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1 トーマス

 負けん気の強い子だった。

 勉強もスポーツも、超能力でさえ、常にトップでなければ気が済まなかった。

 その分、努力もした。

 そんな彼女を、同級生たちは舌を巻く思いで見ていたが、しかし同時に敬遠もした。自然、友達もできにくかった。

 レイチェル・ザキ・シーク、13歳。

 惑星ヤンナのエスパースクール高等部に進学したばかりである。


 容姿もそれなりに良いから、4拍子そろった才女と言える。

 普通なら女子の取り巻きができたり、男子がちょっかい出したり、あるいは逆にイジメの対象になったりしそうなものだが、レイチェルに限ってそういうことは起こらなかった。

 一種、超然としたレイヤーの中にいる。

 彼女が群れることを嫌ったこともあるのだろうが、だからといって人付き合いが悪いというわけでもない。性格も言葉づかいも悪くはないし、誰に対しても等しく接する。

 完璧な優等生——という感じが、クラスメートをして遠巻きにさせているのかもしれなかった。

 ただし、それだけではない要素もある。

 レイチェルは、誰に対しても等しく・・・負けたがらなかった! (^ ^;)



 今、レイチェルは校庭の隅のコートで、クラスパットのゲームを楽しんでいる。

 クラスパットは、内側に湾曲したコートの中でローラーボードを操りながら小型のラケットでボールを打ち合い、相手のポイントエリアの中にボールを打ち込む、というゲームだ。

 まだ公式ルールができて20年ほど、と歴史の浅いスポーツだが、若者たちの間で急速に人気が出てきていて、最近ヤンナにもリーグができた。


 ゲームはもちろん、レイチェルが圧倒している。

 それでも彼女と試合をしたがるスポーツ自慢が多いのは、勝てる見込みがあるからではない。あのレイチェルと互角に渡り合った——というだけで、クラスで自慢できるからだ。


 そんなレイチェルをぼんやりしたような顔で眺めているのが、トーマス・カー・ライルだった。

 浅黒い肌をしたこの少年は、クラスの中でも特に目立つような存在ではない。勉強は中の下くらい。スポーツも、できる方でもできない方でもない。ESPに至っては、何が使いものになるのかもよくわからない——といった・・・まあ、つまり、モブっぽい少年だ。


「かわいいよねぇ——。」

「は?」

 トーマスの呟きを隣で聞いていたアクセルが、思わず耳を疑った。

 かわいいって、あのレイチェルが? そ・・・そりゃあ、並以上の容姿だけどさ——。「かわいい」ってシロモンじゃねーだろ、あれは?

 だが、トーマスは頓着しない。

「うん。」と、トーマスは何か自分だけで納得したようだった。

「眺めてるだけじゃダメだ。ダメ元だもんな。当たって砕けろ——だ。」

「な・・・! おまえ。何を言ってるんだ? まさか・・・」

「うん。ストレートに伝えてみる。行動しなきゃ、結果は出ないだろ?」


 そっ、そそそそそそれは、そうだけど・・・! 砕け散るだけだぞ、それ!


「や・・・やめとけよ。おまえ・・・再起不能・・・」

 しかし、アクセルが止める間もなく、トーマスはすたすたとコートの方に歩いて行ってしまった。

 うわあああああああ! これは、無残なことに・・・。

 レイチェルの言葉のことじゃない。それはどんなにキツくても、知れている。それより、あいつ、明日から学校中の嘲笑のタネ(わらいもん)だぞ!

 オ・・・オレは、友達としてどう接してやれば・・・?


 トーマスは、タオルで汗を拭いているレイチェルの前に、ぼさーっ、とした感じで突っ立った。

 とてもじゃないが、恋の告白をしているような雰囲気じゃない。監督の伝言を選手に伝えに行った伝令みたいだ。


 だが、次の瞬間——。誰もが目を疑うようなことが起こった。

 レイチェルが頬を染めてうつむいたのだ。


 あれではまるで、しとやかな乙女のようではないか! (失礼な!)



 のんびり屋のトーマスが、才女で名高いあのレイチェルを落とした! しかも一瞬で!

 この噂は、その日のうちに学校中に広まった。


 誰が見ても不釣り合いなペアだったが、当人たちはいたって大真面目で、登校時や放課後によく2人で歩く姿が見られた。

 たいていはトーマスの後ろにレイチェルがくっついて歩いている。あの勝ち気なレイチェルが——だ。

 同級生たちは不思議がった。


 当のレイチェル本人が、意外だった。

 自分がこんなふうに男の子にひかれるなんて、思ってもみなかった。男の子なんて、みんな勉強やスポーツのライバルくらいにしか思っていなかったし、自分の勝ち気さが評判悪いことも知っていたから、声をかけてくる男の子がいるとも思っていなかった。


 そんなレイチェルに、トーマスはド直球でアプローチしてきたのだ。

 まっすぐな目。心の広さを感じさせる穏やかな声。


 何を言われたかなんて忘れた。

 ただ、待っていた何かに出会った———そんな感じだった。

 頑張って、踏ん張って、ぎりぎりまで張りつめていた何かを、トーマスが両手でひょいとすくい上げてくれたような。


 赤い糸って、本当にあるのかな?

 それまで少しバカにしていたような考え方を、こうなってから自分が認め始めていることが、レイチェル自身可笑しかった。

 幸せだった。


 トーマスの成績も上がった。

 レイチェルがまめに面倒をみるからだ。代わりに、レイチェルの成績が少し下がった。トップが取れないことがあるのだ。

 小さなポカをやらかすことも増えた。要するに、隙ができた。しかし、以前ほどレイチェルはそのことを気にしなくなった。


 一部の教員の中には、これを「堕落」と見る向きもあったが、大多数の教員はこれを「成長」と理解していた。

 人間の幅が広がったのだ。少しずつ、レイチェルにも心の許せる友達が増えていった。





 レイチェルは、幼いうちに両親に死に別れている。

 ヤンナのエスパースクールは全寮制である。初等部の子どもたちが親に会えるのは週末だけだ。初等部の子どもたちにとって、それは最大の楽しみの1つだった。


 初等部に入学して最初の冬を迎える前のある週末、待っても待っても、レイチェルの両親は寮に現れなかった。

 そして、事故の一報が入った。


 その報が入る前から、レイチェルはすでに未熟なテレパシーで不吉な何かを感じ取ってはいた。

 その何かを懸命に否定して、小さな声で歌を歌ったりしていたが、やがてそれはガラスが割れるようにして崩れてしまった。

 小さなレイチェルは、泣くことすら忘れて立ちつくすだけだった。



 学校は連邦の奨学金で続けられることになったが、レイチェルは天涯孤独になった。

 その頃から、レイチェルの負けず嫌いは激しくなった。

 もともとがんばり屋さんだったが、事故のあとは、両親の不在を見まいとするのか、週末も勉強や訓練に励み、常にトップを走り続けるようになった。

 そんなレイチェルを、しっかりした子だと評価する教員は多かったが、中には「折れそうだ」と心配する先生もいた。


 そうして、高等部に進学してほどなく、別の初等部からやってきたトーマスに出会った。


 レイチェルにとって、トーマスは背中に当てられた柔らかなクッションのようなものだったのかもしれない。

 彼女の週末は、勉強と訓練だけのものではなくなった。

 10代の少女らしい青春を満喫するようになった彼女には、それまでには見られなかった種類の笑顔が加わった。



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