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4.デートのお誘い

「あの! 私アイ・サエキ・パリフィリアと申します。その、第三騎士団のゾイド・ブランティガ様はいらっしゃいますか?」


「君、もしかして噂の聖女様!? ゾイドなら多分いると思うぞ。この時間だと……訓練所の方かな。ついておいで」


 ちらりと開いた胸元から美しく盛り上がった大胸筋を見せつけた男性がにかっと白い歯を見せて笑うと、中へと入っていく。なので遅れないように私も急いで後を追う。


 中にはたくさんの騎士の人たちがいて、パンパンに張った僧帽筋や、腕まくりしている服の隙間からはみ出した三角筋、人ひとりぶら下がってもびくともしなさそうな見事な上腕二頭筋、半ズボンの下に見える揉みごたえのありそうな下腱三頭筋など、あらゆる筋肉に囲まれて、私は幸せのあまり鼻血を噴きそうだった。

 

 勿論堪えた。

 だって救国の聖女だから。変態認定されるわけにはいかない。


「聖女アイ様か! やっぱり本物は綺麗だなぁ」


「おーい、聖女様!!」


 私の力がなくなったことは周知の事実なので正確には元聖女だけど、皆元なんてつけず、聖女、と呼んでくる。

 訂正するのも面倒なので、野太い声で呼ばれる度、私は聖女として似つかわしい微笑みを浮かべて、手を振って返す。


「やった、手振ってくれたぜ!」


「生きててよかったぁ」


 私も生きててよかったです。素敵な胸鎖乳突筋をありがとう。


 そうこうしているうちに目的地に着いたらしい。


「ここですよ。えっとどこにいるかな」


 訓練中の筋肉たちに目が幸せ過ぎて死ねると思いながら、夢の詰まった大胸筋のお兄さんと一緒にキョロキョロしていると、聞き馴染みのある声が背後からかかった。


「アイじゃねぇか。こんなとこでどうしたんだ?」


「ルイジスさん!」


 振り返ると、上半身を裸にして惜しげもなく腹直筋と腹斜筋を晒した、旅でお世話になった騎士の一人のルイジスさんが立っていた。


 相変わらずキレッキレの筋肉にだらしなく口が開きそうになるのを慌てて引き締める。


「団長に聞いてもらった方が良さげだね。じゃ、俺はこれで」


「案内ありがとうございます!」


 大胸筋お兄さんにお礼を言ったあと、私は改めて、第三騎士団長であらせられるルイジスさんに向き直り、頭を下げる。


「お久しぶりです」


「おう、旅から帰ってきた時以来だな。学園に通ってるんだって? どうだ、楽しんでるか?」


「おかげさまで満喫させていただいています」


 彼は私よりも二十ほど上で、しかも私と同い年の娘さんがいる。

 なので、私にとってはお父さんと呼ぶのはさすがにおこがましいけど、親戚の叔父さん的な感じの立ち位置の人だ。


 旅の間も随分と気にかけてもらった。ちなみに超がつくほどの愛妻家。

 衰えないこの筋肉の持ち主を選ぶなんて、奥さんもなかなかいい目を持っている。いつか一緒に筋肉について熱く語り合いたいなという野望を密かに胸に秘めながら、私はここへやってきた本来の目的を果たすべくルイジスさんに尋ねる。


「ところで、私、ゾイドさんにお話があってきたんですけど」


 するとルイジスさんは、にたりと大きく口元に弧を描く。


「ほーん、もしやデートの誘いか?」


「!?」


「その反応は図星、ってことか」


 いい加減慣れてほしいのに、思わず赤面してしまう。

 そんな私を見ながらますます彼の笑みが濃くなる。


「正直、いつになったらお前たちは進展するのか、旅の時からずっと気になってたんだよ」


 その口ぶりからして、私が自覚するよりも前から、私はゾイドさんに好意を持っていたらしい。自分じゃ気付いていなかったので余計に恥ずかしい。

 

