第三話 ステップアップ
二人で一頻り笑いあってから隆也はボウガンの矢と魔石の回収を始めた。
回収できた魔石は7個だったので
「魔石の配分はソフィアさんが5個、俺が2個、でよろしいですか?」
狩りで討伐した獲物に関しては止めを刺した者に権利が発生する。だから援護に回っていた隆也が止めまで刺せたのは2頭のみ。これはボウガンという武器が火力不足なので如何ともしがたい。
それを考慮しての隆也の提案だったのだが
「いえ、なにを仰ってるのですか。
私はリューヤ様に命を助けられたのです。
こんな物では足りないのは承知しておりますが、
どうぞリューヤ様が全てお受け取り下さい」
とソフィアは隆也に全ての魔石を握らせた。
流石にそこまでされると恐縮してしまうが、まだまだ収入が不安定な隆也としては有難い申し出である事は確かだった。
「では、お言葉に甘えさせてもらいます」
隆也は7個の黒狼の魔石を手に入れたのだった。
魔石の回収も終わり、二人は街の冒険者ギルドへ戻って来た。
隆也がカウンターの受付嬢に魔石と『角兎の角』を提出すると
「大漁、ですね。
角兎の魔石だけでなく、黒狼の魔石まで…。
それにドロップアイテムの『角兎の角』もですか」
受付嬢は隆也の成果に感心していた。この位の成果を上げる事の出来る冒険者は珍しくはない。しかし初めての狩りでここまでの成果を上げた者はごく僅かだった。
受付嬢は隆也の戦利品を持って奥へと下がっていった。
そして10分も待っただろうか。
「角兎の魔石が6個で600ギル、黒狼の魔石が7個で1050ギル、
ドロップアイテム『角兎の角』が1000ギル、
総額で2650ギルとなります」
余談ながら
「『角兎の角』って何に使うんです?」
と、興味本位で受付嬢に隆也が尋ねたところ、受付嬢は顔を赤らめながら
「え、え~と、その、男性の精力増強剤の原料になるんです。
そのまま使用すると10人の女性を一晩中相手に出来る程になるので、
薄めて使わないと、女性の方が参って…、って何を言わせるんですか!」
更に顔を赤らめて怒る受付嬢に隆也の性癖が少し歪んだかもしれない。
(元の世界でも兎は絶倫って説があるから、それと同じなのかもな)
隆也が成果を換金するのをソフィアは静かに待っていた。
そして隆也が戻ってくると駆け寄ってきた。
「あの、リューヤ様…」
ソフィアがなにかを話す前に
「じゃあ、俺はこれで失礼します」
「・・・」
隆也はソフィアに話す隙を与えずに別れを告げた。
人によっては冷淡だとか失礼だとか責めるかもしれない。
ただ領主貴族の令嬢と知った以上、どうしても一線を引かざるをえない、平民の悲しさだった。
宿屋に戻った隆也は”ショップ”を確認するが、予想以上にポイントは溜まっているが、それ以上に欲しい物が高い。
「しばらくは雑魚狩りでポイントと金を稼ぐしかないか…」
ただ装備に金を渋っていざ強敵に襲われた時にどうするか?
しかし安物買いの銭失いになってはそれも意味がない。
「もうしばらくはこのままだな…」
隆也は節約を選択した。
翌朝、隆也は冒険者ギルドを訪れた。
すると既に来ていたソフィアと目が合った。目が合った以上完全な無視は出来ないのだが、ソフィアは真っ直ぐに隆也の元へ駆け寄ってきた。そして
”スーハー、スーハー”
取り敢えずは深呼吸をした。改めて隆也の目を真っ直ぐに見据えて
「リューヤ様、私とパーティーを組んで下さい!」
パーティーの結成を申し込んできた。
この申し出は隆也にとって渡りに船なのは確かだった。
何しろソフィアの槍の技術は申し分ない。火力不足の隆也にとってその有難さは言うまでもない。
しかし隆也は直ぐに決心出来ない。それはソフィアが貴族の令嬢であるからだ。
(もし怪我でも負わせたら
「娘を傷物にしおって!
