第五話 カミングアウト
見事だ、実に見事だ、見事な土下座だ。
隆也は今、ソフィアに向かって土下座をしている。
ソフィアはソフィアで隆也を睨みつけている。ただそれは怒っているというよりも顔を赤らめて、まるで拗ねているかのようだ。
何故こうなったのか、少しだけ時間を巻き戻してみると…。
「リューヤ、なぜ泣いてるの?」
ソフィアは死の淵から生還し、下から手を伸ばして隆也の目から流れる涙を拭ってやる。
ますます隆也は止めどなく涙を流し、二人が落ち着くのに多少の時間を要した。
そうして隆也も落ち着いてからソフィアが上半身を起き上がらせた。
「え…」
「あ…」
二人ともそこで気が付いた。ソフィアが上半身下着姿でいる事に。
「キャーーー!!」
ソフィアは慌てて胸元を手で覆い
「なんで、なんで、私、裸に…」
正確には裸でなく上半身下着姿なのだが、ソフィアにして見れば大した違いはないだろう、否、あるか。
そしてソフィアは間違いなく事情を.知っているであろう隆也に説明を求めた。それはもう、恐ろしい目で睨みつけながら。
理由を聞いたソフィアは自分が魔獣に突きを放った所までの記憶と齟齬がないので納得した。したがそれだけで収まらないのが乙女心である。
「リューヤに見られた…」
若干落ち込んでいるソフィアに隆也は申し訳ない気持ちで一杯になる。もっと他の、ソフィアを恥ずかしい気持ちにさせない方法はなかったのかと。しかし思い浮かばない。そこで
「ソフィアの裸っていうか、下着姿見ても事態が事態だったから。
あ、でもソフィアに魅力が無いって訳じゃなくて、
結構大きいなとか、柔らかそうだなとか、綺麗だとか、エロい気持ちも少しは湧いたけど…」
これでも隆也としては必死に慰めているつもりだ。
だがそんな風に自分の下着姿を目の前で品評されて嬉しい筈がない。結果として
「リューヤのバカーー!!」
ソフィアを大激怒させてしまい、冒頭の隆也の土下座に繋がる。
「ふう、もういいわよ」
ソフィアが土下座中の隆也に声を掛けた。
隆也がおずおずと、おびえながら顔を上げると
「助けて貰ったのは間違いないと思うし。
それに私にキスしてたのだってあれはポーションを飲ましていたのでしょう?」
「え、あの時、目が覚めてたのか?」
「うん。
流石に最初はびっくりしたけど落ち着いたら、
肩の傷が治っていくのが自覚できたからポーションなんだなって」
「あの、それって何回目で気付いたの?」
「え、何回目って、何回もしてたの?」
隆也は自分自身で墓穴を掘ってしまった。
ポーションを飲ませるためのキスが3回という事を白状させられた隆也だったが、自分の自爆で白状せざるを得ない状況を作ってしまった事を後悔する。
「でもさ、リューヤ、ポーションなんて持ってた?
買ってこなかったよね?」
そのソフィアの質問に隆也が体を強張らせる。今まで隠してた事を白状せざるを得ない事を理解した。
「実は…」
隆也はソフィアに全てを話した。
自分が異世界人である事、自称”神様”に使命を強制された事、その力を得る為にスマホもどきを与えられ、”ショップ”でさまざまの物を買える事、思いつく全て正直に話した。その結果として、気味悪がられるのか、一線を引かれるのか、負の結末ばかりが頭に浮かぶ。
下を向いてソフィアの言葉を待ったが何も言ってこない。
沈黙に耐えかねて顔を上げ、ソフィアの方を向くと
「凄い、凄い、凄いわ。
ねえ、もっと、もっと詳しく教えて!」
彼女は無邪気に感心して、興味深々な様子だった。
隣り合わせに座ってスマホもどきの画面をソフィアが覗き込んでいる。
隆也としては下着姿を見た事や口移しの件があるので気恥ずかしくて仕方がない。それならソフィアの方が気にしそうだが圧倒的に好奇心の方が勝っているのだろう。
「へえ~、武器や防具だけじゃなくて食料まであるんだ」
「食料は保存の効くものだけじゃなくて、生物まであるのはやりすぎな気はするけどね」
「それは単に便利だと思った方がいいよ。
でも見たこと無い物が本当に沢山ある上に、
こっちの世界でも見た事がある物もあるんだね」
「用法も表示されているから迷わずに済むのも助かるよ」
「ねえ、この兵器ってのは何があるの?」
そこで隆也はある事に気付いた。
「あれ、字が読めるの?」
「そりゃ読めるよ。
これでも一応貴族家の娘だからしっかり習ってるよ」
ソフィアは少しむっとしたようだが、これは隆也が彼女をバカにした訳ではなく、スマホもどきに表示されている文字をこちらの世界で生まれ育ったソフィアが読めるのかという意味だった。
それでソフィアが読めるという事はスマホもどきにも《言語共通化》が掛けられているのだろう。
「で、ねえ、兵器って何があるの?」
「この『銃』は火薬の力を使って金属の礫を飛ばす道具で、
威力はボウガンと比べ物にならない位強力だ」
「ジャイアントグリズリーにも通用する位?」
「一発だと急所に当たらないと難しいかもしれないけど、ダメージは確実に与えられるよ」
「なんで買ってないの?」
「ポイントが足らないんだよ」
「じゃあ、この戦車は?」
「これは…」
隆也はこの後、戦車や戦闘機の事も説明した。特に戦闘機は空を飛べるという事でソフィアがぜひ欲しいと言い出したが
「なに、このポイント…」
必要なポイントが億の位を超えているのを見て、諦めたようだ。
(仮にポイントが足りても燃料が必要だろうし、そもそも操縦出来ないから無意味なんだけどな…。
それにしてもこの戦闘機だけどF35って米国の最新鋭機じゃなかったか?
