たくさんの女子と仲良くなった上でおれは夢を目指します
第一章大学一年・透
菜月
別に私は、語学が好きだったわけではなかった。
得意でもなかった。
ただ。
センターで失敗して、この大学になっただけだった。
本当は、経済学部に行きたかった。
この大学は、女子が多い。
だから、滑り止めで受けていた私立に行った方がいいよなんて、美容師さんに言われた。
でも、やっぱり私は、学歴が欲しかった。
だから、この大学を選んだ。
ほとんど男がいなかったから、私は、他の大学のサークルへの加入も考えた。
でも、一人も男がいないわけではなかった。
「はじめまして! 私、菜月! よろしくね! 一緒に、帰ろ?」
英語のディベートの授業の最後に、誘ってみた。
「う、うん」
うわー、やっぱり芋男しかいない。
でも、この学部では何番目かにイケメンだから、こいつ一回攻めてみるか。
なんて気持ちでいるだけで、私は、ダメなんだと思った。
でも、仕方がない。
だって、男子が少ないんだから。
せっかくの大学生活だから、彼氏ほしいし。
そう思って、透に話しかけてみた。
「ねえ、透」
「なに、菜月」
「私さ、この大学に来たくなかったんだよね」
「そ、そっか」
少し、距離を詰めてみた。
透は、きょどっている。
うわー、この芋臭い感じ、なんとなくいややわー。
でも、顔は別にそんなに悪くないんだよな。
帰り道、電車で大きな駅まで。
私は、やりたいことができない大学で、何かを残せるのかな。
そんなことは、全然わからないけど。
「ねえ、透。私、やりたいことができる学科に行けなかったんだけど、これでよかったのかな」
透は、ぼーっと車窓を見つめながら、口を開く。
「おれは、やりたいことがなかったから、どうなんだろう。わからないけど、でも、この学部で、また、やりたいことを見つければいいんじゃないかな」
綺麗事。
確かに、綺麗事。
でも。
的を射ている。
この学部で、やりたいことを見つければいいんだと、私は思った。
「ねえ、菜月」
「なに、透」
「このあと、ご飯でも、どう?」
「私は、いいかな」
なんとなく、私は、答えが欲しかったんだと思う。
この大学に入った、意味とか。
それを。
見出したかったんだと思う。
イケメンは、たくさんいる。
この学部にも、多分、入学式の時にイケメンなやつ見つけたし。
ほかの大学のインカレサークルに入れば、無限にイケメンくらい見つかるし。
別に、透にアタックしないといけないなんてこと、ないから。
私は、私の道を行けばいいかな。
そんなことを、思いながら、透と別れて、改札を出た。
この大学で、やりたいことか。
見つかるかな。
見つかるといいな。
未央奈
受験は難しかった。
国公立だから。
私は、結構頑張って入ったと思う。
私には、やりたいことがあった。
フランス語を、学ぶこと。
昔から、多言語に興味があった。
入学式の日。
桜が咲いている、入学式。
私には、もったいないくらいの景色。
そんな中で、私は。
この大学に。
いて。
何を学んで。
どんな景色が、待っているのだろうか。
私は、中学の頃に剣道をやっていた。
だから、剣道に、少し、興味があった。
だから、剣道部に、入部することにした。
「うち、緩いから。めっちゃ、練習緩いから。ゆるゆるいこうぜ!」
そんなこと言ってくれる先輩たちに囲まれた。
同じフランス語学科の心美も、一緒に入ってくれるらしいから、結構安心。
男の子も、入るみたい。
哲也と、透。
透は少し剣道が強くて、哲也はもっと強い。
飲み会に行くことになった。
新歓の飲み会は、結構楽しくて。
自己紹介の時間。
私は、透とおんなじアーティストが好きだったから。
透に、一緒にライブに行こうって、誘った。
透の反応は微妙だったけど、私は、透と、一緒に帰った。
「ねえ、透は、なんでこの大学に入ろうって思ったの?」
「おれは……やっぱり、英語ができるようになっておいた方が、将来安泰かな、なんて思って」
その目は、少しだけ、寂しそう。
「そっか……」
「未央奈は、なんでこの大学に入ろうと思ったの?」
「私は、フランス語を学びたくて……ほかにも、フランスの文化とかが大好きでね、将来は、通訳なんかできるようになるといいかな、なんて思ったりして」
「そうなんだ。いいなあ、やりたいことが、あって」
「透は、やりたいこと、ないの」
フフっと笑う。
「そうなんだよね」
「そっか……。てか、この大学まで、透って、何時間間くらいかけて通っているの?」
「おれは、二時間くらいかな?」
「うそ、二時間!? 私でも、一時間半でも結構遠く感じるのに。すごいね」
「ふふ、やっぱりそう思うよね。結構、二時間ってきついよ」
「だよね、きついよね」
「うん。でも、動画見たりとかして、なんやかんや、うまいこと過ごしてはいるけどね」
「そっか。透も、大変なんだね」
「なかなかね~」
そうこうしているうちに、駅に着いた。
改札を出たら、私たちはお別れ。
「ねえ、透」
「ん?」
「剣道部、入る?」
「うん、正式に入ろうかな、って思って」
「そっか、それなら、よかった。私も、入る。今度、ライブ、行こうね!」
「うん、行こう!」
「じゃーね!」
「うん、バイバイ!」
改札が、ぴぴっ、と鳴った。
私のやりたいこと、本当にこれでいいのかな。
透が考えているように、やりたいことがない、その方が正しいのかな。
そんなこと、考えるだけ、無駄なのかな。
そんな風に思いながら、透と私は、駅の中の雑踏に消えた。
達也
大学に入って銀髪にしたのは、なんとなく、アニメのキャラクターに憧れたから。
おれは、商社に入って、世界を股にかけて仕事がしたいと考えている。
入学式当日のことを思い出す。
隣の席に座ったのが、透。
「おれは、達也。よろしく」
「よろしく。おれは、透」
透き通った眼をした、マッシュヘアで黒髪の透。何を考えているのかまるで分らないような、ミステリアスな雰囲気が醸し出されている。だからだろうか、おれは、聴きたくなってしまった。
「透は、何か、やりたいこととかあるの?」
「おれは・・・・・・特に、考えてないかな」
「そう・・・・・・なんだ」
そっ……か。やりたいことがないのに、外国語学部に入る奴なんているんだな、なんて思った。
おれは、留学も考えている。
それで、語学が堪能になって、英語がペラペラになったら、大手の商社にも受かりやすいかな、なんて思っている。
「みんな、やりたいことがあって、この大学に入りたい、って思って入って来てるんだと思ってた」
「そっか・・・・・・。確かに、この大学は、日本でも有数の、外国語学部を有する国公立大学だもんね」
「そう、そうなんだよ。なのに、透は・・・・・・」
「おれはさ、英語を学べば、門出が広がるんじゃないかって考えたんだよ。TOEICとかさ、点数取れれば、就活にも役立つかもしれないじゃん。それでさ、そう思って、この大学に入ったんだよ」
「そっか・・・・・・。なるほどね」
この大学を、将来への踏み台としか思っていない。
まあ、おれもそうなんだけど。
「でも達也、おれは、この大学で、やりたいことを見つけられればいいかな、なんてことを思っているよ。もし見つかったら、英語を活かせたりも、するかもしれないじゃん」
「なるほどね。そういう考えも、ありだね」
「そう。おれは、そういう考えで、この大学に入った」
「そっか」
「まもなく、入学式を、開幕いたします」
「透は、何かサークルに入るの?」
「おれは、剣道部に入ろうと思っているよ」
「そうなんだ」
「達也は?」
「おれは、サッカーサークルに入ろうと思っているけど、ガチのサークルはあんまり嫌だなって思って」
「そうなんだ」
「高校の頃にガチサッカーだったからさ、あんまり楽しくなかったんだよね。大学に入ったらさ、もうちょっと緩めのサッカーサークルに入って、楽しくサッカーがしたいなって思って」
「楽しくサッカー、か。おれも、楽しく剣道がしたいな、なんて思っているよ」
「そっか」
おれが、大学に入ってやりたいこと。
楽しく、サッカーがしたい。
商社に入りたいとかはずっと先の目標のような気がして。
おれは。
この大学の四年間で、楽しくサッカーができたらいいな、って思っている。
隆斗
おれが軽音学部に入ったのは、何かを残したかったからっていうのもあるし、音楽が大好きだったっていうのもある。
「おー、隆斗」
「あ、透じゃん」
「一緒に学食くおーぜ」
「いいよ〜」
透は、同じ学科の英語クラスの仲間。
おれは、今日も、ギターを背負って、大学を歩いている。
少し重いけれど、いつでも練習できるし、様になっていい感じじゃない? なんて自分で思ったりして。
この大学でやりたいこととかほとんど考えてなかったけど、でも、軽音楽部に入って、たくさんの仲間に出会えたから、それは良かったと思う。
多分、普通に就活をして、どこかの企業に就くんだろうな。
「カレーライスで」
「はーい、カレーライスね〜」
「透は?」
「じゃあ〜」
透は少し考える。
「おれも、カレーライスで」
「はーい。カレーライスね」
この学食で、カレーライスは二百円だから、めっちゃお得なんだよね。
「ねえ、透」
「なに〜?」
「今度の学祭で、おれバンドやるから、見に来てよ」
「あー、学祭でやるんだ。うん、ぜひ、見に行きたいかな。せっかくの隆斗のステージだもんな。よくよく考えたら、おれ、隆斗の音楽、まだ一回も聞いたことないから」
「あ、聴かせたことなかったっけ」
「うん」
「透は、なにかやりたいこととかあってこの大学に入ったの?」
透は少し、寂しそうな眼をする。
「いや、そんなことはないよ。でもさ、一日二時間かけて大学に来て、なんもやりたいことがないって、ちょっと寂しいよね」
「そうかな」
「え」
「今が、楽しければ、いいんじゃない」
おれは、今が楽しい。
大学に入って知った。ライブが、こんなに楽しいなんて。
「確かに。今が楽しければ、それでいいよね」
「剣道部は、合宿とか、ないの」
「ないね〜」
「そうなんだ」
少し、沈黙が走る。
カレーライスを食べ終わった。
「次は?」
「おれは、空きコマ。透は?」
「次は授業かな。やべ、もう行かなきゃ」
透は、そそくさと授業に行ってしまった。
学祭当日。
おれがギターで、雛がベース。ドラムは和樹。
でも。
ボーカルが。
ドタキャン、しやがった!
マジかよ!
「誰か、ボーカル、やりたい人、やれる人、いませんか〜・・・・・・」
すると。
壇上に。
透が、上がってきた。
「行くぜ〜!」
っていう掛け声と共に、音楽が流れる。
透が、手伝ってくれた。
観客、めっちゃいる!
軽音学部の友達、学科の友達、たくさん!
みんな、ノッてくれている!
めっちゃ、嬉しい!
楽しい!
透と、一緒に、演奏してる!
こんな展開になるなんて、思ってもいなかった!
