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魔王城に応接間は必要だろうか

 さて、勇者とソヒルが育っている間、俺にも仕事がある。

 なんといっても四天のうちの二柱が消えてしまったのだ。空白になった魔素溜まりでは争いが続く。ルカくんが魔物をだいぶ始末しているので、その争いは小さな魔物から始まり、様子見していた強い魔物が参加し始めている。

 その強い魔物はというと、元は別の縄張りにいたわけで、そこでまた小競り合いが起こるわけだ。

 あちこちで食い合いが発生する。うっかりすると幸運な魔物が、ピタゴラスイッチ的な感じで俺くらいの強さに成り上がる可能性もゼロではない。

 というわけで俺も、城の警備を固めつつあちこちつまみ食いに出る。小競り合いの漁夫の利するの楽しいんだよなあ。そこそこ美味いし。

 とかやってたら城に客が来た。これも食っていいかなとか思ったら顔見知りである。

「ようこそバックスくん、久しぶりだな。定例会はしばらく休みにしてるよ」

「妙な呼び方するんじゃねぇ!」

「はいはい、獣王バックス様、がおーがおー」

「があああああああ!」

「あ、ごめんごめん」

 飛びかかってきたバックスくんを避けて距離を置く。バックスくんはしばらくフーフーしていたが、俺に本気で逆らう気はないようだ。理性的である。

 まあ俺が悪いのはわかっている。前世の記憶を取り戻してから、ついついバックスくんには馴れ馴れしくしてしまう。

 だってケモミミとかさあ……。

 そりゃ獣王だからそうなっちゃうんだろうけど、かわいいと思うことを止められないよ俺は。顔は普通にちょっとゴツメの成人男性なんだけど、そこがまたギャップかわというか。わざわざお色気系の姿する魔物なんて滅多にいないから、この辺を癒やしにするしかないのだ。

「で、何の用?」

「勇者だッ!」

「勇者が? ものすごい快進撃だよねえ」

「貴様の手下だろうが!」

「……ふうん?」

 なぜバレたのか。

 いや、バレてないな。別に勇者は俺の手下ではない。しかしろくに考えることを知らない魔物が、そこに至るのはなかなか凄い。

「なんでそう思った?」

「汚らわしい人間の匂いをさせているではないかっ」

「あー?」

 それは予想外だった。俺は自分の匂いをかいでみるが、全くわからない。

 なるほど、獣系の魔物は鼻がいいんだった。あんまり気にしてなかったが、焚き火の匂いを嫌うことがあるほどだ。獲物の匂いはそれはわかるだろう。

「そもそもだ。貴様が何もしてなければ、人間ごときに奴らがやられるものか!」

「うーん、それはちょっと違うな」

 勇者ってものを知らない魔物にとっては、四天のうちの二柱までを倒す人間なんて存在しないのだ。であれば魔王である俺が、二柱を食うために何らかの策略をしたと考えたらしい。

 堂々と俺が四天を手に掛けてしまえば、他の四天が黙っていない。その配下も動く。魔物の総攻撃となれば俺だって危ない。だから勇者というスケープゴートをつくった、と言いたいのだろう。

「ほんとに人間ごときにやられちゃったんだよな」

「嘘だ!」

 いやそこは「戯言を!」とかかっこよく言ってほしいな。やっぱりこう、うちの魔物たちには知性ってものが足りないよな。

「もともと魔物を倒せる人間はいただろ。先代獣王だって騎士に倒されてたはず」

 ぐっとバックスくんが歯を噛み締めた。

 人間ごときに倒された先代を、恥よ弱者よと罵り続けたのが彼である。そういうの黙ってた方が獣王の椅子の価値上がったんじゃないかなあ。まあ先代を反面教師的にして、獣王軍はなかなかの実力主義である。実力を認められないと、上位魔物の魔素を受け取る資格もないんだとか。

