7.想定外の告白
ゾイドさんに連れられるまま王都をぶらぶら回って、途中気になるお店があったら中に入って物色したり、疲れた頃合いを見計らってフレッシュな果物を使ったジュースを屋台で買ってきてくれて、お店近くのベンチに座って飲んだり。
何気なく過ごす時間が楽しすぎて、このまま時間が止まればいいのに、なんてことを思った。
休憩が終わってもまだ日が沈むには早い時間で、もう少し付き合ってくださいとお願いしたら、彼は喜んでと返してくれて。
「あそこのマドレーヌ、有名なんですよ」
「そこの店主は頑固親父で一見怖いんですけど、中にクリームが入ったパンが絶品で。しかも3個買ったら1個おまけしてくれるんですよね」
「あのタルト屋、週末限定で旬のフルーツのを出してて……あ、今日はついてる、1個余ってますね!」
ゾイドさんが教えてくれるお店のほとんどが美味しいお菓子のお店で、見つけるたびに買ってきて、私に渡してくれる。
さすがに全部は食べ切れないから、と断ると、持ち帰り用にとまとめてくれる。
こんなに優しくてカッコよくて可愛くて、しかも選りすぐりの実力を誇る騎士団の中でも実力があって、将来は間違いなく騎士団長クラスかそれ以上の活躍が期待されるほどの逸材で、これでモテないわけがない。
その証拠に、道行く人たちから結構な視線を浴びているのが肌で感じられる。
ぐずぐずしてたら誰かに取られる!
もともと私は思い立ったら即行動の性格だから、デートまで漕ぎ着けたこの勢いで告白するべきかと考え、かといってこんな往来のある道のど真ん中で言うのはさすがに違う気がする。
ムードもくそもないし、恥ずかしいし、なにより公の場で振られたらダメージが半端ない。
人気のない、できたら景色のいい場所に案内してもらって、ベタだけどそこで気持ちを告げる、なんていうのはどうだろうと即興で計画を練っていたら、上からゾイドさんの声が降ってきた。
「あー、えっと、もしかしてつまらない、ですかね。俺、ちょっと調子に乗って連れ回し過ぎちゃいましたか」
「へ?」
慌てて見上げたら、悲しそうに眉を下げた、だけどどこか私を気遣うような視線でゾイドさんが私を見ていた。
「な、何のこと……」
全力で楽しんでいたつもりで、しかも離れがたくて延長をお願いしたのはこちらなのに、ゾイドさんからの予想外の言葉に、二の句が継げず固まる。
そんな私に、ゾイドさんはますます申し訳なさそうに唇を噛むと、
「よく考えたら俺、自分の好きな店ばっかり紹介してるし、さっきからアイ様上の空な気がして。本当はもっとちゃんとエスコートしなきゃって考えてたのに、一緒にいるのがすごく楽しくて……本当にすみません」
違う、そんなことはない!
テンションが上がりすぎてたのは私の方なのに!
