2.攻略対象と悪役令嬢
ここが乙女ゲームの世界で、さすがヒロインと言うべきなのか。
私は何もしてないにもかかわらず、ゲームに出てきた攻略対象者たちが気付けば寄ってきていた。
「アイ! 今日も君は美しいね」
「一緒にランチでもどうだ?」
「それより放課後街へ行きませんか? 今人気のカフェがあるんです」
銀とか赤とか青とかの髪色の男子生徒が毎日声をかけてくる。けれどマッチョ感が足りないので、勿論すべて断る。
だって乙女ゲームの攻略キャラ達って、みんなこう、細身のイケメンばっかりなんだよね。筋肉枠もいるけど、あんなのなんちゃって筋肉だよ。全然マッチョ感が足りない。
あと、他の男子生徒にも声をかけられる。
どうも、元聖女という肩書やら、この見た目やらが彼らの受けがいいようだ。
日本ではデフォルトだったけどこの世界では珍しい腰まで伸びた黒髪とそれとお揃いの色の瞳。背は女性の平均よりかなり低く、見た目の華奢さと相まって、大いに庇護欲を掻き立てられるらしい。
そのせいか、日本でも変な輩に目をつけられたり襲われたりはよくあった。
そのため両親は、私が自衛できるようにと護身術を習わせてくれて、結果それがあちらでもこちらでも役に立つ機会があった。
「俺と付き合えよ」
おそらく自身が一番イケメンに見える角度を私に向けて告白してきた生徒に、薄い胸板はお呼びじゃない、もっとはち切れそうな胸筋になってきてから出直してくれと思いながら当たり障りなく断ると、この俺を振るなんて身の程知らずがとあろうことか襲い掛かってきたので、返り討ちにした。相手が油断してたからできたことではあったけど。
しかもその男は色んな女子生徒に言い寄る問題児だったこともあって、胸がすっとしたと女子生徒との距離が縮まった。
男子生徒達からは逆にそれ以来、遠目から見られるようになったけど、それは別にいい。
それでも、赤青銀の髪色は離れなかったけど。
そう言えば、確かもう一人攻略対象の男子生徒がいたはずだ。
金髪碧眼、この国の第一王子。
彼だけ公爵家のご令嬢の婚約者がいて、けれど彼女との仲は最悪で、王子のルートを選ぶと、私と接するうちになんか知らんが癒されて、それを知った婚約者が私に嫌がらせをしたり最終的には殺そうとして、彼女は悪役令嬢として処罰されるって内容だった気がする。
クラスメイトに聞くと、どうやらこの世界での二人はゲームとは正反対で、周囲が羨むくらいに仲が良いらしい。
それならその方がいい。
私はヒロインの真似して彼らを攻略する気なんて、さらさらないのだから。
それより、ゾイドさん以上の逸材はやっぱり学園にはいなかった。
普通の貴族の子達は論外。
騎士科も覗いてみたけど、まだまだしゅっとした筋肉で、むきっともむちっともしていない。
数年すれば育つかもしれないけど、それでもゾイドさんほどになるかと問われると、疑問だ。
「会いたいなぁ」
そして筋肉を見つめたい、あわよくば触りたい……とこっそりと欲望を心の内で吐き出しながら独り言を漏らしたら、すぐさまクラスメイトが反応した。
「え、誰に!? もしかして恋人?」
「恋、人……」
思いもしない単語だった。
いや勿論、彼はそんな相手じゃない。ただ、私の理想を現実化した美しい筋肉を持っているってだけで。
なのになぜかその単語に、胸が高鳴るのを感じる。
「そういう訳じゃ、ないんだけど」
「じゃあ好きな人?」
「!?」
途端に顔に急激に熱が集まる。と同時に、理解する。
もしかして私、ゾイドさんのこと、好き……ってこと? ただ筋肉を愛でたいってだけじゃなくて?
