戻しなさい」
最後は優しくそう言った。
田中さんの表情は凄く暖かかった。眼鏡の奥に見える薄く開いた目からは、我が子を見守るような、そんな柔らかい感情を感じることが出来た。
僕たちはその話を聞いた後、しばらくテレビを見させてもらったり、どうでもいい話をして時間を過ごした。交換して3回目の茶葉も出涸らしになったころ、僕たちは田中家を後にすることにした。
4人で田中さんに感謝を伝えて、玄関口から外に出ていく。
僕は3人から少し遅れて玄関へ向かった。
ふと、横に電話機があるのに気が付いた。その電話機の横に1枚の紙が裏返して置かれていた。その紙には、赤色のボールペンでバツ印がつけられていた。
ミライが玄関口を開けた。風が家に流れ込む。
家に流れ込んだ風がその紙を捲り上がらせた。
あまり人の家の物を触ったり、見る物じゃない、と僕は母親に教えられてきた。
でもその時、目は、自然とその紙の表面に印刷された物を捉える。
「えっ」
驚いた。一瞬しかその紙の表面は見えなかった。
でも、確かに、そこには……
……ミライの白黒の写真が写っていた。
「晴、ミライには秘密にしてくれるかな」
振り返ると田中さんが僕の後ろに立って、紙を回収していた。
「大人たちも、ミライの為に出来ることはちゃんとやっておる」
そう言った田中さんの声は、やっぱりすごく優しかった。
「ミライはもう、村の一員だ。わしらは、この村に住む仲間としても、ジジ団としても、ちゃんと彼女の将来を守ってやらねばならん」
そう言って、僕の頭をシワシワの手で撫でてくれた。
「でも、ミライがそれを知ったら、負い目を感じるだろう?」
たしかに、ミライは迷惑をかけている、と思って苦しむ気がする。
「だから、秘密だ。安心して、今はミライと一緒に遊んできなさい」
僕には、ちゃんとは紙に書かれたことは見えなかった。
でも、ミライの写真と、情報を求む、というような言葉が書いてあるのだけは見えた。
僕の知らない所で、大人の人たちも動いてくれていたんだ。
そう思うと、僕は少し安心する。
「ありがとうございます」
そう言って、田中さんに頭を下げた後、僕は3人に続いて玄関から家を出ていた。
―――――――
「ね、みんな。私あの鉄塔に上りたい!」
田中さんの家を出て、一声目はミライの楽しげな声だった。
僕はズッコケる。
手掛かり得られなかったね、とか、次どうしようか、とか、ちょっと悲し目のトーンで言うか迷ってたのに……
千夏も神妙な顔をしている。表情に感情が出やすい千夏なのに、感情が読み取れないレベルの変な顔だ。
「おいおい……まぁ、物はためしか……?」
カイがそう言って、鉄塔の方に行く。
「ここの梯子から登れるけど、気をつけろよ。あと、上は狭いから登るのは1人だけな」
「は~い」
そう言ってミライは梯子を登っていく。
カンコンカンコン……
太陽は随分と沈んできた。何だかんだ、田中さんの家でゆっくりさせてもらったからだ。あと1時間もすれば日が暮れてくるだろう。
「うわーーー!!」
上の方からミライが歓声を上げる。
釣られて僕も鉄塔の上の方に目をやる。
「綺麗な景色ーー!」
ミライはそこから見える景色を見て、感動しているようだ。小さな足場から前のめりに景色を見ていた。
その足場は確かにミライ1人が立ったら、あともう1人が登るとするとすし詰め状態になってしまうだろう。その位狭い足場だった。
ジーッと鉄塔の足場の辺りを見る。
キラリ。
何かが光った気がした。
更に目を凝らす。僕は結構目が良い方だ。
ん?
足場の下の方に何やら装置が取り付けられているのが見えた。
よく見ると、その装置からケーブルが伸びて、梯子の1本の脚の中に吸い込まれている。
僕はその脚の下を目で辿る。地面近くに、薄ピンク色のボックスが備え付けられていた。
興味本位でそのボックスの前に行く。
ボックスは手をかければ簡単に開きそうだ。
ちょっとだけ……と思って、ボックスを開いて中をうかがう。
……何やら良くわからない装置が幾つか収納されて、ピカピカ光っていた。
ラベルが付いている。
「行政無線」「中継器」「無線装置」「レコーダー」……
なんか、鉄塔の見た目以上にハイテクな装置が格納されていた。
直感でわかる。これ、壊したらヤバい奴。
そっと、ボックスの扉を閉じた。
うむ、人知を超えた物は触るべきではない。触らぬ機械に祟りなし……
カンコンカンコン
頭上からミライが降りてくる音が聞こえた。
「ふぅ、楽しかった。昨日から登ってみたかったんだー」
ご満悦のようなミライが僕たちの元に戻って来る。
鉄塔の下で4人輪になった。
「で、結局ミライの記憶に繋がるようなもんは見つからなかったな」
「そうだね……」
結論、田中さんの家での収穫はゼロだった。
「どうしようか……」
ミライも改めて、考える。
10秒くらいたって、千夏がポン、とひらめいた。
「バス停の待合室に行きませんか」
千夏が言う。
「なんでだ?」
「ミライって、そこで一昨日倒れてましたよね」
「うん。私が目を覚まして、カイと千夏と会ったのはそこだね」
「きっと、記憶を失った場所は、その待合室のはずです。そこで、倒れる前に何をしていたかを思い出そうとすれば、何か掴めるかもしれません」
「おぉ、それはナイスアイデアだ!なんか上手くいく気がしてきたぞ!」
僕は少し思った。
昨日も、今日も、朝、僕たちはバス停の待合室にいた。
そこでミライは何も思い出さなかったのだから、改めて行って何か思い出すことがあるだろうか……?
「ハル、何か考えてるね。意見ある?」
ミライが聞いてくれる。
「うーん……」
もう少し考えてみる。
でも、千夏の言う通り、改めてちゃんと思い出そうとしてみることが大事かもしれない。それに、今僕たちは他のアイデアを持ち合わせていない。
時間を無駄にするよりは、やはり何か行動した方が良い気はしてきた。
「いや、千夏の言う通り、1回待合室に行ってみますか!」
「今日はもうすぐ日も暮れますし、多分そこで解散ですね」
「よ~し、今日最後の悪あがきと行こうぜ!」
目的地は決まった。
今日の朝も僕たちの居た、バス停の待合室に向かって4人で歩いて行った。




