恵梨香、始動します
私がこの世界で目覚めた時には、もうすでに婚約が結ばれひと月が経っていた。
婚約締結から1年後に結婚をするのだが、その間月に2回はアドリシアに会いに来る条件が組まれていたけれど、ルドウィクに関わりたくなかった私は体調不良を理由に訪問を拒絶した。
そうして何も起こることなく3か月経ったのだが、私は目覚めて元の世界に戻ることもなく、まだこの世界にいた。
その間、ただボーっと生きていたわけではなく、考え方も変わってきていた。
味わったことのないゴージャスな日々に、やりたい事が何でもできる世界。どうせ夢なら味わい尽くさなきゃ損でしょってね。
そうして私は物語の話と同じく、婚約4か月の時に断りもなくベルシエ公爵邸にやって来た。
アドリシアはこの日から次期公爵夫人として公爵邸で暮らす事になるのだ。
物語ではここからルドウィクの苦悶の日々が始まっていく。
「執事から話は聞いたでしょう?数ヶ月後には私もここに住むのだから、今からもう慣れておいた方がいいと思って」
これは物語のセリフそのまま。
足を組んだまま、ふふっと笑うアドリシアを睨むようにルドウィクは見た。
「だとしても連絡もないまま突然来られては困ります。何の準備も出来ていませんし……」
「あら、大丈夫よ。公爵家に期待なんてしていないもの。この邸宅の維持費も使用人の給金もうちのお金からでしょ。家具も調度品もドレスも私の頼んだ一級品が今日届くから部屋だけ用意してちょうだい」
ルドウィク24歳、アドリシア20歳。
はい、舐め腐ってますね〜。敬語もありません。
戦争の英雄が、若い娘に軽んじられて、眉ピクピクしております。
「婚約を結んだ時以来かしら。久しぶりに会うんだから、もっとにこやかに出迎えてほしいわ。ほら、にっこり笑ってよ」
気を遣って会わないであげてたけど、ごめんなさいね。どうせ夢の物語の中なんだし私やっぱり好きなように生きるわ。私が何やったっていい世界なんだし、麗しの美男子を見とかなきゃ損でしょ。
ギリギリまでこの世界を堪能することに決めてしまったのよ。
「無愛想なものですみませんね」
顔をひきつらせながらも、ルドウィクは口の端にヒクヒクと笑みをつくる。
こんな顔ですら様になるんだから、美しい顔っていうのは得よね。
現時点でもかなり嫌われているのは分かったわ。
婚約締結の時も、〝これからあなたは私の物よ。妻にはなるけど、あなたの方が上だと勘違いしないでちょうだい〟とか釘刺したり、いろいろ言ったものね。
何故かアドリシアの記憶もしっかり引き継がれているから、あの時のあなたの噛み締めた唇と悔しそうな顔を覚えているわ。
「冗談よ、冗談。笑いたくなければ無理して笑わなくていいわよ。それと、ここに住まわせてもらうけど、別に私に構わなくていいから。私は私で好きにさせてもらうわ」
アドリシア劇場はもうお終い。
ここからは私のターンよ。
「…………どうゆう意味でしょう?その言葉を素直に受け取れと?本当にそのようにしたら、アドリシア嬢はお怒りになるのでは?私を試しているのですか?」
「いやいや、そこ深読みしなくていいから。言葉のまんまだから。むしろ、あんまり構われたら私困るから。あっ、寝室とか絶対一緒にしないでよ」
小説でのアドリシアはルドウィクと同じ寝室、ベットで寝ていた。
男と女が同じベットで寝ていれば、あんなこと、そんなことをする日もあるわけで、アドリシアに逆らえないルドウィクは言われるがままに彼女を抱くしかなかった。
「えっ………じゃあ、アドリシア嬢は一体何をしにこちらへ………?」
思惑が外れたように戸惑った顔のルドウィクも美しい。
「そんなの、あなたの美貌を堪能するためでしょーが」
「は?」
「私見てるだけで充分だから。触れたりとかしないから安心して」
おつき合いなんてハードル高すぎる事はヒロインに任せて、私は期限までこの男を飽きるまで見尽くして堪能してやるんだから。
そんで、ルドウィクが叔父を見つけるちょっと前に、お金は返さなくたっていいわよって婚約破棄してあげて、いい人ぶってやるんだから。
観察されるだけで大金が貰えるんだから感謝しなさいよね。




