魔王、勇者っぽいものを見つける
そんなうっすら不安と期待の中、魔素溜まりの魔物を倒した人間は見つかった。
しかし、その「勇者」は実にギリギリだった。
「え……あれか? あれかあ!?」
「魔物を殺しまくってる人間なら、あれっすよ」
「あれかあ。背中が丸いなあ……」
「背中丸いとダメっすか」
どうでもよさそうにソヒルが言う。俺の視線の先では、いかにも肉体商売のがっしりした背中が、疲れ切ったように丸くなっている。
「足取りも重い」
「ダメっすか」
「もっとはつらつと楽しく魔物を倒して欲しいよな」
「はあ」
一応は会話についてきてくれていたのが、ついに本格的にどうでもよくなったらしい。ソヒルは適当な相槌だけをよこした。
「こう、太陽の下で、剣を光らせながら歩いてさ」
「はあ」
知らんけど、と続きそうな声である。
「あと風呂には入って欲しい。装備も壊れかけに見える。金か? 金がないのか」
「さあ」
やっぱり「知らんけど」と言いたそうだ。
「おかしいだろ。あれだけ魔物を倒せる冒険者が、なんで金がないんだ」
「……」
「仕方ない、町に入るのを追いかけるか」
ソヒルが嫌そうにしている。人の中で情報収集するのが得意なように育てたが、それを好むわけではないのだ。
まあ、それも致し方ない。人の集まる場所には魔素が溜まるが、食ってしまえばそれで終わりだ。通りすがりに食うならともかく、情報収集のためにとどまってもお得感がないのだ。魔素溜まりにずっといる方が美味しい。
人間らしい姿を保つには魔素を使うし、見つかって攻撃されれば、さらに魔素を消費することになる。
「ほら、行くぞ。人間しろ、人間」
「……」
ソヒルは嫌々ながら、町にいそうな少年の姿になった。うろうろしてもこれなら警戒されないだろう。さすが、よくわかっている。
俺はそれに似せた大人の姿になった。兄弟だと思われれば一緒にいるのもごく自然だ。
「よし、弟よ。こっそりあれを追うぞ」
「……はい、兄さん……」
素晴らしい、他の魔物じゃこうはいかない。褒めてやろう、魔素くれてやろう。
やる気のない弟をつれて町を歩く。
仮勇者には高濃度の魔素をちょっとくっつけておいたので、姿を見失ってもどこにいるか感じ取れる。こういうちょっとした技が素晴らしいと思うんだが、魔物受けは悪い。まあ、使わないよな。
尾行には最適だ。後ろにくっついてたらさすがに気づかれるから……気づかれるよな? 勇者なら気づくはずだ。
あの覇気のない姿を思うと心配になってくる。
「お、ここは、あれだな、冒険者ギルドっていう」
「そっすね」
「立派な建物じゃないか。金回りは悪くなさそうだ」
仮勇者はこの中にいる。ギルドというのは同業者の自治団体のことで、冒険者ギルドはそのまま冒険者の集まりだ。
大きな役割として、外から仕事を受け、ふさわしい団員に割り振っている。これによって依頼者も冒険者も、個別の交渉の必要がなくなり、ギルドとだけ関わっていればいいわけだ。
「人間らしい考えだよなあ、協力することでそれぞれの労力を減らしている」
「一人の方が得じゃないっすか」
「それはそう」
依頼を受けるのが一人だけなら、独占的に利益を得られる。立場も特別なものになるだろう。
「けど人間は弱いから、数が減るとできることが少なくなっちゃうんだよな。だから、仲間は殺さず協力したほうが結果的に得るものが多い」
倒した相手の魔素を奪える魔物とは違うのだ。できるだけ自分以外の人間も生かしたほうが、最終的な利益になる。
「のわりに殺し合ってるっすけどね」
「あはは、面白いよな。まあ、互いに協力しあってると状況が複雑になるからなあ。基本的には、殺すより他の奴らを働かせて金が入ってくる状態にしたほうが得なんだけど。見ろ、あの受付係の偉そうな感じ。あれは楽して金をもらってる方だな。搾取されてるのが目の前の……オッウ」
偉そうな受付のおばちゃんの前で身を縮めているのが仮勇者であった。
ギルドの前をゆっくり通り過ぎるだけで、叱りつける声が聞こえてくる。
「全く、いつまでも気が利かないんだから! 角に傷があるかどうかで価値が倍違うって言っただろ!」
「すみません。上手く狩れなくて」
「冒険者は遊びじゃないんだ、商売品をきちんと手に入れられて一人前なんだよ。あんた、いつまで半人前で人を頼ってるつもりだい!」
とても叱られている。俺はなんとも言えない気分で、ひそりとソヒルの耳に「あいつが倒したんだよな?」と聞いてみた。
「そうっすよ」
「何人かで?」
「一人で」
「ん~?」
確かに魔物の角には価値があるようだ。魔物は魔素でできていて、特に固い部分には魔素が集まっている。人はそれを加工して装備品をつくる。
だがその価値が落ちて損をするのはあの仮勇者であって、受付のおばちゃんではないだろうに。あそこまで言われるのはなぜだろう。おばちゃんに借金でもあるのか?
