第四話 死闘
昨日相談した予定通り、ソフィアの防具を新調してから狩りに向かった。
今までのソフィアの防具は胸当だけのタイプだったが今度は肩当もセットになっている。それと手甲も加えた。流石に全身鎧は予算の都合で断念したが、それなりに防御力は上昇している。
「ちょっとお金が掛かったけど仕方ないわよね。
いずれ必要になると思ってたし、この討伐が成功すればおつりが出るから」
今回二人は難易度Cの魔獣討伐に向かっている。
だがその高難度の魔獣が生息している場所は街から結構離れている。
今回は日帰りは無理かもしれない。
それでも行かざるを得ない為、安全性を高めるためにソフィアの防具を新調したのだが
「でも本当にリューヤは新調しなくて良かったの?」
「まあ、俺は後衛だからね」
これは詭弁だった。隆也も防具の新調は考えた。ただこの国の鍛冶技術は知らないが”ショップ”の商品の方がおそらく優れているだろう。だから新調するのは”ショップ”でしたかった。それならソフィアの防具も”ショップ”で買えばと言われそうだが、早急に必要なのにまだ二人分の防具を買う程のポイントが溜まっていない。それに隆也はまだ”ショップ”の事をソフィアに伝えていなかった。
秘密にしている訳ではない。ただ言いそびれていたのと、これを明らかにすると自分の出自を含めた全てを説明しなければならなくなる。自分が異世界人と知ってソフィアがどう思うか予想できない。それが怖くて言い出せない事が理由として大きかった。
「でもリューヤのボウガンだっけ、そんな武器を私は見た事もなかったわ」
「これは俺が作ったとかじゃなくて、故郷の森の奥に住んでいた変わり者の爺さんが
”独りで生きていくなら”
って、餞別として渡してくれたんだ」
「そうなんだ。
結果として”独り”じゃなくて、私と一緒にいるけどね」
そんな軽口を叩けるのはここまでだった。
ソフィアが狂暴な気配を感じ足を止める。直ぐに隆也もそれに倣う。隆也も毎日の狩りのおかげで強い気配なら察する事が出来るようになっていた。
気配のする方向にソフィアが一歩進んで、隆也もボウガンに矢を装填する。
そこで木々を薙ぎ倒しながら魔獣が姿を現した。
「ジャイアントグリスリー!」
ソフィアはこの魔獣を知ってはいた。勿論、知識としてだけで実際に遭遇するのは今回が初めてだ。
この熊に似た姿の魔獣『ジャイアントグリスリー』は体長は3m程の肉食魔獣だ。この魔獣の臭いを察知した野生動物は餌を放り出してでも逃げ出すと云われている程狂暴な性質で、討伐の難易度はCに認定されているがBに匹敵すると云う関係者もいる。
「ガアアーー!」
威嚇だろうか、魔獣は咆哮をあげながら二本足で立ち上がった。森中に響き渡らんばかりの大音量の咆哮は地面を振るわせている様な錯覚を与える。そのせいか、3mを超える巨体がさらに大きく感じる。
隆也は先手必勝とばかりにボウガンで魔獣の腹を射る。的が大きいので問題なく命中する。しかし間違いなく命中しているのにまるで怯んだ様子がない。丈夫な毛皮、分厚い皮下脂肪、強靭な筋肉に阻まれて内臓まで矢が到達していないのだ。
しかし痛みはしっかりと感じたようで、隆也に怒り心頭で突進してきた。
その魔獣の突進にソフィアが立ちふさがり、魔獣の額に向けて槍を突き出す。しかし魔獣はソフィアの突きを片手で払いのける。槍を払われたソフィアの体制が大きく崩れた。そこへ魔獣のもう片手での強烈な一撃が襲い掛かる。
「ソフィアーー!」
ソフィアの肩当てが高く宙を舞う。ソフィアも攻撃が命中する寸前でなんとか体を捻り、急所への直撃を免れた。しかし肩に命中してしまい一撃で肩当が吹っ飛んでしまった。もし肩当が無ければ片腕が吹っ飛んでいただろう。しかもそれで魔獣の力が全て吸収されたわけではなく、ソフィアの体は地面を大きく転がってしまう。
しかし魔獣はソフィアを一瞥しただけで無視をして、隆也へと再度突進してきた。
隆也は矢の再装填を終えており
(腹に当てても効かないなら、頭を!)