だけど、せっかくゾイドさんといるのに、告白どうしようなんて一瞬考え込んでしまったのは事実だ。こんな、傷付いた子犬みたいな顔をさせたのは、私なのだ。
「帰りましょうか。送っていきます」
ゾイドさんは既に来た道を戻る為、反対方向に足を向けていた。
私のせいで、せっかくのお出かけをぶち壊しにしてしまった。
このまま帰ったら、私が楽しくなかったと勘違いしたゾイドさんは、二度と私の誘いを受けてくれないかもしれない。
「アイ様?」
一歩も動かずそこに留まる私に、ゾイドさんが怪訝そうに声をかける。
このままじゃだめだ。だって私は────。
「違うんです!!」
気付けば私は、その場で大きな声を上げていた。
だけど場所なんて気にしている場合じゃない。騒音にかき消されないように、私は尚も大声で叫ぶ。
「さっきは気が抜けたようになっちゃってごめんなさい! だけど私、今日はものすごく楽しかったんです! ゾイドさんと一緒にパンケーキ食べたり、色んなお店を見て回ったり。確かにお菓子のお店ばっかりでしたけど、ゾイドさんが甘いものを好きなことは知ってますし、むしろゾイドさんのお気に入りが知れてよかったし、ニコニコしながらたくさんお菓子を食べるゾイドさんは可愛いしカッコいいし、そんな顔をこんな近くで見られるなんて、私幸せ過ぎてこのまま死んじゃうんじゃないかって思えるくらいで」
ちょうど逆光でゾイドさんの表情は分からない。だけど私の口は止まらない。
「あっちの世界で死んだ私が元の世界に帰れないって聞いた時、私は覚悟を決めたはずでした」
だからここで生き抜くため、求められている役割を果たそうと、物分かりのいいふりをして聖女を演じ続けた。
私がゾイドさんを連れて行ってほしいと思ったのは、私好みの筋肉の人が一緒にいたら、気が紛れて狂わずにいられるかもしれないと考えたからだ。
確かに効果はあった。
ゾイドさんをはじめとした騎士の人たちはみんな私の大好きなマッチョ体型で、彼らと一緒にいるだけでも私の不安は随分と軽減された。
「それでも旅の途中、ふとした時に前の世界でのことを思い出す度に苦しくて、辛くて、心が悲鳴を上げていて。でも弱音なんて吐いたら、失望されるかもしれないと思って我慢してて」
夜、日本では街の光が明るすぎて見えなかった、空に広がる満天の星を瞳に映す度、戻れない現実を突きつけられて、でも誰にもその苦しみを吐露できなくて、一人絶望していた。
そんな時、気付いたら隣にはいつもゾイドさんがいた。
とはいっても何か特別なことをしたわけじゃない。
彼が小さい頃お兄さんに悪戯を仕掛けたら倍にして返された話や、サイズがギリギリのシャツを着ていたことを忘れてつい力んだら、胸元のボタンが上官の額に飛んで行って死ぬほどしごかれた話を聞いたり、ゾイドさんがお菓子を大量に買ってきたけど、消費期限が次の日で、腐る前に頑張って一緒にお腹に詰め込んだり。
そんな彼といるとほっとする自分がいて、今の人生も悪くないかもしれないと、ちょっとずつ思えるようになっていったのだ。
「だけどこんなに顔も性格も筋肉も全部がいいゾイドさんのこと好きなのは、きっと私だけじゃないんだろうなって思って。だって、今日も一緒にいる時、みんなゾイドさんのこと見てたから。だから早く好きって言わないと他の人にゾイドさんを取られるかもって、けど好きって伝えるなら、ゾイドさんが喜ぶような場所でしたいなとか色々考えこんじゃって。せっかくすぐそばにゾイドさんがいるのに、私、そっちに意識を持っていかれちゃって。だから……!」
視界がぼやける。
何の感情から流れる涙か、当てはまる感情が多すぎてもはや分からない。
こんなつもりじゃなかったのに。
けれど出てしまった言葉を、なかったことにはできなかった。
それは紛れもない私の本心だから。
化粧はドロドロに崩れていて、朝頑張って作った顔は、全然可愛くないと思う。
それでも、私は勢いのまま、ありったけの声で叫んだ。
「私、ゾイドさんのこと、大好きなんです!!」
その瞬間、周囲から歓声の声が湧いた。
「救国の聖女様が告白したぞ!」
「相手は誰だ!?」
「あの顔に見覚えがあるぞ。第三騎士団のゾイドじゃないか!?」
「ああ、確か旅にもついていってたんだよな」
「ということはもしかしたらその頃から聖女様はその兄ちゃんに懸想してたってことか?」
「若いってのはいいねぇ!」
聞こえてくる声にはっと我に返り、慌てて周囲を見渡せば、私はたくさんの人たちに取り囲まれていた。
「あ、私……」
そういえば、ここは人の往来の激しい、休日の大通り。
何とかして誤解を解かないと、とそればかりに気持ちが向いていて、ここがどこなのかようやく思い出して。
「待って────!」
ゾイドさんの呼び止める声がしたけど、全速力で、私はその場から逃げ出した。