2 特別なエスパー
「今度ばかりは君も反対はすまい?」
大統領はふり返りながら言った。
レイチェルも静かにうなずく。表情は厳しいままだ。
「私も、それ以外の方法はないと思います。『イツミ』なら止められるでしょう。」
情報をもたらした諜報員は、「テイィ・ゲル」「G弾」「ばら撒く」の3語だけを暗号で残して死んだ。
3語だけであっても、事態は明白だった。
指名手配中のテロリストであり、おそらく銀河指折りの頭脳を持つ物理学者でもあるドクター・テイィ・ゲルが、複数の惑星にG弾を撃ち込む準備をしている——ということだ。
ヤツが実質的に支配している『新銀河救済教団』の言う『浄化』というやつだろう。
何がなんでも止めなくてはならない。
だが問題は、標的はどの惑星で、どのくらいの数が準備され、テイィ・ゲルの基地がどこにあるのか——、何一つ分からないことだった。
発射基地の存在しそうな星域でさえ、特定できていないのだ。
連邦政府内は、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
さらに恐ろしいのは、それが「いつ」なのかが分からないことだった。おそらく、ゆっくり捜査などしている余裕はあるまい。
切迫した状況だからこそ、諜報員は自分の命と引き換えにこの情報を送ってきたのだ。それは、今日、明日であるかもしれない。
大統領は、切り札を使うことを決断した。
連邦軍長官に就任して12年。レイチェルは、一度も『イツミ』を使ったことはない。
この機密は、極力人の目にふれる機会を減らすべきだ——と大統領にも進言してきた。実際、数列データが漏れるようなことでもあれば、連邦秩序は崩壊しかねない。
レイチェルはこの12年、様々な難題を軍の運用だけで解決してきた。
『イツミ』——この超機密は、連邦大統領と副大統領、そして連邦軍長官と副長官の4人だけがアクセス権を持つが、レイチェルは病気退任した前任の副長官にも、新しく副長官になったフォー・クセスにも一切話していなかった。
だが、今度ばかりはそうはいくまい。
「フォー・クセスくん、ついて来て。」
自分が帰れなくなった時の、あとのことを指示しておかなければならない。
そして・・・・。
レイチェルの胸には、なぜかそんな予感がよぎっていったのだった。
「かんぱーい!」
レイチェルとトーマスは、きらきらと泡のはじけるクララのグラスを合わせた。2人はそろって、軍のESP部隊予備科に合格したのだ。
「チェリーのトップ合格と、オレのスレスレ合格に!」
成績トップのレイチェルはともかく、ビリから数えた方が早いトーマスの合格は、彼の特殊能力によるところが大きかった。
彼は、弱いながらも電気を操ることのできる能力を持つ、きわめて稀なエスパーだったのだ。いわゆる「電子使い」である。
その能力を、軍が欲しがったのだ。
「よかったぁー。また、トミーと一緒で——。」
レイチェルの頬は、クララのアルコールのせいか少し紅い。
「トミーがダメだったら、あたしも蹴っちゃおうかなぁーなんて思ってたんだよ。」
目が少し潤んでいる。
「ダメだよ。オレがどうであれ、君は君の道を行かなきゃ。」
こういう時、トーマスはひどく常識家だった。軍のESP部隊は、出世への最短コースと言ってもいい。
「やだよぉー。トミーのいない世界なんか、考えられないもン。」
甘えるような表情で、ツマミのキュルンを口に運ぶ。この頃のレイチェルは、娘らしい丸みを帯びた雰囲気を自然に纏うようになっていた。
そうは言っても勝ち気な性格が変わったわけではなく、同期生たちは相変わらずレイチェルに一目置いていたし、いい意味で怖れてもいた。
ただ、かつては誰にも弱みを見せたことのなかったレイチェルが、トーマスの前ではまるっきり無防備にさえなってしまう。ネコをかぶっているとかいうのじゃなく、親に抱かれた幼な子が安心して微睡むような感じだった。
同期生たちの間では、これを「高等部の七不思議」とか「レイチェルは電気女(トーマスにしか操れない)」といったジョークにしていた。本人の耳に入っても、レイチェルは気を悪くするでもなく「時々カミナリも落とすしねぇー。」と言って、一緒になってケラケラ笑った。
初等部の頃のレイチェルしか知らない人が見たら、別人かと思っただろう。
とまれ、2人は18歳になっていた。
予備科の訓練では、レイチェルとトーマスは別々だった。トーマスには、その特殊能力を伸ばすため、別メニューのプログラムが組まれたのだ。
トーマスにとっても、自分が単独で注目されるというのは、人生で初めての経験だった。
「おまえが注目されるのは、これまではレイチェルのオマケだったもんなー。」
とアクセルがからかった。
「うん。まったく、その通りだ。」
と、トーマスも悪びれることもなく言う。
「でも、チェリーにとってはオレは最初から特別なのさ——。」
「はぁい、はい。ゴチソウサマ! 言うんじゃなかったぜ。」
そのレイチェルは、一般訓練ではやはりトップを走り続けていた。
2年間の予備科を卒業すると、2人は同じエスパー部隊に配属された。この頃にはトーマスも、連邦軍でも希少価値のある「電子使い」に成長していた。
連邦軍では、情報部員を除いて、隊内での恋愛も結婚も自由だ。むしろ、周囲公認の恋人や夫婦は同一方面に配置されることが多い。
離れた星域に配置すると、生産性が下がる——というのが、いくら保守的な軍であっても、今は常識だった。
2人が配属されたのは、軍の中でもエリート部隊の1つとされるカシュゥ・マール隊だった。
「予備科トップのエスパーと、連邦軍の秘密兵器を歓迎するぞ!」
隊長のカシュゥ・マールは、そんな言い方でレイチェルとトーマスを迎えてくれた。
「よかったね。オレが秘密兵器『電子使い』で——。」
「わたしが成績トップだったからよ——。ふふ・・・」
「あはは・・・」
2人は新人ながら、すぐに主要な戦力として作戦に組み込まれるようになっていった。レイチェルはテレキネシスとして、トーマスは特殊能力者として——。
特にトーマスの「電子使い」としての能力は重宝され、他の部隊の要請を受けて「出張」することも多かった。
なにしろ、ESPシールドにわずかな傷さえあれば、内部の電子回路の電子を自由に操ることができるのだ。
電子回路を持たない兵器はない。使い方によっては、敵の兵器を一瞬で無力化することもできるのだ。
軍の中でのトーマスの需要は高まっていった。
そういうトーマスの状況に、レイチェルは何の嫉妬も感じない。初等部の頃のレイチェルからは、考えられないほどの内面反応だった。
トーマスが評価されるたびに、レイチェルは嬉しいと思えた。
別にトミーは「わたしの所有物」なんかじゃないのに——。と、レイチェル自身がそんな自分の内面を面白がり、不思議がってもいた。