ボウガンで頭を狙って矢を放つ。しかし素人の隆也に小さな額に当てるような精密な射撃が出来る筈もない。とは言え、額の狙いは外れたのだが魔獣の耳を貫いた。
「グアアーー!」
魔獣がまた大きな方向を上げるが、突進が止まったのは僅かな時間のみ。隆也は急いで矢を装填するが魔獣の攻撃に発射が間に合わなかった。
魔獣の腕が竜也に向かって振るわれた。しかし隆也は咄嗟の判断で、腕に装着した盾で魔獣の攻撃を受けた。
盾は木っ端微塵にくだけ、隆也も大きく弾き飛ばされる。
派手に地面を転げ、浅いとはいえ腕に爪での傷を負い流血している。
(お、折れてはいないかな…)
何とか骨折は免れたが状況は好転していない。
起き上がろうとしている隆也に魔獣がまたもや突進してくる。
その時、その魔獣の横からソフィアの槍での突きが放たれた。
ソフィアは左肩から大量の血を流しており、その怪我の大きさを物語っている。そんな肩では左腕は使うことが出来ない。
それでも隆也を助ける為に右腕一本で魔獣に突きを放ったのだ。
しかし片手では正確に狙いを貫く事は出来ずに、僅かにその突きが逸れてしまった。
とは言え、完全に外れた訳ではなかった。僅かに逸れて魔獣の目を抉ったのだった。
片手の突きでは威力も落ちて、頭に命中しても魔獣に致命傷を与えられなかっただろう。しかし目なら致命傷にはならずとも完全に潰す事が出来る。
「ギャ、ギャアアーーー!!」
魔獣はもう咆哮とは言えない、叫び声を大きく口を開けて放った。
隆也はそれを見て、即座に魔獣の口の中を目掛けてボウガンの矢を放った。
”グサッ”
ボウガンの矢は命中した。口の中から喉へ、喉から延髄の辺りを貫いた。
これは流石に魔獣に致命傷を与える事となり、魔獣はそのまま後ろに倒れそして消滅した。
何故、隆也が咄嗟に口の中を狙うといった判断が出来たのか?
それは漫画等で”攻撃が効かない相手には口の中に攻撃する”といった話が昭和の時代から存在する。それを読んだことがあるので咄嗟にそんな判断が出来たのだった。
こうして隆也とソフィアは難易度Cのジャイアントグリスリーを討伐した。
しかし隆也はそんな余韻に浸る暇も、一休みする暇すら許されていなかった。
ソフィアは魔獣の目を抉る突きを放った後、力尽きたかのようにうつ伏せで倒れこんでいる。
隆也も左腕の痛みでフラフラするがソフィアの元へ歩み寄った。
「ソフィア、ソフィア…」
胸が潰されそうな思いでソフィアを抱きあげるとやはり肩に大きな負傷をしているようだった。
しかし鎧が邪魔ではっきりと傷を視認できない。だからソフィアの鎧の留め金を外して鎧を脱がした。
そしてここで問題が発生。ソフィアの負傷個所は肩なのは服から染み出している血で明らかだ。しかし服を着たままでは傷口は確認できない。しかし躊躇っている時間が惜しい。
「ソフィア、後でぶん殴っても罵ってもいいから、今だけは勘弁してくれ」
そう言ってソフィアの服を脱がしていく。前をはだけると当然上半身のみとはいえ、ソフィアの下着姿が露わになるが隆也にスケベ心を起こしている暇はない。
「これは酷い…」
やはりかなり深く、大きく肩が抉られており、もう少し深かったら腕が千切れ落ちていたかもしれない。そして確信していたが、かなりの出血だった。
これでは傷の辺りを布で覆って街に運ぶなど悠長な事をしていては、ソフィアは失血死確実だった。
「それなら、これで!」
隆也はスマホもどきの”ショップ”を起動させる。そしてポーションを購入した。300Pと少し割高だが、ソフィアの命が掛かっているのだから些事でしかない。
ポーションを手に入れた隆也だがここでまたもや問題発生。このポーションは飲むタイプの物だった。
隆也はポーションをソフィアの口に流し込もうとするが意識を失っているソフィアは飲み込む事が出来ない。
「これしかないか…」
隆也はポーションを一口自分の口に含むと、ソフィアに口づけをした。そして口移しでポーションを飲ませる。
ポーションは一口では飲み切れないので、2口、3口と口移しで飲ませる。
これは紛れもない救命措置で、隆也も必死だった。
(ソフィア、お願いだ、目を、目を開けてくれ!)
一心にそう願っていた。すると
「リューヤ、なぜ泣いてるの?」
ソフィアが目を開けて、大粒の涙を流している隆也の目頭に手を伸ばしていた。
それは負傷した筈の左手。
ポーションのおかげでソフィアの怪我は治療され、命を取り留めたのだった。