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2-(1)

 外遊を終えたリヴァス国王が戻ってきた。年はそろそろ五十に届くところ。金色の髪をなびかせながら、しっかりとした足取りで王宮内を歩く。


「ファンヌはどうした」

 息子であるクラウスの部屋に入ってきた途端、彼の張り上げた言葉はそれだった。


「お帰りなさい、父上。父上に報告したいことがございます」

 クラウスは顔を輝かせながら国王を見上げた。


「お前の報告は後で聞く。それよりもファンヌはどうした。工場(こうば)のあの状況はなんだ」


 工場のことを言われても、クラウスには何のことやらさっぱりわからない。だが、わかることはファンヌがここにいないこと。

「ファンヌはもう、ここにはおりません」


 クラウスの言葉に国王の茶色の目がギロリと鋭くなった。


「いないとはどういうことだ? お前の婚約者だろう。毎日ここで、教育を受けさせ、工場の管理をさせていたのだろう?」


「私とファンヌの婚約は解消されました」


 一瞬、国王の全ての動きが停止したように見えた。その後、ふるふると身体が震え始める。


「何、勝手なことをしているのだ。お前とファンヌの婚約の解消など、そんな簡単にしていいものではないだろう」


「ですが」

 そこでクラウスは婚約解消通知書を国王の前に差し出した。


「なんだ、これは……」

 その紙切れに視線を落とした国王の顔色はみるみるうちに変わっていく。興奮して赤かった顔は白くなり、一気に真っ青になる。


「お前というやつは……。なんてことをしてくれた」


「私には好きな女性がいます。彼女は私の子を身籠っています」


 国王の口の端がピクリと動く。

「誰だ」


「え?」


「お前の子を身籠ったのは、誰だ」


「アデラです。アデラ・フロイド」


「腹を切り裂け」


「えっ」


「腹を切り裂いて、お前の子を引きずり出せ」


「父上。何をおっしゃっているのですか。そのようなことをしたら、アデラと子供は死んでしまうではありませんか。私は彼女を私の正妃にしたいのです」

 ジロリと国王はクラウスを睨みつける。


「どこの馬の骨かわからん女に、お前の正妃が務まると思っているのか。お前の正妃。すなわち、未来の王妃だ」


「アデラは馬の骨などではありません。フロイド子爵家の立派な令嬢です」


 チッと国王は舌打ちをする。

「だったら、側妃として娶れ。正妃はファンヌだ。あれ以上、王妃に相応しい女性はいない。……、お前たち。今すぐ医務室へ行き、オグレン侯爵を呼んでこい。クラウス、お前はしばらくこの部屋で謹慎していろ。今回の婚約解消の件が解決するまで、この部屋から出ることは許さない」


 ドスンドスンと歩く国王は、見るからに怒っていた。




「陛下、失礼します」


 玉座に落ち着いた国王の前に、膝をついた臣下がいた。彼は外遊に同行した者のうちの一人であり、国王も信頼を寄せている臣下の一人でもある。


「オグレン侯爵は、王宮医療魔術師を辞しておりました」


「息子もいるだろう。見習いだ」


「息子も同様に」


「夫人はどうした。あれは調薬師だったはず」


「夫人もです。オグレン侯爵一族は、この王都パドマから既に出ていったとのことです。恐らく、領地に戻ったのでは、とのこと」


 国王は両手を握りしめ、ふるふると震えている。


 王妃が、不安げにその様子を見ている。


「肝心のファンヌはどうした。領地に戻ったのであれば、連れ戻してこい」


「ファンヌ嬢は……」

 臣下が言い淀んでいると、もう一つ、別の声があがった。


「陛下」


『国家魔術師』の資格を持つ男が一人、小走りにやって来て膝をついた。


「報告いたします。パドマの高等教育学校にて、転移魔法を使用した形跡がありました」


「届け出はどうした」


「出ておりません。ですから、陛下に報告をと」


「届けが出ていないのに、転移魔法だと? 違法ではないのか? 転移先を突き止め、さっさとひっ捕らえろ」


「陛下。転移魔法を用いた者が、この国の者ではない場合、違法にはならないのです」


 国王の唇は震えている。


 外遊から戻ってきた途端、次から次へと判明する予想外の出来事。一番の予想外は、クラウスの勝手な婚約解消だったのだが、それが全ての原因になっているようにも思えてきた。


「転移魔法を用いたのは、高等学校の教授を務めていたエルランド・キュロ。転移先はベロテニア王国」


「ベロテニアだと?」


 ベロテニアは、このリヴァス王国から馬車を用いて三十日かかる距離だ。


「キュロ教授はベロテニアの出身で、国籍もベロテニアにあります。ですから、違法ではありません」


 チッと国王は舌を鳴らす。なぜこのタイミングで、学校の教授が転移魔法を使い、自国へと戻ったのか。だが、彼がファンヌの師であったことに気付く。


 まさか――。


「どうやら、キュロ教授はファンヌ・オグレン嬢を連れて転移したようです」

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