夢か、これ。
私は住吉 恵梨香、37歳として日本で生きていた。
はるか昔、大学生の19歳の頃になんとなく流れで半年だけつきあった彼と別れてからは、この年齢まで誰ともつきあってはいない。
顔はまぁ、自分では普通だと思うけれど、彼氏を作ろうなど積極的に行動する事もなく、職場でも出会いが向こうから来る事もなく、かといって不便は一切感じないから、この歳までお一人様で来てしまったのだ。
職場の若い子は、出会いは待ってたって来ませんよ。一部上レベル女子を除いては、みんな平凡なんだから努力しないと、なんて言ってたっけ。
けど、この歳になると今更ねぇ………って感じで努力する気すら起きない。じゃあ、若い頃は努力したのかっていうと、してないけど。
強がりみたいだけど男だけが人生のステイタスじゃないし、男がいなくたって私の人生はやりたい事もやってそれなりに楽しかったし。友達もいたし、趣味だってあったし、休日だって出かけてたし、旅行も楽しんでたし。
そんな私の最後の記憶は、暗くなった夜の公園の階段から転がり落ちたところまでだ。
途中頭をガツンと強く打って、すっごい痛かったのを覚えている。
ゴロゴロと転がり落ちて動けなくて1人で、辺りは暗くて大丈夫と声をかけてくれる人の姿すらなくて、視界がぼやけていって途切れて………。
目を覚ましたら、この世界のベットの上だった。
メイドがいるし、家は豪邸だし、全然知らない人の名前で呼ばれるし、鏡を見れば全くの別人だし、何が起こったんだかパニックになっていたら、何度も呼ばれる名前に聞き覚えがある事を思い出した。
なんかその名前、友達の書いてたネット小説の悪役令嬢の名前じゃない?って。
まさかね、と思いながら生活してみれば、帝国の名前も同じなら、登場人物達の名前も同じ。
これってあれじゃない?私は今、病院のベットで昏睡状態で夢を見てるのよ。盛大な妄想の夢をね。
友達の小説の夢って………。そこそこ人気あって私も好きだったけどさ。こんなイメージじゃない?って絵なんか書いて盛り上がったりもしたけどさぁ。
よっぽど記憶に残ってたり、思い入れがあったのかしら?
若い頃はその友達と同人誌描いて、よくイベントで販売もしてたなぁ。最近はあんまり描かなくて、読む専門になってきちゃってたけど、あの頃は徹夜とかしちゃったり楽しかったな。
まあ、オタクかといわれればオタクですよ。同人誌も描けば、漫画も好きだしゲームもするし、聖地巡礼もしちゃいますよ。
そんな私だけど、頭は良かったからいい大学行って総合職も経験して、ちょっと疲れたから転職してグローバルな企業で経理なんてお堅い仕事しちゃって、外人相手でも英語であれこれお小言言っちゃう仕事のできる女ではありましたよ。
それが小説の世界での悪女になっちゃった夢を見ているとは………。
どうせならヒロインなって溺愛される夢をみればいいのに、悪女ってとこが私らしいわ。イケメンと恋愛する自分の姿なんて想像できないし、相手にとったって、とんだつまんない奴でしょ。ちゃんと自分のこと、わきまえてるわ。
だからって悪女はないけどね。
だってこの小説の悪女アドリシア・ゴルディックは死ぬのよ。
帝国1の大富豪ゴルディック侯爵家に産まれたアドリシアは、我が儘放題で性格も歪んだ、まさに悪女といったやりたい放題の女として、物語を進めて盛り上げてくれる女なのだ。
帝国でも5本の指に入る美女とも称され、幼い頃はそれはもう可愛いらしかったから、両親からも後継者の兄からも溺愛されて育ってきて、悪女になった今でも変わらず愛されていた。
ていうか、やりたいようにさせてきた周りが彼女を悪女にしていったといっても過言ではない。
そんな彼女が目をつけたのが、帝国1のイケメン、ルドウィク・ベルシエ公爵だった。
彼は不運の主人公で、馬車の転落事故で早くに両親を失くし爵位を受け継いだ。ソードマスターでもあるルドウィクは帝国の第一騎士団を任されており、彼が21の時に隣国と領土争いから戦争になり、歳の離れた幼い弟と領地を叔父に託し出兵することとなった。
だが、父親の弟だったこの叔父がとにかく悪い奴で、暴政と散財をつくし、ルドウィクが隣国との戦いに勝利を納め帰還した3年後に、公爵家の財政を司る権利書から宝物など全て持ち出し、彼を待っていたのは愛する弟と、返せるあてもない負債だけだった。
帝国からの褒賞を負債にあてたものの、それでも全然足りず、財源がない中で金を貸してくれる者もなく、残されたものは公爵邸のみという戦争の英雄にはにつかわしくない惨めなものだった。
そんなルドウィクに手を差し伸べたのが、アドリシアだ。公爵家の負債を全て肩代わりしてやる代わりに、婚約を結ばせたのだ。
政略結婚はびこる貴族の世界では、金持ちの娘つかまえて良かったじゃん、で終わりそうな話だけれど、それでルドウィクの不幸が終わったわけではない。
相手は悪女アドリシアだ。彼女にとって、ルドウィクは最高のアクセサリーで所有物だった。彼の人権なんて関係ない、物のように扱われ、見せびらかす用に連れ回される英雄の姿は、人々の噂にもなり彼を貶めた。
守るべき弟や領地、公爵家の為に、屈辱に耐えるルドウィクだったが、ある時夜会にて子爵家の娘リリーナ・フレンシスと出会う。
そうして、物語上ちょくちょく出会いの場があり、彼はほがらかで優しく明るい彼女に段々と惹かれていくのだ。
この彼女の魅力には、ルドウィクの他にも、皇太子やら宰相の息子やらも惹かれてしまうのだ。
とにかくアドリシアは、自分の物であるルドウィクのそんな状態が気に食わなくて、リリーナにいろいろちょっかいを出すのだけれど、皇太子やら宰相の息子やらと遭遇して難を逃れるのだ。
そうこうしてるうちに、何と異国に逃れていた叔父をルドウィクが見つけ出し、自ら拷問の上、宝物はもうなかったが権利書は無事取り返した。
そうして、その権利書のいくつかを売買し、ルドウィクは立て替えられていた負債を利息もつけてゴルディック家に突き返し、ここぞとばかりに婚約も破棄した。
だが、それで黙っているアドリシアではない。
自分の物ではなくなったとはいえ、執着をしたルドウィクとリリーナの2人が幸せになる事など許せるはずもなく、リリーナの殺害を企てたのだ。
それも寸前でルドウィクによって阻止されるのだが、この出来事によってアドリシアの存在はルドウィクにとってこの上なく疎ましくなり、アドリシアが生きている限り幸せになれないと考え、最終的にルドウィクがアドリシアの殺害を企てるのだ。
訪問先に向かう途中の林での襲撃。
精鋭の護衛達も多くいたけれど、ソードマスターであり戦争の英雄でもあるルドウィクの前では太刀打ちも出来ず、馬車から引きずり出されたアドリシアへとルドウィクは躊躇いなく剣をふりかざすのだ。
その口もとには笑みさえうかんでいた………。
と、まあ相当憎まれてしまうアドリシアに私はなってしまったのだ。




