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なぜか家でじっとしていられなくて今日は一人で森の中を散歩しています。
あれ?
進んだ先がいつもと違うと感じました。
何が違うのかというと森が静かなのです。
もちろん森は喋ったりはしませんし、そしてそれで静かというわけではありません。
森には音がないというわけでもありません。そよ風があり小さい葉擦れの音があります。
それでも私が森が静かだと言うのは、妙にタイミングがずれているのです。
これに思い当たるのは一つ。誰かがこの先で魔法の練習をしているのでしょう。
私は静かな森の中をゆっくり進みます。
◇ ◇ ◇
そして森の中で開け広がった所にスピカお姉さんが平らな青白い岩の上に座っていました。
スピカお姉さんの周りにはカラフルな発光体が浮かんでいます。
赤、青、緑、黄色、紫、ピンクの6色です。
それらはマナです。
私達妖精はマナを見ることができます。しかし、それは意識してのこと。
にも関わらず、こうもハッキリと意識せずに見えるのはすごいことです。
私達も体内のマナを使い、白く発光する球体を生み出すことが出来ますがスピカお姉さんのあれはそれとは違います。
スピカお姉さんは大気や大地、森のマナをかき集めて球体を作っているのです。
かなり高等な技術です。
「誰!?」
ビクッ!
私の耳に直接スピカお姉さんの声が届きました。
小さい声です。ここからでは本来は届かない音量です。
しかし、声は何物にも遮られずに私の耳までクリアに届きます。
私は邪魔してはいけないと感じて一歩引きました。
すると次に胸に何かが通るような感覚が走りました。それは波のようなもので、一度私を通り、すぐに引き返すような。
「ミウちゃんね」
私だと当てられてしまいました!
スピカお姉さんから私は見えないはずなのにどうしてでしょうか。これも魔法なのでしょうか。
私は隠れていた木々から前に出て、スピカお姉さんの下へと近づきます。
「こんにちは。魔法の練習ですか?」
「ええ」
スピカお姉さんは組んでいた足を崩して、少し端へ腰を移動させ、スペースを作ります。
そこをスピカお姉さんは座るように叩きます。
私は隣に座り、
「すごいですね。これ全部マナでしょ?」
カラフルな球体を見て、私は聞きます。
「そうだよ。ちょっと待ってね」
スピカお姉さんは手の平を前に出して目を瞑ります。
するとカラフルな球体は徐々に小さくなり、そして手の平ほどになると霧散して消えました。
「さっきの声や胸にすっと通ったあれも魔法なの?」
「魔法だよ。遠くにいる相手に声を届ける魔法。胸のは探知魔法。迷子になった子がいたときに使う魔法だよ」
「私のマナを感じったってこと」
「そうだよ。理解しちゃうなんてミウちゃんすごいね。そういえば前から魔法使えてたよね。お母さんから教わったの?」
「はい。少しだけ」
「そっか。その歳で魔物を倒すだけあるね」
「そんな。 あの時は彼女の手助けがあったからで」
私は両手を振って否定します。
「でもすごいよ」
スピカお姉さんはえらいえらいと私の頭を撫でます。
「スピカお姉さんはいつから魔法を?」
そんなに上手いのだから小さい時からでしょうか。
「青空教室で習ってからよ。だからミウちゃん達でいえば今の時期くらいからね」
「ええ!? そうなんですか!? 本当に!?」
「本当よ」
スピカお姉さんは苦笑して答えます。
「すっごく上手だからてっきり小さい時からだと思ってました」
「ありがと。でも昔はど下手だったんだよ」
スピカお姉さんは肩を竦めます。
ど下手だなんてとても信じられません。
「どうやって上手に?」
「悔しくてめちゃくちゃ練習したからかな」
スピカお姉さんはどこか遠くを見て言います。かつてのことを思い出しているのでしょうか。
「私もいっぱい練習したらスピカお姉さんみたいになれますか?」
「なれるわ。私以上にね」
スピカお姉さんはにっと笑いました。
「あの、さっきの探知魔法を私に教えて下さい」
おもいきって私は頼みました。
スピカお姉さんは目をぱちくりとしました。
魔法は危険なものなので、おいそれと簡単に教えてはいけないものなのです。ましてや子供にとなるとなおさらです。
「え!? ……ううん。でもねえ……」
スピカお姉さんは顎に手を当てて悩みます。
すぐには否定してこないということは……もしかして?
淡い期待をしつつ返事を待ちます。
「魔法はね、簡単に教えてはいけないの」
「駄目……ですか」
私はしょんぼりします。
しかし、
「ん~でもこの前のこともあるしねえ。探知魔法は教えておいても大丈夫なのかも?」
スピカお姉さんは小首を傾げて自問します。
それに私は顔を上げます。
「攻撃魔法でもないし、もしかしたら必要になるかもしれないから、…………特別にだよ」
「ありがとう! スピカお姉さん!」
私は喜び、感謝しました。
◇ ◇ ◇
「探知魔法はね、いわゆるエコーなの」
「エコー?」
「エコーというのはマナを飛ばして返ってきたマナから情報を得るものよ」
「……」
ちょっと難しくて理解できません。
「えっと……要はマナを飛ばせばいいと?」
「そうね、まずは波動からいきましょう」
「波動ですか」
「信号みたいなものよ」
またしても難しく単語が。波動? 信号?
