なんて女だ
執務室に入り扉をパタンと閉めると、ルドウィクは頭に手をやり深く息をついた。
すると、中にいた執事のアルバートがすかさずこちらへ駆け寄ってきた。
前執事の息子で、3つ歳上のアルバートは幼少より共に過ごしてきた信用のおける者だ。
「ルドウィク様、あの女どうでしたか?」
顔中不安でいっぱいのアルバートに何か言ってやりたかったが、上手く言葉にならずにルドウィクは対面用に整えた髪をくしゃくしゃと崩す。
「いきなり来るなんて失礼すぎますよね!しかも住むだなんて断りもなく非常識な!ここは由緒あるベルシエ公爵家ですよ!それをまるで自分の家かのように!」
「実際、彼女の家の力で成り立っている張りぼての家だからな」
「そんな弱気な!このままではルドウィク様をさしおいて、あの女狐がここの主のような顔をしてのさばりますよ!」
「そうだな…………」
実際そうなることだろう。そう思っていたのに……。
途中から彼女の様子が変貌した。
「仕方なく2人きりにしましたが、さぞ暴言妄言を言われましたでしょう!ルドウィク様はそんな扱いを受けていい方ではないのに!」
今にも泣きそうに瞳を潤ますアルバート。
「…………今夜、1週間前に終わった彼女の誕生日祝いと、この邸宅での歓迎を兼ねたパーティーを開くらしい」
「は…?はあ!?誰も歓迎してないんですけど!ていうか誕生日!?自分とこで盛大な祝賀会開いてましたよね!?おまけにルドウィク様呼ばれませんでしたよね!え!?その意味のないパーティーの費用、まさかうちに出せと!?」
「いや、落ち着け。簡易な内内だけのもので、食事やデザートなど領地内の店舗に頼んで届けさせるらしい」
〝戦争時から税徴収も上がったし、経済も回していかないとね〟
そう言いながら、出されていた菓子類からシュークリームを鷲掴みし、かぶりついた彼女には面食らってしまった。
「内内って………領地内の有力者の方々ですか?近隣まで含まれます?今から夜に集まれなんて、そんなの無茶です」
「…………ここの邸宅の者達だけの内内だそうだ」
「は?えっ……邸宅の者って……」
「使用人達全員だそうだ」
「えーっっ!!?はっ!!なるほど、全員を集めて誰が上かその日のうちに知らしめる作戦ですね!」
「うーん………そんな感じではなくてだな………」
そう思わせておいて、気が緩んだところガツンと締める作戦なのか?
あの時は、次々にお菓子を頬張る彼女に唖然として、そんな事を考えもしなかった。
口の周りに食べかすがついてる。ドレスの胸元にポロポロと食べかすが落ちてる………。
唖然と見ていると、菓子をひとしきり食べた彼女は拳でグイッと口もとを拭うと、カップの紅茶を一気に飲み干しフーと長い息をついた。
その後、更には突然大あくびをしたのだ。
口もとを押さえることもなく、まるで他者の目もない自分の部屋のようなくつろいだ様子で。
そうして、全く平然と、
〝早朝に出たから眠くなっちゃった。ちょっと仮眠とってくるわ〟
立ちながらドレスの食べかすを下へと払うと、室内の外で待機していたメイドに声をかけ、アドリシアは行ってしまった。
「分からない………」
ルドウィクは執務室の机に寄りかかり頭を抱えた。
「そうですね。相手の出方が分からないですから、まずは様子を見た方がいいですよね。皆の前でルドウィク様が侮辱されなければいいんですが………」
不安そうに顔を強ばらすアルバートを見ながら、思い浮かんだのは先程のアドリシアの大口を開けた顔だった。眠そうに虚ろな目をしていたな。
ルドウィクは手で口もとを覆うと俯く。
「ルドウィク様、皆分かっております。悔しいでしょうが耐え忍びましょう。って笑ってます?」
真面目に話していたのに、肩を震わせながら声もなく笑っていたルドウィクにアルバートはギョッとする。
「す、すまない……見てはいけないものを見てしまったからつい………」
「見てはいけないもの?」
「あ………いや、俺の口からは言えない」
あんな失態をおかすなど、実は疲れにより体調がかなり悪かったのかもしれない。
最悪な令嬢だとしても男として女性を辱める真似をするわけにはいかない。
「まぁ、いいですけど。それより、今はあの女狐です。急いで会場の用意をしないといけないですね」
「ああ、頼む。それと、普段からその名で呼んでると咄嗟の時に出てしまって取り返しがつかなくなるぞ」
「わ……分かりました。気をつけます」
アルバートは一礼すると、急いで執務室を後にした。
その姿を見送った後、残された室内でルドウィクは、またぶぶっと吹き出す。
おっといけない。気の抜けたあの顔がツボに入ってしまったようだ。あの憎々しい高飛車女の、間抜けな顔。笑うなという方が無理だ。
だが、次に会う時にはきっと元に戻っているだろう。
気を引き締めなくてはな…………。