「おい、あんた、入るのか?」
と、ギルドの入り口で止まっていたものだから迷惑そうに押された。
「あ、すまない。こいつが入りたがって」
「ふうん……坊主、悪いこた言わねえから育ってからにしろよ。ガキの頃から世話になっちゃあ、飼い殺されるだけだ。……あいつみたいにな」
男が顎をしゃくって示したのは、絶賛叱られ中の仮勇者のようだ。
「へえ」
なるほど、小さな頃から世話になっていたので、あのおばちゃんに頭が上がらないというわけだ。なんといっても勇者だからなあ、恩人にキレて別の町に逃げるとかも無理なんだろうな。
「ルカ、聞いてんのかい!」
「すみません」
おお、仮勇者の名前がわかったぞ。
「ルカ……ルカか。悪くないな、うん。長ったらしい名前にすれば格好はつくが、恵まれた生まれを連想させるからな。やっぱり勇者は孤独な生まれくらいがちょうどいい」
よくぞきたな、勇者ルカ。
と言うにもふさわしい。噛むような名前だと勢いが出ないからな。「魔王ジュスディヴァルトス」とか正気の沙汰じゃない。
「次からはちゃんとするんだよ! ほら、その分引いといたから!」
それにしても勇者ルカの生まれはちょっとしょっぱすぎる感じだな。
「……」
「なんだよ、文句があるのかい!」
「いえ」
「こっちはあんたが剣も握れないくらいの頃から雇ってやってんだ。そのぶんの恩を返して当然だろう、あぁ!? まして今も大して気も利かないんだからさ」
「……すみません」
勇者ルカは死んだ目で、いつものこととばかりに謝っている。だめだ。謙虚なのは良いことだが、勇者はもっと堂々としていないといけない。こう、偉そうではないが、自然と湧き上がる自信に支えられているというか。
「どうすっかなー」
俺は首をひねって考えた。
金の問題は大きい。
わずかな金を暗い顔で受け取っているルカくんを見て思う。人間が力を蓄えるためには美味い飯が必要だ。安心できる寝床も必要だ。剣だって良いものを使ってもらいたいよな。今のボロボロで重そうな剣は勇者らしくない。
いくら初期装備でも、もうちょっとなあ。
「ルーカ、報酬もらった? え、それだけなの? ほんとだめねえルカって」
考えていたらなんか新しいのが来た。
女だ。サラサラとした長い髪と、場所によって量に偏りのある布地を身にまとっている。つまり胸元はギリギリまで見えていて、残りはふんわりした重ね生地だ。
どちらにしても魔物と戦うには向いてなさそうだ。冒険者ギルドより踊り子ギルドとかの方が似合いそうだぞ。
「せっかく良い依頼を譲ってあげたのにぃ。ま、今度はがんばってね? 紹介料は3割にまけといてあげる」
「……ラチェ、次からは譲ってくれなくていいから」
困ったように言いながらも、ルカは女に金を渡している。女はつまらなそうに受け取って、嘲笑と言うしかない表情を浮かべた。
「何いってんの、あんたがまともに依頼選べるわけないじゃん。成功報酬でいいんだから、あんたにも損はないでしょ?」
「でも」
「こうやってあたしが親切に手助けしてあげてるのに、それを無駄にするつもりなの? 依頼がなきゃ何もできないくせに? ほんと、わかってないよねあんた」
俺は一応、もう一度ソヒルに聞いてみた。
「あの女が手伝ってた、とかないよなあ?」
「一人で」
「ルカ君が一人で倒してたんだよなあ?」
ソヒルが頷いた。
俺は前世を思いながら遠くを見た。ピンハネだ。中抜きとも言う。自分は全く仕事をせずに金を受け取っている、人間社会の勝者がそこに。
まあそれはいいんだけど、ピンハネされる勇者ってどうなんだ。
「かなしい……」
強いのに。
俺は人間ではないので理不尽に憤ったりはしない。しかし楽しみにしていた勇者がこれでは、どうにも悲しくってならない。
「なんとかしないとな」
搾取してるやつらを殺してしまえば簡単だが、それで勇者が勇者になるかというと疑問が残る。ルカ君には自信が必要だ。
(自信と、使命感だな)
そのためにはどうすればいいか?
まあ、魔物にできることなんて限られているわけだ。




