5.レイチェル様(+1名)とのお茶会
翌日。
私はレイチェル様から早速お茶のお誘いを受け、放課後に公爵家のタウンハウスに来ていた。
広大な庭の中心部分、見事な薔薇がぐるりと取り囲む中に置かれたお茶会用のテーブルの向かい側に座ったレイチェル様は、手にしたカップの紅茶に舌鼓を打ちながら、それで、と話を切り出す。
「昨日はどうだったの? うまくいったのかしら」
心なしか、目が輝いている。
口調こそいつも通り、だけど、なんか身も乗り出しているし、レイチェル様の顔にワクワクという文字がうっすら見える気がする。
「お誘いは、そうですね、はい、今度一緒に出掛けることになったんですけど」
そこまで答えて、私は思わず口をつぐむ。
話すのが恥ずかしいからじゃない。
レイチェル様の後ろにある薔薇のアーチのあたりに、スナイパーの如く鋭い眼光をこちらへ向けている金色の頭が見えているからだ。
私の視線に気づいたのか、レイチェル様はああ、あれねと苦笑を浮かべながら、
「気にしないで。あれ、ウィルだから」
「いやいや気にならないわけないじゃないですか!?
何でここに?
というか、ひたすらに怖い。殺気向けないでほしい。
確かに彼が友人同士の集まりでもこっそりと見守っているって噂はあったけど、それは間違いじゃないとよく分かった。なんなら、噂よりもひどい。
……見守ってるっていうか、あれ、一つでも失言したら王子の一言で存在ごと抹殺されそうだ。
「大丈夫。口は出さないように言ってあるから。そんなことをしたら、あなたのことほんの少し嫌いになるかも、ともね」
嫌だと思うけど、空気だと思って見ないふりをしておいてねと言われ、仕方なく彼女の言葉通り、空気としては存在感抜群なので、守護霊みたいなもんだと無理やり自分に言い聞かせて続けることにした。
「それで、どこに行くの?」
「大通りのパン屋さんの角を曲がったところに黒猫のマークが看板に書かれたカフェがあるらしいんですけど、そこへ行こうかと」
「あら! そこ、私も知ってるわ。確かカフェラテとパンケーキが美味しいって有名なのよね」
「そうなんです。しかもあっちの世界でいうラテアートが飲めるみたいで」
ちなみに、あっちの世界とか、ゲームとか、悪役令嬢とか、その辺の諸々は、小さい頃にレイチェル様から説明されてることもあって守護霊様はご存知らしい。
変にぼかして会話しなくて済むから、そこの部分に関してはありがたい。
「いいわね。私も今度行ってみようかしら。ねえ、どんな感じのお店だったか、また感想を聞かせてね」
「勿論です」
きっと殿下と行くんだろうな、むしろそれ以外の人と行くなんて言われたら発狂しそうだなあの金髪……と何やらメモしている殿下を視界の端に映しながら、そうだ、この際デートの服装をレイチェル様に相談してみようと思い付いた私だったけど、レイチェル様に先手を打たれた。
「着ていく服は決まっているの?」
「実はまだなんです。手持ちの服を確認したらあまり可愛いものはなかったので、買い物に行こうかなとは思っているんですけど。私、前の世界でもこっちでもデートってしたことがなくて、どんなのを選んだらいいか正直分からなくて困ってるんですよね」
聖女として活動してた時は、動きやすさと丈夫さを兼ね備えた、厚手の生地のパンツスタイルだった。
だけど、まさかそれで行くわけにはいかない。
どうせならふわっとしたスカートとか履いてみたいけど、日本ででもこの世界でも、基本的に制服以外でスカートを履いたことがなかったから、買いに行くにしても何がいいのか、どれが似合うのか、まったく分からない。
「そういうことなら」
パンっと手を叩いたレイチェル様は、喜色満面で私に近付くと、かさつき一つないすべすべの手で膝の上にあった私の手をぎゅっと握る。
「私に選ばせてちょうだい」
「いいんですか!?」
アドバイスだけでも貰えたらいな、なんて考えていた私からしたら破格の申し出に、テンションが上がって声が裏返る。
「勿論!」
そう答えたレイチェル様は、傍にいたメイドに何かを伝え、彼女が足早にどこかへ行くのを見送った後、私の手を引いて屋敷の中に入る。
案内された一室でキョロキョロして見回す私を、レイチェル様は端にある椅子に座るよう促す。
「これから服とか色々持ってここに広げてもらうから、その中から選びましょう」
「え」
服が、やってくる?
