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魔王、勇者と相対す

 そして、その時は思うより早く訪れたのだ。

「おまえが……魔王……」

 うん、そう。

 ああ、大歓迎してしまいそうだ。くっと喉が鳴るのをこらえて、口元に手をあてた。勇者がこうして魔王城にたどり着いたのに、魔王がかっこ悪くては申し訳ない。

 勇者ルカ。

 青ざめた顔をして俺を見つめている。

「おまえが……っ!」

 あ、そかそか、故郷の仇だったんだよな、俺って。素晴らしい。なんて顔だ。勇者の目には俺だけが映る。俺を殺すことだけがその心にある。そうじゃないか?

 ふ、ふ、とまた笑いが漏れそうになる。

 たまらずに口を開いた。

「よくぞたどり着いたな、勇者ルカ。ひ弱な人間の身で」

 褒めてやろう。

 本当に、心から。

 幾多の魔物を倒し万里を踏み越えやってくる人間。そんなふざけたものが本当に存在しているのだ。他でもないこの俺、魔王の前に。

「どんな旅だった? 苦しかったか? 長かったか? 馬鹿げていたか? それとも、」

「おまえを倒しに来た」

「どうやって?」

「もう二度と、誰も傷つけさせない!」

「ああ、」

 俺は感動的に魔素を吐き出した。

「それは勇者だ」

 そして一度目の挑戦は終わった。ちょっと興奮しすぎてしまった俺が、一撃でぶっ飛ばしてしまったのだった。




「残念だなあ」

 でも一撃くらい耐えてくれると思っていたので俺は悲しい。

「ソヒル、怠慢だぞ」

「……は」

 倒れた勇者の傷を魔素で塞ぎながら、ソヒルが気まずそうな顔をする。だいぶ元気がなさそうだ。ソヒルにとってもこの勇者の弱さは予想外だったのかもしれない。

(というか、俺が強すぎるのか)

 困ったな。

 そういえば、なんだかんだで魔物をちぎって投げて、そんなに危機感がなかった。魔王という立場上、比較する相手がいないもので、自分がどれだけ強いかわからないのだ。

「もっと頑張ってくれないとさ」

 何にしても勇者はもっと強くあるべきだ。

 幸い、一回失敗するくらい勇者にはよくあることだ。また強くなって戻ってくればいい。そうすれば何回でも楽しめる。いいことだ。

(でもあんまり待つのも嫌だなあ)

 せっかくこうして形を整えたのに、どうにも消化不良だ。もうちょっと歯ごたえがほしいなあ。さすがに弱すぎるよなあ。

「な、ソヒル、おまえは俺の右腕なんだから、俺の強さはわかってただろ?」

「……いえ」

「いやいやいやちょっとはわかってただろ、これじゃ足りないってのは。だったら勇者にもうちょっと修行させるとか」

「聞かなかったんすよ」

「勇者が?」

「そうっす。……そりゃそうっす。だって勇者ルカは不死身なんで」

「……ああー!」

 勇者は死んでも死なない、そういう感じに洗脳していたのだった。

 実際には勇者が意識を失ったら、ソヒルが必死に救命して安全な場所に移動させていた。ソヒルは俺にとっては弱いが、他の魔物にとってはそれなりの強さだ。なんとかなる。

 そして勇者が目覚めたら「神の加護で蘇った」などと言う。

 そんなことが繰り返されれば、自分は不死身だと感じるだろう。はっきりとは信じられなくとも、死ななかったという経験が蓄積されていくわけだ。

 であれば、修行なんてするのは時間の無駄だ。

 どうせ死なないんだから。

「いやでもさ、もうちょっとなんとかできなかったか?」

 俺はしょっぱい気分でソヒルに聞いた。

 そりゃ俺と戦っていればいずれ強くなるだろうが、それにしても遠い。俺は師匠キャラじゃないのだ。魔王なのだ。勇者と魔王が生ぬるい戦いをしてどうする。

「それは、これから善処するんで」

「善処」

 おまえほんとに魔物?

