7 ザインの月
レイチェルは追いかけ続けた。
テイィ・ゲルを捕らえる、というより、なにか『イツミ』の能力そのものに復讐心でも持っているかのように、エネルギーを放出し続けていた。
テイィ・ゲルがどこに逃げても、その黄金の眼はヤツの背中を掴まえたまま放さなかった。
そして——。
ザインの月にヤツを追いつめた時、レイチェルは異変に気づいた。
超能力が弱っている。光の剣がヤツのバリアを破れないのだ。
レイチェルはここで初めて、自分の指先が溶け始めていることに気がついた。超能力がどんどん抜けてゆく。
ばかな! まだ時間はあるはず——!
それとも、超能力を使い過ぎると崩壊が早まるのか?
テイィ・ゲルが光の剣を放ってきた。
バリアを張った。——が、弱い。ヤツ程度のエスパーの攻撃を完全に防ぎきることができず、衝撃が中まで入り込んだ。
脚の力が抜け、がくん、と膝を折った。立ち上がれない・・・。
テイィ・ゲルがテレポートして逃げるのが見えた。
皮膚のあちこちが溶け始めている。
痛みはない。・・・が、ESPが急速に弱まっていく。これでは・・・『イツミ』の基地まで、とてものことテレポートできそうにない。
レイチェルは這うようにして近くの岩まで行き、そこに背をもたせかけた。
「やっちまったよ・・・。」
自嘲とも諦めともつかない表情で、ひとり笑う。
「なんか・・・こうなるような気がしてたんだ——。」
ずっと『イツミ』を使うことを拒絶してたのは、機密漏洩を心配したからなんかじゃない。わかってたんだ。本当は・・・。
(なぜ・・・G弾を処理した時点で、一度帰らなかったの?)
突然、レイチェルの胸に声が響いた。そう、胸に——だ。
(ああ・・・幻覚が始まったのか・・・・?)
(違うわ。わたしはここにちゃんといます。)
(誰?)
レイチェルはまた目を大きく見開いて、あたりを見回した。誰もいない。
(わたしはイツミ。この身体をあなたと共有する者。)
(イツミ? あなた・・・意識があるの?)
(はい・・・。)
ただの数列ではない。遺伝子配列ではない。
それ自体が、固有の意識を持っている?
それは、とても深い、いや、とてつもなく深淵な何かを指し示しているようではあったが、レイチェルはそういう哲学的領域に足を踏み入れることはせず、ただイツミにこう語りかけた。
(そう。・・・悪かったわね、巻き添えにしちゃって。)
(わたしは・・・)
イツミは少しだけの沈黙のあと、レイチェルに話しかけた。
(基地にバックアップがあるから——。あなたこそ、どこにもバックアップなんかないのに・・・。なぜ帰らなかったの? あとは、あの若い副長官に引き継げばいいだけなのに。)
イツミは泣いているようだった。
(さあ・・・。なんでだろう?)
レイチェルは少し黙ってから、続けた。
(わたしは・・・ひょっとしたら、死にたがってたのかもしれない・・・。あの時からずっと・・・。ごめんね、イツミ。巻き添えにしちゃって・・・。トミーに怒られちゃうな・・・。)
少女の目から涙がこぼれ落ちて、溶け出した皮膚と共に頬をつたった。
それでも、少女はかすかに微笑んでいる。その表情は、どちらのものだろう。
(わたし、こんな性格だからさ・・・、死ぬときは1人だと思ってた。・・・誰かが傍にいてくれるなんて思ってもみなかったな・・・。ありがと、イツミ。そしてごめんね。)
(謝ることなんてない。わたしはただ、レイチェル、あなたを失うことが悲しいだけなの・・・。身体がもう1つあったら抱きしめたいのに・・・)
(ふふ・・・大丈夫。十分あったかいよ・・・。)
少女はまだわずかに動く首の筋肉を使って、顔を上に向けた。
(星がきれいね。こんなこと思ったの何年ぶりだろ?)
それから小さく声に出して呟いた。
「トミーに、会えるかな・・・。」
ザインの月は、どこまでも白く、荒涼としていた。
ー未来ー
銀河歴835年。
惑星ザインの片田舎の小さな産科の病院から、1組の若い夫婦が出てきた。
「男女の双子って、珍しいのかな?」
「そうでもないって、先生が。2卵生の場合は確率けっこうあるらしいわよ。」
女性が自分のおなかに手を当てた。
「わたしね、この子たちの名前、もう決めたの。」
「おいおい、気が早いな。まだ4ヶ月だぜ?」
「男の子はトーマス。女の子はレイチェル。」
「オレには相談なしかよ?」
「だって、この子たちが言うのよ。ぼくはトーマス。わたしはレイチェル、って。」
「それ、例のやつか?」
「うん。」
「ふーん・・・。君は昔から、霊感みたいなものあるもんな。誰かの生まれ変わり、ってことかな?」
「たぶん、そうよ。双子で生まれてくるってことは、前は夫婦とか、縁の深かった2人なんだよ。」
「ふぅ——ん・・・。」
「わたしたちのところに生まれてよかった。しあわせ! って思えるようにしてあげようね。」
「当然だろ。オレたちの子どもだよ。」
人の魂は転生するのかどうか——。この時代でも、まだよくわかってはいない。
しかしとりあえず、この新しいレイチェルとトーマスの未来に幸多からんことを祈って・・・・。 この章を閉じよう。
[ レイチェル ] 完
OVL大賞8への応募はここで一旦区切りとしたいと思います。
でも、このシリーズはまだ続きます。お話ができたものから順次連載してゆきますので、よろしければまた訪問してください。 Aju