私の疑問を読み取ったのか、レイチェル様はくすりと笑って、
「うちのお抱えの商人がいるから、ありったけ持ってきてもらうようにさっき頼んだの。すぐに来ると思うわ。勿論、街でのデートだから、貴族の集まりで使うようなドレスとかじゃなくて、街の人たちが着るようなものを揃えるよう伝えているから」
そして彼女が言ってた通り、すぐにやり手そうな顔の細身の商人がやってきて、山ほど持ってきた箱を次々とほどいていくと、部屋に並べていき、ものの数分であっという間に部屋中が服飾品で埋め尽くされた。
「わぁ」
どんな店よりも、圧倒的にアイテム数が多い。
この中でどれが気になると聞かれても、むしろ多すぎてどこから手を付けていいか分からず、お手上げ状態だ。
それでも、派手な色とか露骨に露出が多いのはちょっと……と答えると、それを省いたものの中でよさげな物を、レイチェル様が片っ端から私にあてていく。
「これはダメね。あなたの顔色がくすんで見える。これは色はいいけどフリルの感じがイマイチだわ。大きい花柄が刺繍されたものは却下。他には……この手のデザインはむしろ幼く見えるから没ね」
凄まじい早さで私に似合うものを見つけ、五種類まで絞る。
「私の見立てではサイズも大丈夫だと思うけれど、念のため着てみましょう。ついでにそれに小物も合わせてみないと。──という訳だから、ウィルも皆さんと一緒に外に出て下さるかしら」
当然、レイチェル様をマークしてこの部屋まで移動し、片時もレイチェル様から目を離さずぴたりと壁に張り付いて監視していた美麗な守護霊様は、仕方ないと言わんばかりに肩をすくめると、商人たちと一緒に廊下へと出る。
もう何年もああいう感じらしく、いい加減慣れたわ、とさらりと言ってのけるレイチェル様の懐の広さに、ただただ脱帽するばかりだ。
さて、その後は服を着せ替えしながら鞄やアクセサリーなども合わせ、髪の毛も服装を変えるごとに一緒にアレンジしてもらう。
しかも化粧もしてもらったんだけど、なんとレイチェル様から直接施してもらえた。
「あなたの顔に合う色合いのものをいくつか持っているから、それをあげるわ。化粧品もあまりに多すぎて使いきれないし」
そればかりかもらえるなんて思ってもみなくて、さすがに恐縮して断ろうとしたけど、捨てるくらいなら使ってほしいと言われ、ありがたく受け取ることにした。
ようやく全てのコーディネートが終わった時には、既に陽が傾きつつあった。
制服に戻った私は、五着の服を前に悩まし気に首を捻る。
「どれも良く似合っていたわね。ちなみに私のお気に入りは、小花柄のワンピースかしら」
「私もこれ、可愛いなって思いながら着てました」
膝下までの長さのAラインのシルエットで、描かれた白の小花がとても可愛い。しかも涼し気な色合いと素材が今の季節にぴったりなのだ。
「だけど、できたらゾイド様が好きそうな服を着ていきたいんですよね。……もしかしたらこの、ちょっと短いスカートの方がいいのかなって思ったりもするんですけど」
冒険もしたいということで選んだ、グレーのスカート。髪型とメイクを変えれば少し大人っぽくなって、良いと思うわよ、とレイチェル様に言われて着てみたらその通りだった。
うーん、どうしよう、どれも捨てがたい、っていうか選べないなぁと唸り声をあげながら服を見比べる。
と、ここで、ため息混じりの低い声が、私の思考に割って入った。
「お前が着たい服を選べばいいんじゃないのか。俺なら、たとえレイが流行遅れのドレスを着ていようと、泥だらけの服を身に纏っていようと、頭に兜をかぶった全身鎧姿だろうと、それが俺の為に選んでくれたものならなんだって嬉しい」
声の主はなんとウィリアム殿下だった。
流行りの廃れたドレスはともかく、顔も見えない全身鎧は中身が誰だか分からないしどうだろう……と脳内で突っ込み位を入れながら、けれど彼の発言は、男性側の意見として参考になった、ような気がする。
「レイすまない。約束通り口を出すつもりはなかったが、あまりにもグダグダ悩むから我慢できなくなった。という訳で、そこの聖女。さっさと選んで、そしてすぐに帰れ。もしくは手持ちが足りるならいっそのこと全部買え。俺はレイ成分が足りないから、一刻も早く二人きりになりたいんだ」
「ちょっとウィル!」
レイチェル様から咎めるような声が上がるけど、確かに殿下の言う通りだ。
一般市民の服だからか全てリーズナブル。伯爵家からお小遣いも十分すぎるくらいにもらっているけど、合わせてもらった靴やら装飾品を全て加えても、まだ余るほどだ。
「じゃあ、これ、頂いてもいいですか?」
結局私は全ての物を購入することを決め、商人の男性に声をかけて代金を支払う。
「お買い上げありがとうございます。今後ともどうぞご贔屓に」
ニコニコ顔のやり手風商人はそう言うと、来た時と同じように疾風の如き速さで荷物を片付け撤収していった。
「ありがとうございます、レイチェル様。これでお出かけの時の服に頭を悩ませなくて済みます。それから殿下にも感謝いたします」
あの言葉がなかったらもう少し悩みそうだった。それに、どんな服でも嬉しい、という言葉は、私の心を軽くしてくれたから。
すると殿下はふんと鼻を鳴らし、
「俺のレイが選んだ服と靴と鞄と装飾品を身に着けて行くんだ。彼女の顔に泥を塗るような結果だけは残してくれるなよ」
分かったら帰れ、と目で訴えられたので、メイドの方たちに荷物を全部まとめてもらい、守護霊様に祟られる前に早急に屋敷からお暇することにした。
来た時と同じように公爵家の馬車に乗せてもらい、一人で寮への道を行く。
帰りの挨拶の時、後ろからぎゅっと抱きしめてくる殿下に苦笑していたレイチェル様だけど、殿下のことを愛しいものを見るように柔らかく目を細めて見つめ、とても幸せそうだった。
二人の姿は微笑ましくて、見ている私も幸せな気持ちになる。
いつか私もゾイド様と……と二人を自分たちに置き換えて想像してしまい、破壊力が半端なくて、羞恥に耐え切れず思わず身悶える。
デートまであと数日。
それまでに、今日買ったもののどれを当日に着用するか決めて、ついでに化粧の練習とかしないとなぁと、大小さまざまな箱をぼんやりと目に移しながら、やらないといけないことを頭の中でリストアップしつつ、その日が来るのを指折り数えて待った。