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勇者ルカ3

 遠くから声が聞こえた気がして、ふとルカは立ち上がった。

 寸前まで、うつむいて草を刈り取っていたのである。薬となる草を刈る作業は通常、なりたての冒険者か、小遣い稼ぎの子供の仕事だ。

 しかし近頃その周辺に魔物が出るからといって、討伐と、ついでに採取を頼まれたのだ。依頼人としては魔物を待つ間に、ということだが、魔物を討伐しようというときに採取も引き受ける冒険者はあまりいない。採取に体力を使いたくない上、うっかり採取の間に襲われては馬鹿らしい。

 例によって人気のない依頼だったので、ルカが引き受けていたのだ。

「誰か、いるのか?」

 応えはない。

 ルカは一瞬だけ迷った。しかし予感に従って、そちらに向かおうとする。

「きゃあっ!?」

「っ……?」

「あっ、あ……! 助けて、助けてください!」

 ふっくらとした婦人だ。草むらから現れた彼女は、ルカを見て最初は悲鳴をあげたが、すぐにすがりつき助けを求めてきた。

 ルカはすぐに婦人を自分の後ろに押しやると、剣を抜き、彼女の現れた草むらを警戒した。

「魔物ですか?」

「は、はい! 小さな……いえ、大きな、音が、ああ!」

 どうやらかなり混乱しているようだ。小さいのと大きいの、二匹いたのかもしれない。ルカは何も決めつけないことにして、最大級の警戒で草むらを薙ぎ払った。

 何者の姿もない。

 しかし人のものではない足音が聞こえた。

「そこにいて!」

 彼女からできるだけ距離を取るよう、跳ぶように足音の方角へ向かう。

(いた!)

 数匹の小さな魔物だ。闇そのものの姿をして、世界に溶け込むように進んでくる。

 だが強くはない。ルカは外すことのないよう慎重に、当たりどころの少ない魔物を斬り捨てた。返す剣はかわされてしまったが、問題ない。見た目ほど早くはないので追いつける。

 どのように小さな魔物でさえ、ルカは見逃すつもりはなかった。これらが育って人を殺すのだ。ルカの中に燃えて消えない怒りは、決して一匹も見逃すつもりはない。




「ああ、こうして無事でいられるのはあなたのおかげです。ありがとうございます!」

「いえ。あの魔物は大したことはなかったですよ。ただ馬車の惨状がひどいので……強い魔物は逃げてしまったのかと……」

 ルカは沈痛に首をふる。馬車にいた者たちは全員命を失っていた。これだけ近くにいたのだから、気づいていればと悔やむ。

「せめて仇を取ってやりたかったですが」

「いいえ、もう、よいのです。私は彼らを弔い、彼らのぶんも善き行いをして生きようと思います」

 彼女の瞳は揺らがなかった。

 ともにいた者たちが惨殺されたのだから、普通はすぐさま切り替えなどできない。ルカは少し違和感を持ったが、彼女は高い地位にいる人なのだろうと思った。貴族は平民の生き死に共感者として関わることはない。

「ルカ様、本当にありがとうございました。このお礼は必ずいたしますから、ひとまずこれを」

「え?」

「売れば十万にはなります。良いですか、十万ですよ。絶対にそれ以下で売ってはいけませんよ」

「あ、いえ、そこまで大したことはしていないので」

「大したことはしていない!? この私の命を助けたというのに?」

「え、あ、は」

 そういう言い方をされては、うなずくのも難しい。まるで彼女の命が軽いかのように聞こえてしまう。

 やはり貴族なんだろうなあ、とルカは緊張した。ちょっと平民には出ない言葉だ。

「わかったら受け取ってくださいませ。十万ですよ。何を言われようともそれ以下で売ってはいけませんよ」

 なんだかやけにしつこく言い聞かされて、ルカは苦笑した。女性はもどかしそうに言い募る。

「良いですか? 私を助けるべき場所にあなたはいた。あなたは何かを成すべき人なのですよ。そのために使うべきお金です」

「は……」

 ルカは少し息を止めた。

(アンシーみたいなことを言う)

 だがアンシーはシスターだ。神の話をするのは当然で、それに慣れている。心のどこかで、誰にでもそういうことを言うのだろうと思っていた。

 しかし彼女はどうだろう。

 ふっくらとした優しげな姿と似合わず、瞳には恐ろしいほどの力がある。そして当然自分が正しいと信じていそうな気迫があった。

「成すべきことを成すのです」

 彼女は毅然とした微笑みとともにそう言った。

「……」

 勢いに負けて受け取ったルカは、毅然とした彼女の背を見送り、宝石をぼんやりと見た。小さいが血のように赤い。光にかざすと揺らめく赤で、ルカは燃える村を、町を思い出していた。

「成すべきことを……」

 怒りは消えはしなかったが、自分に何ができるのだとも思っていた。このままここで必要とされる仕事をして、できる限りの魔物を倒し、そうして生きていくのも悪くない気になっていたのだ。

「……成すべき、こと」

 だが、まるで導かれるように、ルカは旅立ちの資金を手に入れた。両親と恩人たちの顔が頭に浮かぶ。背中を押されている気がした。

 ならば志半ばで倒れるとしても、すべてを奪った魔物たちにせめて一矢。

 ルカは強く拳を握った。


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