3.悪役令嬢?と接近
「単刀直入に言うけど、私は転生者なの」
馬車が動き出してすぐ、言葉通り、レドロギア様はズバリと切り出した。
そして、ここが乙女ゲームの世界で、自分が悪役令嬢に転生してしまったことを幼少期に思い出して、未来を変えるため行動して今に至ること。
私の行動を見て、私がゲームを知っているかはともかく、ヒロインとして皆を攻略するつもりはなさそうだけど、ゲームの強制力的なものが働いて王子が恋に落ちる可能性もゼロではないから監視していたことを教えられた。
「私もそのゲームのことは知っています。姉が好きでやっていましたから。でも、私は攻略する気は一切ありません」
なので彼女の憂いを払うべく、私はきっぱりと攻略の意志はないことを告げた。
ついでに、私の好みは山のようにそびえたち岩のようにカッチカチな筋肉を持つマッチョで、線が細い色白とか、貴族様程度の筋肉はまったくタイプじゃないということも付け加えた。
気付けばマッチョ筋肉について熱く語っていて、レドロギア様は目をぱちくりさせながらも大笑いしていた。
「分かったわ。それならあなたがウィルを攻略することもないわね」
そう言えば王子様ってウィリアムって名前だったなぁと今更思い出しながら、レドロギア様の言葉に深く頷く。
「勿論です。それに、仮に殿下が私好みの筋肉だったとしても、あれほどレドロギア様を溺愛されている殿下にちょっかいをかけにいく度胸なんてありませんよ」
すると彼女の美しい顔が悩まし気になり、ふぅと息を吐く。
「そうなのよね。ゲームではあんなに溺愛するタイプではなかったと思うのだけど」
それは私も思った。
だって、マジですごいから、あの人のレドロギア様に向ける好意は。
確かに顔面は国宝級のイケメンだけど常に冷徹で表情が読めない王子様が、レドロギア様に対してだけ蕩けるような笑顔を浮かべているのは、傍目で見ていても分かる。
四六時中一緒にいるなんてのは当たり前。少しでもレドロギア様に笑顔を向ける子息がいたら、射殺さんばかりの視線を送ってくるし。
レドロギア様の同性の友人に対しても独占欲をむき出しにして、お茶会の様子を少し離れた場所から監視している、という噂が流れるほどには溺愛しているらしい。
それでも殿下は愛しの婚約者の言葉だけはよく聞くようで、随分と上手に飼いならしているなぁとレドロギア様にある種の尊敬の念を抱くほどだ。
「だけど、あんな恐ろしいくらいの溺愛をされてもどうしようもなく好きなのよね。こればっかりは仕方がないわ。惚れた弱みかしら」
そう言って微笑むレドロギア様は、やっぱり女神様のように美しかった。
けれどすぐにその笑みを引っ込めると、私の瞳をじっと見つめる。
「あなたの意志は十分分かったわ。だけど気を付けて。ウィルがゲームとは違っているように、攻略対象者たちも少しずつゲームとは違っている。あなたが好意を持っていなくても、さっきのように強引に事を運ぼうとする子がでてくるかもしれないわ。あんなの、ゲームでもなかったシーンだし、そもそもウィーン・バレスチアは、あのような乱暴なことをする人ではなかったもの」
それって、さっきの青の人のことか。
確か、父親が宰相職についていて、本人も極めて優秀なインテリイケメン眼鏡。常に冷静に物事を進める理知的な性格で、勿論筋肉などその身には皆無。力技なんて使うタイプじゃなかった。
一対一で戦えば物理的には勝てそうではあるけど、油断はしない方がいいだろう。
彼女の言葉に、神妙に頷いてみせる。
「あなたに婚約者でもいれば、彼らも少しはおとなしくなると思うのだけど」
婚約者と聞いて即座に出てきた顔がゾイドさんのもので、その事実に思わず顔から火が出そうになった。
その様子を見ていたレドロギア様は途端に紫水晶のような瞳をキラキラ輝かせると、ずいっと美しい顔を私に寄せる。
「その反応、もしかしてそうなりそうな相手がいるのかしら?」
「い、いえ、その、ただ私の片思いというだけで、そもそも約束も何もしてないんですけど、ついさっきその気持ちに気付いたので、今からデートに誘いに行こうかと」
「なるほど、だからあなたの目的地が騎士団員の詰め所なのね。つまりそこに、あなた好みの筋肉を持つ殿方がいると。あなたが二年間連れ立っていた騎士の中にいた妙齢の男性騎士って言ったら……確かブランティガ伯爵家のゾイド様、だったかしら」
「!?」
ピンポイントで当てられて、更に私の顔が真っ赤になる。
「ふふ、あなたの見立ては良いと思うわ。真面目で実直、剣の腕もあって間違いなく将来の有望株よ。いい返事がもらえるといいわね」
頑張りなさい、と肩を叩かれたと同時に、馬車の到着を御者が告げる。
「よかったらまたお話ししましょう。進展も気になるし、あなたと話すのはとても楽しかったもの。それから私のことはレイチェルと呼んでもらって構わないわ。あなたのこともアイと呼ぶから」
「はい、こちらこそ楽しかったです。送っていただきありがとうございますレイチェル様」
「それから、帰りは必ず誰かに送ってもらうか、馬車を手配してもらいなさい。先ほどのようなことがないとも限らないのだから」
「はい」
またね、とそう言ってレイチェル様を乗せた馬車が見る見る間に小さくなっていくのを、私は完全に見えなくなるまで見送る。
それにしても、レイチェル様はやっぱり前世持ちだったか。絶対にありえないことだけど、彼女を敵に回すような行動をとっていなくて本当に良かった。しかもマジでいい人だったし。
この世界のことを知ってる人が他にいるのは、それだけで気持ちが落ち着く。立場は天と地ほどに違うけど、彼女と前世の話とか色々してみたい。
しかし、とりあえず今日のミッションは、ゾイドさんをデートに誘うことだ。
私は気合いを入れるようによし、と小さく声を出すと、意を決して詰所の門へと足を進め、門の前にいるマッチョに声をかけた。