家伝のギロチンで斬首にしてくる!」
とか、されたりしないかな…)
「何か妙な事を考えていませんか?」
まるで隆也の考えを読んだかの様なタイミングと問いかけの内容だった。
「ソンナコトハアリマセンヨ」
「はあ、勘違いされてるかもしれませんが、私が冒険者をやっているのは父も同意してます。
つまり怪我なら許容すると言ってるも同然です。
それに私は側室の娘だから猶更です」
「え、そうなの?」
「そうなのです。
”私が十八歳の誕生日までに冒険者で身を立てる目途を立てるので、
それまで家に置いて下さい”
といって、了承を得ました。
尤も、十八歳の誕生日まであと一ヶ月弱残っていますが、今日、父に断って家を出ました」
「え、それって…」
ソフィアは覚悟を決めている。もう、貴族の令嬢ではない、対等なパーティーになって欲しいと訴えている。
(これは逃げられないな)
隆也は苦笑いを堪えきれなかった。だから
「分かった、取り敢えずはお試し期間って事でパーティーを組んでみよう」
と提案した。
「はい、よろしくお願いします」
「それともう一つ、パーティーメンバーだから”様”付けも敬語もなしで。
よろしく、”ソフィア"」
「分かりました、じゃなくて、分かったわ。
宜しく、”リューヤ”」
隆也とソフィアがパーティーを組んで早10日が経過した。
その二人は今もパーティーを組んでいる。当然、もうお試し期間は過ぎている、というか、1日で本契約(?)になっている。なにしろ相性が良かった。前衛のソフィア、後衛の隆也はパートナーの短所を補い、自らの短所を補って貰っている。
元々ソフィアは高い戦闘力を有していた。問題なのは道場武道が陥りがちな一体一に慣れ過ぎてしまい、一体多数での対処が経験不足だった。しかし隆也は飛び道具のボウガンでそれを的確にフォローしている。
その一方でソフィアは広い視野と全体への気配りは並み以上に行うことが出来る。だから隆也は一歩下がって全体を把握して前衛ののソフィアを援護する。その援護でソフィアは余裕を持って獲物を撃破、そして隆也を護衛している。
武の心得があるソフィアはまだしも、素人の隆也が良く連携を行えると思われる節もあるが、それはボウガンの取り扱いのし易さが第一に挙げられる。第二に実践という最高の修練による上達の速さもあった。
唯一の懸念と思われたパーティーになる事によって宿泊や食費等の経費が単純計算で2倍になる事はまるで問題にならなかった。何しろ2倍どころか3倍、4倍と稼いでいる。
隆也とソフィアは今日も元気に二人で狩りに出かけている。
「はあっ!」
ソフィアの掛け声とともに魔獣である黒狼の首が飛ぶ。
隆也とソフィアは今、黒狼の群れと戦っている。
黒狼は群れで行動する魔獣で二人が出会った日もソフィアは黒狼の群れに追い詰められていた。
単体ではそれほど危険度は高くないのだが、群れによる連携が上手いので群れとなると厄介な魔獣である。
今回、二人が戦っている群れは前回の倍の20頭程の群れである。
しかし戦っている二人に悲壮感はなく、寧ろ、余裕さえ感じられる。
「残り五頭!」
ソフィアがラストスパートと言わんばかりに隆也に声を掛ける。そんな時
「あ、弓が尽きた」
今回は群れの数が多く、その分援護や止めにも数が必要となり矢が無くなってしまったのだ。
しかし隆也は全く慌てる事なく、スマホもどきから矢を取り出した。
隆也はこんな事もあろうかと、予備の矢を”ショップ”で買っていた。そしてスマホもどきは”ショップ”で買った物なら収納可能で、当然自由に取り出せる。
事情を知らない人が見たらスマホから矢の束が生えてきたのかと思える奇妙な絵面だが周りに誰もいないのでそれを気にする必要はない。
「ラストー!」
最後の一頭の首をソフィアが落として黒狼の群れを完全に殲滅した。
「往路で角兎を狩ったし、この黒狼の群れも殲滅したし、
そろそろ街に帰還しましょうか」
「そうだな、無理は禁物だ」
「私はまだ余裕だけど、リューヤが辛いんじゃないの?」
「余裕を残しておくのが”無理をしない”って事なんだろ」
そんな軽口を叩きながら二人は街への帰路に就いた。
二人が冒険者ギルドに入ると少し空気が悪い。はっきり感じられるようになったのは4、5日前からだが徐々にあからさまになって来た。
二人を見てひそひそと何やら小声で話しているパーティーが複数確認できるが、問い詰める訳にもいかないので放置するしかない。
魔石とドロップアイテムを受付嬢に提出し、確認をしてもらうと
「角兎の魔石が15個。黒狼の魔石が22個。
それにドロップアイテムの『黒狼の牙』が1本と『角兎の角』が2本ですね」
その成果を聞いて、明らかに舌打ちする音が聞こえた。
隆也は声を潜めて
「俺達がなにかしましたか?」
と受付嬢に尋ねると
「ああ、今、二人を見てひそひそと話してる冒険者の事ですか?
なにか違反をした訳じゃないんです、違反って訳じゃ…」
受付嬢に教えて貰った情報は以下の内容だった。
隆也とソフィアがパーティーを組んでからかなりの成果を上げているがそのほとんどが角兎や黒狼といった難易度の低い魔獣だった。冒険者のマナーとして、ルールでなくマナーとして、そういった難易度の低い魔獣は駆け出しの冒険者や弱小のパーティーが相手をするもので、中・上級のパーティーは遠慮して譲るのが暗黙の了解だった。勿論、魔獣の数が増えすぎれば手を出すが、今はそんな事は無い。
そして確かにソフィアと特に隆也は冒険者になってから日は浅いが、成果だけを見れば弱小パーティーとは言い難い。それなのに雑魚狩りをしているのが冒険者のマナーに違反してると反感を買っているらしい。
隆也とソフィアは向かい合って食事をしながら今後の事を相談している。
「このまま無視するって選択肢もあるけど…」
「それは悪手だと思うわ。
このまま放置しておくと有益な情報を共有して貰えなくなるし、
複数のパーティーで受けるクエストも参加させて貰えなくなるわよ。
それにもっと怖いのは闇討ちと制裁ね」
「それは厄介だな。
じゃあ、高難度のクエストをうけるしかないか」
「でも私達が出来る高難度のクエストと云えば、脅威度の高い魔獣狩りしかないわよ。
当然、危険度も跳ね上がるわ」
「俺の故郷に”虎穴に入らずんば虎児を得ず”って諺があるんだ。
危険を冒さないで大きな成果を上げる事は出来ないって意味だよ」
「ふ~ん、初めて聞く諺ね。
でも言いたいことは分かるし、やるべきだって事も分かる。
じゃあ、早速、明日から行きましょう」
二人の方針が決まった。
「でも念の為、ソフィアの装備を新調した方が良いんじゃないか?」
「確かにそうね。
じゃあ、明日、出発する前に店に寄って新調するわね」
具体的な細かい行動も決まり、明日を待つばかりとなった。