やっぱ。
おれ。
将来。
音楽。
追いかけたいなー。
雛
私は、恋愛になんてそんなに興味がなかった。
でも、大学に入ってから、彼氏彼女の話ばっかになるのはなんでだろう。
私は、この大学に入って、英語を学んで、小さい頃に大好きだったおもちゃを、世界に広げる一員になりたいって考えた。
おもちゃの市場は、今や海外に広がっている。小学生の頃、私は、ケータイも、ゲームも、買ってもらえなかった。教育に悪いから、って。でも、おもちゃは、買ってくれた。おもちゃだけが、私の娯楽で、私の味方だったことを覚えている。
そんな私だからこそ、外国語を勉強して、おもちゃを世界に広げたい、そう感じたんだ。
でも。
英語でいつも隣の席にいる透は、そんな、やりたいことが、なんもないみたい。
なのに、こんなに頑張って勉強してこの大学に入るなんて、すごい精神力だなぁ、なんて思ったりする。
でも、横顔は、結構かっこよくて。ミステリアスで。
たまに、話しかけると、ドキッとしてしまうこととかもあったりする。
「なあ、雛」
「な、なに?」
「ライブ、楽しかったな」
軽音のライブ。
私は、あの時ベースをやっていた。
ボーカルがドタキャンしたから、その代わりに入ってくれたんだ。
「あー、楽しかった。ありがとうね、入ってくれて」
「全然」
「ねえ、透。この大学ってさ、入るの結構難しいじゃん。それなのに、なんで、やりたいこともないのに、入ったの?だって、やりたいことがないのに、この大学に入ってさ、それで、片道二時間もかかるんでしょ?めっちゃ大変じゃ・・・・・・」
「おれはさ、なんか、自分に成功をプレゼントしたかったんだよ」
「成功・・・・・・」
「高校受験失敗したとか、結局失敗した高校でも、うまく行かなかったりとかしてさ。剣道部だったんだけど、レギュラーに選ばれなかったりとかして。だから、大学受験だけは成功させて、自分に成功したんだよ、って、伝えたかったんだよ」
「そっか」
「それでね、やりたいことは、大学に入ってから探そうと思って。この大学だったら、英語が勉強できるじゃん。だからさ、TOEICの点数とかも、稼げそうだし、それで、この大学に入ろうみたいな。そんなことを思ったみたいな、そんな感じ」
そっか。
そんな人も、いるんだ。
やりたいことがなくても、これからやりたいことを見つければいい。
その中で、英語を学べるこの学校なら、それができてしまう。
それが、透の中では大きくて。
私も。
本当に自分がやりたいことは、そうなのかな。
あの、ライブの時。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
アーティストに、憧れてしまったんだよなー。
綾部
おれは、日本最高峰の外国語学部を受けようとしていた。
でも、センターで失敗して、この大学に来た。
この大学も、日本有数の外国語学部を有する国公立大学だから、別にいいんだけど。
一人暮らしはなかなか大変で。
じゃあ、何をやりたかったのかって言われたら、別に何がやりたかったわけでもない。
ただ、成功が欲しかった。
自分の努力が報われたっていう体験が、欲しかった。
そんな、同じ目をしたやつが、目の前にいた。
おれが、剣道部のチラシを渡した時。
目があった。
透き通った目をした、後輩。
名前は、透。
剣道は、結構うまくって。
でも、何をやりたくて入ったってわけでもなかった。
おんなじ学部だから、なんとなく気があって、時々話したりした。
それでも、こいつがこの大学のこの学部に入ってきた理由に、あんまり納得ができなかった。
そして、何も考えずに単位ばかり適当に取っていく姿も、あんまり理解ができなかった。
おれは、一般教養は適当にやって、専門科目はちゃんとやる、そんな姿勢で毎日大学の授業に挑んでいた。
でも、透は。
全ての授業が中途半端。成績が取れればそれでいい、そんな感じの考え方をしている気がする。
新歓の時、菜月と一緒にライブに行くとかノリで言ってたけど、本当に行ったのかな。
学園祭の日、あいつの学科で出店を出していたから、買いに行ってやった。
「綾部先輩!」
「透。買いにきてやったぞ。たこ焼き」
「ありがとうございます!」
「透ってさ、何か将来やりたいこととかないの」
「うーん、考え中です!」
「そっか、おれとおんなじだな」
「・・・・・・なあ、透。」
「? なんですか、先輩」
「花井先輩っているだろ」
「ああ、四年生の先輩の。綺麗な先輩」
「そう。その綺麗な、って、先輩をそういう目で見ないの」
「すみません」
「その花井先輩、まだ、内定決まってないらしいぞ」
透は、とても驚いた様子だ。
「・・・・・・そうなんですか。実は、僕、将来への不安がすごくて。まだ一年なんですけど、本当に社会人になれるのかな、なんて・・・・・・」
「おれも、三年生だけど、そんな不安を毎日抱えているよ。だから、透、何かやりたいことあるのかな、って聞いてみたの」
「ああ、そういうことだったんですか。でも、先輩は英語すごいできますし、取る手数多なんじゃないですか?」
「おれはさ、やりたいことをやって、生きていきたいな、なんて思ってるんだよ」
「・・・・・・確かに。僕も、そう思います」
朱里
夜の8時から、授業が始まる。
私の、週一の楽しみ。
透くんに、会えること。
透くんは、私が高校二年生に入ってから、塾に入れさせられて、その私の個別指導の先生になってくれた人。
透先生、って呼ばないと本当はいけないんだけど、私は、透くん、って呼んでいる。
私は、附属高校に通っているから、そのままエスカレーター式で大学に進めば、いいかな、なんて思ってる。
あ。
透くんがきた。
「透くん、遅いよ〜」
「ごめんごめん朱里、授業の準備に手間取っちゃって」
「透くん、今日は何を教えてくれるの」
「今日はえーっと、まずは前回の復習からだね。この、軌跡の問題を・・・・・・」
透くんは、私のことを何とも思っていないみたい。
「透くん。もしかしたら、透くんって、彼女とかいるの?」
「彼女?いないよ」
「ふーん、そうなんだ。好きな人とかも」
「そうだね〜、好きな人とかも、いないかな〜」
「でも、透くんのことが好きな人は、どこかにいるかもしれないよ」
「いやいや、そんなことないよ」
「わからないよ〜」
透くんは、いっつもこうやって、自信なさげにいる。
「透くんは、何で塾講師になろうと思ったの?」
「うーん、おれ、大学に入るのにめっっちゃ苦労したんだよね。だから、せっかく大学生のうちにアルバイトできるなら、その苦労を、あんまりかけないように、誰かのために仕事をしたいな、なんて思って、塾の先生になることにしたんだよ」
「え、先生って、アルバイトなの? 大学生なの?」
「うん、そうだよ」
「え〜、知らなかった。ここに就職しているのかと思ってた」
「そっか〜。ハハ、今の言っちゃまずかったかな」
「大丈夫じゃない?塾長にバレなければ」
「そっかそっか。そうだよね」
「私、言っちゃおっかな〜」
「えー、待ってやめてやめて」
「じゃあ、透くんは、やっぱり将来は学校の先生になりたいな〜、なんて思ったりするの?」
「うーん、将来何になりたいのかは、あんまり考えてないかな」
「そっかぁ。私はね、将来、看護師さんになりたいなって思ってるよ。誰かを助けて、それで、誰かの役に立つ仕事をしたいな、なんて思ってる」
「そっかそっか」
透くんは、また、フフッ、と笑う。
「私ね、透くん、学校の先生、向いてる気がするんだ。私に教えてくれる時もすごく優しいしさ、それで、わかりやすいし。透くんが学校の先生になったら、本当に、誰かの役に立てるような、そんな気がするんだよね」
透くんは、そんなに興味がなさそうな感じ。
「ねえ、透くん聞いてるの?」
「うん、ちゃんと聞いてるよ。おれのこと考えてくれて、ありがとう」
詩織
大学までもう少し。
電車の中はうちの大学に向かう学生ばかり。
吊り革に捕まり、なんとなく、一限から今日の授業だるいなー、なんて思っている朝。
隣に立っている男が、何となくずーっと、気になっている。
この満員電車で、頑張って漫画を読んでいる。
漫画が一冊、読み終わったみたいだ。
その漫画をカバンの中に入れ、次の巻を取り出し、また漫画を読み出す。
そんなに、その本には魅力が詰まっているのかな。
「あ、詩織じゃん」
顔を見ると、透き通った目が印象的な、おんなじ学科の、透だった。
「透」
ここで話しかけないでよ。私まで、こいつの仲間みたいに、思われるじゃん。まあ、別にいいけど。
「まもなく〜」
やっと、この満員電車から降りられる。
「透は、そんなにその漫画が好きなの?」
「うーん・・・・・・」
いや、そこ悩むとこ? めっちゃ好きだ! っていうところでしょ。
「おれ、往復四時間かかるんだよね。だから、漫画読んだり、小説読んだり、アニメ見たり、ドラマとか映画とか見たりして過ごしてるんだよね」
「そっか」
そのまま私たちは、大学の門を潜った。
「そういえば、この前のライブ、めっちゃ良かったよ」
「ああ、来てくれたの?」
「うん、雛が出るって言ったから、私も見に行ったんだけど、まさか透が歌ってるとは思わなかったから、めっちゃびっくりした」
「そうそう、あの時、ボーカルがドタキャンしたらしくて、急遽だったから、結構緊張したんだけど」
透は、前を向いた。
「何かおれでも、表現できないかな、って思って。それで、ボーカルに立候補したってわけ」
「そうなんだ。すごいね、その勇気」
「すごいっしょ」
「将来は、やっぱり音楽系に就こうかな、みたいな考えてるの?」
透は、顎に手を当てた。
「うーん、将来のことは、おれ、あんまりやりたいこととかないし」
「そうなんだ。」
やりたいことがないのに、外国語学部に入ってるんだ。
私は、結構やりたいことあって。
メーカーに入って、海外貿易をやったりとか。
通訳さんになるのもいいな、とか。
「私はね、結構やりたいことがたくさんあって、どうすればいいかわかんないくらいの状態なんだよね」
「そうなんだ。何となく、おれは、それが、羨ましかったりするかも」
「そうなの?」
「うん。やりたいことがないとさ、なんで、おれ、英語勉強してるんだろー、とか、時々思ったりするから」
「そう・・・・・・なんだ」
そんなふうに思うんだ。
まあ、そうだよね。
やりたいことが、ないんだもん。
なんで、勉強してるんだろうって、なるよ。
咲
私は、アイドルが好きだ。
将来は、アイドルになりたいな、なんて思ったりもする。
ただ、おんなじアイドルが好きだったってだけ。
おんなじ学科の、透と、ライブに来た。
「なあ、咲」
「なに?」
「おれのカバン、結構大容量だから、荷物入れようか?」
「ああ、ありがとう」
私は、荷物を入れてもらった。
やっと、会えた。
私の大好きなアイドルに。
この、ドームで。
「ねえ、私のペンライト・・・・・・」
「ちょっと待ってよ〜・・・・・・」
透は、鞄をゴソゴソと探る。
本当に、こんな男と来るんじゃなかった。
ライブが終わる。
我に帰った。
「ねえ、咲」
「なに」
「今日のライブ、めっちゃ楽しかったね〜!」
「うん、楽しかった・・・・・・」
私は。
あの人たちからは。
遠い存在で。
大勢いる観客の中の、一人でしかなくて。
私は、あんな風には、なれないのかもしれない。
「ねえ、透。わたしも、あんな風に、踊ったり、歌ったり、できるかな。わたし、アイドルに、なりたい」
あれ。
私、何でこんな男に、こんなこと言ってるんだろう。
自分で言って、自分で不思議がっててどうするんだ。
「いいなあ〜!!」
なに、こいつ。
私のことを、羨ましがってる。
「やりたいことが、あって」
え・・・・・・?
「おれ、やりたいことがないから、そうゆうふうに、夢があったりとか、希望があったりとかするの、本当に憧れで、素敵で、いいなあ〜って、思うんだよね。咲なら、なれるよ。アイドル」
「・・・・・・そうかな」
「うん。なれるよ」
ああ。
私は。
自分を、肯定したかったんだ。
自分の中で、自分を否定していた。
私なんかが。
アイドルなんかに、なれるわけがないって。
そんなふうに、思っていた。
でも。
本当の本当は。
あの、舞台に立ちたい。
あの舞台に立って、アイドルになりたい。
透は。
それを。
気づかせてくれた。
「私、透とライブに来て良かった。ありがとね」
「う、うん。ねえ、この後、ご飯でも・・・・・・」
「いや、大丈夫。帰り、遅くなっちゃうからさ」
「そっか」
「じゃあ、私こっちだから。じゃあね」
「うん、バイバイ」
私の彼氏にするなら、もっとイケメンがいいな、なんて。思ったりとか。
ふふふ。
よかった、来れて。
でも、何にもやりたいことがない人生の方が、マシな気もするけどな。
だって。
やりたいことがあったら。
希望があったら。
その反面。
絶望も、あるわけだから。
諦めないでって、歌ってるけど。
私は。
本当にあの舞台に立てるのか。
不安で、仕方がないから。
雄也
「透」
「ん?」
「合格、おめでとう」
透は、難しい国公立大学に合格したらしい。
「ありがとう」
「もう十二月だな。ごめんな、言うのが遅くなって」
「なかなか会えなかったもんな。雄也こそ、大学合格おめでとう」
「ありがとう。おれ、理学療法士目指して、頑張るよ」
理学療法士。
おれが、高校の頃からずーっと目指していた職業。
なれればいいな。
これから、国家資格を取らないといけないから、なかなか難しいけど。
でも。
なれるといいな、って、思っている。
「透は、外国語学部に入ったってことは、やっぱり通訳とかになるの?」
「いやー、それがさー、なかなか将来のこと、考えられなくて。全然、わかんないんだよね。何になりたいかー、とか」
「そうなんだ」
てっきり、頭のいい透だから、もう、進路のこととかしっかりと考えてるのかと思ってたけど、何も考えてないんだ。そっか。そういう人も、いるんだな、なんて、他人事のようにだけど、思ったりする。英語がせっかく扱えるなら、通訳とか、英語の先生とか、商社とか、色々なれるものあるのに。
「でも、留学は行こうと思ってるよ」
「そうなんだ」
「お待たせいたしました、マルゲリータピザになります」
「ありがとうございます」
「失礼致します」
マルゲリータピザ、うめー。
やっぱ、安心のおいしさだわ。
「じゃあ、留学に行っている間に、やりたいこととか見つかるかもな」
「ふふ、そうかもな」
透はその透き通った目で、ピザを見つめる。
「でもさ、やりたいことが見つかったとして、それになれないってわかった時の絶望感とかって、結構やっぱ強いんじゃないかな」
透は、そんなことを不安に思っているのか。
「あー、それはあるかもしれないね」
「それでも、おれは、やっぱり、やりたいことがある人が羨ましい。おれは、おれには、やりたいことなんて、ないから」
「本当に、ないの?」
「うん、やりたいこと、ない。人生、そんなに面白くない」
「それだったら、色々考えればいいじゃん。あと三年間も、時間があるんだからさ」
「ふふ、確かに。もっと、色んなこと考えて、色んなことできるようになってきたら、道が開けたりもするもんなんかな」
「うん。そう思うよ。そんなもんよ、人生なんて」
そうおれが言うと、透は、もう一口マルゲリータピザを頬張った。
「こうやって好きなもの食べてるだけでも、幸せーって、感じられていいね」
「ああ、そうだな」
達也
「なあ、達也」
「おお、透じゃん」
透は、学食の前でお盆を持ったまま話しかけてくれた。
「一緒に飯食べよーぜ」
「いいよ」
おれたちは、学食に並んだ。
「カレーライスで」
「僕も、カレーライスで」
おれたちは、カウンターを抜けた。
席が、ほとんど埋まっている中を、ぐるぐると歩き回る。
「埋まってんな〜」
「そうだな〜」
透は、少し先のテーブルを指差した。
「あ、あそこ空いてね?」
「あ、ほんとじゃん!」
「あそこ座ろうぜ」
「いいよ」
何となく、見られている気がするけど、もう慣れた。
銀髪にしてから一年が経つつから。もう、ムラシャンもカラートリートメントも、使い慣れた。
「で、何で急に、おれと飯食おうって」
「おれさ、実は、小学校の頃、サッカーやってたんだよね」
「うん」
「剣道部、二週に一回くらいしかなくてさ。だから。サッカーサークルに、入りたいなーって、思って」
「ああ、そういうこと?」
「うん!でも、二年からだと入りづらいじゃん、だから、達也に紹介してもらって入ろうかな〜、なんて思ったりして」
