腹をくくる
それは、突然ともいえるアドリシアの衝撃の告白だった。
違う世界で生きてきた夢だと?
頭を疑ってしまう内容だが、酔っ払いの言うことだしな。明日にはきっと覚えてないだろう。
「だから私はあんたより歳上なの。ひと回りも上のお姉さんなんだから、私に説教じみたこと言われたって卑屈になっちゃ駄目よ。先輩の教えとして胸に刻みなさいよ」
これまであんなだらしない姿ばかり晒してきていて、よく言えるな。
「……37歳でしたっけ。だいぶ歳がいってますね」
「うっさいわね!年長者を労わりなさいよ!」
「その歳だと、結婚して子供もいて家庭も持っていたんでしょうね」
すぐ戻らなそうだし、満足するように少しだけ話しに乗っかってやるか。
「この世界の常識に当てはめないでよ!私のいた世界じゃね、晩婚化もすすんでてね、独身の人も多いんだから!歳いってたら何よ!?独身で悪いっての!?」
「えっ……その世界滅ぶんじゃないですか?」
「女は子供を産むだけが全てじゃないのよ!働いて自分の金で生活して好きなことして、楽しく生きてんの!満たされてんの!分かった!?」
アドリシアは声を荒げて、また瓶でグビグビと酒をのんだ。
やさぐれてるな。空想とはいえ、どんな世界観な国なんだそこは。自由の国か?アドリシアは結婚をしたくないから37歳で独りの設定なのか?
ああ、考えるのも面倒だ。他の話題にそらそう。
「そこではどんなふうに過ごしてたんですか?」
だらしなく自由好き放題に生きてる設定だろう。
けれどアドリシアは、急におとなしくなってしんみりとした表情で語り出した。
「どんなって……平凡で地味な人生よ。アドリシアみたいに華やかで中心的な生き方じゃないわ。立派なことを成し遂げたような人生でもない、その他大勢の普通の人生よ」
「平民だったんですか?」
「あははっ、平民。そうよ、平民ね。そんな大勢の中の1人の人生でも私にとってはいろいろあった大切な人生だったのよ」
酔っ払いの戯言なのに、こんなアドリシアの表情は初めて見た。まるで、本当に思い入れがあるようだ。
「サラリーマンの親に小さな戸建ての普通の家族。私はそんな可愛い顔じゃなかったから、モテはしなかったわね。性格も人懐っこくもないし可愛くもないからモテ要素まるで無し。あはははっ」
「なるほど、それで独り身ですか」
「独り身ばっか強調しないでくれる?あっちじゃ生き方を選択できるの。私は仕事で自立して、貯蓄もして1人でだって生きていける道を選んだの」
「女性が1人で生きていける世界ですか………」
多様な生き方ができる世界。女性の権利が向上し、守られているのだろう。それがアドリシアの願望なのか?意外な考えを持ってるんだな。まさか今後、女性の地位を確立する革命家になったりしないよな。知名度もあるし、権力も財力もある彼女が動くなら、賛同する女性達も多く出てきて大きな波となりそうだ。
ゴルディック家も同じ考えなら、世界を動かせるかもしれない。これまで型破りの革命を起こしてきたゴルディック家なだけにない話ではない。
「私運動は全然だけど、勉強はよくできたのよ。まっ、それだけ頑張ったってのもあるけど。いい大学出て外資の大企業に就職して、仕事だってできたんだから」
へへっと笑うアドリシアの話しは、ところどころ分からなかったけれど、彼女が嬉しそうな顔をしているから、それが満足のいく成果だったのだろうと思った。
「顔も性格も可愛くないのに、仕事までできなかったら本当どうしようもないでしょ。誇れるものがないと、自信なんてもてないからね。趣味だって腐女子だしさ〜」
「腐………え?」
「あー、いーのいーの知らなくて。私28の時に1年だけど、海外赴任もしたのよ。あれが私にとっちゃ最初の異世界ね」
「異世界………?」
「同じ世界ではあるんだけど、今まで暮らしてたとことは別世界でさあ。街並みも違ければ、人も店も食べ物も違ってて、すぐにホームシックよ。ずっと実家暮らしだったから一人暮らしにも慣れなかったし」
「そうか………」
アドリシアの話しはよく分からないな。別の国に行った話しのようだが………。
「帰りたい、仕事辞めちゃいたいと毎日思ってたけど、そうする訳にもいかないでしょ。歯を食いしばりながら耐えてるうちに慣れたら帰国よ。つらくても耐えていけば1日1日は過ぎてくの。成せばなる、その経験があったから、ここでもどうにかやってけてるって訳」
「なるほど………」
「人間やるしかなければ、耐えながらでもどうにかやってくしかないのよ。腹を括ってさ」
「そうですか」
「まぁ、カッコいいこと言ってるけど、辞めちゃったんだけどね〜。いつも忙しいしさ、夜の10時とかまで残業もしたり、企画だプレゼンだってやり甲斐はあったんだけどね。ちょっと疲れて、将来について考えたら32で転職したわよ」
「そうですか」
「働きながら資格とってさ、経理よ。お堅いと思わない?英語は得意だったしさ、社内外人割合も高い会社なのよ」
「そうですか」
全く分からない。この話の結末はなんなんだ?
「まぁさ、ただの平民の私の人生だっていろいろあって37年分の重みがあるのよ。この世界の平民だって、物語的には取るに足らない存在でも、必死に自分の人生足掻いて生きてんのよ」
「そうですね、人の命の価値は違うとはいえ、同じ1つの命ではありますね」
「そこ平等って言うとこでしょうが。考えがお貴族様なんだから。いいこと、私は腹を括ったわよ」
また、何に対して腹を括ったんだ?
「……何かするつもりですか?」
「するわよ。ルドウィク、あんたも腹を括りなさいよ。このままじゃ駄目。悩んでたって解決しない。改革が必要なのよ」
「えっ、怖いんですけど。何するつもりですか?」
「迷える仔羊のルドウィクよ。あなたはついている。ゴルディック家のアドリシアという幸運の女神が味方なことに感謝するがいい」
「お告げ風に言っても、ありがたみはありませんから。余計なことはしないでください」
「余計も糞もあるか!あんたが1人じゃ解決できないことを解決してやんのよ!あんたがするのは腹をくくることだけじゃい!」
アドリシアに睨まれ、反論できずにルドウィクは黙った。
クッ……この酔っ払いが。痛いとこつけば言い返せないからって言いたい放題だな。
なら、自分になら解決できるとでも?どうやってだ?アドリシアの使える金も豪遊はできても限りがある。この領地を再生させるのは無理だ。
実家に金の工面をお願いするくらいしかできないだろう。散財することしかできないくせに。
けれど、それから1週間後。
事態は大きく動くのであった。