 更に赤面させる私を面白そうな顔で見ながら、ルイジスさんは私にとって有益な情報を提供してくれた。


「とりあえず、今もあいつに彼女らしき女も言い寄ってる子もいないから安心しな」


「そ、れは、よかったです」


 勢いのまま来たから、旅をしていた時は好きな人とかいなかったとしても、それよりも時間が経っているし今は彼女がいたらとか、そんな可能性にすら考えが及んでいなかった。

 乙女ゲームのメンタル強のヒロインじゃあるまいし、彼女とか婚約者がいたらさすがにデートには誘えない。


「で、ゾイドな。あいつはえっと……ほら、奥で剣振ってるぞ。おーい、ゾイド!! お前に美人の客人だ!!」


 彼の声に、ゾイドさんと思しき人物が手を止めこちらを見る。

 ついでに大きすぎる声に、訓練所にいたほとんどの騎士たちがこちらに目を向けてるけど。


 ゾイドさんは慌てて剣を腰に差すと、一目散にこっちに駆けてくる。


「はぁ、はぁ、アイ様!? お久しぶりです、えと、ど、どうしてここに?」


 最後に会った時よりも少し髪の毛が伸びている。さっぱりした前の髪型もいいけど、今のもすごくいい。

 優し気なオリーブ色の瞳は相変わらず綺麗で、戸惑っているのか何度も目をしばたかせている。


 大柄な騎士の中でも更に抜きんでて背が高い彼は、私の前に立つと、私が見上げすぎて首を痛めないよう必ず少し屈んで目線を合わせようとしてくれる。

 汗に濡れる腕やら、服の上からでも分かる胸筋よりもまっさきにそういったところに目がいくなんて、やっぱり私は彼に恋してるんだと改めて自覚させられる。


「ゾイドさん。あの、実はお話したいことがあって」


「え、俺に、ですか? そのためにわざわざ……って、ちょっと待っててください! さすがに俺汗くさいしあれなんで、ちょっとあれしてあれしてくるんで待っててもらっていいですか!?」


 あれを多用した台詞を吐きながら、あたふたとその場からどこかへ去っていくゾイドさん。

 その様子に、なんか可愛いと名残惜しく思いながらも見送る。


「ま、すぐに来ると思う。詰所の部屋一つ空けるから、そこで待っててくれ。あいつにもそこに行くよう言っとく」


 それってもしかして密室に二人っきりってこと!?


 一瞬色々想像してあらゆる場所から血が噴き出しそうになったけど、落ち着け私。とりあえず深呼吸して自分を落ち着かせる。


 それからゆっくりしてけよ、と、ルイジスさんに案内された部屋で、運ばれたお茶を口に含みながら待ち人の到着を待つ。


 すると廊下の方からバタバタと慌てたような靴音がしたかと思うと、どんどん大きくなって、そして、


「す、すみません、遅くなりました!」


 きっちりと騎士の制服に身を包んだゾイドさんが、大きなドアの開閉音と共にやってきた。


 彼の騎士服は旅の間も見る機会があった。久しぶりのその姿は、やっぱりとても似合っていてカッコいい。


「こちらこそごめんなさい、その、いきなり押しかけてしまって」


 ゾイドさんが向かいのソファに座るのを見ながら、私は申し訳ないと頭を下げる。


「しかも訓練中だったのに、中断させてしまった形になって」 


「そんな、いいんですよ、気にしないでください! どうせもう終わるところだったので」


 目尻を下げてにこりと笑う姿に、私の胸がきゅっと収縮する。

 可愛いのにカッコいいその笑顔は反則だ。


「ところでどうしたんですか? 俺に用事だなんて」


 鼓動が早くなる心臓の音がばれないように必死に平静を装う私に向かって、ゾイドさんがコテンと首を傾げた。その姿すら目に毒だと、更に早鐘を打つ心臓を必死に宥めながら、私は口を開く。


「はい、実は……」


 次の休み、デートしませんか?