「ああ、そういうことね。全然、いいよ。」
「ありがと〜!!」
春休み二ヶ月あったからな〜。
春休みの間も、サークルはあったりして。
でも。
やることがない時も多かったから、ほとんどバイト入れてたんだよな〜。
「春休み、透は何してたの?」
「おれは、ほとんどアニメ」
「そっか」
アニメ、好きなんだな、結構。
「透はさ、なんか、やりたいこととか、見つかったりした?」
「それが、全然、見つからなくて」
「そっか・・・・・・。就活、この先あるもんね、不安だよね」
「その前に、おれ、留学に行こうと思って。次の夏休み使ってさ」
「あ、まじ?透、留学行くの?」
「うん、留学、夏休み二か月使っていこかなって」
「まじか!すごいな!おれも留学考えたことあったけど、結局、実行に移せなかったりして。そっか〜、留学か〜。すごいな〜。もしかしたら、その留学先で、なんかやりたいことを見つけたりしたりしてね」
「あー、確かに。見つけられると、いいな」
そっか。
留学、行くんだ。
ずーっとアニメ見てるより、よっぽどためになるよな。
わからんけど。
なんか。
置いてかれてる気がする。
おれも、留学に行こうとかそういうこと考えたりしたけど、全然実行に移せないから。
商社に入りたいって言っても、本当に入れるのか、わからないし。
入れるといいなー、って思っているくらいだし。
てか、最近、本当にそれが自分のやりたいことなのかどうかすら、怪しくなってきたくらいだし。
菜月
学科の会食で、私は、透と隣になった。
久しぶりに透と話すことになる。
「菜月、久しぶり」
「ああ、透。久しぶり」
透は、透き通った目で、私を見つめる。
「私、彼氏、できたんだよね。他の大学で」
透は、少ししょんぼりとした顔になる。
「そ、そうなんだ。よかったね」
やっぱり、きょどってる。
「それでさ、菜月。菜月は、この一年、大学に通って、良かったなー、って、思うの?」
「そりゃー、色んな人と出会えたし、色んなことを学べたし・・・・・・」
そこまで話して、急に。
なんか。
なんか、すごく。
寂しく、なった。
「でも、私がやりたかったのは、この学科で学ぶことじゃない。って言う思いは、ずっと消えてない」
「そっ・・・・・・か」
「なんで、そんなこと聞くの?」
「だって。おれ、何にも、やりたいことがないから。だから、他の人は、何かやりたいことを見つけたりするのかな、って、思って。だって、あの時。一緒に帰った時。おれが、『おれは、やりたいことがなかったから、どうなんだろう。わからないけど、でも、この学部で、また、やりたいことを見つければいいんじゃないかな。』って言った後、菜月の目、輝いていたから。だから」
「そっか・・・・・・」
あの時の私は。
この学科の未来に。
希望を。
持っていたんだ。
忘れてた。
私が。
この学科に入って、何を学びたいのか、将来やりたいことを見つければいいって、思っていたことを。
忘れていたことを、透が、思い出させてくれた。
今、思い出させてくれた。
「・・・・・・なんか、ありがとね」
「フフ。食べな」
透は、席の少し遠くにあるフライドポテトを取ってくれた。
「ありがと。透は?」
「ん?」
「だから、透は?やりたいこと、見つかったの?」
「おれは・・・・・・実は、全然、やりたいことなんて、見つかってないんだ。でも、そのうち、見つかる気がするんだ。そう、信じて、毎日学校に通ってる」
「そっか、透は、プラス思考になったんだね」
「なんで、そう思うの?」
「だって、透、大学ですれ違う時、よく、下向いてることが多かったから。将来に対してとか、不安があるんじゃないかなー、なんて、思ったりして。でも、透が、前を向いているんだったら、私は安心かな。なんて。私は、透のお母さんじゃないんだけどね」
「ありがと。・・・・・・彼氏、できて良かったね」
「彼氏ね。結構、イケメンなんだよ」
これで、諦めがついたでしょ。
なんて。
思って。
私って、悪い女。
第二章大学二年・透
隆斗
今日は新歓ライブ。
誰でも参加できるけど、でも。
新入生を中心にターゲットにした、ライブ。
ボーカルは、今日はちゃんといる。
学祭の時みたいに、ドタキャンされるとめっちゃ困るけど、今日はちゃんといるから、いい感じ。
ギターはおれ、隆斗。
そして、ベースは雛。
結構人来てくれてる。
演奏が始まる。
みんなが、ジャンプしながら音楽にノってくれてる。
やっぱり、ライブは楽しい。
その奥の方に。
あ。
透き通った目の。
あいつが。
透が。
見てる。
透。
やっぱ、音楽好きなのかな。
雛も、透の方を見ている。
透。
やりたいこと、見つかったのかな。
おれは、見つかったよ。
おれ。
やっぱ。
音楽で、食っていきたい。
今はまだこんな小さな学生バンドだけど。
でも。
いつか。
大きな舞台で。
羽ばたいて、みたい。
バンド、やりたい。
頑張って、バンドやりたい。
透が、手を振っている。
ギターソロに入る。
おれは、透に聴かせるようにして、思いっきり弾いた。
演奏が終わり、みんなで話している。
「わりい、ちょっとトイレ行ってくるわ」
おれは、透を追いかけた。
「透。来てくれたのか。ありがとう」
「ああ。だいぶ前に一緒にライブやったじゃん? 忘れられなくてさ、やっぱりライブが見たいって思って、来たんだよ」
「そっか。ありがとう。どうだった?」
「めっっちゃ、良かったよ!」
「そっか! ・・・・・・おれさ、やりたいことが、見つかったよ!」
「やりたいこと?」
「そう。やりたいこと。おれ、音楽の道に進みたいんだ」
透は、目を輝かせ、おれの肩を掴む。
「いいじゃん!めっちゃいいじゃん!おれ、絶対ファンになるよ!!いいなー、おれも、何かやりたいことがあればいいんだけど、なかなか・・・・・・なかなか、見つからなくて、だから、今度、自分探しの旅! みたいな感じで、留学に行ってくるんだよね。そこで・・・・・・」
「留学!?めっちゃすげえ!留学行くんだ!英語、ペラペラになって帰ってこいよ!」
「あ、ああ。英語、ペラペラになって帰ってくるよ」
「じゃあ、おれ、軽音の方に戻るわ」
「オッケー、またね」
「おう、じゃあ、また」
おれは、軽音部のみんなの元へと走っていった。
そっか。
あいつ。
留学に行くのか。
留学に行って英語を話せるようになったら、超強い武器になるよな。
おれのこのギターも、強いけど。
でも。
音楽の道って、正直、不安でしかなくて。
そうなると。
透みたいに。
やりたいことがない人生の方が、幸せなのかなぁ。
そんなことを思いながら、軽音のみんなとの会議に戻った。
未央奈
新学期一発目は、ビラ配りから始まった。
「未央奈〜、遅れてごめんね」
「ちょっと、遅いよ、透」
「ごめんごめん、どこにいるか全然わからなくて」
透と私がビラを配って、そのビラに、説明会の場所が書いてあって、その教室に行けば説明会が聞けるみたいな、そんな仕組み。
だから、透と私の二人で、ビラ配り。
透の透き通った目が、私の目を貫く。
「未央奈、今度、ライブあるらしいけど、一緒に行かない?夏休みの後になっちゃうけどさ」
「あー、ずーっと前に、一緒に行こって言ってたやつ?いいね!行こう行こう!あ、新入生入ってきた。剣道部でーす、いかがですか〜」
あんまり、受け取ってくれない。
でも、剣道部に入って良かった気がする。
本当に、どこのサークルにも所属しなかったら、大学って、誰とも接しないようになってしまうような仕組みになっているから。
いや、学部の人とは接するんだけど、やっぱり人間関係は広い方がいいかなって、思ったりして。
「未央奈、おれ、持分のビラ、全部配り終わったよ」
「え、早っ!じゃあ、私のやつ半分あげるよ。配りな」
「うん。剣道部、いかがですか〜」
あの、入学式から、一年がたった。
私は、通訳になりたいっていう夢を、諦めていなかった。
でも。
透は、どうなんだろう。
て言うか透、このビラ配りのために、今日、片道二時間かけて大学に来たって考えると、すごいな。
「ねえ、透。何か、やりたいこととか、見つかった?」
「全然。冬休みは、ずーっと、ドラマとかアニメ見てて、たまにバイトして。全然、やりたいことなんて、見つかってないよ」
「ていうか、透、二時間もかけてこの大学に来てるんでしょ。その間、何してるの」
「アニメ見たり、ドラマ見たり、小説読んだり。そんな感じかな」
「あ、あの〜」
「はい!」
「私、冬華って言います、剣道部、入りたいんですけど・・・・・・」
「わ!本当ですか!大歓迎です!B棟の102号室で説明会やってますので、そこに行ってみてください!」
「わかりました!」
私は、ガッツポーズをした。
その姿を、透に見られた。
少し、恥ずかしい。
「今、私がガッツポーズするところ、見たでしょ」
「見た」
「ちょっとだけ、恥ずかしかった」
プッ、と透が笑った。
「ガッツポーズ見られただけで恥ずかしいって、なんか面白いね、未央奈」
「え?は、は?うるさい!」
「ははっ、面白い」
「やめろよ、ばかっ」
なんなんだこの透って男は。
もう。
余計恥ずかしいじゃん。
雛
新歓ライブを思い出す。
ギターに隆斗。
私はベース。
めっちゃ楽しかった。
やっぱ、音楽の道に進みたい。
って、思うけど。
少し、怖いところはある。
私。
国際関係に興味があるから。
それを研究するゼミに入って。
そうすれば。
おもちゃメーカーの夢にも。
近づけるかなぁ。
そっちの道のほうが、安泰かなぁ。
そんな時に目に入った、透き通った目をした。
透。
透が、見てくれていた!!!
ライブが終わった後、透に話しかけに行こうと思ったけれど。
隆斗が、話しているから、話せない。
透と、話せない。
私は、恋愛をするためにこの大学に入ったわけじゃない。
でも。
何となく。
私は。
透が。
好きだって。
少しだけ。
思った。
そんなことを思いながら、学内を歩いていると、透とすれ違った。
「ねえ、透。」
「おお、雛。」
「透はさ、やりたいこととか、見つかった?」
「ううん、まだ、全然、やりたいこととか決まってない。」
「そっか・・・・・・。」
少し、沈黙が続く。
「私はね、おもちゃを作るメーカーに入って、そこで、世界中の子供達に、夢を、与えたい・・・・・・。」
透の瞼が、開いていく。
「おお!すごいいい夢じゃん!おれにもそんな夢、あればなぁ〜。」
「見つかるよ。」
「・・・・・・え?」
「見つかるよ。きっと。透も。やりたいことが。」
「そっか。見つかるか。」
「・・・・・・ねえ、透。今度、カフェでも行かない?」
「いいよ。」
その即答に、私は、少しだけ、泣きそうになった。
私のことを、ただの友達としか思っていないんだろうな。
カフェは、理不尽にも、木漏れ日が照らされる、おしゃれな外観で。
私たち二人の世界に、そのカフェは誘ってくれた。
「どこのゼミに入るかとか、決まった?」
「いや、決まってない。雛は?」
「私は、国際関係のゼミに行こうかなって思って。」
「そっか。」
透は、カプチーノをクルクルと混ぜた。
「美味しい?」
「うん、美味しい。」
「ねえ、透?」
「ん?」
「今度、花火行かない?」
花火大会に現れた透は、浴衣姿で。
黒髪に似合ってて、結構かっこいいなって思う。
私も、浴衣姿で。
「何、買う?」
「どうしようかな・・・・・・あ、タピオカミルクティー!」
タピオカ好きなんだ。なんか、可愛い。
花火が、よく見える位置に私たちは座った。
綺麗な花火が、夜空を包み混む。
「綺麗だね〜。」
「うん、綺麗だね〜。」
でも。
花火大会が終わっても、告白は、なかった。
いや、私が、しなかったんだ。
透は、結局私のことなんて、何とも思っていない。
そんなことを思いながら、私たちは帰路についた。
綾部
「綾部先輩!お久しぶりです!」
久々に見た顔が、そこにはいた。
「おお、透。久しぶり」
「最近先輩、あんまり部活に顔出さないじゃないですか。どうしたんですか」
ズバッと聞くなよ。
そんなふうに、思った。
透は、まだ、この現実を知らないんだろうな。
まあ、知る由もないか。
だってまだ、二年の夏だもんな。
「僕も、テスト忙しかったんですけど、先輩は・・・・・・」
「おれには、まだ、内定がない・・・・・・」
「え・・・・・・でも、先輩は結構英語もできて・・・・・・」
「そんなの、あんまり関係ないんだ。おれには、まだ、内定がないんだよ」
「そう・・・・・・なんですか。それで、部活にあんまり顔を出さなかったんですね。」
「そういうことだ。なんか文句あるか?」
「いや、全然」
申し訳ない。
部活に、顔を出さないのは申し訳ない。
でも、もう。
おれのメンタルは、ボロボロだよ。
三年の頃。
まだ、予想もしていなかった。
ここまで、上手くいかないなんて。
予想も、していなかったんだ。
就活。
正直、どうやって進めればいいかもよくわからなかったし。
何より。
おれには、やりたいことが、何もなかった。
何も、なかったんだ。
悲しいことに。
就活をどう進めるか。
キャリアセンターとかにも相談したけど。
なかなかうまくいかなかったよ。
透は。
透は、多分、うまく行くんだろうな。
なんか、友達も多そうだし。
「透は、就活のために何かやってるのか?」
「いや、何もやってないです・・・・・・」
「そっか、そうだよな。おれが二年の時も、そうだった。やりたいこととかは、見つかったのか?」
「いや、まだ・・・・・・」
二年生の頃のおれ。
二年生の頃のおれと、こいつは、おんなじだ。
なら。
一つ。
言いたいことがある。
「いいか?四年になったら、もう就活が始まってしまう。それまでに、透。お前は、やりたいことを全力で見つけろ!どんな手を使ってでもいい。とにかく、何かやりたいことを見つけるんだ!それで、おれみたいにならないように、努力を、するんだ・・・・・・」
おれは。
できなかった。
内定を、取れなかった。
「先輩。まだ、先輩は、終わっていません」
「終わって、ない・・・・・・」
「まだ、募集している企業は、たくさんあるはずです。だから・・・・・・」
「・・・・・・お前の言うとおり、まだ、募集している企業は、たくさんある。でもな、透」
「・・・・・・はい」
「時間が経つにつれて、どんどん難易度が上がっていくのが、就活なんだよ……」
朱里
今日は、透くんが留学に行く前、最後の日。
透くんに会うために私は、塾へ行く。
「透くん」
「おお、今日早いね」
「だって、透くん、もう、留学行っちゃうんでしょ?」
「留学って言っても、二ヶ月だけだけどね」
フフッ、と透くんは笑う。
「透くん、彼女できた?」
「彼女ー?できてないよー」
「そっかー。透くんもまだまだだね」
「まだまだだね、なんて言われると少し悲しくなっちゃうな」
「フフ、透くん少し可愛い。」
「可愛いより、かっこいいって言われた方が、嬉しいかも」
「じゃあ、かっこいい」
「ありがと」
そして、そのまま授業に入って行った。
「ねえー、透くんはお休みの日とか、何してるのー?」
「おれはねー、そうだなぁ、アニメを見たりとか、漫画を読んだりとか、小説を読んだりとか・・・・・・」
「へぇー、結構インドア系なんだね」
「確かに、インドア系かも」
「どんなアニメが好きなのー?」
このまま、透くんがいなくなったりしないかな。
いなくなったら、嫌だな。
留学終わった後、バイト辞めてました、なんて言ったら私、泣いちゃう。
「透くん」
「なに?」
「留学終わっても、バイト、続けるよね?」
「うん、続けようと思ってるよ」
「続けようと、思ってる・・・・・・?」
透くんは、フフッ、と笑う。
「大丈夫。安心して。先生は、バイトを続けるから」
「そっか」
そのまま、授業が、進んでいく。
「透くん、将来何になりたいなー、とか、あるの」
「うーん、あんまり考えてないかな。いや、ちゃんともう、考えないといけない時期には入ってきてるんだけどね」
「そっか。私が卒業したら、もう、透くんと会えなくなっちゃうんだよね」
「まあ、多分そういうことになるだろうね。」
「寂しいなー」
「そっかー。おれも、寂しい」
「絶対、思ってないでしょ」
「本当に、思ってるって〜」
「絶対思ってないよー!」
フフッ、とまた先生が笑い、授業の続きが始まる。
先生は、何で今の大学を選んだんだろう。
将来、何になるんだろう。
私は。
透くんことが、もっと知りたい。
もっともっと、知りたい。