こんなものが通販で買えるとか恐ろしいよな)
改めて”ショップ”の恐ろしさを再認識した。
「じゃあさ、この『核兵器』ってのはどんな道具なの?」
隆也が一番触れたくない物に、ソフィアの質問が及んだ。
「それは…、俺が居た元の世界で二回だけ使用された事があるんだけど、
そのどちらもで一つの都市が壊滅し、
平均10万人ほどの死傷者がでたとんでもない兵器なんだ」
隆也の説明にソフィアは絶句してしまっている。
そして更に隆也は言葉を続ける。
「元の世界ではそれと同じか更に高性能の兵器が4000発以上あると云われている」
「一発で都市を壊滅させて、10万人死傷させる武器が4000発…」
「秘匿されている分はもっとあるかもしれないけどな」
「・・・、リューヤの元いた世界って、”魔界”じゃないの?」
(それは断じて違う、よね?)
「”魔界”の事も含めて話はこれ位にして街に帰還しましょう。
もう日も傾きかけてるし、ね」
そう言ってソフィアは勢いよく立ち上がった。だが
「あれ…」
直ぐにふらついてしまう。隆也が慌てて支えたので転倒はしなかったが、足元が幾分おぼつか無い。
実はポーションはあくまでいわゆる”傷薬”でしかない。怪我は防げるが流れ出てしまった血液を戻す事は出来ない。つまりソフィアは貧血状態になっているのだった。
それにソフィアも思い至り、
「獣道を貧血状態で歩いて街まで行くのは辛いわね」
と、冷静に分析する。
そしてどうするかは一択でしかない。
「ここで一夜だけ野営をしましょう。
幸い私達が討伐したジャイアントグリスリーのこのドロップアイテム、
「ジャイアントグリスリーの毛皮」のおかげで、
他の野生動物が寄ってくる心配はないわ。
他のジャイアントグリスリーにしても
他の個体の縄張りに立ち入りは滅多にしないはずだから
ここは今、この森で最も安全な場所になっているわ」
そのソフィアの言葉でこの場所で野営をする事が決定した。
野営する事になったのは良いのだが問題は食料だった。
勿論、簡単な非常食は用意してるのだが、貧血のソフィアには少しでも良い物を食べさせてあげたいのが人情だ。
それとドロップアイテムからそれなりに獣臭がするので食欲が湧きにくい。
だから隆也は”ショップ”を使う事にする。
用意するのはカレー。獣臭が漂っているので食欲が減衰する。それを打ち消す考えもあった。
レトルトカレーに湯煎だけで食べれるご飯、後は固形燃料も含めたキャンプの調理用具一式。
それなりにポイントが必要になったが、ジャイアントグリスリー討伐で得たポイントに比べれば大した事は無い。
ソフィアを休ませて、隆也は一人で食事の用意をする。そして
「初めて見る…、見た目は兎も角、食欲をそそる香りの料理ね」
第一印象は悪くない様だった。
そしてカレーを一口食べたソフィアは
「・・・」
無言だった。無言でカレーを食べ続ける。
そして一息つくと、
「美味しい、初めて、こんな料理初めてよ!」
そう言って、端から見ても分かる程美味しそうにカレーを食べている。
カレーを食べ終えると隆也は
「じゃあ、デザートを」
と言って、桃缶を出した。
「これは二切れ入ってるから一個で良いか」
隆也が桃缶を開けて、先にソフィアに食べさせる為に差し出した。
「桃はほとんど食べた事が無いけど一応知ってるわ。
この液体に浸して食べるのが本式なのかしら?」
ソフィアにとってはまたもや食べた事の無い物だったが、好奇心旺盛な彼女は桃(缶)を口にした。
「ん~~~」
笑顔で桃(缶)をじっくりと堪能している。
つい、もう一切れに手を出しそうになったが
「あ、これはリューヤの分よね」
そう言って手を止めたが、どうしても渡すのは躊躇われる様だった。
隆也はそんなソフィアを微笑ましく思い
「いいよ、ソフィアが全部食べて」
「本当?」
「ああ、貧血なんだから栄養を取らないとな」
「じゃあ、明日から毎日貧血になろうかしら」
そんな冗談を言いながら、桃(缶)を食べるソフィアは本当に幸せそうだった。
「リューヤが居た世界では、このカレーや桃缶は普通の食べ物なの?」
「うん。
極々一般的でその気になれば毎日でも食べられる料理だったな」
「これが毎日…。
その世界は”魔界”どころか”理想郷”ね!」
カレーと桃缶は”魔界”を”理想郷に変える力があるらしい。
隆也とソフィアは並んで焚火の前に座っている。
焚火は哺乳類、中でも肉食獣を呼び寄せる事もあるので却って危険だという説もあるが、やはり冷え込んでくる夜に少しでも暖を取る為といざという時の明かりとして、同時に安心感を得るためには欠かせない。
そもそも今回に限って言えば天然の動物避けである『ジャイアントグリスリーの毛皮』があるので、焚火はするべきだろう。
「ソフィア、先に休みなよ」
「うん、そうさせてもらうわ。
適当なところで交代するから起こしてね」
「ああ」
「襲っちゃダメだからね」
「ぶっ!
し、しないよ!」
「うふふ、お休み」
そう言ってソフィアは仮眠にはいる。
少し経ってから隆也が隣を見ると、ソフィアは安らかな寝息を立てている。
そんなソフィアの寝顔を見て、本当に美人だなと思うと同時に、下着姿をもっと堪能したかったという邪な考えを抑えきれずに、人知れず自らの頭を自分自身で叩くのであった。