確かに、旅のことを考える時。
一緒にいた騎士の人たちのことを思い出そうとすると、真っ先に出てくるのは彼らの鋼のような筋肉だ。
それぞれの最も鍛え上げられている部分──山のように盛り上がる肩の筋肉だったり、肘より下の血管の浮き出た腕だったり、ちらりと見える脇腹の筋肉だったり──が出てきて、それから顔を思い出すのに。
ゾイドさんに関しては、まずあの柔らかい笑顔とか、戦ってる姿とか、ごはんを美味しそうにもりもりほおばってるところとかが出てきて。
それから泣く子も黙る上腕二頭筋とか首筋のラインとかを思い出す。
「そっか、私、好きだったのかぁ」
だから彼のことを考えるとこんなに胸が痛むのか。
どうも私は筋肉という見た目に惑わされていて、その手の感情に疎かったみたいだ。
自分の気持ちに気付くと、ようやくこれまでのもやもやの合点がいった。
彼に恋人がいないことは、知っている。旅の間に交わした他愛ない話の中でそう言っていたから。
ゾイドさんは伯爵家だけど三男で、家を継ぐ必要もなく、決められた相手と結婚する必要もないと言っていた。
しかし、彼はイケメンだ。その上誰もが見惚れるゴリゴリマッチョだ。
ぐずぐずしてたら誰かに取られる!
「まずはデートに誘ったらどうかしら?」
友人の言葉を受けて、私は学園終わりにすぐさま彼の元へ直行しようとしたけれど。
「やあ、アイじゃないですか! 奇遇ですね、どこかに出かけるんですか? よかったら僕が送っていきますよ」
校門前にいた青いのに捕まってしまった。
「結構です」
きっぱりと断るけど、すごいしつこい。グイグイくる。
ついでに腰に手をやって私を自分の方へ引き寄せ、力づくで馬車に連れ込もうとしてくる。
さすがに高位貴族の坊ちゃんを投げ飛ばして怪我でもさせたらただじゃすまないかも、いや、セクハラに対する正当防衛ですって言ったらそれでチャラにならないかなぁ、ならないよなぁと考えていたら、不意に空気を切り裂く澄んだ声がした。
「バレスチア様! 何をなさっているのですか!?」
その声に青の動きが止まる。
そしてその人物が誰かすぐに分かったらしい彼は、即座に私の身体を離す。
ようやく体の自由がきくようになった私もそちらへ目を向けると、そこにいたのはとても美しい人だった。
目が覚めるほどの太陽の髪色を纏った彼女は、こつこつと、ゆっくりとこちらへ近づき、青の前まで来ると、ぎろりと猫目がちな瞳で睨みつける。
「嫌がる女性を無理やり乗せるなど、いつからバレスチア家は無粋な行いをする嫡男を輩出するほどに落ちぶれたのですか。恥を知りなさい!」
「ぐっ、申し訳、ありません……」
悔しそうに唇を噛みしめ、それでも相手が未来の王妃殿下となられる方だということもあり、反論せず頭を下げる。
が、彼女はそれを鼻で笑った。
「あなた阿呆ですの? 謝る相手が違いますわよ」
「っ……」
指摘された彼はすぐに私に向き直ると、
「強引にしてしまって、その、本当にすみませんでした」
「分かりました。謝罪を受け入れます」
おそらく私の許しがないといつまでもこのままだろうなと思ったので、すぐに答える。
それを聞いた彼は、逃げ出すようにこの場から馬車ごと立ち去って行った。
後に残ったのは、私と、悠然と微笑む女神の化身のようなお方。
金髪王子ルートでは苛烈な悪役令嬢として立ち塞がったレイチェル・レドロギア様は、相変わらず美しい微笑みを崩さずに私に顔を向けた。
「あなたに少し話があるのだけど、お時間よろしいかしら」
ゲームでは悪魔のようなどす黒い炎を身に纏っていて、正直女の嫉妬怖いしつまりこの人めっちゃ怖いって思ってたけど、今の彼女にそのようなオーラは感じない。
それに、学園で見聞きする彼女は、ゲームのキャラとは全くの別人と言っていい。
なんでも、子供の頃はゲーム通りものすごく性格が悪くて高飛車で、今にもオホホホと悪役よろしく高笑いしそうな感じだったらしいけど、ある日を境に人が入れ替わったように真面目で人を思いやる心を持つご令嬢になったそうだ。
王子との仲が良好なのもそうだけど、もしかしたら彼女はこのゲームのことを知っている転生者なのかもしれないとは思っていた。
なら、私に接触してくることもあるかもなぁと予想はしていたので、私は戸惑うことなく彼女の誘いに応じる。
私がどこかへ行くならと、公爵家の馬車でそこまで送る道すがら話をしましょうと言われ、ありがたくお言葉に甘えることにした。