私も。
将来、何になるのかな。
何になりたいのかな。
全然、わからない。
このまま、大学に上がって、それで、幸せをつかみ取れるのかな。
そんなことを、思ってしまう。
私は。
この先。
どんな人生を、送っていくことになるんだろう。
全然、想像もつかない。
でも。
勉強をすれば。
多少なりとも、いい未来に繋がるって、信じてる。
詩織
「あ、詩織じゃん」
たくさんの外国人の中に、一人。
透が、いた。
「透!」
まさか、語学学校が同じ学科の人と一緒になるなんて、思ってもいなかった。
「透〜、透もロンドンの語学学校を選んだの?」
「うん、そうだよ」
「そっか」
透は、そういうと、さっき座っていたであろうベンチに座って、漫画を読み始めた。
「隣、いい?」
「うん」
「私ね、なんとなく安心した。知り合いがいて。まさか、知り合いがいるって、思ってもいなかったからさ」
透は、漫画を読むのをやめ、私の方に顔を向けた。
そして、笑った。
「おれも、本当に安心したよ〜。一人でロンドンに来るの、本当に怖かったんだから」
「そ、そうだよね。ちなみにさ、透って、何で留学をしにきたの?」
「だって・・・・・・なんか、将来への足しになるかな、なんて思ったりして。そんくらいだよ」
「そっか。何か、将来やりたいこととか、あるの?」
「それは、まだ、探し中。詩織は、何かやりたいこと、あるの?」
「私はね、通訳として働きたいとか、商社で働きたいとか、他にも色々、やりたいこといーっぱい、あるよ」
「そうなんだ。なんか、羨ましいな。おれなんて、やりたいことなんて全然ないからさ〜」
「やりたいことがないのに、留学に来たりするんだね」
「まあねー。何となくさ、海外の文化にも、触れてみたくて。それより、聞いてよ。海外の人たちに、アニメの話したら、めっちゃ通じるの!漫画の話も!むしろ、おれより知ってるんじゃないかってくらい、めっちゃ話通じて、びっくりしちゃった!いやー、これは、海外に来た意味があったなーって、思うよ」
「海外に来た意味が、あった?」
「うん!だって、日本にいたら、海外でこんなにアニメが有名だなんてこと、知ることができないじゃん!でも、おれが海外に来たから、それを知れたわけじゃん!それだけでも、本当に、海外に来て良かったなーって、思ったんだよ!」
そっか。
透は。
私みたいに、ふわふわした目標を持ってるわけじゃなくて。
むしろ。
何かを発見することに、すごく楽しみを感じて。
それだったら。
透が、やりたいことを見つけるのも、もうすぐなのかもしれない。
「透は、彼女とかいないの?」
「いないよ。彼女はね、ずーっといない」
「作らないの?」
「うーん、彼女作ってもいいんだけどねー、おれなんかと付き合ってくれる女子がいるかどうか、なんて思ったりして。」
「なるほどね」
ハハハ、と二人で笑い合った。
雄也
「透。語学学校、卒業おめでとう」
「ああ、ありがとう、雄也」
「それで?やりたいことってのは、見つかったのか?」
「ご注文はお決まりでしょうか〜」
「あ、マルゲリータピザ二人分で」
「マルゲリータピザ二人分ですね、かしこまりました〜失礼致しま〜す」
「やりたいことは、まだ、見つかってない」
「そっか」
「雄也は、やっぱ、理学療法士?」
「そうだなー。やっぱ、そうなるな。人の役に立ちたいって言うのもあるし、あと、なくならない仕事だしね。手に職つけるって、結構ありなんじゃないかな、なんて思ったりして」
「そっか。いいな、やりたいことがあって」
「お前も、きっと見つかるよ」
「見つかるかな」
「うん。見つかるさ。絶対。てか、お前、彼女作らんの?」
「彼女なー。作ってもいいけど、おれ結構忙しいからさ」
「お前、ずっとアニメばっか見てるだけだろ」
「アニメを見るので忙しいのー」
そっか。
こいつは。
留学で前に進んでるって思ってたけど。
そんなに、前に進んでなんていなかったんだ。
むしろ・・・・・・。
いや、むしろ、は余計か。
「可愛い後輩とかさ、入ってきたりしてないの?」
「あー、可愛い後輩ね、いるよ」
「じゃあ、その子にアタックすればいいじゃん!アタック、アタック!」
「じゃあお前やれよー、おれ嫌だよー。めんどくさいよー」
「あ、ごめんな。なんか、傷つけたなら、ごめん」
「あ、いや、全然、それは、大丈夫。でも、やりたいことも決まらないし、彼女もできないし。おれって、ダメダメだよなぁ〜」
「そんなことないよ。だって、あの有名な大学に行ってるわけだからさ。そこは、マジで自信持っていいと思う。おれなんかより、頭もうんといいし。マジですごいと思うからさ」
「えー、そう?」
うわ、こいつ。調子に乗るぞ。
「じゃあ、そうかもしれないな〜。おれって、すごいのかもしれない」
「いや、どうだろうな〜」
「おい、おれで遊ぶな」
「ハハ、ごめんごめん。本当は、本当にすごいなって、思ってるよ。だって、いい大学に行くなんて、おれにはできないことなんだもん。それを、成し遂げちゃってるんだから、本当に、本当の本当に、すごいと思う」
「そっか」
「だからこそ、やりたいことがないのが、少しだけ、ほんの少しだけね、もったいないような気がしてくるんだ。おれだったら、これやりたい、とか、あれやりたい、とか、なってるだろうなー、なんて思ったりして。でも、透にとっては、そんな感じではないのかもしれんな」
「そうだね〜、そんな感じでは、ないかもしれない。でも、何者かになりたい、っていうのは、ずーっと思ってるよ。何かになりたい。それが何なのかは、自分でも、全然、わからないんだけどね」
「そっか」
マルゲリータピザを頬張る。
二人とも。
考えが違う。
でも。
おれは。
正直。
透のことが、羨ましい。
だって、おれはもう、選択なんてできないから。
もう、理学療法士の道を進むしかないから。
おれは、透が外国語学部に受かった時、透は通訳になるんだな、なんて単純に考えていた。
でも、少し進路を調べてみると、結構いろんな有名企業とか、大企業に進んでる人が多くて。
だから、いろんな進路をこれから探すことのできる透のことが、おれは羨ましい。
だからと言って、おれも透になりたいかって言われたら、そうでもないかもしれない。
だって、これから進路を探すって言うことは、これから何かを迷わなければならないって言うことだから。
それもそれで、キツいんじゃないかって思ったりもする。
でも、透は、大学受験の時みたいに、自分で道を切り開いていくんだろうな。
なんて、そんなふうに思えてくる。
第三章大学一年・透自身
菜月
おれは、結構頑張った。
結構頑張って、勉強してこの大学に入った。
だからと言って、何かやりたいことがあったのかと考えると、別にそうでもない。
ただ、高校の頃に部活や恋愛でうまく行かなくて、最後に勉強だけは、成功を自分にプレゼントしたい、なんてことを思っていたのだ。
「はじめまして! 私、菜月! よろしくね! 一緒に、帰ろ?」
英語のディベートの授業の最後。菜月に、誘われた。
「う、うん」
正直、女子と喋るのは慣れていない。
でも、誘ってくれたなら、一緒に帰ろうかとも思う。
大学に入ったら彼女ができる、なんてことを誰かが言っていたけど、それは本当なのかな。
「ねえ、透」
「なに、菜月」
「私さ、この大学に来たくなかったんだよね」
「そ、そっか」
少し、距離が近い。
高校の頃に経験がある。
こうやって、距離を詰められて、最終的に突き放される経験が。
「ねえ、透。私、やりたいことができる学科に行けなかったんだけど、これでよかったのかな」
やりたいことがないおれにとって、やりたいことがあるだけすごく羨ましい。
でも。
その道が塞がれた、その時に感じるのは、絶望。
それでも。
人は。
生きていかなければならない。
それでも明日は来るってわけだ。
でも。
大学は、四年間もある。
なら。
「おれは、やりたいことがなかったから、どうなんだろう。わからないけど、でも、この学部で、また、やりたいことを見つければいいんじゃないかな」
やりたいことは、まだ、おれたちは、見つけられる。
だって、大学は、四年間もあるんだから。
時間が、見方をしてくれる。
あと。
もしかしたら。
菜月は。
一緒に帰ってくれるってことは、おれのことを。
思っているかもしれない。
なんて。
少しだけ、勘違いをしてしまった。
「ねえ、菜月」
「なに、透」
「このあと、ご飯でも、どう?」
「私は、いいかな」
やっぱ、ダメだったか。
まあでも、また誘えばいいし。
女子なんて、たくさんいる。
それよりも。
おれの言葉で、菜月が笑顔になってくれたのが、嬉しかった。
未央奈
「うち、緩いから。めっちゃ、練習緩いから。ゆるゆるいこうぜ!」
新歓の飲み会は結構楽しくて。
その中でも、未央奈さんって言う人と、同じアーティストが好きって言うことで、親近感がとても湧いた。
しかも、一緒にライブに行こうなんて、誘ってくれた。
小学校の時にはサッカーをやっていて、それが忘れられない、なんてことはあったけど、やっぱり剣道の、格闘ゲームみたいな感覚は面白くて、しかも部活も緩いって言うことだから、剣道部に入った。
そして。
未央奈とおれは、帰り道、電車で隣同士に座った。
「ねえ、透は、なんでこの大学に入ろうって思ったの」
この質問に、少し戸惑う。
成功をすれば、正直どこの大学でもよかったのだ。
でも、大学に入って知った。
学びたいこととか、やりたいことがあって入ってきた人が、結構多いということを。
「おれは・・・・・・やっぱり、英語ができるようになっておいた方が、将来安泰かな、なんて思って」
「そっか・・・・・・」
やっぱり、こんな回答になってしまう。
「未央奈は、なんでこの大学に入ろうと思ったの」
「私は、フランス語を学びたくて・・・・・・ほかにも、フランスの文化とかが大好きでね、将来は、通訳なんかできるようになるといいかな、なんて思ったりして」
「そうなんだ。いいなあ、やりたいことが、あって」
「透は、やりたいこと、ないの」
「そうなんだよね」
「そっか・・・・・・。てか、この大学まで、透って、何時間間くらいかけて通っているの?」
「おれは、二時間くらいかな?」
「うそ、二時間!? 私でも、一時間半でも結構遠く感じるのに。すごいね」
「ふふ、やっぱりそう思うよね。結構、二時間ってきついよ」
「だよね、きついよね」
「うん。でも、動画見たりとかして、なんやかんや、うまいこと過ごしてはいるけどね」
「そっか。透も、大変なんだね」
「なかなかね~」
そうこうしているうちに、駅に着いた。
改札を出たら、別々の道をゆく。
「ねえ、透」
「ん?」
「剣道部、入る?」
「うん、正式に入ろうかな、って思って。」
「そっか、それなら、よかった。私も、入る。今度、ライブ、行こうね!」
ライブ!
そうだった!
おれは!
未央奈と!
ライブに、行けるんだ!
「うん、行こう!」
「じゃーね!」
「うん、バイバイ!」
改札が、ぴぴっ、と鳴った。
二時間もかけてこの大学に通う意味があるのか。
そんなことを考えている時間があるのなら、その時間を漫画とか小説に使いたい。
そんなことを思う自分は変わっているのかな。
わからないけど、今日も。
帰り道は。
持ってきた漫画を読んで、それで、途中からイヤホンをつけて、スマホで動画を見る。
達也
入学式当日のことを思い出す。
隣の席に座ったのが、達也。
「おれは、達也。よろしく」
「よろしく。おれは、透」
「透は、何か、やりたいこととかあるの?」
「おれは・・・・・・特に、考えてないかな」
「そう・・・・・・なんだ。」
やりたいことがない。
でも。
この大学に入るのはとても難しかった。
それなら。
この大学で、何かやりたいことを見つけられるかな、なんて思って。
「みんな、やりたいことがあって、この大学に入りたい、って思って入って来てるんだと思ってた」
達也のその意見が、普通の考えだってことを、入学式の時に知ったのだった。
「そっか・・・・・・。確かに、この大学は、日本でも有数の、外国語学部を有する国公立大学だもんね」
そう。
この大学は、日本でも有数の、貴重な大学なのだ。
だからこそ、通う意味があるんじゃないか、って思った。
そう考えると、おれ。
「そう、そうなんだよ。なのに、透は・・・・・・」
「おれはさ、英語を学べば、門出が広がるんじゃないかって考えたんだよ。TOEICとかさ、点数取れれば、就活にも役立つかもしれないじゃん。それでさ、そう思って、この大学に入ったんだよ」
「そっか・・・・・・。なるほどね」
興味があって、とか、やりたいことがあって、とか、本当に、なかったんだな。
寂しいな。
でも。
実際、就活には強いと思った。
門出は広い。
だから。
おれは、今、安心しきっているのかもしれない。
この大学なら。
どこへでも就職ができるとさえ、思い込んでいる。
やりたいことも、大学に入ってから考えれば、って、高校の頃、思っていた。
「でも達也、おれは、この大学で、やりたいことを見つけられればいいかな、なんてことを思っているよ。もし見つかったら、英語を活かせたりも、するかもしれないじゃん」
「なるほどね。そういう考えも、ありだね」
「そう。おれは、そういう考えで、この大学に入った」
「そっか」
「まもなく、入学式を、開幕いたします」
「透は、何かサークルに入るの?」
「おれは、剣道部に入ろうと思っているよ」
「そうなんだ」
「達也は?」
「おれは、サッカーサークルに入ろうと思っているけど、ガチのサークルはあんまり嫌だなって思って」
「そうなんだ」
サッカー、か。
小学校の頃にやっていたきりだな。
でも。
あの時、結構つらくて、剣道を中学から始めたけど。
正直、久々に始めたいな、っていう気持ちはある。
「高校の頃にガチサッカーだったからさ、あんまり楽しくなかったんだよね。大学に入ったらさ、もうちょっと緩めのサッカーサークルに入って、楽しくサッカーがしたいなって思って」
「楽しくサッカー、か。おれも、楽しく剣道がしたいな、なんて思っているよ」
「そっか」
楽しくサッカーができたら、最高だろうな。
隆斗
「おー、隆斗」
「あ、透じゃん」
「一緒に学食くおーぜ」
「いいよ〜」
ギターを背負う隆斗を見ていると、なんか、やりたいことを貫き通している感じがして、羨ましく思えてくる。
っていうかシンプルに、ギターしょって歩くのって、かっこいいよな。
おれもやってみたい。
おれたちは、トレーを持ち、学食の配膳のレーンに並んだ。
「カレーライスで」
「はーい、カレーライスね〜」
「透は?」
「じゃあ〜おれも、カレーライスで」
「はーい。カレーライスね」
二百円のお得なカレーライス。
塾講師のバイトは、時給は高いけど、そんなに多く入れないから、あんまり稼げないんだよな。
だからこういう感じで、節約をしている。
「ねえ、透」
「なに〜?」
「今度の学祭で、おれバンドやるから、見に来てよ」
いいな〜、バンド。
おれは、結構歌とか好きで、ヒトカラとかにもよく行く。
一度でいいからボーカルやってみたい、なんて思ったりもしてる。
「あー、学祭でやるんだ。うん、ぜひ、見に行きたいかな。せっかくの隆斗のステージだもんな。よくよく考えたら、おれ、隆斗の音楽、まだ一回も聞いたことないから」
「あ、聴かせたことなかったっけ」
「うん」
「透は、なにかやりたいこととかあってこの大学に入ったの?」
やっぱり、そこ、気になるんだな、みんな。
「いや、そんなことはないよ。でもさ、一日二時間かけて大学に来て、なんもやりたいことがないって、ちょっと寂しいよね」
「そうかな」
「え」
「今が、楽しければ、いいんじゃない」
・・・・・・そっか。
やりたいことがなくても。
おれが生きてるのは、今。
だから、今が楽しければ、それでいい。
そんな考えも、アリだな。
大学って、やりたいことがないと、行く意味がない。
最近、そんな風にまで、思えていた。
やりたいことを探せばいいって言っても、実際問題難しそうだし。
でも。
今が楽しければ、それでいい。
隆斗の持つギターが、その発言の説得力を増す。
いい、考えだな。
「剣道部は、合宿とか、ないの」
「ないね〜」
「そうなんだ」
カレーライスを食べ終える。
「次は?」
「おれは、空きコマ。透は?」
「次は授業かな。やべ、もう行かなきゃ」
危ない危ない。
授業に遅れるところだった。
学祭当日。
ボーカルが、いない・・・・・・?
