衝撃
鏡の前で整えた身支度をチェックしていると、後ろでうっとりとしている侍従の者たちの姿が映っているのが見えた。
皆が俺の美貌に見惚れている。自分で言うのもおこがましいけれど、これが日常の当たり前の反応なのだ。
「そろそろ行く」
ルドウィクは襟元を正し歩きだそうとしたが、その前にノックもなしに自室の扉が勢いよく開いた。
「ルドウィクッ!!」
そして、血相を変えたレハルトが飛び込んできた。
その様子に、とりあえず話だけても聞いてやろうと、ルドウィクは目配りし侍従の者たちを下げさせた。
「おい、もう晩餐に向かうところなんだ。手短に聞いてやる。どうした?」
けれど、レハルトは勢いだけはあるものの、何か言いたそうに口をぱくぱくさせるだけだった。
ルドウィクは、そんなレハルトの手に握られた画用紙に気づく。そして嫌な予感がした。
「レハルト………まさか、アドリシアの部屋に入ったのか?」
その言葉に、レハルトはブンブンと何度も頷く。
「無断でじゃないだろうな?」
アドリシアは書いたものを持ち出すなんて許さなそうだが、もしかしなくてもこいつは………。
「ル、ルドウィク………これ」
レハルトは言葉にならない代わりに紙を突き出してきた。見たくない予感しかしないけれど、そうするわけにもいかず、ルドウィクはそれを受け取る。
やっぱり予感的中だ。
できれば見過ごしたままでいたかった…………。
見た目は平然としているように見えるルドウィクに、すぐにレハルトが食ってかかる。
「何で驚かないんだ!?まさかお前知ってたのか!?」
「驚いてるよ。それを通り越して呆れてもいるんだ。やっぱりアドリシアはど変態で間違いなかったと、納得して半ば諦めのような気持ちさえある」
もうどうしようもない女なんだ、彼女は。
改めてよく分かった。だからといって受け入れてる訳ではないが。
「何でそんな落ち着いてるんだよ!?見ろよこれ!ルドウィクと俺が裸で抱き合ってるんだぞ!こっちも見ろよ!これなんてもう性交してんだろ!俺になんてポーズさせてるんだよ!絵とはいえ恥ずかしすぎる!こんなの名誉毀損だ!」
騒ぐレハルトに苛々としながらルドウィクは整えた髪をぐしゃっと崩した。
「でっ?抗議したいと?」
「当たり前だろ!男同士でこんな卑猥で屈辱的な姿を書かれて許せるはずがないだろ!」
「それをするには、お前のした事は卑怯だ。女性の部屋に無断で侵入し、弱味でもつかもうと部屋を漁る男の肩を持つなど俺にはできない」
「そ……そんなつもりじゃ。いないかちょっとだけ覗いたら紙が散らばってたんだよ」
「だからって不在の部屋に入って盗んでいいわけじゃない」
「盗むって、ちょっと持ってきただけじゃないか!すぐ返せばいいだろ!」
「黙って持ってきたんだ。言及せずに知らない振りはできるんだろうな?」
ルドウィクにきつく睨まれ、レハルトは怯んだが、それでもすぐに睨み返してきた。
「ルドウィクはこんないかがわしい目で見られて、こんな描写までされて平気なのか!?こんなの侮辱だ!」
「本来は知らないはずだったんだ。アドリシアの頭の中は確かにいかがわしい変態だが、それを公にしてる訳じゃない。悪女の仮面をかぶり隠してきたものを、いずれ家族となる公爵家では垣間見せてきた。これは信頼によるものだろう」
ルドウィクはレハルトにつめより、その肩をガシッとつかむ。
「彼女はここを家だと言って気を許している。安心できるはずの家で、無断で粗探しをされ非難されたらそれは酷い裏切りだろう。俺が守るべき家族にはアドリシアも含まれる。いくらお前だろうと、こんな卑怯なやり方で彼女を貶めようとするなら俺は許さない」
その怖いくらい真剣なルドウィクの顔に、レハルトもそれ以上は何も言えずに唇を噛んだ。
「直接これを見せてきたのなら、俺だってお前の頭はどうなってると思うがままにさげずむだろう。でも、知られないよう隠して楽しむのなら、趣味の範疇だ。俺は秘密にまでは干渉しない」
