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ぶっちゃけ暇

そうして、私がベルシエ家に来てから早いもので、ひと月が経った。


毎日顔を合わせていれば、お互いがそれなりに馴染んでくる期間でもあったし、私に楯突ける者が誰もいないので快適で自由気ままな生活を過ごしてもいた。


そう、何の不満もないはずなのだけれど………。


アドリシアは深くため息をついた。

そんなアドリシアを、眉をしかめながらルドウィクは見た。


「人の顔を見てため息つかないでください、不快です」

「あっ………別にあなたの事じゃないのよ。ごめんなさいね」


ここはルドウィクの執務室。

静かにするからスケッチさせてとお願いして、現在いさせてもらっているのだ。

勿論すんなりオッケーはしないで、心底嫌そうな顔でゴネてたけれど、居座ったら〝邪魔はしないでくださいね〟と諦めてくれたのだ。


「居るだけで存在が邪魔なのに、わざとらしくため息なんてつかないでください。静かにしてるんじゃなかったんですか?」


存在が邪魔って、言うよね〜。慣れてきたのは向こうもで、最近この程度ならいいだろ、みたいに遠慮がなくなってきている。


それにしても、ため息くらい静かなもんじゃない。


「このくらいでちょっと神経質なんじゃないの?」

「このくらいって、食い入るように見られてるだけで多大なストレスです。もう書けたなら出て行ってくださいよ」


ルドウィクはガタッと席を立つと、ズカズカと歩いてきてアドリシアのスケッチを覗きこんできた。


「うっ………!」


ルドウィクのその顔が青ざめ、引きつる。

アドリシアが慌ててスケッチを隠すがもう遅い。


「何ですかこれ!?人物像を書いてたんじゃないんですか!?」


ルドウィクが怒るのも分かる。

画用紙いっぱいの唇。とにかく唇を書きまくってたから、なんじゃこりゃ、とはなるわね。


「まぁ、落ち着いて聞いて。あなたの顔高レベル過ぎて、どう書いても何か違うってなるのよ。だから、1つ1つのパーツを極めていけば、それっぽくなるでしょって訳で書いてるのよ」


今のうちにしか出来ないからね。

いずれお別れして、会うこともなくなるから、沢山の絵を書き溜めて後で眺めたり飾ったりするよう、思い出作りをしてるんだから。


「えっ………じゃあ、つまりアドリシア嬢はこの時間中ずっと私の唇を見ていたってことですか?」

「そう聞かれると恥ずかしいけど、そうね」


照れる私とは対照的に、ルドウィクは血の気が引いた顔で口を押さえた。


「ゾッとする………」


ゾッとって失礼ね。こんな若くて綺麗なお姉ちゃんに見られるくらい何だってのよ。おまけに一応婚約者じゃない。

本編じゃね、あんたベットインさせられてんのよ。こんくらい我慢しなさい。


「ルドウィク、あんたね、最近口が過ぎるわよ。私はね、世界のアドリシアだし、あんたの婚約者なのよ」


その言葉に表情は変わらなかったが、ルドウィクの眉がピクっと動く。


あっイラっときたかな?