「誰か、ボーカル、やりたい人、やれる人、いませんか〜・・・・・・」
これは!
今まで練習してきた歌を披露する、大チャンスじゃないか!?
「行くぜ〜!」
おれは、そう言ってみたれ
音楽が、流れ始める!
観客、めっちやいる!
軽音学部の友達、学科の友達、たくさん!
みんな、ノッてくれている!
めっちゃ、嬉しい!
楽しい!
隆斗と、一緒にバンドしてる!
こんな展開になるなんて、思ってもいなかった!
楽しいな〜。
「今が、楽しければ、いいんじゃない」
将来が不安でも。
今が楽しければ。
それでいいって。
一つの正解なのかもしれないな。
雛
英語の授業で隣に座る雛は、学祭の時におれがボーカルをやったバンドでベースをやっていた。
「なあ、雛」
「な、なに?」
「ライブ、楽しかったな」
「あー、楽しかった。ありがとうね、入ってくれて」
「全然」
「ねえ、透。この大学ってさ、入るの結構難しいじゃん。それなのに、なんで、やりたいこともないのに、入ったの?だって、やりたいことがないのに、この大学に入ってさ、それで、片道二時間もかかるんでしょ?めっちゃ大変じゃ・・・・・・」
「おれはさ、なんか、自分に成功をプレゼントしたかったんだよ」
「成功・・・・・・」
「高校受験失敗したとか、結局失敗した高校でも、うまく行かなかったりとかしてさ。剣道部だったんだけど、レギュラーに選ばれなかったりとかして。だから、大学受験だけは成功させて、自分に成功したんだよ、って、伝えたかったんだよ」
「そっか」
「それでね、やりたいことは、大学に入ってから探そうと思って。この大学だったら、英語が勉強できるじゃん。だからさ、TOEICの点数とかも、稼げそうだし、それで、この大学に入ろうみたいな。そんなことを思ったみたいな、そんな感じ」
今まで何度も聞かれてきたから、まとめてバーッと話してしまった。
でも。
今が楽しければそれでいい。
今が楽しければ、それで……
「雛は、どうして外国語学部にしたの?」
「私ね、小学校の頃、ゲームとか買ってくれなくてね、おもちゃが私の味方だったの。だから、おもちゃを世界に広めようって、思ったりして、この学部を選んだんだよね〜。でも、この前、バンドした時、少しだけ、ほんの少しだけだけど、音楽の世界に、憧れちゃったんだよな〜」
雛の中の世界は、おれの中の世界と違って、広いんだな。
そんな風に、劣等感を覚えてしまった。
でも。
雛の輝く目を見ていると。
応援したいとも、思えた。
「そっか。四年間、まだ長いからさ、選べるよ。そして、つかみ取れるよ。受験に受かった、おれたちならさ」
「そ、そうだよね」
綾部
おれは、学科のみんなとたこ焼きの出店を出していた。
綾部先輩が、たこ焼きを買いに来た。
「綾部先輩!」
「透。買いにきてやったぞ。たこ焼き」
「ありがとうございます!」
「透ってさ、何か将来やりたいこととかないの」
「うーん、考え中です!」
「そっか、おれとおんなじだな」
そっか。
先輩でも、考え中、だったりするのか。
じゃあ。
おれも、しばらくは考え中でもいいのかな。
「・・・・・・なあ、透」
「? なんですか、先輩」
「花井先輩っているだろ」
「ああ、四年生の先輩の。綺麗な先輩」
「そう。その綺麗な、って、先輩をそういう目で見ないの」
「すみません」
「その花井先輩、まだ、内定決まってないらしいぞ」
マジか。
いま、学祭だから、十一月。
花井先輩の卒業まで、後、半年。
こんなふうに、現実を突きつけられたのは初めてかもしれない。
どうしようもない不安が、おれを襲う。
「・・・・・・そうなんですか。実は、僕、将来への不安がすごくて。まだ一年なんですけど、本当に社会人になれるのかな、なんて・・・・・・」
「おれも、三年生だけど、そんな不安を毎日抱えているよ。だから、透、何かやりたいことあるのかな、って聞いてみたの」
「ああ、そういうことだったんですか。でも、先輩は英語すごいできますし、取る手数多なんじゃないですか?」
「おれはさ、やりたいことをやって、生きていきたいな、なんて思ってるんだよ」
やっぱり。先輩も、おれと同じ考えだ。
やりたいことはないけど、やりたいことで、生きていきたい。
「・・・・・・確かに。僕も、そう思います」
朱里
「透くん、遅いよ〜」
「ごめんごめん、授業の準備に手間取っちゃって」
「透くん、今日は何を教えてくれるの」
「今日はえーっと、まずは前回の復習からだね。この、軌跡の問題を・・・・・・」
軌跡の問題。
自分でも、教えるのが結構難しい。
高三の生徒に、教えるのって、結構大変で。
「透くん。もしかしたら、透くんって、彼女とかいるの?」
「彼女?いないよ」
「ふーん、そうなんだ。好きな人とかも」
「そうだね〜、好きな人とかも、いないかな〜」
「でも、透くんのことが好きな人は、どこかにいるかもしれないよ」
ボブで内巻きの紙が揺れる。
上目づかいで、そう話す。
女子の考えていることは、本当にわからない。
「いやいや、そんなことないよ」
「わからないよ〜」
だからこそ、恋愛には自信がない。
「透くんは、何で塾講師になろうと思ったの?」
「うーん、おれ、大学に入るのにめっっちゃ苦労したんだよね。だから、せっかく大学生のうちにアルバイトできるなら、その苦労を、あんまりかけないように、誰かのために仕事をしたいな、なんて思って、塾の先生になることにしたんだよ」
「え、先生って、アルバイトなの? 大学生なの?」
「うん、そうだよ」
「え〜、知らなかった。ここに就職しているのかと思ってた」
「そっか〜。ハハ、今の言っちゃまずかったかな」
「大丈夫じゃない?塾長にバレなければ」
「そっかそっか。そうだよね」
「私、言っちゃおっかな〜」
「えー、待ってやめてやめて」
「じゃあ、先生は、やっぱり将来は学校の先生になりたいな〜、なんて思ったりするの?」
そっか。
高校生も、もう、考える時期だよな。
「うーん、将来何になりたいのかは、あんまり考えてないかな」
「そっかぁ。私はね、将来、看護師さんになりたいなって思ってるよ。誰かを助けて、それで、誰かの役に立つ仕事をしたいな、なんて思ってる」
「そっかそっか」
やりたいことが、高校生から決まってるって、羨ましい。おれも、高校生になったらやりたいことが見つかる、大学生になったらやりたいことが見つかる、なんて思っていたから。
「私ね、透くん、学校の先生、向いてる気がするんだ。私に教えてくれる時もすごく優しいしさ、それで、わかりやすいし。透くんが学校の先生になったら、本当に、誰かの役に立てるような、そんな気がするんだよね」
学校の先生……
誰かの役に立てる仕事……。
でも。
おれは何か。
なんか、違う気がするんだよな。
もっと。
自分を。
自分自身を。
表現したい、っていうか。
こう。
うーん。
わからん。
おれって、何がやりたいんだろう。
「ねえ、透くん聞いてるの?」
「うん、ちゃんと聞いてるよ。おれのこと考えてくれて、ありがとう」
詩織
漫画に夢中になっていて、気づかなかった。
隣に立っているのは、同じ学科の詩織だ。
「あ、詩織じゃん」
「透」
「まもなく〜」
「透は、そんなにその漫画が好きなの?」
「うーん・・・・・・おれ、往復四時間かかるんだよね。だから、漫画読んだり、小説読んだり、アニメ見たり、ドラマとか映画とか見たりして過ごしてるんだよね」
一日の結構な時間を、それらに費やしている気がする。
「そっか」
そのままおれたちは、大学の門を潜った。
「そういえば、この前のライブ、めっちゃ良かったよ」
「ああ、来てくれたの?」
「うん、雛が出るって言ったから、私も見に行ったんだけど、まさか透が歌ってるとは思わなかったから、めっちゃびっくりした」
「そうそう、あの時、ボーカルがドタキャンしたらしくて、急遽だったから、結構緊張したんだけど」
「何かおれでも、表現できないかな、って思って。それで、ボーカルに立候補したってわけ」
そっか。
自分で、言って、気づいた。
何かを表現したい。
そんな思いが、おれをあの時、動かしたんだ。
そっか。
おれがやりたいことって。
何かを表現すること、なのかもしれない。
でも。
それって。
やりたいことっていえるのかな。
やりたいことって、なんかもっとこう、具体的な……。
「そうなんだ。すごいね、その勇気」
「すごいっしょ」
「将来は、やっぱり音楽系に就こうかな、みたいな考えてるの?」
「うーん、将来のことは、おれ、あんまりやりたいこととかないし」
結局、こう答えてしまう。
「そうなんだ」
詩織はこちらを向く。
「私はね、結構やりたいことがたくさんあって、どうすればいいかわかんないくらいの状態なんだよね」
「そうなんだ。何となく、おれは、それが、羨ましかったりするかも」
「そうなの?」
「うん。やりたいことがないとさ、なんで、おれ、英語勉強してるんだろー、とか、時々思ったりするから」
「そう・・・・・・なんだ」
咲
大学に入って、初めてのデート。
アイドルの、ライブ。
どんなふうに、過ごせばいいのかな。
先は、物販で買ったたくさんの荷物を、持て余している。
なら。
「なあ、咲」
「なに?」
「おれのカバン、結構大容量だから、荷物入れようか?」
「ああ、ありがとう」
ドームに入った。
「ねえ、私のペンライト・・・・・・」
「ちょっと待ってよ〜・・・・・・」
やばい、咲のペンライト、どこにやったっけ。
ゴソゴソと鞄の中を探すおれを、死んだような目で見てくる。
やっぱり、さっきの気遣いは、失敗だったのかな。
あんまりデートとか慣れてないから、上手くいかないな。
ライブが終わる。
「ねえ、咲」
「なに」
「今日のライブ、めっちゃ楽しかったね〜!」
「うん、楽しかった・・・・・・。ねえ、透。わたしも、あんな風に、踊ったり、歌ったり、できるかな。わたし、アイドルに、なりたい」
そっ・・・・・・か。
咲にも、夢が、やりたいことが、あるんだ。
「いいなあ〜!!やりたいことが、あって。おれ、やりたいことがないから、そうゆうふうに、夢があったりとか、希望があったりとかするの、本当に憧れで、素敵で、いいなあ〜って、思うんだよね。咲なら、なれるよ。アイドル」
「・・・・・・そうかな」
「うん。なれるよ」
咲の眼が。
やりたいことを語っているときの雛みたいに。
輝いたように、見えた。だから、応援したくなったのかもしれない。
「私、透とライブに来て良かった。ありがとね」
「う、うん。ねえ、この後、ご飯でも・・・・・・」
「いや、大丈夫。帰り、遅くなっちゃうからさ」
「そっか」
「じゃあ、私こっちだから。じゃあね」
「うん、バイバイ」
恋愛対象ではない、ってわけか。
でも、おれも。
やりたいことを見つけたら。
あんなに、眼を輝かせることができるのかな。
雄也
「透」
「ん?」
「合格、おめでとう」
「ありがとう」
「もう十二月だな。ごめんな、言うのが遅くなって」
「なかなか会えなかったもんな。雄也こそ、大学合格おめでとう」
「ありがとう。おれ、理学療法士目指して、頑張るよ」
雄也は、高校の頃から、もう、進路をはっきりと決めていたもんな。
「透は、外国語学部に入ったってことは、やっぱり通訳とかになるの?」
「いやー、それがさー、なかなか将来のこと、考えられなくて。全然、わかんないんだよね。何になりたいかー、とか」
「そうなんだ」
「でも、留学は行こうと思ってるよ」
「そうなんだ」
留学とやりたいことって、関係あるのかな。
わからないけど、そう言ってみた。
「お待たせいたしました、マルゲリータピザになります」
「ありがとうございます」
「失礼致します」
マルゲリータピザ、うめー。
やっぱ、安心のおいしさだわ。
「じゃあ、留学に行っている間に、やりたいこととか見つかるかもな」
なるほどな。
やりたいことが、留学で見つかる、か。
「ふふ、そうかもな。でもさ、やりたいことが見つかったとして、それになれないってわかった時の絶望感とかって、結構やっぱ強いんじゃないかな」
「あー、それはあるかもしれないね」
「それでも、おれは、やっぱり、やりたいことがある人が羨ましい。おれは、おれには、やりたいことなんて、ないから」
「本当に、ないの?」
「うん、やりたいこと、ない。人生、そんなに面白くない」
表現がなんとか、なんて言っても、引かれるだけかもな。
「それだったら、色々考えればいいじゃん。あと三年間も、時間があるんだからさ」
「ふふ、確かに。もっと、色んなこと考えて、色んなことできるようになってきたら、道が開けたりもするもんなんかな」
「うん。そう思うよ。そんなもんよ、人生なんて。」
花井先輩のことを考えると、すごく不安になるけど。
でも。
今が幸せなら、って思ったときの考え方で、現実逃避をする。
「こうやって好きなもの食べてるだけでも、幸せーって、感じられていいね」
「ああ、そうだな」
達也
「なあ、達也」
「おお、透じゃん」
達也が、学食の前にいたから、声をかけた。
それには、理由があった。
「一緒に飯食べよーぜ」
「いいよ」
おれたちは、学食に並んだ。
「カレーライスで」
「僕も、カレーライスで」
おれたちは、配膳スペースを抜けた。
席が、ほとんど埋まっている中を、ぐるぐると歩き回る。
「埋まってんな〜」
「そうだな〜」
少し先のテーブルが空いている。
「あ、あそこ空いてね?」
「あ、ほんとじゃん!」
「あそこ座ろうぜ」
「いいよ」
銀髪の達也と一緒にいると、何かと目立つ。
「で、何で急に、おれと飯食おうって」
「おれさ、実は、小学校の頃、サッカーやってたんだよね」
「うん」
「剣道部、二週に一回くらいしかなくてさ。だから。サッカーサークルに、入りたいなーって、思って」
やっぱり、忘れられなかった。
小学校の時にやっていた、サッカーが。
「ああ、そういうこと?」
「うん!でも、二年からだと入りづらいじゃん、だから、達也に紹介してもらって入ろうかな〜、なんて思ったりして」
「ああ、そういうことね。全然、いいよ」
「ありがと〜!!」
「春休み、透は何してたの?」
「おれは、ほとんどアニメ」
「そっか」
そう。ほとんどの時間を、おれは、アニメに費やしたのだった。
大学の春休み、二ヶ月。
貴重な、二ヶ月なはずなのに。
ほとんど、アニメに費やした。
それが、悪いこととは思わない。
全然、思わない。
だから。
「透はさ、なんか、やりたいこととか、見つかったりした?」
やりたいことが、見つからないのかもしれない。
「それが、全然、見つからなくて」
「そっか・・・・・・。就活、この先あるもんね、不安だよね」
「その前に、おれ、留学に行こうと思って。次の夏休み使ってさ」
「あ、まじ?透、留学行くの?」
「うん、留学、いこかなって」
「まじか!すごいな!おれも留学考えたことあったけど、結局、実行に移せなかったりして。そっか〜、留学か〜。すごいな〜。もしかしたら、その留学先で、なんかやりたいことを見つけたりしたりしてね」
「あー、確かに。見つけられると、いいな」
留学の手続きは進めている。
留学って、そんなにすごいことなのかな。
英語の学部に来たから、なんとなく申し込んでみただけ。
なんとなく、申し込んだだけ・・・・・・。
でも。
なにか、そこでやりたいことが見つかったら。
自分探しの旅的な?
