楽しいことはいつか終わる
「ああ、美しい。美しいなあ!」
俺はたまらなく幸福だった。勇者という一人の人生と、魔物一匹の必死の努力を消費して、とてもとても楽しかった。そう、人生にはエンタメが必要なのだ。
魔物に足りないのはこれだ。
刺激的な物語、明日には新しい展開、自分ではないものの感情。それがなければどうして退屈な繰り返しを永遠に続けていられるだろうか。
「素晴らしい。まだまだ楽しませてくれる……」
十度など気づけば過ぎていた。
「魔王、必ず、必ずおまえを倒し、世界に平和を……!」
「そうだとも」
うっとりと相槌を打つ。魔王は世界を滅ぼす。勇者は世界を救う。単純で美しくどうしようもない世界の図だ。
だが戦いの只中で、見えているのは互いの姿だけである。
(三度前には届かなかった)
剣先が俺にまで届く。
(五度前には届かなかった)
雷がこの身を打ち据える。
そのたび俺は痛みよりも喜びを感じた。もちろんまだ遠い。とてもとてもこの俺を倒すには至らない。魔素だってまだろくに使っていない。
勇者は俺の攻撃をうまくかわすようになり、戦いは長引いた。俺は気まぐれにアンシーちゃんを攻撃したが、そのうちどうでもよくなった。そんなことをしなくても、勇者は少しずつ強くなっている。
少しずつ、確実に。
いずれ届く。
今でさえ勇者ルカの吐息が届く距離だ。誰よりも近い場所で勇者の伝説を見ている。いずれ届く拳を見ている。
いずれ、そう、いずれ。
だが何百と戦いを続けたあとで、俺は気づいた。
(そんな日は来ない)
少しずつ強くなる。強くなった。その体は、いつの間にか。
(年を取っている)
勇者は、もう未来にあふれた青年ではない。
(伸びしろは少ない)
俺はがっかりした。特別なプレゼントの中身が思っていたものと違っていたように、とてもがっかりした。
(なんてことだ。勇者よ、勇者よ、勇者よ! 人間よ、なんと情けない!)
たったの数十年生きて、勇者の体は劣化を始めていた。




