晩餐
レハルト・ブルーゼルめ〜!
廊下をツカツカと早足で歩きながら、アドリシアは口を尖らせる。
知的キャラとしての見た目は最高。でも中身はとんだクソね。
初対面の女性に対して、先入観を持った思い込みの対応、あれはないわ。失礼で女心の分からない奴だわ。
だから浮気なんかされるのよ。小説を読んで同情した私が馬鹿だったわ。
レハルトは戦争には行かず、人員が不足した分と、戦争により対応する案件が増えた分の皇宮での仕事の為に帝国に残った。
彼は幼少期からの政略的な婚約者と結婚し、新婚だったにも関わらずも、ほったらかしにして邸宅にも帰らず皇宮に住んでいるような状態だった。
気の強い婚約者をレハルトはもともと好いてはなく、帰っても「どうしてこんなに遅かったの?」「たまには早く帰ってきてよ」「もっと私の事を考えてよ」等々追いかけ回して、ヒステリックに叫ぶ妻にうんざりしていたのもあったのだろう。
そんな日が続くうちに寂しさに耐えられなくなった妻は、臣下の男と関係を持つようになってしまった。
そうしてレハルトの妻の不貞が発覚し、戦争中の帝国を支える多忙な夫を裏切るとはなんて酷い妻なんだと、皆の同情を買いながら離婚したバツ1の男なのだ。
私も奥さんは自分の事だけじゃなく、相手の事を思いやって支えてあげればよかったのに。おまけに浮気するなんて、どこまでも自分勝手ね、なんて思っちゃってたけど。
「あの野郎じゃ仕方ないわよね。嫌いなら結婚すんなっつーのよ。自分からも歩みよれっての。どうせ疲れて帰ってきた俺様を労うどころかうるせんだよって思ってたんでしょ。世の中自分が正義かよ」
ブツブツ文句を言いながらアドリシアは歩いていくと、ある部屋の前で立ち止まった。
そして、迷いなく扉をトントントントントンと連打でノックした。
「セディた〜ん。お姉ちゃんが迎えに来たわよ〜」
レハルトの奴なんて迎えたくもないけど、晩餐に行かないわけにはいかないし、我慢するにはセディたんがいなけりゃやってらんないわよ。ったく。
その頃、レハルトはアドリシアの部屋の前に佇んでいた。
そして身なりを整え、一呼吸置くと、ゆっくり扉をノックをする。
だが、返事はない。
気を取り直してもう一度ノックをするが、返事はなかった。
「あー、その、アドリシア嬢、いらっしゃいますか?先程は大人げない態度をとってしまい申し訳ありませんでした。晩餐の前に謝罪をして仲直りをしたいと思いまして………」
声をかけるが、やはり返事はなかった。
もうすぐ晩餐の時間だが、寝てるって事はないよな?もう向かったのか?でも、ここまでの道中会わなかったよな………。
レハルトは躊躇ったものの、扉をソッと少しだけ開く。
いるのか?ただ無視してるのか?ちょっとだけ確かめるだけだ。
隙間から見えた室内は、乱雑に紙が散らばっているばかりで、誰かのいる気配は感じなかった。
寝ているような息づかいも聞こえない。
不在か…………。それにしても汚い部屋だな。紙とか散らばせとかないで片付けろよ。掃除は入れないのか?一体何の紙なんだ?
それはちょっとした好奇心だった。
こんなに散らばせている物が何か気になったのだ。
レハルトは少しだけ開けた隙間からサッと室内に入る。
女性の部屋に無断で入るなど、いけない事をしてるのは分かっている。
でも、ちょっと見るだけだ。数十秒で終わらせるから気づかれないはずだ。
人の秘密を覗き見るという、好奇心に負けてしまった。
そうして、レハルトは落ちていた紙を手に取った。




