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街にあるカフェで一人ゆっくりと過ごしている私。
天気は晴れ。風も程よく吹いていて心地いい。
「アイミ。それ、俺がプレゼントしたやつ?」
「うん! 出かけるときはいつもつけてるよ! とっても気に入ってるんだ!」
「そうか。つけてくれてありがとな」
「私こそプレゼントしてくれてありがとう!」
仲睦まじい会話が聞こえてきて頬が緩む。
幸せのお裾分けをしてもらったような気分だ。
そう思いながらブレンドティーを一口。ブレンドティーのちょうどいい温かさにほっと心和む。
「ルイ。そのピアス似合ってるわね」
「ありがとう。バンに貰ったの」
「そうなのね。そのピアス派手すぎず甘すぎずで素敵」
あちこちでプレゼントを貰ったという話が聞こえてくる。私はそっとピアスを貰ったという女性を見ると、美しい翡翠色のピアスが輝き揺れていた。
贈り物、か。私が恋人である彼に贈ったものと言えば、邪魔にならず且つ役に立つものをと思って魔法石にしたけれど……もっといいものがあったかもしれない。
「……」
この世界の脅威である負の者。その存在を討伐する特殊部隊に所属している彼を思い出して、小さく息を吐く。
アスレイ……無事かしら。
「イリス。君が造ってくれた魔法石があるから俺は必ず君の元へ帰ってくるよ」
そう言った彼の表情はとても柔らかで、安心できた。けれど彼の身を案じてしまうことは許してほしい。
ーーザッ、ザザッ。
前世で聞いたことのある電子音のような音が耳に届く。視線を自分の前の席へと移すと、闇のように暗く黒い人形が口元を歪め笑っていた。
『イイナア。キレイナチカラ』
「綺麗、ね。ありがとう」
『イイナアイイナア』
「……」
『ホシイナア。キレイナチカラ』
すっと伸ばされる黒い手のようなもの。それを笑顔で避けて、周囲に迷惑がかからないよう風を操り上空へと移動する。周囲にいた人たちは私と負の者が会話している間に避難してくれていたし……私だけを狙っているのならこのまま攻撃できるところまで誘導しよう。
ココロを使うならそのほうが安全だし。
『スゴイナア。キレイダナア。イイナアイイナア』
ぐんぐんと距離を詰めてくる負の者。
「あらまあ……」
徐々に空気が冷たく重いものになってきている。つまり私を狙う負の者の数が増えているのだ。
理由は判明していないけれど、負の者は上質な魔力を持つ者を狙う。そして負の者が上質な魔力を手に入れると、進化しさらに強力で凶悪になり今まで眼中になかった他の人たちを襲い始める。
悲しきかな。この世界に転生した私は上質な魔力を持つ者。特魔力者として負の者に狙われ続ける運命だ。
魔法で倒せたらいいけど、効かないのよね。だから特魔力者にできることは守りを固めること。そして逃げ切れるように攻撃魔法を放ち一瞬の隙をつくることくらい。
『イイナア』
『ホシイナア』
『スゴイスゴイ』
『キレイダナアアアア!』
ホラー映画よりホラーなこの現状、前世の私だったら泣きべそかいて震えているところ。
「だけど今の私は怖くない」
だってとっても強力なお守りがあるから。
魔法空間から小瓶を取り出し蓋を開ける。そして金平糖サイズのココロを三粒取り出す。
『ワアッ!』
『ソレモキレイ!』
『イイナアイイナア!』
「いいよ。ココロはあなたたちにあげる」
下から上に向けて優しく投げる。ちゃんと負の者たちが受け取れるように。
このココロは、アスレイが私への想いを具現化させたもの。それを必ず私と会えるときは美しい笑みと共に手渡してくれる。
ココロの大きさはいつも金平糖サイズ。形も金平糖のように可愛らしいけれど……実は可愛らしくない重さと破壊力を持つ。ただ私には害がないのでお守りとして持っていてほしいとアスレイからのお願いで常にそばにはあるようにしている。そして負の者に狙われたときは迷わず使うようにとも言われているので、周囲に危険が及ばない場所まで誘導し魔法で地面を強化したところでココロを負の者へと投げるのがいつもの流れ。
『ッエ……』
負の者がココロを持った瞬間、あまりの重さに下へと引っ張られ私の視界から姿を消す。そしてすぐに聞こえる爆発音。私のところまで届く爆風。それを魔法で防御しながら見つめる私。
「……」
今はもう慣れたけれど、初めて見たときは衝撃的だった。
だって私への想いを具現化させ、それで負の者を倒すだなんて想像もしていなかったから。何より私への想いを具現化させたもので負の者を倒さないでほしいと思った。アスレイの私への想いは破壊力抜群なのかと。しかもそれを見せられたときの私とアスレイの関係は、囮として前線にいる特魔力者と負の者討伐隊の隊員だ。決して甘い関係ではなかった。その状態で見せられたから衝撃を受けたし……はっきり言うと若干引いた。
そのあと討伐隊の総隊長やら何やらお偉い様方に囲まれ、説得という名のアスレイ・グレイヴ恋成就作戦が行われた。この命名についてはお偉い様方に直接伝えられ、困惑したのは言うまでもない。
「イリス!」
聞こえた声に振り向き視線を下へ向ける。そこには討伐隊の人たちとアスレイの姿があった。そしてアスレイと目が合うと、彼は私に向かって腕を伸ばした。
「……」
そんなアスレイに近寄る討伐隊の人たちと囮の特魔力者。なるほど。今回の任務地はここだったのか。
私は勢いがつきすぎないようそっと彼のところへと降りた。