私の表情を察してスピカお姉さんは、
「イメージとしては水面に投げた石から生まれた同心円の波よ」
「波」
スピカお姉さんは水魔法で空中に即席の平べったい楕円型の水の球を作ります。
「よく見ててね」
スピカお姉さんは小石を上から平べったい水の球へ落とします。
ポチャンと音が立ち、水の球表面には波紋が生まれます。
「分かった?」
「はい」
「念のためもう一度見せるね」
スピカお姉さんは先程と同じく小石を平べったい水の球に落とします。先程と同じように波紋が生まれます。
「波紋のようにですね?」
私が聞くと、
「そうよ。波紋と言えば良かったわね」
とスピカお姉さんは肩を上げます。それから水の球を消しました。
「では波動の練習に移るね。手本としてまず私が波動を放つわ。それを受け取って」
スピカお姉さんは直立に立って、両手をへその上に、目を閉じます。
「いくよ」
私の体に何かが通ります。
通った後、体がぞくりときます。
「イメージさせしっかりしていればできるわ。さあ、やってみて」
私は同じ様にしっかり立って、両手をへその上にそして目を閉じます。
「体の中のマナをしっかりと感じて。イメージよ。イメージが大事だから」
「イメージ、イメージ」
「しっかりイメージが出来たら体のマナを波のように飛ばすの」
「マナを飛ばす!」
私はマナを飛ばしました。
しかし、波動ではなくマナが体から飛び出しただけです。
「あれ?」
「しっかりイメージが出来ていなかったわね」
「すみません」
「そうねえ、マナを飛ばすというより光の球を強く発光させるみたいに見えない光を出すみたいにしてみよっか」
「え……うん?」
光の球を強く発光?
見えない光?
「ごめん。混乱させちゃったかな。つまりは自分という光を強く発光させるようにマナを感じて、そしてイメージとしてマナを波のように出すの」
「…………!?」
駄目です。全く分かりません。
「とりあへず、もう一度」
「はい」
◇ ◇ ◇
「やったよ! ミウちゃん。出来たよ! 成功よ!」
スピカお姉さんは喜んでいます。
「は、はひ」
私は疲れて地面に尻をつけました。
実はもうかれこれ何度もやって、やっと出来たのです。
それまでの間に大量のマナを出して、もうくたくたです。
「ちょっと休憩しよっか」
「はい」
私は岩に座って休憩します。
「どうぞ」
スピカお姉さんがお茶の入ったコップを差し出してくれます。
「ありがとうございます」
コップを受け取って私はいっきに飲みました。
「ふぅ。……あの、波動というか、その信号を発するのって迷子になったときに使えばいいのでは?」
私は練習中にふと感じたことを聞きました。私達子供はいざという時のために光の球の作り方を教わっています。私は光の球より信号の方が見つけられやすいと思ったのです。
「そうね。その方が探す方も見つけやすいしね」
「なら……」
「でも信号を出すって難しいでしょ」
「……はい」
光の球を出すよりも難しいです。
「それに効果範囲もあるしね」
「効果範囲?」
「さっきミウちゃんが発した信号もせいぜい十メートルくらいかしら」
「ええ!? それだけ!?」
「しかも木々や大気中のマナ濃度によってさらに効果範囲も狭まるわね」
「それだと……やはり」
「ええ。子供達は信号よりも光の球を発光させた方がいいかもね。発光だけならマナの消費も少ないし、何度も発光できるでしょ。それに残ったマナからこちらも感知できるし」
◇ ◇ ◇
「次は反射させた波動を受け取るのよ。それが出来たら探知魔法は習得したということよ」
スピカお姉さんは私から少し離れたところに立ちます。
「私のいるところまで波動を飛ばしてみて」
「はい」
私は目を瞑り、呼吸を整えて波動を飛ばします。
「…………」
飛ばしたのですが何もありません。
戻ってきた?
「あのう……」
「もう一度」
「はい」
私はもう一度波動を飛ばします。
「…………」
んん?
「私、波動を飛ばせてます?」
「大丈夫。ここまで波動は来てるよ」
「じゃあ、どうして?」
「きちんと反射していないことと、受け取れてもそれを感じていないからかしらね」
「感じていない?」
「反射して弱まってるから分からないってこと。きちんと反射して受けとめれば完成よ」
「どうすれば?」
「もっと強くイメージして。強く放ったけど弱くてすぐ戻ってくるみたいに」
難しい。
◇ ◇ ◇
「な、なんとか、ですかね?」
何度目かの練習でやっと感じました。
「お疲れ様。一応習得ってところね」
「や、やりました」
私は弱々しくガッツポーズを。
「でも今のままでは全然駄目だからね」
「へ?」
「探知魔法は遠くのものを調べなきゃあ。十メートルでは意味ないでしょ」
「確かに十メートルなら探知魔法を使う必要もないですね」
「だから最低でも今の倍はできるようにね」
倍ってことは二十メートルか。
「まあ、ミウちゃんはまだ8歳だからこれからゆっくり少しずつ練習ね。焦る必要はないわ」
「はい」
「あ! そうそう。練習する時は周りに気を付けてね。探知魔法の練習は相手に迷惑かけちゃうから」
「分かりました」




