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魔王なんだから悪役を楽しんだっていい

 思いつきでやったことが最高の結果を呼ぶこともある。

「いいのか? いいんだな、うん? いいんだ?」

「や、めろぉ……っ!」

「おお!」

 アンシーちゃんを攻撃するとすんごい良い顔するんだよなあ、勇者。耐久力もあがった気がする。まあ、気絶できないよな。アンシーちゃんが死んじゃうもんな。

「ずいぶん必死だなあ、情けないなあ、勇者よ! まあ、人間ならこの程度かな。そろそろ楽になってもいいんじゃないか?」

 楽になんてさせないけどさ。

「この女のことは、ええっと、オーク?の巣?とかに放り込んでおくから安心しろ」

 この世界にオークの巣なんてものがあるかは全く知らん。だいたい人間と交わろうとする魔物とかいないしな。でもまあ、気分だ。

 そりゃあひどい目に合わせるぞ、と言いたいのだ。だいたいわかってくれるだろう。

「……下衆め……!」

 おっ、ゲスって言われちゃった。

 そうだな、魔王様はゲスだ。上品な悪役はちょっと人気取りに必死すぎるよな。そしてちょっとゲスなくらいが実際には人気が出るもんだ。しらんけど。

「ははっ!」

 あー、楽しい。

 勇者ルカは必死だ。初日のあっさりが嘘のように食いついてくる。アンシーちゃんをちょっとコツッとしただけで、こんなに違うとは。

 人生をよりよく楽しむためにはやっぱり頭がいるんだなあ。直情だけでは上手くいかない。ちょっとしたことで展開は大きく変わる。勇者のこの目!

 絶対に意識を失えないという根性!

「そら、届いていないぞ。まずは当てることからだな。俺を倒すんだろう? 当たらなければ倒されようがない」

「っ……くっ……!」

 勇者はもう言葉を返す余裕もなさそうだ。荒れた呼吸がひきつり、足元がおぼつかなくなっている。この状態では俺が負けることはおろか、わずかな傷を負う気もしない。

 だからこれは未来への投資と割り切って、ねちねち鍛えてやった。体力と踏ん張りはどれだけあってもいい。俺が楽しめる。

「ま、もう限界かな?」

 というところで酸欠を起こしてさすがに意識を失ったようだ。ぐったりした勇者をしばらく眺めてから、アンシーちゃんに放り投げる。

「今日は楽しかった」

 するとアンシーちゃんはしっかり勇者を抱え、獣のように逃げていった。早い早い。気が向いたら追い打ちしてやろうと思っていたのに、感心したので許してしまった。




 勇者は何度でも諦めない。

 それが勇者というものだ。でもこれはいけないなと思うのだ。

(ソヒルさあ、ちゃんとくっついてなきゃだめだろ)

 今日の勇者はひとりで現れたものだから、俺はつまらなかった。アンシーちゃんを守って必死になるのがいいのだ。理性的で合理的な動きをしてきても、そんなのはただの人間だ。

 勇者の力とはつまり、何回も何百回も魔物を倒してきたことだ。それが脳に蓄積されている。頭で考えて動くのをやめて、もっと我を忘れてほしい。

 ただの人間と戦ったってつまらない。

「うん、だめだな」

 すぐ飽きた。俺は勇者をずたぼろにしてやって、城の外に放り投げた。アンシーちゃんが回収するだろう。

 アンシーちゃん、なあ。

「……困ったなあ」

 楽しければ楽しいで逃してやりたくなるし、つまらなければつまらないで、次に期待してしまう。食べるタイミングがなかなか難しい。

「あと十回くらいは許そうか」

 なんでもすぐに結果が出るものではない。

 失敗を許さない社会は結果を出せない。そうだ。いや、わかる。わかるが、十回はやりすぎではないか? 九回も失敗していたらそれは失敗だろう。

 一万回失敗しても次の一回は成功かもしれない……そんな余裕なんて現実には存在しないのだ。他のことをしたほうがいい。そうだ。俺は間違っていない。食べてしまおうかな。でもな。

「ご、五回……いや……」

 それこそお花畑の話だ。あの勇者が五回後にバリバリ強くなって俺を圧倒するなんてことは、ちょっと想像もできない。無理がある。

 十回でもどうかという話だ。

 だが十回は我慢しよう。

「ふう……」

 我慢だ。どうせ他にやることもないのだから。


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