第八話 商談
「結構大きな街だな」
「結構どころかアリエス公爵領の州都で、
州では人口、面積、経済力、全てが一番の街よ」
隆也とソフィアはアルファの街を散策している。
その街並みは活気に溢れ、人々の往来も活発だ。同時に衛兵も多く、治安維持もしっかりしている様子だった。裏路地を除くと貧民街の手前と言えるものもあるがこれはこの世界のどこでもある風景。寧ろ、無かったら逆に街全体が発展していない証拠でもある。
「アリエス公爵が『カレー』を再現する為に香辛料を買い集めてると聞いたから、
重税を搾り取ってるのかと」
「あくまで公爵家の財政の範囲でやってるのでしょうね。
それにアリエス公爵には『カレー』を再現する事で得られる何かがあるのかもしれないし」
「何かって?」
「それはアリエス公爵自身に聞かなければ分からないわ。
でもしっかりした大物貴族はかなりしたたかで計算高いのが常だから」
「それってソフィアのお父さんのイプシロン子爵も?」
「あの人はそういう権謀術策が苦手な人だったわ。
かわりに武を尊ぶ人で、女である私も少々の頃から手ほどきを受けていたのよ。
父から『お前が男だったら…」と何度言われた事か…。
そんな家風だから私が貴族の娘の責務を放り出して冒険者になるといった時、
しぶしぶながらも了承したのかもしれないわね。
冒険者もある意味、武が必要な職業で、英雄譚になった人物もいるのだから」
アルファで二人は三日ほど散策して過ごした。
その日、隆也とソフィアはアリエス公爵の屋敷にやって来た。
通常、公爵は王都に詰めているのだが、今は珍しく州都のこの屋敷に戻って来ているらしい。
屋敷の門に近づいて行くと門番が警戒を始めた。
更に近づくと槍を構え、警告の言葉を告げようとする。その矢先、隆也は軽く両手を上げて敵意が無いことを示した上で
「アリエス公爵に会わせていただけないでしょうか?」
見ず知らずのしかも平民にしか見えない人間が公爵に会わせろと言って応じる門番はいない。そんな門番がいたなら直ぐに解雇するべきだろう。しかし
「香辛料についてですが、私は少々持ち合わせがありまして…」
商人に噂として流れる位なので、当然、門番も公爵が香辛料を集めている事を知っている。そもそも喧伝こそしていなくても隠してはいないのだろう。
少しだけ門番がどうするか迷いだしたところで隆也はある物を取り出した。
それはデルタの商業ギルドで発行してもらった実績証明書だった。
この世界では冒険者も商人も街を跨いで活動する事が多い。だから新たな街で信用を得る為に、過去の実績をギルドに証明してもらう実績証明書があり、それを門番に提示した。
隆也が商業ギルドで為した実績は一回のみ。しかしそれが胡椒の販売と記されているので、門番達は更に慌てた。
そこで止めとばかりに
「私はデルタ領主であるイプシロン子爵の次女ソフィア・イプシロンです。
これでもアリエス公爵との面会をお願い出来ませんか?」
アリエス公爵が集めている香辛料の販売実績があり、子爵家の令嬢まで同道している。これはもう、門番の裁量で追い返せる相手ではない。
「公爵様に確認を致しますのでしばらくお待ちください」
そう言って屋敷の中に使いを出した。
暫くすると、物腰の柔らかそうな初老の男性が現れた。
「主が面会なさるそうです。
ご案内いたしますので、どうぞ」
隆也達を招き入れ、先導して屋敷の奥へと歩き出した。
二人はその後について進んで行くと大きな扉の部屋に案内された。
その部屋に入ると正面には貫禄と威圧感のある、こちらもまた初老の男性がいた。身なりも一目見て分かる良い物を着ているので、この男性がアリエス公爵だろう。
そしてもう一人、隆也達に背を向けている男性がいた。その男性は軽く振り返って隆也達を一瞥すると直ぐにアリエス公爵に向き直った。
「初めまして、私は商人、冒険者を兼任しているリューヤと申します。
此度は面会を許していただき感謝します」
「私はリューヤとパーティーを組んでいる、ソフィア・イプシロンと申します。
一度だけ公爵様とお目通りをいただいたことがありますが、
その節は父がお世話になり、ありがとうございました」
隆也とソフィアがそう名乗り軽く頭を下げる。
アリエス公爵は少し考えてから、
「ああ、五年ほど前か。
確かにイプシロン子爵の子供と目通りした記憶がある。
その時の娘か。
随分と美しくなったな」
アリエス公爵はソフィアの事を記憶の片隅に留めていた様だ。
「まあ、懐かしい話はここまでだ。
とりあえずは掛けなさい」
隆也とソフィアは席を勧められたので、公爵の正面の男性の隣に腰を下ろした。
そこで二人はある事に気付いた。その男は目の前のテーブルに何かの袋を置いている。その袋に隆也は見覚えがあった。それは隆也が商業ギルドに売った胡椒の袋だった。そうなると袋の中身は胡椒。その入手先は袋からして当然マルスだろう。つまりこの男はアリエス公爵の御用商人だった。
そんな考えを隆也がしているだと察する気などないアリエス公爵は
「さっそくだが、香辛料を持っているそうだな」
その言葉に隣の商人が驚いた表情をする。まさかこんな若造が希少な香辛料を入手出来るとは思っていなかったのだろう。
尤もそんな商人の驚愕など隆也には関係なかった。無視してアリエス公爵との商談に意識を集中する。
「はい、ここに持参しています」
そう言って肩から掛けていた普通の鞄から袋を5つ取り出した。
「こちらから順にクミン、コリアンダー、シナモン、ターメリック、カルダモン、
全て5Kgずつ用意しました」
これには商人だけでなく、アリエス公爵も驚いた。
「本物か?」
アリエス公爵は眼光を強くして隆也に問いかける。
これは隆也が”ショップ”で昨日の内に購入した物で、紛い物の可能性は無い(あの自称”神様”を信用すればの話だが)。そこで隆也は
「はい、間違いなく本物です。
それこそ神に誓って」
もし違ったらそれは”神様”の責任なのでそっちに文句を言ってくれ。隆也は言外にそんな意思を込めていた。勿論、それがアリエス公爵に伝わる訳がないのだが。
「おい」
アリエス公爵が斜め後ろに控えていた男を促す。そしてその男が隆也の香辛料を少しづつ取り出してじっと見つめる。
「間違いなく本物かと」
どうしてこの男は見ただけでそんな事を断言出来るのか?
