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6.デート

 そして迎えた当日。

 前日少し雨だったから心配だったけど、夜中には止んだらしく、見事な青空が広がっていた。


「やばい、時間ギリギリかも!」


 結局選んだのは、小花柄のワンピース。

 化粧は猛特訓した甲斐もあってなかなかな仕上がりになっている。

 ただ、髪の毛を後ろで可愛くまとめようとしたけどうまくいかなくて、今回のデートのことを知った寮の子達が手伝ってくれて何とか様になった。

 それに時間を取られたせいで、朝早くから準備してたにもかかわらず、結局出発が遅れてしまったのだ。


 十一時に王都中心部にある広場の時計塔の前。

 約束の時間まであと数分と迫っていて、私はあわただしく走って向かう。


 何とか時間ギリギリに時計塔の前に着くと、王都を見下ろす小高い位置にある王城からも見えるほどに巨大な時計塔の周りには、待ち合わせ場所の定番スポットということもあって、たくさんの人の姿があった。


 スマホなんてものはないから、このごった返す人の群れから探さないといけない。

 私はかなり背が小さいので見つけられるかなぁと心配してたけど、その必要は全くなかった。

 頭一つどころか二つ分は大きいゾイドさんの姿は非常に目立っていて、すぐに分かったから。


 慌てて人を縫い分け進み、ようやく彼の前に姿を見せることができた。


「ゾイドさん!」


 声をかけると、ゾイドさんはすぐに気が付いてくれて、にぱっと笑うとこちらへ駆け寄ってくる。


「すみません、準備に思ったよりも時間がかかってしまって」


「全然大丈夫ですよ!! 気にしないでください!」


 そう答えたゾイドさんは、さすがに今日は騎士の制服ではなかった。

 少し袖をまくり上げた瞳と同じ若草色のシャツに爽やかな白のパンツを合わせていて、シンプルだけどすごく、ものすごく似合っていてカッコいい。

 髪の毛は切ったみたいで短くなっていたけど、屈んだ彼の頭からはシトラスのような整髪料の香りが鼻孔をくすぐる。


 じっと見惚れて何も言えずにいると、慌てたようにゾイドさんが体をソワソワさせる。


「もしかして、変でした!?」


 変じゃない、最高なんです! 

 素敵すぎて意識飛ばしちゃったんです! と言えなくて、思わず、


「ちが、違います!! あれです、袖から覗く前腕部とシャツを着てても分かる上半身のシャツがはち切れそうなくらいに厚い胸板に、ときめいていただけですから!」


 いくら私が筋肉好きだってことがゾイドさんにばれてるとはいえ、普通に服装を褒めるよりも恥ずかしいことを口走ってしまい、余計に焦って二の句が継げず黙ってしまう。


 どうしよう、気持ち悪いって思われたかな。

 こんな時に出てくるのが筋肉を称賛する言葉なんて、恥ずかしいやら情けないやらで泣きそうになりながらゾイドさんをそっと覗き見たら、予想外なことに彼は満面の笑みだった。

 その笑みを惜しげもなく私に向けながら、彼はどこかほっとしたような表情になって目尻を一層下げる。


「よかったぁ。前にアイ様、俺の腕とか胸の筋肉とかがすごいって褒めてくれてたじゃないですか。実は、あれからそこを重点的に鍛えてたんです。だから、そこに気が付いてもらえて俺、すっごい嬉しいです!」


 そしてとどめに照れたように鼻を掻きながら私から少し視線を外すと、


「えっと、それより今日のアイ様も、めっちゃ綺麗で可愛くて、いや勿論いつも可愛いんですけど、服とか髪型とか……その、俺と会うために準備に時間かけてくれたのかなって思うと、余計に可愛く思えるっていうか」