「先代が弱かっただけだ! あの人間ども、隊のひとつを向かわせただけで死んだ」

「うん、それだ。魔物の集団に弱いんだよなあ、人間て。逆にいえば数を叩き込んだだけだな、こっちは」

「なんだと……強者であれば、あの程度の数など」

「魔物ならね、弱いのがどんだけ来ても、美味しいご飯だなですむけどさ。人間は魔物を食わないから、単純な消耗なんだよなあ」

「はぁ?」

 あ、理解できないんだな。

 まあ理解できないだろうな。身ひとつ、倒したところで利もなく戦い続ける気分なんて、俺にもわからない。そういうもんだと飲み込んでもらうしかない。

「だから勇者くんにはさ、適当に休める程度に調整して魔物とエンカウントさせたんだよ。それだけ」

「な……は? どういう」

「つまりだ、勇者は俺が育てた」

 俺はドヤった。一度は言ってみたいセリフだ。あの勇者の、虫けらを次々落としていく神業の剣技を思うとなんとも誇らしい。

「き、貴様!」

「それで?」

 顔を近づけて聞いてみる。うん、この耳の根本とか気になるよなあ。猫ちゃんみたいに耳の付け根が痒かったりしないのかな。

「ふーっ」

「!!!!」

 耳に息を吹きかけてみるとぴるぴる震えた。かわいい。

 愛玩物として価値が高いのはどうなんだろうか。魔物として、恐怖を植え付けた方が良いんじゃないのかなあ。あ、牙とか剥き出すのはかっこいいね。

「で、どうしたいのかと聞いているんだが?」

「……」

 バックスくんの表情がこわばっていく。

 俺の顔はそんなに怖いだろうか。けっこう普通の人間みたいなタイプだぞ。人間の手足は攻撃力が低いので、鉤爪にしたりはしているが、そのくらいだ。

 後ろ頭に目がついていたりしないし、筋肉ムキムキでもない。

 それにさすがにバックスくんを食べるのは時間がかかる。暴れられて抑え込んでなんてしてたら、後ろからグサッとされる可能性も高くなる。俺にこれ以上強くなって欲しくない魔物は多いのだ。っていうか、魔物はだいたいそう思ってるだろう。

 でも、バックスくんを食べようと思ったらそれ自体は可能だ。

 後のことを考えなければ。

 つまり俺を理解できないバックスくんには、俺が噛みつく可能性を否定できない。

「俺と戦う? ちょっと早いんじゃないかな、それは」

「お、俺はただ勇者を……」

「勇者と一緒にいると、倒した敵が食べられて美味しいよ。やってみる?」

「ふ、ざけるなっ! 人間と共にいるなど、魔素が穢れるわ!」

「あはは、そうかもな。じゃあどうする? 勇者を倒す? 倒せる?」

「あんな雑魚、俺の方が強い! 倒す! 一発だ!」

「ほうほう」

「……」

 小学生のように叫んだあとでバックスくんはちらりと俺の顔を見た。情けない顔だ。しかしプライドは高い獣なので、すぐにギッと睨みつけてきた。

「いいか、邪魔をするなよ!」

「しないしない」

 と、言っておこうとりあえず。

 バックスくんがこう思っているくらいなので、俺と勇者の関係を疑っている魔物は多いだろう。思ってたより皆が動かないので調子に乗りたくなるが、まだ全魔物と敵対する気はない。

「あ、でもお願いを聞いてくれたら」

「なんだと?」

「勇者が勝ったらこれを返しておいてほしい」

 次に渡そうと思っていた装備品は指輪である。このくらいなら荷物にならないだろう。

「はあ? 俺が勝つと言った!」

「うんでもそういう借り受けるっていう約束でしていたことなんだ。つまりこれを借り受けるという前提で俺は約束通り勇者に協力してたわけで、これを借り受けなければ協力はしなかったよ、嘘だけど、勇者の生き死にがどうあれ俺としてはそれとは無関係に約束を守った男としていたいから約束を守りたいんだ、借り受けるっていう。相手が勇者といっても借り受けるは借り受けるってことだろう、借り受ける約束だったから貰うってわけではなかったから、そのとおりに返そうという気持ちを表しておきたいんだよ」

「はあっ?」

「じゃ、よろしく」

 早口でごちゃごちゃ言っておいたら、バックスくんは変な顔をしていた。理解できないだろうと思っていたけど、やっぱり理解できなかったようだ。期待に応えるバックスくんだ。

 もう一度聞かせてくれ、などとバックスくんが言うわけもなく「勝ったら返せばいいんだな! 手を出すなよ!」と言ってさっさと出ていった。

「うーん、まあ、出したくなったら出すけど」

 とはいえ実質、四天の最後なのだ。勇者ルカにはできればがんばって独力でバックスくんを倒してほしい。俺も目立たずにすむ。

 最悪、周囲の魔物ぜんぶ食べちゃえばいいんだけどさ。

(ソヒルも頑張ってくれるかなあ)

 あいつはあいつで未来がかかってるからな。

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