 そう気軽に、さらりと誘うつもりだった。

 

 だけど、いざ彼を目の前にすると、その言葉が喉の奥に張り付いてまったく出てこない。

 しかも久しぶりに会いに来てデートのお誘いするとか、どう考えても私がゾイドさんのことを意識してるって本人に丸わかりじゃないか。

 

 今更ながらその事実に気が付いて、どんどん顔が窓から差し込む夕日色に染まっていく。

 だけどこのまま黙ってたら、ゾイドさんだって困るはずだ。

 現に黙ってしまった私を気遣うような視線を前から感じるし。


 どうしよう、どうする。


 いや、どうするも何もここまできて世間話して帰るわけにもいかない。それはそれで幸せな気持ちになるからいいんだけど、いややっぱりよくない。

 ぐるぐるぐるぐると頭の中が回って、回りながら考えて考えて、女は度胸だと覚悟を決め、私は意を決して立ち上がると、震えそうな声を隠すように大きな声で尋ねた。


「ゾイドさん! 今度ご迷惑じゃなかったら二人で出かけませんか!! 最近人気のカフェがあるみたいでゾイドさん確か甘いもの好きだったと思うのでよかったらそこに一緒に行きたいんです!!!」


 カフェの話は例の青が言ってたことだ。

 あいつと行く気はないが、そこの店の話は最近クラスでも話題に上がってて、マカロンとかエクレアとかがっつり甘いお菓子を好むゾイドさんなら、私との外出はともかくそこのお店自体に喰いついてくれるんじゃないかと、とっさに思い付いて気付いたら口にしていた。


 一息に言い切った私は、彼の反応が気になって、でも嫌そうにされたらと恐怖心もあって、そのままの姿勢で固まっていた。

 目線を向けることも怖くて、ついでに目もがっつりつぶる。


 けれどいつまで待っても反応がない。


 え、どうしよう、そんな、言葉も出ないほど嫌だった…? と不安になってゆっくり目を開けて確認すると……。


 ゾイドさんは、口元を手で覆い、首まで真っ赤にさせながら固まっていた。


「あ、あの、ゾイド、さん?」


 瞬き一つしない様子に、もしかして死んだ? 石化の呪い? 私聖女じゃなくなったから解除とか無理だよと本気で心配になって、名前を呼びながら目の前で手をふりふりさせると、ようやく彼の時間が動き出す。

 だけど相変わらず全身真っ赤で、私と目が合うと、途端に目を逸らす。


「あ、いや、その、これは違うんです!! まさかアイ様にそんなお誘いしてもらえるなんて、予想外っていうかめっちゃ嬉しすぎるっていうか」


 その答えはずるい……!!


 彼の反応が嬉しくて、だけどこっちも色々気恥ずかしくなってきて、ゾイドさん以上に全身が歓喜と羞恥で真っ赤になっているのを感じながら、私たちは互いにそれ以上何も言えずに赤面して硬直する。


 それからどのくらい経っただろう。


 先に復活したのは、ゾイドさんの方だった。


「アイ様、本当に一緒に行く相手、俺でいいんですか? 学園のお友達とか、その、気になっている人とかじゃなくて」


 少し落ち着いた、だけど震えた声に、私は小さく首を横に振った。


「私はゾイドさんと一緒に行きたいんです。駄目ですか?」


 駄目、って言われたら、しばらくゾイドさんの顔を見られる自信がない。ソファに座り直してじっと彼を見つめて答えを待っていたら、赤らめた顔はそのままにゾイドさんがふっと息を吐くと小さく笑った。


「勿論、駄目じゃないです。じゃあ、次の休み、一緒に行きましょう」


 その返事をもらったあとのことは、よく覚えていない。

 確か、寮まで送りますとゾイドさんに言ってもらって、夕陽と月と星が入り混じる空を窓から見上げながら、騎士団の馬車に揺られて帰ってきた。


 胸がいっぱいで食欲が湧かず、すぐに部屋へ戻ってベッドにぽすんと体を投げ出す。


 まさかオッケーしてもらえるなんて。


 いまだに夢心地で、というか夢かもしれないと思って頬をつねるけど、普通に痛かった。うん、間違いなく現実だ。


 幸せに悶えながらも頭の隅では冷静に、お出かけまでに可愛い服とか用意しなきゃなとぼんやり考える。 


 でも、今日はもう動けない。

 明日また考えようと、私はそのまま目を瞑った。

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