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8.告白の答え

 人だかりを作っているのは結構な人数だったけど、ぶつかりながらも小柄な私は人の隙間を縫って何とか集団から抜け出すことに成功した。

 自分でも、大声で告白しておいて逃げ出すとか、最低だって思う。それでも、どんな答えが返ってくるか怖くて、聞きたくなくて、ただただ走る。

 目についた人気のない横道に入って、それでも足を止めずにどこへ向かうでもなく走る。

 

 けれど慣れない靴で足が疲れていたのと、日が差さず影が落ちるこの道の地面が前日の雨でぬかるんでいたせいで、足がもつれて思いっきり転んでしまった。


 体勢を崩して体が地面に激突する僅かな時間が、スローに感じる。


 あぁ、このままだと顔から突っ込んで、全身泥まみれになるんだろうな、帰りはどうしようかなと妙に冷静に考える自分がいて、せめて目に泥が入るのは勘弁だと目を瞑って衝撃に備えた。


 けれどいつまでたっても思っていた泥の飛沫も、地面の冷たさも痛みも感じられない。


 代わりに温かくて少し柑橘系の香りのする何かが、ぽすっと私の身体全体を包み込んでいるような感触があった。


「あっぶなかった……。アイ様、怪我はないですか!?」


 自分のではない早鐘を打つ鼓動の音と、焦りを滲ませた聞き覚えのあるあったかい声が耳に響く。


 震える体をゆっくり起こして視線を上げると、安堵の微笑を浮かべたゾイドさんの顔があった。


「どうしてここに──って、ゾイドさん、服が」


 彼は私の下にいて、そのせいで彼のグリーンのシャツと染み一つなかったパンツには結構な量の泥が跳ねかえっていた。


「俺の服は別にいいんです。なんなら持ってる服、似たような色のやつばっかなんで、これを機に買い替えてもいいかななんて。それより間に合ってよかったです。アイ様が怪我したり、せっかくの綺麗な服が汚れる方が俺は嫌ですから」


「あ、りがとう、ございます。とりあえず、すぐにどきますね!」


 けれど、立ち上がろうとした私の身体はピクリとも動かない。

 気付いたら私の腰にゾイドさんの手があって、むしろ逃がさないとばかりに強く押され、そのままぎゅっと抱きしめられる。


「わ、ま、え、っと、ゾイドさん!?」


 途端に私の身体に猛烈な勢いで血液が循環する。

 顔が動かないから彼の表情は確認できない。それでも、再度押し付けられた胸元からは、さっきよりも早いゾイドさんの心臓の音が聞こえる。


「すみません。でもこうでもしないとまたアイ様逃げ出しそうだから」


「うっ……」


 彼の言う通りだ。

 私は抵抗を諦め、緊張で身体を固くしながらもされるがまま、彼の身体によりかかる。


「このまま俺の話聞いてもらえますか?」


「この状態で聞く以外の選択肢なんて、私にはないじゃないですか」


「ですね、すみません」


 頭の上でくすりと笑った気配がした。その声にわずかに潜む色香にドキリとする。

 しかも逃亡防止のためとはいえ抱き締められて、これで告白を断られたとしても、包まれた大胸筋の心地よさを一生忘れずに覚えておこうと心に決め、私は彼の言葉を待つ。


 彼は一つ深呼吸をすると、ゆっくりと話し始めた。


「俺はただ、生まれが貴族だってだけで、何の力も持たないただの騎士です。そしてアイ様は、この国で尊ばれるべき救国の聖女様です。だから俺が今持っているこの感情をアイ様に向けるなんて、身の程知らずだと思っていました。旅から帰ってからアイ様と別れて、悲しかったですけど、これ以上気持ちが育つ前でよかったと自分を納得させていました。けど、雑念を消そうとどんなに訓練に励んでも俺の中からアイ様のことが全然頭から離れなくて、いっそのこと北の領地に転属願いでも出して離れようと思っていた時に、アイ様から誘われて、すごく舞い上がったんです」