ルドウィクはゆっくりとレハルトから手を離すと、真っ直ぐ彼を見た。
「ここで見たことは忘れてくれ。最初に言っただろ、彼女が変態であることは誰にも言わないでくれと。暴いて世間に公表したい訳じゃないんだ」
「ルドウィク………」
「ただ自分の胸にだけ留めておくには辛くて、話せる誰かがほしかった。結局は俺が悪いんだな、心の準備もできてないお前に話して楽になろうとした」
ルドウィクはため息をつくと、レハルトから視線を逸らし、距離をとるように少し離れ、壁によりかかってうな垂れた。
「そうだな、俺が全て悪いんだ……。お前を責めるのはおかしい。耐性もなしに、あんな変態なの見せられたら言いたくもなるよな。誰かと分かち合いたいのは、俺が勝手に思ってたことだ」
「ちょ………大丈夫か?情緒がおかしいぞ」
急に落ち込んでしまったルドウィクに、レハルトは心配そうに近寄る。
「勝手な言い分ばかりですまないが、俺を友と思うなら全て忘れてくれ。そしてできれば、アドリシアは噂通りの立派な悪女だったと言ってくれ。変態だなんて間違っても言わないでくれ。俺が口を滑らせたばかりにこんな事態になってしまって、面目ない」
ルドウィクは顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。そんなルドウィクの前に膝をつき、視線を合わすようにレハルトが座る。
「………俺の方こそすまなかった。ルドウィクの話をちゃんと聞いてなかった。勝手にお前を助けるなんて思ってたけど、お前はただ心の内を聞いてほしかっただけなんだな」
レハルトの言葉に、ルドウィクはパッと顔を上げる。
その輝いた顔を見て、レハルトはプッと吹き出した。
「分かりにくいよ、お前。もともと多く語る方じゃないし、語るよりまずは実行派だろ。そんなお前がまさか話を聞いてもらって共感を求めてるとは思わなかった」
「俺の許容を越えてるんだ」
「俺の許容だって越えてるよ。歴代の悪女と思って身構えて来たら、実は変態なんだって言われて、おまけにこんな酷いの描かれて、怒るな、お前が悪いって、もう何なんだよって腹が立った」
「言葉が足りなくてすまない」
「全くだよ」
レハルトは立ち上がると、スッとルドウィクに手を差し出した。
「………ありがとう」
ルドウィクは少し照れたような顔で、その手を取って立ち上がった。
「本当融通がきかなくて不器用な性格だよな。それでアドリシア嬢とやってけるのか?」
「まあ、なるようにはなるだろう」
ルドウィクはテーブルに置かれたアドリシアの絵を手に取る。
「晩餐の前の気づかれないうちに戻しておかないとな」
「あー、何も見てない振りができるかどうか。一言言ってやりたくて仕方ない」
「うーん、まぁ……そうだな………」
ルドウィクは改めて描かれたものを見ながら、気のない返事をする。
「おい、何だよ?」
「よだれを垂らして恍惚の表情を浮かべるレハルトの顔気持ち悪いなと思って。見たくないものを見てしまった」
「失礼だな。ルドウィクだって……、ってなんかルドウィクと分かるものの、ぼやけてるんだよな」
「それはきっと俺を描くには良心が咎めたんだろう。こうして少しづつ信頼関係が生まれてくるんだな………」
卑猥な紙を持ちながら、感動したようにしんみりしているルドウィクに、レハルトは苦笑いした。
「そんないい話でもないだろ。ほら、さっさと戻しに行こう。こんなので責められたら、俺も爆発してしまいそうだ」
レハルトはルドウィクから紙を奪い取ると、ルドウィクを置いてサッサと歩き出した。
それに慌ててルドウィクも続く。
1人で抱えていたものを、言葉にしたらだいぶ気持ちが楽になった。理解してもらえないんじゃないかという不安もあったが、やはり友は一生ものだな。