上手くいくのかな。
菜月
学科のみんなでの一年間の打ち上げで、菜月と隣になった。
「菜月、久しぶり」
「ああ、透。久しぶり」
「私、彼氏、できたんだよね。他の大学で」
そっか。
最初に一緒に帰った菜月。
彼氏、出来たんだ。
「そ、そうなんだ。よかったね・・・・・・。それでさ、菜月。菜月は、この一年、大学に通って、良かったなー、って、思うの?」
「そりゃー、色んな人と出会えたし、色んなことを学べたし・・・・・・」
「でも、私がやりたかったのは、この学科で学ぶことじゃない。って言う思いは、ずっと消えてない」
「そっ・・・・・・か」
「なんで、そんなこと聞くの」
「だって。おれ、何にも、やりたいことがないから。だから、他の人は、何かやりたいことを見つけたりするのかな、って、思って。だって、あの時。一緒に帰った時。おれが、『おれは、やりたいことがなかったから、どうなんだろう。わからないけど、でも、この学部で、また、やりたいことを見つければいいんじゃないかな。』って言った後、菜月の目、輝いていたから。だから」
「そっか・・・・・・」
あの時の菜月の眼。とても、輝いていた。
そういえば、おれは、あの時、ほぼ、確信していた。
大学四年間で、やりたいことが見つかるって。
でも、時間が経つにつれて、それは不安へと変わっていった。
でも。
おれも、菜月も。
今のおれの発言で。
気づいたんだと思う。
思い出したんだと思う。
まだ。
おれたちは。
やりたいことを、探せる。
これから探せばいい、って。
「・・・・・・なんか、ありがとね」
「フフ。食べな」
おれは、少し遠くにあるフライドポテトを皿ごと取り、菜月に一つ渡した。
「ありがと。透は?」
「ん?」
「だから、透は?やりたいこと、見つかったの?」
「おれは・・・・・・実は、全然、やりたいことなんて、見つかってないんだ。でも、そのうち、見つかる気がするんだ。そう、信じて、毎日学校に通ってる」
「そっか、透は、プラス思考になったんだね」
「なんで、そう思うの?」
「だって、透、大学ですれ違う時、よく、下向いてることが多かったから。将来に対してとか、不安があるんじゃないかなー、なんて、思ったりして。でも、透が、前を向いているんだったら、私は安心かな。なんて。私は、透のお母さんじゃないんだけどね」
それも、菜月が思い出させてくれたから、なんだけどね。
「ありがと。・・・・・・彼氏、できて良かったね」
「彼氏ね。結構、イケメンなんだよ」
彼氏イケメンなんだ。
そっか。
やっぱ、彼女を作るのは難しいかな。
第四章大学二年・透自身
隆斗
新歓ライブ。
雛と、隆斗が出るライブ。
新入生じゃないけど、誰でも来れる食堂でのライブだから、剣道部のビラ配り、ちょっと遅れちゃうけど、見に来てみた。
やっぱり、めっちゃ、かっこいい。
「透。来てくれたのか。ありがとう」
「ああ。だいぶ前に一緒にライブやったじゃん? 忘れられなくてさ、やっぱりライブが見たいって思って、来たんだよ」
「そっか。ありがとう。どうだった?」
「めっっちゃ、良かったよ!」
「そっか! ・・・・・・おれさ、やりたいことが、見つかったよ!」
「やりたいこと?」
「そう。やりたいこと。おれ、音楽の道に進みたいんだ」
「いいじゃん!めっちゃいいじゃん!おれ、絶対ファンになるよ!!いいなー、おれも、何かやりたいことがあればいいんだけど、なかなか・・・・・・なかなか、見つからなくて、だから、今度、自分探しの旅! みたいな感じで、留学に行ってくるんだよね。そこで・・・・・・」
「留学!?めっちゃすげえ!留学行くんだ!英語、ペラペラになって帰ってこいよ!」
「あ、ああ。英語、ペラペラになって帰ってくるよ」
「じゃあ、おれ、軽音の方に戻るわ」
「オッケー、またね」
「おう、じゃあ、また」
自分のやりたいことをみんなが見つけていく。
その度に。
自分は。
置いていかれる気がする。
未央奈
「未央奈〜、遅れてごめんね」
「ちょっと、遅いよ、透」
「ごめんごめん、どこにいるか全然わからなくて」
バンドを見に行っていた、なんて言い訳はできない。
未央奈と二人で、ビラ配り。
未央奈は、パッチリ二重で、ポニーテール。
本当は、ずーっと、剣道部で初めて会った時から、気になっている人。
おれは、誘ってみた。
「未央奈、今度、ライブあるらしいけど、一緒に行かない?夏休みの後になっちゃうけどさ」
「あー、ずーっと前に、一緒に行こって言ってたやつ?いいね!行こう行こう!あ、新入生入ってきた。剣道部でーす、いかがですか〜」
手元のビラが、無くなった。
「未央奈、おれ、持分のビラ、全部配り終わったよ」
「え、早っ!じゃあ、私のやつ半分あげるよ。配りな」
「うん。剣道部、いかがですか〜」
「ねえ、透。何か、やりたいこととか、見つかった?」
「全然。春休みは、ずーっと、ドラマとかアニメ見てて、たまにバイトして。全然、やりたいことなんて、見つかってないよ」
「ていうか、透、二時間もかけてこの大学に来てるんでしょ。その間、何してるの」
「アニメ見たり、ドラマ見たり、小説読んだり。そんな感じかな。」
おれの時間の使い方って……
「あ、あの〜」
「はい!」
「私、冬華って言います。剣道部、入りたいんですけど・・・・・・」
「わ!本当ですか!大歓迎です!B棟の102号室で説明会やってますので、そこに行ってみてください!」
「わかりました!」
未央奈は、ガッツポーズをした。
「今、私がガッツポーズするところ、見たでしょ」
「見た」
「ちょっとだけ、恥ずかしかった」
「ガッツポーズ見られただけで恥ずかしいって、なんか面白いね、未央奈」
「え?は、は?うるさい!」
「ははっ、面白い」
「やめろよ、ばかっ」
そうして、二人で笑いあった。
雛
新歓ムードが終わる頃、雛と学内で偶然会った。
「ねえ、透」
「おお、雛」
「透はさ、やりたいこととか、見つかった?」
何度聞かれても、同じ答えになってしまう。
「ううん、まだ、全然、やりたいこととか決まってない」
「そっか・・・・・・」
やりたいこと、まだ、見つかってない。
「私はね、おもちゃを作るメーカーに入って、そこで、世界中の子供達に、夢を、与えたい・・・・・・」
「おお!すごいいい夢じゃん!おれにもそんな夢、あればなぁ〜」
「見つかるよ」
「・・・・・・え?」
「見つかるよ。きっと。透も。やりたいことが」
「そっか。見つかるか」
信じることも、大事、なのかなあ。
雛の夢、やっぱり大きいな。
羨ましいな。
「・・・・・・ねえ、透。今度、カフェでも行かない?」
「いいよ」
カフェでは、木漏れ日が美しく反射する席へと案内された。
「どこのゼミに入るかとか、決まった?」
「いや、決まってない。雛は?」
「私は、国際関係のゼミに行こうかなって思って」
「そっか」
おれは、カプチーノをクルクルと混ぜ、飲んだ。
「美味しい?」
「うん、美味しい」
「ねえ、透?」
「ん?」
「今度、花火行かない?」
浴衣姿のお団子ヘアで現れた雛は、綺麗で。
「何、買う?」
「どうしようかな・・・・・・あ、タピオカミルクティー!」
タピオカミルクティー、地味に好きなんだよな〜。
花火が、よく見える位置におれたちは座った。
綺麗な花火が、夜空を包み混む。
「綺麗だね〜」
「うん、綺麗だね〜」
帰り道。
告白ができる、チャンスの時間。
でも。
頭に、未央奈が浮かんで。
おれは。
告白が。
出来なかった。
でも。
未央奈は、おれのこと、なんとも思っていないんだろうな。
そんなことを思いながら、帰り道。
スマホを開くと。
好きなアーティストのライブが、諸事情により中止になったっていう情報を見つけた。
また。
おれと未央奈の距離は、遠くなってしまった。
綾部
「綾部先輩!お久しぶりです!」
「おお、透。久しぶり」
「最近先輩、あんまり部活に顔出さないじゃないですか。どうしたんですか」
「僕も、テスト忙しかったんですけど、先輩は・・・・・・」
「おれには、まだ、内定がない・・・・・・」
内定が、ない・・・・・・?
「え・・・・・・でも、先輩は結構英語もできて・・・・・・」
「そんなの、あんまり関係ないんだ。おれには、まだ、内定がないんだよ」
「そう・・・・・・なんですか。それで、部活にあんまり顔を出さなかったんですね」
「そういうことだ。なんか文句あるか?」
「いや、全然」
やっぱり、現実は厳しいのか。
「透は、就活のために何かやってるのか。」
「いや、何もやってないです・・・・・・」
「そっか、そうだよな。おれが二年の時も、そうだった。やりたいこととかは、見つかったのか?」
「いや、まだ・・・・・・」
「いいか?四年になったら、もう就活が始まってしまう。それまでに、透。お前は、やりたいことを全力で見つけろ!どんな手を使ってでもいい。とにかく、何かやりたいことを見つけるんだ!それで、おれみたいにならないように、努力を、するんだ・・・・・・」
「先輩。まだ、先輩は、終わっていません」
「終わって、ない・・・・・・」
「まだ、募集している企業は、たくさんあるはずです。だから・・・・・・」
「・・・・・・お前の言うとおり、まだ、募集している企業は、たくさんある。でもな、透」
「・・・・・・はい」
「時間が経つにつれて、どんどん難易度が上がっていくのが、就活なんだよ……」
……そっか。
やりたいことを探している間にも。
現実は不条理に。
迫ってきている。
『見つかるよ。きっと。透も。やりたいことが』
そうだと、いいんだけどな。
朱里
「透くん」
「おお、今日早いね」
「だって、透くん、もう、留学行っちゃうんでしょ?」
「留学って言っても、二ヶ月だけだけどね」
「透くん、彼女できた?」
高校生はやっぱりこういう話題が大好きだな。
ていうか、それを聞くこと自体が好きなんじゃないか、なんて思えてくる。
「彼女ー?できてないよー」
「そっかー。透くんもまだまだだね」
「まだまだだね、なんて言われると少し悲しくなっちゃうな」
「フフ、透くん少し可愛い」
「可愛いより、かっこいいって言われた方が、嬉しいかも」
「じゃあ、かっこいい」
「ありがと」
「ねえー、透くんはお休みの日とか、何してるのー?」
「おれはねー、そうだなぁ、アニメを見たりとか、漫画を読んだりとか、小説を読んだりとか・・・・・・」
やっぱり。
おれの、時間の使い方って。
聞かれて、気づくけど。
アニメ、漫画、小説が中心だ。
「へぇー、結構インドア系なんだね」
「確かに、インドア系かも」
「どんなアニメが好きなのー?」
「透くん」
「なに?」
「留学終わっても、バイト、続けるよね?」
「うん、続けようと思ってるよ」
「続けようと、思ってる・・・・・・?」
「大丈夫。安心して。先生は、バイトを続けるから」
「そっか」
「透くん、将来何になりたいなー、とか、あるの」
この質問。
いつも。
おれにとって。
きつい、質問。
『おれには、まだ、内定がない・・・・・・』
おれも、そんなふうになってしまうのかな。
「うーん、あんまり考えてないかな。いや、ちゃんともう、考えないといけない時期には入ってきてるんだけどね」
「そっか。私が卒業したら、もう、透くんと会えなくなっちゃうんだよね」
「まあ、多分そう言うことになるだろうね」
「寂しいなー」
「そっかー。おれも、寂しい」
「絶対、思ってないでしょ」
「本当に、思ってるって〜」
「絶対思ってないよー!」
詩織
「あ、詩織じゃん」
まさか、知り合いが語学学校にいるなんて、思わなかった。
「透! 透〜、透もロンドンの語学学校を選んだの?」
「うん、そうだよ」
「そっか」
よかった、知り合いがいて。
本当に、安心した。
話したい、話したいけどー、漫画の続きが気になるー!
