勇者ルカ5
「ゲシュニ大陸に行こうと思っているのです」
旅立ちの挨拶にとやってきたアンシーの言葉に、ルカは驚いた。
「あの大陸は今、魔物の被害が酷いと聞いた。誰か、共は?」
「アンデッド系が多いようですから、わたくしの信仰心を問われることになるかもしれないと、覚悟しております」
「いや……確かにアンデッド系の魔物は清い心に弱いと言うけれど……」
魔物との戦いは甘いものではない。名の知れた高僧であっても、墓場にまとわりつく程度の小さな魔物を祓えるくらいだ。
信仰心だけで戦えるはずがない。
「もちろん無理はいたしませんわ。ルカ様にはお世話になって、」
「待って! それなら俺も同行する。魔物が活発になっているというのが気になっていたから」
ルカにとってアンシーは恩人のようなものだ。誰にも必要とされていなかったルカだが、アンシーがにこりと笑って「ルカ様は優秀な冒険者です」というと、人の見る目が違う。それだけ彼女の言葉に説得力があるのだろう。
この町では、ただ魔物を倒して宝石を取り戻しただけで感謝された。これはルカにとって素晴らしく嬉しいことだ。今まで何をしても、雑用係の運が良かった、というような扱いをされてきた。
「それは心強いですが、アンデッドとの戦いで、ルカ様の剣が通じるかは……」
ルカは頷いた。
アンデッド系の魔物とは、形のない姿をしている魔物の総称だ。人間に取り憑いた姿で町を騒がせることが多いので、アンデッドと呼ばれている。物理攻撃が効かないことが多く、魔法で戦うのが定石である。
「宝石を取り戻したお礼があるから、魔力のこめられた武器を買おうと思う」
「あ、それでしたら一つ、心当たりが」
「あれです。強い魔力を感じるんです」
「あれが……?」
「ええ、見た目は安物なのですが」
アンシーの言葉通り、その剣は山のように積まれたうちの一本だ。数合わせの訓練用か、初心者のためのような剣だった。
武器屋のカウンターに置かれたそれらは、よく売れはするのだろう、消耗品としてそこに存在している。
「ええっと……上から三本目の?」
「ルカ様、入りましょう」
「えっ」
「いらっしゃい!」
多くあるうちのどれがそれかも判然としないまま、ルカはアンシーに背を押されて武器屋に入った。サビではない、鼻につんとした鉄の匂いがする。鍛冶屋がつくった新品がこの店の主な商品のようだ。
「これですわ、ルカ様。ちょっと握ってみてくださいな」
「あっ、うん」
アンシーは山の中から魔法のように一本の剣を引き抜き、ルカに握らせた。
「お、兄ちゃん決まってるねえ!」
店主は軽く褒めてくれた。ルカが落ち着かない様子なので、新米の冒険者にでも見えたのかもしれない。
「はは……」
愛想笑いしながらルカは軽く持ち上げてみた。振ってみたいところだが、いくら店内が広くてもそれは危険というものだ。武器屋でも、むしろ武器屋だからこそ、子供のようなことをすれば即座に叩き出される。
「うん……悪くなさそう、かな」
魔力があるかはわからなかったが、平凡な見た目と裏腹に手に馴染む。意外なほど軽く、ほどよい重さも全体に快く配分されているようだ。
「ではこれにしましょう」
アンシーがにこりと笑って言う。安物であってもルカにとって安い買い物ではないが、彼女がそう言うのならとルカは頷いた。
「まいど! 修理もうちで受け付けてるから、なにかあったら持ってきてくれ」
会計を済ませると、商売人は笑顔で見送ってくれた。山となったうちの一つが売れても大した儲けはなさそうだが、修理の仲介で補っているのかもしれない。
「普通の剣に見えるけど……」
「鍛冶師が間違えたのだと思います。やっぱり魔力を感じますから」
「そう? だとしたら悪いことをした気もするな」
「ふふ。気まぐれにつくった一本かと思いますよ。鍛冶師もたくさん作っていたら気晴らしが欲しくなりますから」
「気晴らしかあ」
なるほど、それならあまり気にしなくていいのかもしれない。