「はぅっ」


 言われた瞬間、嬉しすぎて、というかどんな顔をしたらいいか分からなさ過ぎて、謎の声を上げながら俯いてしまう。


 まだ夏には少し早いっていうのに、猛暑日にでもいるかのように既に全身茹蛸のように真っ赤だと、確認しなくても分かる。


 どうしよう、既に私の体力ゲージは尽きそうだ。だけど、まだデートは始まったばかり。

 こんなところで終わるわけにはいかない。

 せっかく気合い入れて臨んでいるんだし、目いっぱい楽しまないと、と何とか気力を持ち直して、まだ火照りの冷めない頬をしたまま、さっそく件のカフェへ向かうことにした。


「と、とりあえず行きましょうか。そこのお店すごく人気なんですけど、予約とかできなくて来店順なんです。だから、早く行って並ばないといけないなと思って」


「じゃあ急ぎましょう!」


 そしてその場から離れて大通りをしばらく歩き、教えてもらったパン屋さんの角を曲がる頃には、何とか私の心拍数も落ち着いて普通にゾイドさんと会話ができるまでになった。


 それでも、歩幅を合わせて隣を歩くゾイドさんの横顔とか、笑い声とか、私に向ける柔らかそうな芝生の色の目とか、それらを認識するたびに内心ドキドキはするんだけど。


 そうこうしている間にお目当てのカフェに到着した。


「本当に人気なんですね」


 ゾイドさんが驚いたように声を上げたけど、確かに、この時間にしてはかなり列が長い。それでも、列の整備をしていたお店の人に聞くと、三十分ほどで中に入れるとのことだったので、勿論私達も最後尾につく。

 その後も、私たちの後ろにはどんどん人が列をなしていく。


「友人曰く、休日は三時間待ちもざらだから、行くなら午前中がオススメって教えてもらったんです」


 どこかのテーマパークのアトラクションの待ち時間みたいだなと思いながら、前情報をくれた友人に感謝する。


 並んでいる時間は会話をしていればあっという間で、席に通された私はゾイドさんと一緒にメニューブックを眺める。


「ウサギと森のカーニバル、きらきら星のハーモニー、いちご王国の夢の結婚式……」


 悩まし気な表情で見ているゾイドさんの口から零れる謎の単語は、全てパンケーキのメニューだ。店内の装飾もメルヘンで可愛いし、そういったコンセプトのお店のようだ。


「ゾイドさんはどれにしますか?」


「うーん、俺はこのウサギのやつですかね。アイ様は決まりましたか?」


「私は海の幸の玉手箱っていうのにします」


 パンケーキにはゾイドさんが頼んだスイーツ系以外にもごはん系のものもあって、私はサーモンやボイルした海老などの海鮮がのったものにした。


「お待たせしました」


 たくさんのフリルが多用された可愛い制服を着たお姉さんが、パンケーキと、同じく名物のラテアートのカフェラテをもってきて並べる。


 お皿を揺らすだけでぷるぷる揺れるパンケーキに興奮しながら、私はナイフで切り分けパクリと一口。


「美味しい!」


 意外と海鮮と甘いパンケーキって合うんだと感心しながらゾイドさんに目を向けると、彼は口いっぱいにほうばった生クリームたっぷりのパンケーキを、至福の表情で噛みしめていた。


 実は甘いものが大好きなゾイドさんは、旅の途中でも、立ち寄る街のスイーツをいつも両手いっぱいに抱えるほどの量を買っていた。

 それを知ってるからこのお店に誘ったんだけど、喜んでもらえてそうでよかったと内心胸を撫で下ろす。 


 ついでに可愛いものも大好きなゾイドさんは、ラテアートで描かれたキュートなくまの絵にも大興奮だった。

 飲むと絵柄が崩れるからどうしよう……と真剣に悩むゾイドさんは、私よりも体も大きくて年上のはずなのに、すごく可愛い。


 そのせいか、胸がいっぱいになってパンケーキを全部食べ切れなくて、残りはゾイドさんに食べてもらうことになった。


「アイ様、連れてきていただいてありがとうございます。他にも気になるメニューがあったから、また来たいなぁ……いやでも、さすがに一人で行くのは緊張するし、かといって他の騎士仲間連れていくのも」


 よほどあのお店が気に入ったのか、外に出てから難しい顔で唸るゾイドさんの呟いたように、マッチョの団体がメルヘン全開のお店を占領している図を思い浮かべ、それはそれでちょっと面白そうだから見てみたいとは思った。

 

 だけど、どうせなら。


「ゾイドさん、また私と一緒に行きましょう! 他にも季節限定のメニューもあって、次はそれを食べてみたいです」


 幸せそうに食べるゾイドさんを他の人に見せるのは、たとえ同性の騎士の人でもなんか嫌だ。

 そうお願いしたら、ゾイドさんはすぐに首をたくさん縦に振ってくれた。


「勿論! アイ様さえ良かったら一緒に行きましょう!!」


 よし、これで次の約束も取りやすくなったぞと密かにほくそ笑んだ私だけど、今回のお出かけの目的は果たしてしまった。


 解散するには早すぎるし、なによりゾイドさんともっと一緒にいたい。他のプランも立てとくべきだったなと後悔したけど、


「まだ時間があるなら、この辺りを散歩がてら回ってみませんか? 俺、今日のお礼に色んなお店紹介しますよ」


 彼がそう申し出てくれて、私は躊躇うことなくその申し出を受けた。

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