だから。
おれは。
近くのベンチで、漫画をもう一度、読み始めた。
「隣、いい?」
「うん。」
「私ね、なんとなく安心した。知り合いがいて。まさか、知り合いがいるって、思ってもいなかったからさ」
「おれも、本当に安心したよ〜。一人でロンドンに来るの、本当に怖かったんだから」
「そ、そうだよね。ちなみにさ、透って、何で留学をしにきたの?」
なんで、留学しに来たか。
別に、理由なんて、理由なんて……
「だって・・・・・・なんか、将来への足しになるかな、なんて思ったりして。そんくらいだよ」
「そっか。何か、将来やりたいこととか、あるの?」
やりたいこと。
もう、タイムリミットは迫ってきている。
しっかりと、見つけないと。
「それは、まだ、探し中。詩織は、何かやりたいこと、あるの?」
「私はね、通訳として働きたいとか、商社で働きたいとか、他にも色々、やりたいこといーっぱい、あるよ」
「そうなんだ。なんか、羨ましいな。おれなんて、やりたいことなんて全然ないからさ〜」
「やりたいことがないのに、留学に来たりするんだね」
「まあねー。何となくさ、海外の文化にも、触れてみたくて。それより、聞いてよ。海外の人たちに、アニメの話したら、めっちゃ通じるの!漫画の話も!むしろ、おれより知ってるんじゃないかってくらい、めっちゃ話通じて、びっくりしちゃった!いやー、これは、海外に来た意味があったなーって、思うよ」
「海外に来た意味が、あった?」
「うん!だって、日本にいたら、海外でこんなにアニメが有名だなんてこと、知ることができないじゃん!でも、おれが海外に来たから、それを知れたわけじゃん!それだけでも、本当に、海外に来て良かったなーって、思ったんだよ!」
本当に、それは、よかった。
あれ。
確かに。
海外に、アニメがこんなに普及してるって知って。
おれ。
めっちゃ、嬉しい。
なんでだろ。
いつも、アニメ見てるからかな。
「透は、彼女とかいないの?」
「いないよ。彼女はね、ずーっといない。」
「作らないの?」
「うーん、彼女作ってもいいんだけどねー、おれなんかと付き合ってくれる女子がいるかどうか、なんて思ったりして」
「なるほどね」
なるほどね、じゃねーよ。おれも少しは頑張ってるんだよ。
雄也
「透。語学学校、卒業おめでとう」
「ああ、ありがとう、雄也」
「それで?やりたいことってのは、見つかったのか?」
結局、結果は変わらず、って感じか。
「ご注文はお決まりでしょうか〜」
「あ、マルゲリータピザ二人分で」
「マルゲリータピザ二人分ですね、かしこまりました〜失礼致しま〜す」
「やりたいことは、まだ、見つかってない」
「そっか。」
「雄也は、やっぱ、理学療法士?」
「そうだなー。やっぱ、そうなるな。人の役に立ちたいって言うのもあるし、あと、なくならない仕事だしね。手に職つけるって、結構ありなんじゃないかな、なんて思ったりして」
「そっか。いいな、やりたいことがあって」
「お前も、きっと見つかるよ」
『見つかるよ。きっと。透も。やりたいことが』
雛の言葉が、思い出される。
「見つかるかな」
「うん。見つかるさ。絶対。てか、お前、彼女作らんの?」
「彼女なー。作ってもいいけど、おれ結構忙しいからさ」
「お前、ずっとアニメばっか見てるだけだろ」
「アニメを見るので忙しいのー」
「可愛い後輩とかさ、入ってきたりしてないの?」
「あー、可愛い後輩ね、いるよ」
「じゃあ、その子にアタックすればいいじゃん!アタック、アタック!」
「じゃあお前やれよー、おれ嫌だよー。めんどくさいよー」
「あ、ごめんな。なんか、傷つけたなら、ごめん。」
「あ、いや、全然、それは、大丈夫。でも、やりたいことも決まらないし、彼女もできないし。おれって、ダメダメだよなぁ〜」
「そんなことないよ。だって、あの有名な大学に行ってるわけだからさ。そこは、マジで自信持っていいと思う。おれなんかより、頭もうんといいし。マジですごいと思うからさ」
「えー、そう?」
「じゃあ、そうかもしれないな〜。おれって、すごいのかもしれない」
「いや、どうだろうな〜」
「おい、おれで遊ぶな」
「ハハ、ごめんごめん。本当は、本当にすごいなって、思ってるよ。だって、いい大学に行くなんて、おれにはできないことなんだもん。それを、成し遂げちゃってるんだから、本当に、本当の本当に、すごいと思う」
「そっか」
「だからこそ、やりたいことがないのが、少しだけ、ほんの少しだけね、もったいないような気がしてくるんだ。おれだったら、これやりたい、とか、あれやりたい、とか、なってるだろうなー、なんて思ったりして。でも、透にとっては、そんな感じではないのかもしれんな」
「そうだね〜、そんな感じでは、ないかもしれない。でも、何者かになりたい、っていうのは、ずーっと思ってるよ。何かになりたい。それが何なのかは、自分でも、全然、わからないんだけどね」
「そっか。」
第五章 透の想い
三年生になる頃、コロナウイルスが蔓延して前期はオンライン授業になった。
おれは、未央奈とライブが行けなかったことをいまだに引きずっていた。
そして、まだ、未央奈への思いも引きずっていた。
みんなの、「彼女を作らないの」という声も、最近、頭の中で毎日、反芻していた。
未央奈とは、連絡は取り合っている。
でも。
この恋が、成功するのかどうか、全然わからない。
ましてや、大学が再開するのかどうかも、全然わからない。
おれはその間、アニメを見たり、漫画を読んだり、小説を読んだり、ドラマを見たりしていた。
緊急事態宣言が終わってからの夏休み。
久々に、隆斗と焼肉屋で会った。
「久しぶり、隆斗」
「久しぶり」
自分たちの席に案内され、肉を焼き始めた。
「なあ、透。おれ、休学することにしたんだ」
「休学・・・・・・なんで」
「一年遅らせた方が、就職良くなるかな、なんて思ったりして」
「そっ・・・・・・か。なるほどね。確かに、就職、よくなるかもしれないね」
「透は、就職のことについて、考えたりしてるの?説明会に行ったりとか・・・・・・」
「いや、全然。ていうか、隆斗は、音楽の道に進みたいんじゃなかったの」
「音楽の道って言っても、狭き門だからさ」
そう言って、隆斗は肉を頬張る。
「そっか、難しいよな、将来」
「うん、本当に。難しい」
「隆斗。おれ、今、好きな人がいるんだ」
「そうなんだ」
「その人は、一年の頃に出会った人で、ずっと好きなんだ」
「まじか。透にそんな人がいたのか」
「その人は、未央奈っていう人なんだけど……」
「未央奈……くっきり二重の、ポニーテールの……」
「知ってるの?」
「うん、グループワークありの授業で一緒になったことがあって」
牛タンを焼き終え、カルビに入ろうとしている。
「そっか、知ってるんだ。おれ、その人とライブに行こうとしたんだけど、中止になって、そのあとコロナ来たから、結局ライブに行く約束もうまくいかなくて……」
「連絡は取ってるの?」
「うん、一応……」
「じゃあ、遊びに誘ってみたら?」
「でも、コロナだから、とか、忙しいから、とかで断られたらどうしよう。」
「じゃあ、少し待ってから、アプローチしてみたら?」
「そう、しようかな……」
「就活も、動き出さないといけないよな。」
「そうだよね。それも、めんどくさいよね。」
「うん。何系に行きたいかとかも、全然わからないし。おれは休学するからいいけど、透は、本当にやらないとまずいかもね。」
やっぱり、やらないとまずいのかな。
危機感が。
自分の背中まで、迫ってくるような気がする。
でも、やりたいことが見つからない。
インターンとかは、夏休みに少しだけ言った。
たくさん応募したんだけど、結構落ちたんだ。
興味のある業界は、あんまり見つからなかった。
第六章 夢
夏休みも終わり、大学三年、後期の授業が始まった。
でも、今日は休日。
就活のことを調べていた時。
もう飽きたって思って、動画配信サービスでアニメを見始めた。
そのあと、小説を読んで。
漫画を、読んだ。
そのあとに、就活をネットサーフィンした。
未央奈から、返信が来た。
「新アルバム、聴いた?すごいよかった」
今日は、誘ってみようかな。
デートに。
「ねえ、今度、カフェ行かない?」
これでいいかな。
どうしようかな。
よし。
うーん。
わからない。
どう、アプローチすればいいか、全然。
いいや。
もう。
送ってしまおう。
「ねえ、今度、カフェ行かない?」
送信。
よし。
これで、返信が来るのを待つだけ。
就活のネットサーフィンを、再会した。
いろいろな企業がある。
エントリーボタンをとりあえず、何個か押しておいた。
どうせ、そのあとにエントリーシートを送ってくださいって来るんだけど。
そのエントリーシートが大変で、志望動機を200字以内で書きなさい、とか、自分の性格を400字以内で書きなさい、とか。
たくさんのことを、要求してくるのだ。
おれは、その要求に完璧に答えることができないから、だから、また、動画配信サービスへと、移動をする。
アニメを見ていて、ふと、気になった。
オープニングの、最後。
今見ていたアニメは、原作が「A社」という出版社の漫画だから、そう、書いてあるのか。
「製作」のところに、「A社」の名前が書いてある。
アニメは、ずっと、アニメの会社だけで作っているのかと思っていた。
というか、そこまで興味を持ったことがなかった。
おれは、そこに乗っていた「A社」の採用ホームページに飛んでみた。
たくさんの、編集の仕事について書かれている。
誰のどの漫画を編集していました、とか。
自分が担当している漫画の売り上げが好調の時に、やりがいを感じます、とか。
そんなことがたくさん、書かれていた。
その中で、一つ、気になる職種を見つけた。
それが。
「ライツ事業部」
そこには、ライツ事業部の説明がぎっしりと書いてあった。
ライツは、自分の会社の作品を、テレビ局などに売り込み、アニメ化やドラマ化、映画化などを進める仕事、だという説明だ。
そこまで読んで。
これだ、って思った。
おれは、小説や漫画、アニメを愛してやまない。
今までの、自分の時間の使い方、小説、漫画、アニメに費やしていた時間は、この仕事に就くためにあったのではないか。
そんな風に、思った。
おれは。
この仕事が、したい。
そう、思った。
でも、出版社。大手では、倍率は、100倍を超えるらしい。
そこまで調べて、これは、「夢だ」と思った。
おれが追いかけるべき、「夢」。
追い求めるべき、「夢」。
第七章 感情が入り乱れる
食堂で、達也に会った。
「カレーライスで」
「おれも、カレーライスで」
おれと達也は、窓側の席に座った。
「透最近よく、サークル来てるから、結構サッカー上手くなってんじゃん」
「ほんと?」
「うん。パスとかも正確だし、何より、相手を観て動くようになったってところが、すごいいいと思う」
「それなら、よかった」
相手を見て、動く。
これは、たくさんのプロの試合を見て、勉強したこと。
自分の努力が、生かされているんだ。
「ていうかさ、透。おれ、ずっと気になってたんだけど、お前のそのでっかい鞄、何が入ってるの」
「ああ、これはね」
おれは、リュックの口をガバッと開けた。
「こんな風に、大量の漫画が入ってるの」
「そうなんだ。めっちゃ大量に入ってるね、そんなに好きなら……」
「おれさ、こういう漫画とかを、アニメにする仕事をしたいなって、最近考えているんだ!」
「マジでか!めっちゃいいじゃん!」
「海外留学行ったときにさ、海外でもみんなアニメが好きで、漫画をアニメ化したら、こんなに影響力があるんだって知って、おれは、出版社の、映像化の事業部に行こうと思って!」
「そうなんだ。そういえば、詩織と話しててさ、透が電車の中で漫画を爆読みしてるとか言ってて。何言ってるんだとか思ったけどさ、マジで、そういう道を目指すんだな、お前。」
「そう。そうなんだよ。おれは、それくらいに、漫画が好きで……」
「なんか、小説も混ざってない?」
「そう、小説もすごい好きなの!」
「じゃあ、お前にピッタリじゃん!」
そう話していると、隆斗が通りかかった。
「おう、隆斗。」
隆斗も達也も、同じ学科。
隆斗は、おれの隣に座った。
「なあ、隆斗。おれ、出版社の、映像化の事業部に行こうと思って」
そう言うと、隆斗の目は本当に輝いた。
「めっちゃいいじゃん!おれ、お前の表現力、大好きなんだよ!ライブでボーカルしてくれた時からさ、お前のエンターテイメント性とか、マジで強い武器だと思うんだよな」
「そっか。二人とも、ありがとう。」
「っていうか、隆斗は休学してるんじゃないの?」
「休学してるけど、今日はサークルがあるから、来たっていう感じかな」
「そういうことね。休学期間、なんか進んでる?」
「いや、何にも進んでない。正直。おれ、少し、嫉妬してるんだ。自分のやりたいことを見つけた、透に。それくらい、なんも進んでない」
「そっか……」
「でも、音楽活動はしてるよ。今じゃ、動画の登録者数一万人を超えてるし」
「マジで!?すげえじゃん!!」
おれの驚きの声を横目に、達也はカレーライスを飲みこむ。
「みんな、それなりに頑張ってんだな。おれも、何個かインターン行ったよ」
「どうだった?」
「やっぱ、海外営業、いいなって思った。英語の力も生かせるし」
「そっか、みんな、それぞれの道を行くんだな」
大学が始まって、もう三年が経とうとしている。
いつも一緒にいた学科の仲間、サークルの仲間、部活の仲間とも、もう、後少ししか一緒にいられない。
結構、寂しい気持ちにさらわれる。
達也が、立ち上がった。
「おれ、次の授業があるから、もう行くわ」
「おう、じゃーな」
時間を確認する。
おれも、次、授業だ。
「隆斗すまん、おれも次、授業だから行くわ」
「おう、じゃーな」
おれは、そう言って、席を立ち、皿をトレーごと返却台へと収めた。
その時。
スマホが、鳴った。
「新着メッセージがあります」
未央奈からだ。
「私、忙しくてカフェとか行けなくて……会うなら、来週の四限の時間に少し話すくらいになっちゃうけど……」
そっ……か。
デートは、してくれない、のか。
でも。
未央奈のことが好きな気持ちは、変わらないから。
「うん、じゃあ、その時間に……空き教室で」
そう、返信しておいた。
第八章 夕暮れ
夕焼けに染まっていた。
その教室には、おれしかいなかった。
心臓の鼓動が、止まらない。
いや、止まったらダメなんだけど。
どくどく言ってるのが、自分でもわかる。
「入るよー」
未央奈が、来た。
「久しぶり、透。ごめんね、最近、部活、行けていなくて」
「いや、全然、いいよ」
「なんか久しぶりだね、こうやって二人で話すの。入学したての時以来じゃない?」
「そう、だね……。」
オレンジ色に染まる教室で、未央奈と二人。
「未央奈、実は、伝えたいことがあって……」
「伝えたい、こと……?」
「あ、あのッ」
おれは、深呼吸をした。
言え。
言え!