それはこの世界でも極少数の人間が授けられた”ギフト”の”鑑定”をこの男は持っていたのだ。
”鑑定”は見た物の種類、真贋等の情報を読み取る事が出来る。
その男が本物と云うのだから、間違いなく本物なのだろう、とアリエス公爵は判断した。
「さて、その香辛料、いくらで儂に売るつもりなのだ?」
「全て各1KGで1万ギル。
五種類各5Kg、合計25Kgなので25万ギルで如何でしょう」
胡椒は商業ギルドで5Kgを3万ギルで売った。だから少々吹っ掛け過ぎかとも思った。しかしこの後、値切られる事を考えて高めの値段を提示した。
するとアリエス公爵はにやりと笑い、商人の方を窺った。商人は脂汗を流している。何故か?それは
「お主の隣の者は胡椒を5Kgで10万ギルを要求してきたのだがな。
その半分、5Kgなら5万換算の値段で良いと、そういうのか?」
気のせいかアリエス公爵は楽しそうだった。だが隆也は
「はい、かまいません。
商人として一度口にした値段を
他の商人がどうだからと言って値上げするつもりはありません」
本当の商売人でもないのにそれっぽい事を告げた。
するとアリエス公爵はにやりと不敵な笑みを浮かべた。
そして案内をしてくれた初老の執事になにやら指示を出した。
程無くして金貨が50枚乗った皿(?)が隆也の前に、金貨が10枚乗った皿(?)が商人の前に置かれた。
「これは…」
「どちらの香辛料も1㎏で2万ギルで買い取る事とする」
隆也はこれには異議を唱えようとした。しかしソフィアがそれを止めた。
「リューヤ、これは受け入れるしかないの。
値切る事は公爵のプライドが許さないし、
同時に面会した者に差をつける事も許されない。
ここで意義を唱えたら、それこそ度量を見せた公爵様の顔に泥を塗る事になるわ」
ソフィアがそっと小声で隆也に助言をする。こういった貴族の機微に疎い隆也にとってソフィアは重要なアドバイザーでもあった。
「ありがとうございます」
隆也はそう言って頭を下げて金貨を受け取った。
「ところでお主、リューヤと云ったな。
もしかして他の香辛料も入手する事が出来るのか?」
アリエス公爵が尋ねてきた。その問いに隆也は可能とも不可能とも答えずに
「恐れながら、公爵様は『カレー』なる料理を再現しようとなさっていると聞き及んでおります。
宜しければ、そのレシピを教えていただけないでしょうか。
そのレシピを見て、用意できる物があったら公爵様にお届けする事を約束します」
隆也がそう答えると、
「考えておこう。
もしレシピを教えるなら商業ギルドを通じて伝える。
以上だ」
アリエス公爵はそれだけ言うと立ち上がり去っていった。
その場にある胡椒を含めた香辛料はトレイを持ったメイドが回収していった。
(30Kgを軽々と…、メイドさんって凄いんだな)
隆也は宿屋に戻ってからポイントを確認すると、結構なポイントが加算されていた。
”ショップ”で買った物をそのまま売ってもポイントは加算されない。それは胡椒を販売した時に確認している。
では何故、今回は結構なポイントが加算されたのか?
それはこの取引で隆也はアリエス公爵と伝手が出来たのだ。つまり香辛料を売る事で公爵の関心を買って、付き合いが生まれるようにしたのだ。勿論、これから折に触れて公爵の役に立たなければ続かないが、無理なら断り、結果を出せば世界に影響を与えてポイントが加算される。これが隆也が狙っていた事だった(七話参照)。
(でもこの策はソフィアが子爵令嬢だったから中に通されて、うまくいった面もあるんだよな)
まるでソフィアが運を運んでくれている、そんな事を隆也は感じていた。
さて、今回唐突に”ギフト”が登場しました。
”スキル”にしようかとも考えましたが、敢えて”ギフト”にしました。
あの世界はあの”神様”がかかわっている世界なので、”ギフト(贈り物)”にしました。