「…………すみませんね。ついこの間まで戦場にいたもので、口も悪いんです」

「気をつけてちょうだいね」


ルドウィクは顔こそ神レベルだけど、中身は戦争を勝利に導くくらい多くの人を殺したし、アドリシアの事も憎んで最後には自分の手で暗殺するダークな男でもあるのだ。


あんまり調子にのってると、穏便に立ち去ったつもりが、追いかけてきて殺されるかも………。


おお、怖っ。この整ったすまし顔に騙されそうになるけど、執念深い殺人鬼でもあるのよね。

私にとっちゃ些細な事でも、恨みに思われたら堪らないわ。

思い出作りをしておさらばするのが私の目的であって、敵対するつもりはないのよ。

舐められないようマウントを取ってたけど、これだけ財力をひけらかしたらもう舐めてはこないでしょ。

仲良く穏便に、これからはそのスタンスでいくか。


「ええと……怒ってるんですか?」


難しい顔で黙ってしまったアドリシアに、ルドウィクは不安そうな顔を向けてきた。


「ん?ああ、違うのよ。見知らぬ公爵家に1人でやってきて心細くてつい虚勢を張ってしまったけど、私感じ悪かっただろうなって思って」

「は?え……心細かったんですか?」

「私繊細だから。でも、みんないい人達ばかりで、セディたんは可愛いし、将来の旦那様は絶世の美男子だし、私幸せ者だなって改めて思ったのよ」

「……突然どうしました?」

「どうしたもこうしたもないわよ、この色男〜」


ツンツンと突くような仕草を見せると、ルドウィクは絶句しながら後ずさった。


「怖いんですけど。何か企んでます?」

「企むなんて言わないで。私達、これから誰もが羨むベストフレンズになるのよ。イエ〜」


両手を突き出すが、ハイタッチどころかルドウィクはますます後ずさった。


「怖っ!今までにないパターン過ぎて、どうすればいいか分からない!ちょっ……アルバートいるか!?」

「私の事アドリシアって呼んでいいのよ。私もルドウィクって呼ぶわ。あ、もう呼んでるか」


アドリシアはゆっくりと椅子から立ち上がると、両手を突き出したままルドウィクへと向かっていく。


「ほら、イエ〜イ」

「い、今まで通りでいいです!」

「他人行儀ね。敬語だってなくしなさいよ。仲良くしましょ〜。ほら」

「間に合ってます!」


アドリシアの進みに合わせるように、ルドウィクもじりじりと後退していく。そんな緊迫した雰囲気の中、ルドウィクは壁にトンと当たり、しまった!と青ざめた。


「壁じゃーっっ!!!」

「うわぁっっ!!」


襲いかかる真似をしたアドリシアだったが、はたっと我に返った。こんな事する予定じゃなかったのに。


アドリシアは突如として踵を返し、スタスタと歩き再び椅子に腰掛けた。


「私達の間にはもう壁なんてないのよ。仲良くなりたいというのは本心なの」

「……あなたの行動はいつも突拍子がなさすぎる」


呆然としていたルドウィクは、疲れたようにハァと息をつくと、同じように椅子に腰掛けた。


「私がどんな人となりかはもう分かってきたでしょ」

「そうですね………」

「仲良くなるために、まず手始めに名前呼びから始めましょうか」

「…………いいですよ」


おや。急に素直。


「じゃあ、アドリシアって呼んでみ」

「アドリシア」


真っ直ぐにじっと見つめられながら名前を呼ばれたものだから、思わずドキッと胸が大きく高鳴った。

イケメンの目力半端なしっ!

これが〝恵梨香〟呼びだったら、心臓とまってたわ。イケメンどころか、職場以外の男性とも関わらなくなって随分と長いから、耐性ゼロよ。


「ふ……ふーん。まぁ、いいわ。合格」

「敬語の方はとうぶんこのままでいきましょう。敬語が抜けたら、どんな暴言を言うか分からないので。最後の防波堤なんです」

「ちょっとそれ本人に言う〜?」


どんな暴言言うつもりなのよ?やっぱりダークサイド側なのね。


まっ、名前呼びをするだけでも親密度は上がるからね。私の名を呼び慣れていけば親しみも感じるでしょうよ。


こうやって日々の生活はどうにかなっていくし、順調なのだけれど、慣れてしまった。


最初にため息をついたのは、ルドウィクとは関係なく、心がモヤモヤとしていたからだ。

好きな事をするだけの日々も、早い話飽きてきているのだ。

まだ会社員時代の方が毎日生きてる実感あったな。働いて、たまの休日でやりたい事やって、有給を使って旅行にも行って、買い物、料理、掃除、毎日やる事がいっぱいあって、時間なんて足りなかった。


人間働かなきゃ駄目って事ね。

夢でくらいは、自堕落で好き放題に生きたかったのにさー。

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