 彼の言葉に、私は期待してしまいそうになる。

 ゾイドさんも私と同じ気持ちなんじゃないかと。

 

 けれど好きと言われたわけじゃない。勘違いだって可能性もゼロじゃないと、もしも違った時用に心の中で期待するなと予防線を張る。

 それでも体は正直で、インフルエンザ並みに体から熱を発している自分に、落ち着けと何度心で言い聞かせても、はやる気持ちを抑えられない。

 このままじゃ私の身体は沸騰したのち蒸発するかもと悶絶していると、ゾイドさんが回した腕の力を更に強め、小さな声で、でもはっきりと口にした。


「アイ様、俺もあなたのことが好きです」


「っ……!」


 聞き間違いじゃない。


 今、確かにゾイドさんは言った。


 私のことが好きだって。

 つまり私たちは、その、両想い……!!


 不安でぐるぐるしていた気持ちが消え失せて、だけど今度は別の意味で脳内処理が追い付かなくてクラクラする。嬉しすぎて気を失いそうになる。


 本当は今、ゾイドさんの顔が見たい。

 けれど恥ずかしすぎて見上げることができず、だけど触れ合ったままのこの状況もなかなかに羞恥心をそそられるし、かといって離れてこの熱を感じられなくなるのは名残惜しくて。


 結局動くことができず、私たちは情緒の欠片もない薄暗さの残る路地で、しばらく抱き合ったままだった。


 その後、どちらともなしに離れた私たちの顔は、暗い中でも分かるほどにお互いに真っ赤で、それがなんだかおかしくて、二人して笑ってしまった。

 けれどゾイドさんはすぐに真面目な顔になると、瞳を不安げに揺らして私を見つめる。


「その、俺としてはアイ様と結婚を前提としてお付き合いできたらと思っているんですけど……」


 そう、この世界ではほとんどの場合、付き合うイコールそのまま結婚になる。


 私のいた世界ではみんな自由恋愛だし、合わないと思ったらすぐ別れるとか、結婚してても離婚は普通なんだよと世間話の一つとして以前話していた時に、ゾイドさんが驚いていたことを思い出す。

 なので私がこの世界で彼の申し出を受けるということは、そういうことだ。


 それが当たり前で育っているならともかく、私はそうじゃない世界の住人だったからこそ、本当に私が彼の手を取ってくれるのかと、こんな不安な表情になっているのだと気付く。


 だけど私は、姉からは、恋愛なんだからもっと軽く考えて気楽に付き合えばいいのに、とよく言われていたけど、そういう考え方が主流だと認めつつ、付き合うなら絶対に結婚する人がいいという感性の持ち主なのだ。

 つまり何にも問題はなく、むしろ優しくてカッコよくて可愛くて隆々とした私好みの筋肉マッチョなゾイドさんと結婚できるなんて、願ったり叶ったりだ。

 控えめに言って嬉しすぎて鼻血が出そうだ。


 勿論、顔に血をまき散らすことはなく、私は満面の笑みでゾイドさんを見つめると素直に気持ちを伝える。


「私も、結婚するならゾイドさんがいいです。むしろそれ以外の人と結婚しなさいって仮に陛下に言われたって、全力で拒否します!」


 本当に拒否できるかはともかく、そのくらいの意気込みなのだ。


 身分とか云云かんぬんひっくるめて全く不安がないわけじゃないけど、ゾイドさんと一緒になるためならなんだってする。


 乙女的にはよろしくないだろうが鼻息も荒くそう力説したら、ゾイドさんは嬉しそうに笑うと、もう一度ぎゅっと抱きしめてくれた。

 愛しい人のみちみちの筋肉に包まれた私は、ドキドキしながらも自分の腕を彼の背中に回し、想いが通じ合った幸せをもう一度嚙みしめた。

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