あなたに降る奇跡……
寒い朝、時は冬、全ての人は忙しそうで……
11月も終わり、既に辺りは冬一辺倒。誰もが寒そうに、肩をすぼめて歩いている。
そんな通りの端、誰もが見向きもしないごみ捨て場。そこには、目の取れ掛かったウサギのぬいぐるみが有った。元の色は白だったと思われるそのぬいぐるみ、[あやか]と大きく黒のマジックで書かれた名前。大切に使われていただろうと容易に想像が付く。
一匹の犬が、そのぬいぐるみを咥えて行った。その犬はそのまま、ぬいぐるみを犬小屋まで運んだ。
「……ここに居るといいよ」
「え?僕の事が分かるの?」
「まぁね……少し不思議な力が有ってさ、いろんな言葉が聞こえるんだ」
「ありがとう!僕はウッサン、よろしくね!」
「そう、俺はメケって呼んでくれ」
「メケって名前なの?」
「いや、そうじゃないけど……」
「じゃあ、本当の名前は?」
「……メケメケ3世リスボン王子……」
「なっがい名前だね?」
「……俺もそう思う……」
「僕ね、人間になってあやかちゃんのお友達になりたいの!」
「……捨てた張本人だろ?」
「違うよ。ただ……急いで引っ越さないといけなかったんだ……」
「……まぁ、お前がそう思うなら、それでいいのかもな。雨風くらいは防げるからさ、暫くここに居なよ」
メケはそう言って、ウッサンを犬小屋の中に案内した。中には、たくさんのぬいぐるみが有る。
「これは?」
「みんな捨てられたのさ」
「……でも、みんな喋らないね?」
「みんな、次の人生に進んだのさ。人間になった奴も居れば、鳥になった奴も居る。遠く離れた、サバンナで生きてる奴も居る」
「……じゃあ、このぬいぐるみ……」
「どうも、捨てる気にはなれなくてね。折角だからさ」
「メケ、優しいんだね?」
「辞めろよ馬鹿」
「でも……メケ、中に入れなくない?」
「な〜に、少し寒いだけさ」
こうして、メケメケ3世リスボン王子とウッサンの共同生活は始まった。
生活が始まったからといって、メケは特に何か有る訳ではなかった。確かにご主人は居るのだが、メケについてはほったらかしである。鎖やリードもなく、首輪だけが着いている。
「結構気楽さ」
メケの言葉である。
メケは決まった時間に散歩をする。ふらっと出掛け、およそ1時間で戻って来る。ウッサンが寂しいだろうからと、時々だが一緒に散歩に出掛ける時も有った。その時は決まって、ウッサンはメケの背中に乗る。メケはそれ程大きい犬ではない。中型犬といった所だろうが、ウッサンには広い背中であった。
その日、メケの散歩はいつもよりも長かった。ウッサンを背中に乗せ、メケは既に3時間も歩いている。
「メケ、何処行くの?」
「いいから、ウッサンは風景でも楽しんでなよ」
「だけど〜……」
「大丈夫だよ」
メケは、そのまま歩き続けた。
どれくらい歩いただろう、メケは小さな家の前に着いた。
「覗いてごらん」
メケに言われ、ウッサンは家の中を覗いた。中には、ウッサンには見慣れた人達が居た。
「あやかちゃん!」
「そう、ここが持ち主の家さ」
「……もしかして?」
「やっと見付けたよ。どうする?」
あやかちゃんの家、お世辞にも裕福とはいえない。
「……今は、このままでいいや」
「そうか。なら、今の所は帰るとしようか?」
「うん」
結局、メケとウッサンは元の犬小屋に戻る事にした。
犬小屋に戻った2人、
「何だよ、戻って来たのかよ?」
ご主人から、酷い言葉を掛けられる。
「メケ、大丈夫?」
「大丈夫さ。慣れたよ」
何とも、寂しそうに笑うメケである。
それからも、2人は一緒に過ごした。時に一緒に散歩をし、時にメケが見た面白い事をウッサンに話して2人で大笑いし、これからどうなりたいか、2人で色々と思い描きながら楽しい時間を過ごした。
そんなある日、メケは慌ててウッサンを背中に乗せて走り出す。
「どうしたの?」
「いいから!」
喋りもせず、メケは一心不乱に走り続ける。着いた先は、あやかちゃんの所である。ウッサンは中を覗く。そこには、病気で臥せっているあやかちゃんが居た。
「メケ、あやかちゃんはどうしたの?」
「病気……治らないって……」
「そんな……それって、酷いんじゃないの?」
「でも……あやかちゃんの親が言ってたから……」
「そんなの……」
ウッサンの目から涙が溢れた。
「ウッサン、あやかちゃんが好きなんだね?」
「うん……あやかちゃんが元気なら、僕はどうなってもいいのに……」
「……ねぇ、ウッサン。一つだけ助かる方法が有るとしたらどうする?」
「有るの?」
「……難しいよ?」
「あやかちゃんが助かるなら、僕は我慢する!」
「そう、分かった……約束して、絶対にあやかちゃんと離れないって」
「それくらいなら、絶対約束守るよ!」
「良かった……後は、俺とはこれでさよならって事だね」
「え?どうして?」
「これは、しょうがないのさ」
「それは嫌だよ!メケとも一緒に居たい!」
「それはダメさ。どっちか一つ」
「そんな……」
「まぁ、俺はさ……ぽっと出の犬だからさ……ウッサン、あやかちゃんと仲良くね」
メケの身体の周りが光り始めた。その光りがあやかちゃんの方に向かって行く。一層激しく光るメケ、その光りがだんだんと弱くなると、あやかちゃんの周りが強く光り始める。
[バタッ]
メケが倒れた。
「メケ!」
「……しょうがないのさ。誰かを助けたら、俺の命がなくなるのはさ……」
「そんな……メケ!」
「あやかちゃんは、これで大丈夫……ウッサン……」
メケは右の前足でウッサンの頭を撫でた。ウッサンは新品のぬいぐるみの様に、綺麗になっていた。
「折角だから、おまけさ……仲良くな……」
「メケ〜!」
翌朝、あやかちゃんの家の玄関には、新品のウサギのぬいぐるみが有った。それを元気になったあやかちゃんが、大喜びで家の中に持って行った。あやかちゃんのご両親が外に出ると、中型犬が玄関の先に倒れていた。既に息はしていない。
「お父さんお母さん、この犬のお墓、作って上げようよ」
「そうね、可哀想だからね」
「あやか、偉いぞ」
その日、あやかちゃん一家はメケのお墓を庭の端に作った。
それから、あやかちゃんはウッサンといつも一緒で、毎日ウッサンと過ごしていた。
でも、少し不思議な事が有った。朝、あやかちゃんが起きると、決まってウッサンが居ないのである。そして、ウッサンは決まってメケのお墓の前で見付かる。さっきまで話でもしていた様に、ウッサンはお墓の方を向いて座っている。
きっと、メケメケ3世リスボン王子も天国で笑顔だろう。
メケ、きっと次は、いい人生を……