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古びた本

 _君は、過去に戻りたい。もしくは、未来に行ってみたいなんて思ったことはないだろうか?


 俺は常日頃、過去に戻りたいと思っている。

ずっと過去に囚われ続け生きていくなんて、相当つまらない人生だと我ながら自認している。

それでも、どうしても後悔の念に駆られてしまうのだ。

 過去の苦い記憶のせいで、俺はいつまで経っても前を向けずにいる。

過去を変えるとか、過去にタイムスリップするとか、そんなのはただの架空のお話だ。

現実はそんなに甘ったれたものなんかじゃない。

過去に大きな後悔した人間は、現在でも前を向けずにそれを繰り返していく。

そしてまた、未来の自分が今の自分に後悔をしていくんだろう。

なんという、のべつ幕無しの地獄だろうか。


 今日も俺は無限に続く時間を生きている。

時間は有効なものだが、今の俺には少し長く感じてしまう。

いつも通りに起きて、支度をして家を出る。

朝食は準備が面倒くさいので抜きだ。

 いつもと変わらぬ街中を歩いていくと、街の隅の方にある本屋が見えてくる。

そう、ここは俺の行きつけの本屋だ。

 初めは年季が入った小さな建物で、入ることに抵抗があったが、試しに入ってみるとそこは素晴らしい空間だった。店主は物静かな方で、あまり話したことはないけれど、置いてある本や店の雰囲気が俺にぴったりだったのだ。

それからこの本屋に通うようになり、店主とも常連客として少しだけ話すようになった。

 置いてある本は、大体がこの建物にぴったりの古びた書物だ。

現代の恋愛小説や、ミステリー小説も好んで読むが、少し古い本を読むのも楽しいのだ。

今じゃ考えられない社会の風潮などが書かれていて、現代社会と比べて読むとより面白い。


 今日も一通り本棚を見て回ろう。

この前は刑事の主人公が不可解な事件を解き明かしていく、推理系のミステリー小説だったな。あれも実に面白い話だった。今回はどんな話にしようか。

そんなことを考えながら本を探していると、ふと目に止まった本があった。

_なんだ、これは。

目に止まった本は、他の本と比べても図抜けて年季の入った本だった。気になって手にとってみると、よりその年季の深さが見て取れる。気になるので買おうと思うが、あまりにボロボロで少し気が引ける。

そうだ、店主に聞いてみよう。


「すみません。」

「ああ、また君か。」

「はい。あの…この本っていつからあるんですか?」

そう言って先ほど見つけた本を差し出す。

「ふむ…良く見つけたな。」

「え?」

「いや、実は私もいつからあるのかわからなくてね。ボロボロでお世辞にも売れないだろうが、とりあえず置いておいたのさ。」

「はあ…。」

店主もいつからあるのかわからないという、予想より斜め上の回答に開いた口が塞がらない。

「君、その本が気になるのかい?」

「まあ、目に止まったので買おうかと悩んだんですが、あまりにボロボロでどうしようかと…。」

「それなら、持っていってくれよ。」

「はい?」

「君の言う通りあまりにボロボロで、流石に売れたものじゃない。ここに置いておいてもきっと売れないだろうし、君が持っていってくれ。」

「いや、払いますよ。」

「いいんだ、君はここの唯一の常連客だからね。私からのサービスということだ。」

店主は笑顔でそう言って、そのボロボロの本を俺の胸元にぐいぐいと押し付ける。

「…すみません。」

申し訳ない気持ちになりつつも、俺は本を受け取った。

「謝ることはないさ、私も嬉しくてね。君のような若い人がこんな古びた本屋に通ってくれるなんて。」

「ここの雰囲気、すごく好みなんです。」

「それは良かった。また来てくれよ。」

「勿論です。」


 ああ、まさか無料で貰ってしまうなんて。やっぱり少しでも払えば良かったかな…。

本を抱えながら、朝通った同じ道を歩いていく。

家に帰ったら読んでみよう。

それにしても、店主すらわからないくらい前の本ってことだよな?どのくらい昔の本なんだろう。

そう思って本の奥付のページを開く。

「…え?」

この本は、俺が思っている以上にずっと昔のものだった。

_1924年4月19日

「今からちょうど、100年前じゃないか」

100年前といえば大正時代末期だろう、こんな昔の本を無料で貰ってしまったなんて。

あの本屋にいつから置いてあるのかはわからないが、本自体は100年も前に出版されたものだ。

「…とりあえず、家に帰ろう」


帰って本を読んでみよう。大正時代に書かれた本なんて、どんな話なんだろうか。

やっぱり戦争の話だろうか…。対照にミステリー小説や恋愛小説でも面白そうだな。


俺はいつもより少し、発溂(はつらつ)とした表情で家に向かった。

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