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妖精少女物語  作者: 赤城ハル
3章
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魂還の儀②

 部屋に入るとムウおばあさんはベッドに上半身を起き上がらせていました。正確にはベッドマットの上半身に当たる部分が押し上がっています。

 変わったベッドです。人間界の物でしょうか。


「お久しぶりです」

「あらあらミウちゃん久しぶりね。さ、二人ともそっちの椅子に座って」


 ムウおばあさんはゆっくりとした声音で私達を手招きします。


 私達は勧められた通り、ベッド近くの椅子に座ります。


 久しぶりに会ったムウおばあさんはほっそりとしていました。それと瞳の色がどこかうっすらとしています。


「セイラちゃんも久しぶりね」

「はい。ご無沙汰しています。先生」


 セイラはぎこちなく頭を下げた。

 ご無沙汰。それはまるで前もって考えていた言葉のようだ。


「二人ともずいぶん大きくなったわね」


 ムウおばあさんが目端を緩めると皺も優しく伸びます。


「今いくつ?」

「8歳です」


 私が返答したところでノックが鳴り、先程玄関で会った女性がお盆をもって部屋に入ってきました。

 お盆にはジュースの入ったコップが3つとアップルパイのお皿が1つ載っています。


「二人ともどうぞ」


 女性はテーブルにお盆のジュースとアップルパイを載せます。


「どうも」

「遠慮なく食べてね」


 と言って女性は出ていきました。


「コップを取ってくれないかしら」

「どうぞ」

「ありがとね」


 セイラがコップをムウおばあさんのに渡します。

 ムウおばあさんは一口飲んだ後、コップを危なっかしい手つきでテーブルに置こうとします。それをセイラが手伝います。


「あら、ありがとうね」

「いえ」


 私達もジュースを飲みます。変わったジュースで何という味か分かりません。バナナような気もしますがリンゴのような甘ずっぱさがありまし飲み終えた後に柑橘類の香りが残ります。


「何かわかるかい?」


 ムウおばあさんは私に聞きました。


「……いえ」

「セイラちゃんは分かるかい?」


 次にセイラに聞きます。


「ミックスジュース。バナナとリンゴとメロンとオレンジ……後はイチゴとキウイ?」

「ハハハ。正解だよ。セイラちゃんはすごいね」

「ミックスジュース?」


 知らない単語です。


「ミックスジュースは色んな果実を混ぜたものだよ」

「ミキサーを使うの。パンケーキの時にハンドミキサー使ったでしょ。あれに似ているかな。器があって、こうグルグルって中の刃が粉々にするの」

「へえ」

「セイラちゃんは本当に色々なことを知っているのね」


 ムウおばあさんは感心したように言います。


「いいえ。私なんてネネカに比べるとまだまだです。それにミキサーだって先生が前に見せてくれたからです」


 セイラは(うつむ)いて答える。


「そんなことはないわよ。お父さんから色々と聞いているわよ」

「父からですか!?」


 驚いて顔を上げるセイラ。


「ええ。つい先日、このベッドが届いた日に説明にきてくれたの。これリクライニングベッドと言うのよ」


 ムウおばあさんはベッド脇のスイッチを操作するとベッドが音を立てて先程まで曲がっていたマットが真っ直ぐになります。


 そしてまたスイッチを操作すると先程と同じ様にマットが曲がり、ムウおばあさんの上半身が起き上がります。


「これでずいぶんと楽になったわ。人間界の物って本当に不思議よね。でも向こうからしたら魔法を使える私達も不思議なのでしょうね」


 なるほどセイラの父は人間界の研究をしている人でした。このリクライニングベッドもセイラの父経由だったのか。


「それでこのベッドの説明に訪れた日にいくつかお話をしてね。その時にセイラちゃんが人間界のファッションについて熱心にお勉強しているって聞いたの」


 それは初耳だ。


「はい。アクセサリーを少々」


 セイラはポケットからお花のブローチをムウおばあさんに差し出します。


「……これ良かったら」

「あら、ありがとう」


 恥ずかしさかセイラはまた俯く。


  ◇ ◇ ◇


 コップと残ったアップルパイを下げに女性の方が入ってきました。そして私達に、


「さ、二人ともお時間よ」

「時間?」


 何のことだと思いましたが、すぐに見舞いの時間だと察しました。


「それじゃあ」


 と言って私は立ち上がります。


「あら。もうそんな時間なの」


 ムウおばあさんは名残惜しそうに言います。


「セイラ?」


 どうしたことかセイラがじっと座ってます。

 唇はきゅっと結ばれて、手は握りこぶしで膝の上。


「セイラ?」


 私はもう一度呼び掛けます。

 しかし、セイラはなぜか反応しません。


 ムウおばあさんも女性の方もセイラに注視します。

 しばらくしてセイラは顔を上げます。


「先生、私、その、お習字を止めて、す、ずび、ませんでした」


 途中から涙をぼろぼろと流しながら謝罪をします。


 ムウおばあさんは目端を緩めて、


「気にしなくていいのよ。私も年だから上手く教えることができなかったの」


 セイラはぶんぶんと頭を横に振ります。


「ずびばせん。ぜんせ」

「いいの。いいの」


 ムウおばあさんは手を伸ばしセイラの頭の上に乗せます。そしてあやすように頭を撫でます。


  ◇ ◇ ◇


「スッキリした?」


 帰路で私はセイラに聞きました。


「分かんない。でも、わだかまりみたいのが無くなったのかな」


 セイラは肩を竦めて言います。

 でもその顔は訪ねる前より明るくなっています。


「ミウ。お昼食べたらうちに来て。見せたいものがあるの」

「アクセサリー?」

「うん」


  ◇ ◇ ◇


 ムウおばあさんはそれから一週間後に安らかにお亡くなりになりました。

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