「好きです!付き合ってください!」
未央奈は、少し、驚いた顔をした。
「わ、私、告白されるの初めてで、少し、混乱してるかも、今……」
未央奈は、きょろきょろと周りを見つめ、おれの目を見た。
「でも、ごめんね、透。私、最近忙しくて、付き合うこと、出来ない……。」
「そっ……か」
「ごめん、もう、行くね。じゃあね」
「あ、うん……」
おれは。
壁にもたれかかって。
そのまんま。
床に。
座った。
おれも。
忙しいんだけどな、本当は。
もう、十二月に入ろうとしている。
大手出版社の選考スケジュール、エントリーシート提出が、間近に迫っている。
だから。
やらなきゃいけないんだけど。
それも分かってるんだけど。
それでも。
おれは。
未央奈が。
あの時、ライブに誘ってくれた未央奈が。
大好きで。
「あれ、透じゃん。どうしたの……あれ、めっちゃ、泣いてる……」
「あ、達也……」
「すまん、今から体育だから、着替えようと思って、空き教室に来たら、まさか、人がいるとは思わなくて……」
「……フラれた。」
「そっ……か。」
「忙しいから、って。おれがあそこで、おれも忙しいから、忙しい同士付き合おう、って言ったら、付き合えたのかな……」
「……どうだろ。多分、お前に限らず、誰に告られたとしても、未央奈さんの答えは1つだと思うよ。」
「そっか。そうだよね。ハハ。」
誰に告られても。それは、達也の優しさだった。
よくよく考えれば、彼女なんて、雛に花火大会で告れば。朱里に、朱里が塾を卒業するときに告れば。作れたはず。なんだよ。
でも、二人とも、もう彼氏がいる。
菜月と咲には、見放されちゃったし。
おれは、とてももったいないことをしたのかもしれない。
それほどまでに、誰かを思えたことは、素敵なことなのかもしれないけど。
でも。
「悲しいよ、達也。」
「いいよ。泣いて、いいんだよ。」
その空き教室で、涙が、止まらなかった。
第九章 メンブレ
一月は、エントリーシートとテスト勉強、レポートに追われた。
二日に一本は、エナジードリンクを飲んでいた。
出版社は、エントリーシートの大量の質問のほかに、作文課題がある。
それも、何とかこなした。
でも。
二月。
春休みに入った日。
A社から、メールが来た。
「厳選なる審査の結果、あなたは不採用となりました」
ああ。
そうか。
二月の後半。
B社、C社からも、同様のメールが来た。
そして。
D社からも。
大手出版社のライツ事業部は、全滅した。
おれは、いつの間にか、学生メンタルヘルス相談室にいた。
「僕って、失敗ばっかりで、生きている意味、あるんですかね。」
なんで、こんなことになったんだろう。
おれって、こんなこと口にする人間だったっけ。
そんなことを思いながら、カウンセラーさんに励まされながら、生きている。
三月一日。
おれは。
やりたいことができなくなった状態で、就活に挑み始めた。
第十章 チャンス
大学四年、五月。
いろいろな業界を受けていた中で、一社から、ありがたいことに内定をいただいた。
目指していた業界ではなかったけれど、おれは、そこの企業で生きていくんだって思った。
なんか、メンタルが弱くなっているから。
なんとなく、精神が落ち着く場所に行きたかったんだと思う。
剣道部の、部室に来た。
剣道部の部室は、畳の床で、靴を脱いで上がるようになっている。
小さい部室。
防具袋がたくさん置いてある。
そして、丸くて背の低いテーブルが真ん中に1つ、置いてある。
おれはそこに、手を置き、顔を伏せた。
「……先輩?」
顔を上げた。
黒髪でロングの、ベージュのワンピースを着た、黒目の大きい、後輩の冬華さんが、そこに立っていた。
「冬華、さん?」
「先輩、どうしたんですか?」
「おれ、出版社の映像化事業部を目指してたんだけど、ほとんど落ちちゃって。あとちょっと受けられるところ残ってはいるけど、そこも多分、落ちるだろうなって、思って。ごめんね、こんな、弱っちい所しか、見せられなくて」
「そっか、先輩、たくさん努力したんですね」
「……へ?」
「先輩の涙を見たら、たくさん悩んで、努力したんだなって、わかりますよ」
冬華さんは、フフッ、と笑った。
「冬華さんは、どうしてここに?」
「ああ、春休みに旅行に行きまして、ちょっと遅めですけど、部員の皆さんにお土産を持ってきまして」
小さなバニラクッキーを、取り出して、1つ、渡してくれた。
「おひとつ、いかがですか?」
「ありがとう。」
甘くて、おいしい。
なんか。
優しさの、詰まった、味。
「ありがとね、なんか、元気出たわ」
「いえいえ、とんでもないです」
二人で、駅まで一緒に帰った。
「じゃあ、おれはここで」
「はい。ありがとうございました」
改札をぴぴっとくぐって、二人、別れた。
帰り道、アニメを見ながら帰った。
その時。
製作、のところに。
テレビ局の名前が書いてあることに、気が付いた。
そんなメンタルじゃないけど。
おれは。
書いてあった「Aテレビ」の採用サイトへと、飛んだ。
「Aテレビ」には、アニメ制作局があり、そこでは、漫画や小説から、どれをアニメ化するか、ドラマ化するか、決める、そんな部署だった。
おれが、やりたいこと。
そう。
おれが、やりたいこと、そのものだった。
もちろん、アニメ専門にはなるけれど。
テレビ局にも、そんな部署があるんだ。
それを、初めて知った。
テレビ局の採用フローは、早いと書いてある。
九月ころからスタートし、十月、十一月、十二月、一月がエントリー期間で、早い会社だと十二月から内定が出始める。
なら。
卒業までに、内定を獲得し、卒業をして、一年フリーターをして、一個下の学年と一緒に入社する、なんてことが可能だ。
内定を持ったまま、一個下の学年と一緒に就活をし、卒業までに内定が取れる。
これが、最後のチャンスだ、とおれは思った。
第十一章 クリスマス
九月から、テレビ局を受け始めた。
エントリーシートのほかに、動画で自分の魅力をアピールしてください、という課題が出た。
「Aテレビ」のエントリーは、何とか締め切りまでに終わった。
次は、「Bテレビ」。
ほかにも、Cテレビ、Dテレビと、いろいろなテレビ局を、受け続けた。
しかし、エントリーシートが通ったのは、Aテレビのみだった。
面接は、クリスマスの次の日になっていた。
クリスマス。
キャリアセンターで面接の練習をした帰り。
冬華さんを、見つけた。
「冬華さん!」
冬華さんは、おれを見つけ、目をだんだんと大きく開いた。
「先輩!」
冬華さんは、おれの方に駆け寄った。
「先輩、お久しぶりです!」
「久しぶり。ごめんね、部活にあんまり顔を出せなくて」
「いえいえ。大丈夫です。それより、先輩、大丈夫ですか。クマ、すごいですよ。」
「ああ、卒論と就活、やってたからな。」
「そっか。先輩、大変なんですね。」
クリスマスだからだろうか。
大学に生えている木々に、イルミネーションが施されている。
まるで、おれたち二人を、包み込むかのように。
「冬華さんは、何をしていたの。」
「ああ、私は、学校の課題が、あんまり終わらなくて。」
「そっか。」
「イルミネーション、綺麗ですね。」
「本当に。綺麗だね。」
駅に着いた。
ぴぴっと、改札が鳴り。
二人は、また、別れた。
卒業論文。そして、就職活動。
追い詰められている。
明日は、「Aテレビ」の面接がある。
対策を、しないと。
おれは。
アニメの魅力を、自分が好きなアニメの魅力を、3つに分けた。
1つ目は、幻想的できれいな描写があること。海や空、川、森などが、綺麗に描かれるのが、アニメの魅力。
2つ目は、主人公に感情移入することができること。変わったところがあっても、絵の中の世界という魔法が、おれ達に没入感を与えてくれる。
3つ目は、次の展開が何なのか、ハラハラドキドキさせてくれること。
あの、短い時間で伝えてくれることを十分に伝えてくれて、次も気にならせてくれるアニメが、おれは大好きだ。
そこまで、たくさんのアニメを見て、ノートにまとめ、努力をした。
Aテレビの面接で聞かれたことは、そこまで不思議なことではなかった。
志望理由と、学生時代に頑張ったこと、そして、好きなアニメ。
何とか一次面接が終わった、と、安心しきっていた。
第十二章 透の表現
一月二十一日。卒論の提出日。
なんとか、徹夜をして仕上げた。
そして。
十二時。
卒論を、提出した。
もう、そのころには、次の年度の、大手出版社のエントリーが始まっていた。
おれには、1つ、チャンスがあった。
卒論ともう1つ、ゼミの授業を取っていて。
ゼミの先生に、連絡をすれば、単位を落としてもらって、留年をすることができる。
留年をすれば、大学に籍を置いたまま、もう一度、出版社、テレビ局の採用を、一から受けなおすことができる。
そんなことを考えながら、スマホを開くと、一通のメールが届いていた。
「『重要』Aテレビ一次選考の結果のお知らせ」
おれは、恐る恐る、それを開いた。
「厳選なる審査の結果、あなたは、不採用となりました。」
心に、ズキッと、傷が走った。
おれは。
おれは。
なにも。
残せなかった。
わかってる。
わかってるんだ。
このまま留年して、就活を続けたとしても、うまくはいかない。
出版社も、テレビ局も、いいところまで行った経験さえ、なかった。
このまま、お金を払って留年をするよりも、卒業をして、今の内定先に就職した方が、よっぽどいい。
そんなこと。
わかっているんだけど。
「先輩」
大学を歩いているところに。
冬華さんから。
声を、かけられた。
「冬華さん……」
「先輩、どうしたんですか?」
「いや、何でもない……」
「先輩、ちょっと、デートしませんか?」
「デート?」
「はい!デートです!」
おれは、言われるがままに、冬華さんについていった。
デートの先は、ショッピングモール。
その中にある、本屋さん。
「先輩のリュック、いっつも本だらけですもん。先輩、絶対、本好きかなって、思って……」
「そっか。……あ、この本!アニメ化されたやつ!この本!面白いやつ!この本……」
おれは、我を忘れて、冬華さんに本を紹介していた。
「あ、冬華さん、あんまり、興味ないのかな……」
「いえ、すごく、先輩の話、面白いです!」
「冬華さん、実はおれ、テレビ局とか出版社に入社して、出版物の映像化事業をしたいって、考えていたんだけど、それが、全然、うまく、行かなくて。ていうか、A社とか、B社とか、Aテレビとか、そんな企業、受かるわけないのにさ……」
「先輩。」
冬華さんは、おれの目をじっと見た。
「やりたいことができるのは、当たり前です。だって先輩、こんなに本が好きじゃないですか。」
『おれは、やりたいことがなかったから、どうなんだろう。わからないけど、でも、この学部で、また、やりたいことを見つければいいんじゃないかな』
『みんな、やりたいことがあって、この大学に入りたい、って思って入って来てるんだと思ってた』
『じゃあ、透くんは、やっぱり将来は学校の先生になりたいな〜、なんて思ったりするの?』
『将来は、やっぱり音楽系に就こうかな、みたいな考えてるの?』
『おれ、やりたいことがないから、そうゆうふうに、夢があったりとか、希望があったりとかするの、本当に憧れで、素敵で、いいなあ〜って、思うんだよね。咲なら、なれるよ。アイドル』
『透は、外国語学部に入ったってことは、やっぱり通訳とかになるの?』
『透はさ、なんか、やりたいこととか、見つかったりした?』
『見つかるよ。きっと。透も。やりたいことが』
そっ……か。
おれ。
やりたいこと。
いつの間にか。
ずっと。
追いかけていたんだな。
たくさんの思い出が、蘇る。
そして、目の前に、たくさんの小説が、映る。
あ。
1つ。
やりたいこと。
見つけた。
「ねえ、冬華さん。」
「なんですか、先輩。」
「おれが、もし、小説を書くって言ったら、読んでくれる?」
「もちろん!たっくさん、読みます!」
おれは。
表現、したい。
表現を、したい。
自分で、小説を書いて。
そうして、たくさんのことを、表現したい!
それで、アニメ化されたら、最高じゃん!
「先輩。私、先輩のことが、好きです。付き合ってください。それで、私に、たっくさんの本を、読ませてください!」
「うん。うん!たっくさん、読ませてあげる!」
三月三十一日。
一束の紙を大きな封筒にしまい、出版社に応募した。
そしてその次の日、入社式を迎えた。
エピローグ
私が合格したと言いに塾に行ったときには透くんはたまたまいなくって、もう一度行ったら、もう、透くんはバイトを辞めていた。
別のバイトに切り替えたらしい。
私は、それでも、透くんのおかげで附属の大学に受かった。
これは、変わりのない事実。
透くんには、すごく感謝をしている。
「合格したって言ったら喜んでたよー!」
そんな風に塾長は言っていたけれど、本当かどうかはわからない。
大学生になって、よく街に出るようになった。
透君と、すれ違った。
あっ、って思ったけれど、彼女さんを連れていた。
少し、寂しい。
話しかけちゃ、行けないかな。
そう思って、すれ違った。
そしたら。
後ろから。
聞こえてきた。
「合格、おめでとーーー!」
振り返ると、透くんが笑顔で手を振っていた。
恐れ入りますが、
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