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そういえば勇者には金が必要だ

「うっま」

 教会の壁に耳をくっつけながら、俺は感服した。

 ソヒルのやつ、どこであんなやり方を身に着けたのだろう。曲がりなりにも人間の記憶のある俺より、ずっと人間みたいじゃないか。

 少なくとも俺には、あんなぐっとくる熱演はできない。なんだあれ。姿は俺がプロデュースしてやったのだが、それでも本当にソヒルかと疑いたくなる、健気な女のさまだった。あれでやる気にならない勇者はいないだろう。たぶん。

「ともかく第一章、勇者の旅立ち、完だな」

 思い返してじんわりする。胸に来る物語だった。幾多の死と後悔を乗り越え、勇者は立ち上がり、魔物を倒す旅に出る。

 書き留めておこう。もしルカくんがあっさり死んだとしても、物語を広めれば次の勇者の指標になるかもしれない。人間の憧れの力は強いものだからな。

(うーん、だが勇者は大事にされて育ったことにしたほうがいいか? 虐げられて育ったっていうのもまあ悪くないが、勇者自身がそんなんもうどうでもよさそうだし。ってか、すごいなあいつ、あの待遇されてよく忘れられるなあ。むしろ良い記憶になってる可能性まであるな。……生かしておいたほうが良かったかな? いや、人間らしくない人間って生かしておいてもつまらんよな。一応、なぶりながらルカくんのこと聞いてみたけど、実は愛があったなんてこともなかったし。やっぱ人間には愛がないとな)

 俺はうきうきと考えながら、そっと教会を離れた。あとのことはソヒルが上手くやるだろう。不満そうにしていたが、ソヒルにとっても悪い話じゃないはずだ。

 だって勇者が倒した魔物はソヒルが独り占めして食える。ソヒルが自分から誰かを食いにいくわけではなく、勇者が倒した魔物がそこにあっただけで、悪いのは勇者である。

 もしの万が一、勇者が俺を倒せば次の魔王はソヒルじゃないか?

(ふむ。俺も真面目に魔素集めとかないとな。町襲うのに消費したし)

 ずっと勇者を見ていたいところだが、そういうわけにもいかない。

 先行者利益強すぎって感じの魔物社会でも、下剋上はある。気は抜けない。とりあえず城に戻って溜まった魔素を食うのだ。

 なんて退屈だろう。だが先に楽しみが待っていると思うと乗り切れそうだ。




 だが問題はすぐに発生した。

「金?」

「そっす。金がないから先に進めない」

「金かあ……そんなものもあったなあ」

 勇者ルカは旅立ち、新しい町にたどり着いた。だがそこから一向に動かないものだから、ソヒルを呼び出して様子を聞いている。

「魔素の少ないエリアに上手く行ってくれたと思ったんだけどな……そうか、金か……」

 勇者はそれなりに強いが、まだまだ俺には遠いし伸びしろたっぷりだ。なので魔素の少ない、つまり魔物の弱い地域に向かわせたのだ。いや、実際に誘導したのはソヒルだが。

 戦って自信をつけ強くなりながら進めばいいと思っていたのだが、先立つもののことなどすっかり忘れていた。

「ってか、食い物とかは今どうしてるんだ?」

 人間は食事をしないと死んでしまう。清潔にしていないと病気になることもある。金は重要だ、そうだったそうだった。

「ちまちました仕事ではした金もらってるんすけど」

「ちまちま」

「いい仕事を勝ち取れる性格じゃないんすよ」

「……だろうなあ」

 あれだけ酷い扱いをされても、真面目に働いていた男である。いわば社畜根性に溢れた素晴らしき人間なのだ。急に要領よくなるはずがない。

「わかった。金を用意しよう。だが、どう渡せばいいと思う?」

「はあ」

 ソヒルは面倒そうな顔をする。しかし姿が少女なので、そんな表情もやたら可愛い。しげしげ見つめてしまった。

「壺にでも入れておけばいいか?」

「壺?」

「……ないか?」

「安宿で見た覚えはないっすね。あと、あったとしてもそれ自分のものにしないんじゃないっすか?」

「それはそう」

 普通の勇者なら壺の中のものは当たり前に自分の懐に入れるはずだ。そう考えるとルカくんはやっぱり勇者に向いていないのかもしれない。楽観性というか、ちゃっかりしてないとだめな気がするな。

 だがそのへん歩いてる剣士を捕まえて育てるよりはマシだろう。なんといっても得難い善性だ。

「んじゃ、助けてもらった金持ちがお礼に渡すとかそういうイベントでいいか」




 というわけで、俺は冒険者ルカの仕事現場のそばで馬車を襲った。

「うん、なかなか、金のありそうな馬車だ」

「ひっ!」

「魔物だ! お、お前たち出てこい、早くしろ!」

「お下がりください!」

 乗客を庇ってずらずらと出てくる護衛たちは五名。このくらいいれば説得力があるだろう。ここからのドラマも見たいところであるが、今日は遊んではいられない。

 うっかりしていると準備が終わる前にルカくんが駆けつけて来ちゃうからな。

「よっ、ほい」

「ぎゃ」

「ぐあっ!?」

「静かに」

「……!」

「よし、終わり」

 的確に心臓を狙うことで、あまり声を立てさせず皆殺しできた。これは俺が人間の体をよく知っているからできることで、普通の魔物には無理な所業だと思う。自分を褒めてやりたい。

 ただ魔物に襲われたにしてはおかしいので、ちゃんとなぶった感じにざくざく穴を開けておこう。うん、血まみれ。手足も適当にもいでおく。

 最近お気に入りの鉤爪が汚れてしまったので、死人の衣服のきれいなところで拭いた。普段やらないことをやると、予想以上に汚れてしまうよな。

「いい仕事した!」

 手間はかかったが魔素の消費が抑えられたので、魔王は満足である。

 と、終わったような気になってしまったが、ここからだ。

「身分を隠した姫ってのが定番なんだけどな、あんまり可憐にはなれない……」

 今の俺のサイズはそれなりに大きいのだ。可憐な姫のサイズまで変化させると、魔素をかなり使ってしまう。できれば遠慮したい。でも楽しいことはしたい。

 俺はできるだけ今のサイズで、顔と体を少しふっくらさせた。それから表情を温和に変えておく。誰も褒めてくれない細やかな仕事である。

 それから衣服は、華美にならない、しかし金のありそうな服。白と金でシンプルゴージャスに決めてやったぜ。知らんけど。

「こんな感じか? どうだソヒル、上品な御婦人だろう!」

「はあ。まあ、でかいっすけど」

「良いもの食ってるから発育がいいんだよ。一応ちょっと小さくしたぞ。ルカくんより大きいってことはないはず」

「……んじゃ、良いんじゃないすか。怪我のひとつもないのは?」

「あ、そうだな、とはいえ護衛に守られた感じでさ、このくらい……」

 適度に服を破り、泥と血をこすりつけた。ついでに死んだ奴らの懐から金を奪う。ルカくんに渡す金は用意しているんだが、これからも金が必要だろうから、おまえたちはいい養分になった。よかったな。 

「これでいいか。……あ、肝心な役者を忘れていた」

 俺は数匹の魔物をつくり、ソヒルに預けた。

「いい感じに流れで頼むー」

「流れ……」


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