 言わんだろ魔物が善処するって。俺はつい笑ってしまって、うぅん、と唸った。こういう面白いことを言ってくるから困るんだよな。

「善処じゃわからん。具体的に言え」

 なんだろうこの会話。会議か? 魔王と右腕なんだから、会議しててもいいか。

「……トレーニング用の魔物を見繕って」

「トレーニング用の魔物!?」

「だめっすか」

「だめじゃないけど」

 トレーニングなんて言葉教えたかな。教えたかもな。前世の記憶がはっきりするまでも、わりと適当に過ごして適当なことを言っていた気がする。

「では、そういう方向で」

「でもそれ別に俺でもできるよなあ?」

 どうせ暇なんだから、自分で用意してみようかな、トレーニング用の魔物。どんな魔物でも生み出せるだけの魔素はある。トレーニング用の魔物を数匹とそれを統括する魔物だって生み出せるだろう。

 どうしようかなあ。

 ソヒルが沈黙しているのを、ちらちら見る。非力な知性派だったはずのソヒルも、気づけばこんなに美味しそうに育っている。

 だいたい知性派って困るよな。どんな奸計を使いだすかわからないし、俺はそんなに注意深い方じゃない。賢いやつには憧れるが、賢いやつと神経使う勝負をしたいとは思わない。

「……魔王様」

「うーん?」

 どうしよっかな。

「俺がいないと、勇者は神意を失うっすよ」

「……ふふ」

 魔物が神意か。いよいよ面白くなってしまって、やっぱりこれ食べるのもったいないよなあと思う。ずるい。

 だがソヒルはまだ必死なようだ。

「ただの人間と戦っても、あんた満足できないでしょ」

「そうだなあ……。確かに、勇者ルカにとってアンシーちゃんの言葉は神の言葉そのものだ。それを失えば、神意を失ったただの人間になる」

「そうっすよ。そんなの」

「だが逆も考えられるな?」

 俺はアンシーちゃんのきれいすぎる瞳を見ながら、至近距離で問いかけた。まばたきもできなくなった瞳が俺を見返す。唇も震えていた。

 うん、顔が良い。

 ソヒルはそれどころではなく、必死に体の緊張を抑えているようだ。わずかでも攻撃的になったら、こっちもつられて攻撃的になるとわかっているのだ。

「つまりだな、大事な神の使徒を失うことで、」

 ああ、美味しそうだなあ。きれいにつくりすぎたよな。舐め回したい飴玉みたいな瞳だ。なかなかに魔素が溜まる珍味部位なんだよな。

「勇者が覚醒して強くなるって展開だ」

「失ったあとで? 意味わかんないっすよ」

「えー」

 まあそうか。

 さすがにわかんないか。大事な人を守るために強くなる、はまだしも、大事な人が死んでから強くなるなんてのは。俺もなかなか無意味だなあと思うよ。

 でもわりとあるよなそういうの。人間にとって大事な人の死は、いちばん心が動くものなんだろう。

「勇者ルカの芯にあるのは復讐だ。大事な人が……うん? 大事な人でもないけど、故郷を焼かれたことで強くなった。アンシーちゃんが死ねばその復讐心が増すだろう?」

 ソヒルは少し考えたあとで言った。

「……それでも、なくす方がでかいっすよ」

「神の意を?」

「そうっす。絶対に」

「んー」

「勇者ルカは自分自身より神を信じている」

「それはそうだ」

 自己評価の低い男である。言われているとまあ、そうかな、アンシーちゃんを失ったマイナスの方が多いかなという気になってきた。

 でもやってみないとわからないよな。

「だから」

「そうだな。わかった、全面戦争といこう。おめでとう、おまえは今日から真の勇者パーティのひとりだ」

「は?」

「がんばって俺を倒せよ。……食われたくないならな?」


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